七話・結成
俺の提案を聞いて、彼女は驚いたように目を丸くした。
「そんなこと……良いんですか……?」
「ああ。もちろん、これは俺の勝手な提案だ。だがもし君が良ければ、そうさせて欲しい」
「で、でもお金を稼ぐって 、一体どうやって?」
「それは今から考える。が、残念ながら俺は金になるような、特殊な技能なんてものは持ち合わせがない。冒険者として働くことになるだろう」
それに冒険者として優れた力を持っているわけでもないのだ。魔窟に挑み、龍や魔人を倒して隠された金銀財宝を獲得する、だなんてことも出来ないだろう。それでも、少しでも効率の良い稼ぎ方を探すことは出来るはずだ。
「まぁなんとかするさ。それに俺は貯金は得意な方だ」
「そうなのですか……」
事実元いた世界では、低賃金にも関わらず、俺の口座にはそれなりの額が貯まっていた。もっともそれは、残業に追われる日々の中で使う暇も気力もなかった、というだけのことではあるが。
「それで重ね重ね勝手なことを言うんだが……俺とパーティーを組まないか?」
「え!?」
彼女は先ほど以上にぎょっとした顔をして目を見張る。
「もし君がこの提案を受けるなら、俺たちの目標は一致したことになる。それなら多分、一人より二人の方が効率が良いはずだ。当然君が良ければ、だが」
「で、でも私がお役に立てるかどうか……いえ、お役に立てないから、他の冒険者の方からも追放されたんです……」
「じゃあ君は、これからも一人で冒険者を続けるつもりなのか?」
「その、つもりです。だって、それに関しては私の自業自得ですから」
「……その結果、一人空腹に倒れて死にかけていたわけだが」
「ううっ……」
流れで彼女の急所を突くようなことを言ってしまっているのは自分でもどうかと思うが、
彼女一人は危険なのも事実だと俺は思う。
「それに俺だって大した奴じゃない。ちょっと諸事情あって、冒険者になったばかりで不馴れも多いしな。君が自分のことをどう思っていようと、君がいてくれた方が俺は心強い」
はぐれ者同士で傷の舐め合いをするようなことであれば好きではないが、前向きな目標があればまた形が違ってくるだろう。
「……そんなこと、初めて言われました」
ふふっと、彼女は嬉しそうに笑った。
「……分かりました。よろしくお願いいたします、シンイチさん」
「もちろんだ。じゃあ、パーティー結成だな」
「はい……! ありがとうございます!」
咲き誇るような、満面の笑顔を彼女が見せる。
それほど喜ばせるようなことを言ったつもりもなかったが、誰かとパーティーを組むことなど、とっくに諦めていたのかもしれない。その相手が自分のような者であるということに幾分の申し訳なさは感じるが。
「……思えば、俺も誰かとパーティーを組むことは想像していなかったな」
これはただただ合理的に考えた結果としての提案だった。その思考に置いてけぼりにされていた心が、今更ながらに不思議な感慨を抱いている。
「そうなんですか。さっき、諸事情って言ってましたけど、シンイチさんはどうして冒険者に?」
「まぁ、職を失ってな。冒険者になるしかなかったんだ」
「それは、大変だったんですね……」
異世界云々の話はややこしいので適当なことを言っておく。まあ、現実の世界の方がどうなっているか分からないが、こちらと同じように時間が経過していたとして、会社からみればむしろ俺が勝手に消えたというのが正しいのだろうが。
「君はどうしてなんだ? 思えばかなり危険な選択をしていると思うが」
俺の主観だが、彼女は器量が良い。己の魔法のリスクを背負ってわざわざ冒険者にならずとも、例えば店の看板娘になるというような選択肢はいくらでもあるように思える。
「私、トマトが苦手だったんです」
「…………トマト?」
はい、と彼女は少し恥ずかしげに顔を傾けた。なぜこの流れでトマトが出てくるのか、俺は完全に不意を突かれ、おうむ返しをすることしか出来なかった。
「けれどある冒険記の中で、アイシクルトマトというものが出てきまして。北の果ての地で唯一実を付ける強い樹木、その実は極寒をものともしないたくましさが濃縮されたように、噛む度に噛む度に重厚な旨みが終わりなく溢れでる、究極のトマトであるのだと……! それを読んで以来私はトマトが平気になって、いつか私も北の果てに行ってアイシクルトマトを食べたいってそう思ったんです! あ、それだけじゃないですよ!? 黄金に覆われたかつての古代都市、その黄金色の湖を優雅に泳ぐプリップリの身が舌鼓を打つゴールデンシュリンプ! 樹海の奥地にあるチョコレートの何倍も甘い花びら! 霜降りの蕩ける伝説の牛! 空の上のお豆!!……ぁ」
ハッとして、自分の長口舌を恥じるように、彼女の顔は真っ赤に染まった。
「……食いしん坊なんだな」
「ちっ違いますッ! いや、違いませんッ!? あ、あああああああああああ」
彼女は叫び散らして本で顔を隠した。思ったことをそのまま言っただけだったのだが、その一言は追撃になってしまったらしい。なお、本のタイトルは『美食! 世界のお宝食材100選!!』だった。
「ふっ……はっはっは!」
なんだかおかしくて、つい俺は笑ってしまう。
「…………」
本を顔から少しずらし、片目で少女が俺を見つめていた。
「……どうした? あ、笑ってしまってすまない」
「あ、いえ……シンイチさんの楽しそうな顔、初めてみたなぁ、と……」
「……そうか?」
「はい」
「そうか……」
言われてみれば、こんな風に笑えたのは久しぶりかもしれない。そもそも人と話して笑うなんてことは、これまで生きてきた中でもあまりなかった。漫才の類いも、あの最後のブラック企業に入ってからは手を出していなかった。
上手くやっていけるかもしれない。そう考えるのは早計でしかないのだろうが、ふと、これから彼女と日々を過ごしていくのは、悪いことではないのかもしれないと、そう思えたのだった。




