表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

六話・申し出

 神というものを信じたことは一度もない。だから目の前にあるような建物に入るのは、これが二度目だった。


 白亜の大理石によって築き上げられた、壮麗な教会。一度目は飛び込むように入ってしまった。おそらく勝手に入っても良いのだろうが勝手が分からず、しばし躊躇った後に扉を叩く。


 扉はすぐに開いた。白い絹服に全身を包むシスターが、優しげに微笑みながら中へと誘う。


「お待ちしておりました、冒険者様」


「……どうも」


 昨日少女をここへ運んだ時に、彼女とは一度会っていた。とはいえ、やってきた一人一人の顔を覚えているのは驚嘆に値する。


 傷付いた冒険者や市民、神に祈りを捧げに来たもの、罪を懺悔しに来たもの。今も、教会の中はそういった人々が溢れるように集っている。


「彼女の、容態は?」


「ご心配は要りませんよ。こちらへ」


 シスターの後を付いて進み、やがて一室の前に立ち止まる。


「こちらになります。それでは、神のご加護があらんことを」


「……ありがとうございます」


 シスターは去り、俺は部屋の扉を開けた。中へ入るとそこにはベッドがあり、少女が上体を起こし本を読んでいる。


「あ……シンイチさん」


 本をパタリと閉じて顔を上げる。まだ焼け後は残っている。だが大きな問題はなさそうだ。昨日の今日とは思えないほどに。治癒魔法というものはこれほどまでに優れているのか。


「…………良かった」


 ふと漏れた言葉が聞こえていたのだろう。彼女は顔をくしゃりとさせた。


「……ありがとうございました。シスターさんから聞きましたよ、シンイチさんが私を運んでくれたんですよね。貴方は……私の、命の恩人です」


 私、なんだかお礼を言ってばかりですね、と恥ずかしそうに少女が笑った。


 先に言われてしまったな。


 「こちらこそだ。君がいなければ俺はあのままゴブリンに殺されていた。きっと、酷い殺され方をしただろう。恩を感じているのは俺の方だ。だから」


 だから。


 続けようとして、喉に、心に、つかえるものを感じた。お前ごときに何が、という黒い思念が。


 ……黙れ。黙ってくれ。


 そんなことは関係がないんだ。


 やりたいことがあるんだ。やりたいことなんだ。


 お前ごときに何が出来る? 何も出来ないだろうに、と。


 ……そんな気持ちは、引っ込んでいてくれ。


「シンイチさん……?」


 留まったものを、押し通し、息を吸って、言葉を吐いた。


「君に恩返しをさせてくれないか」


 彼女は眼をぱちくりさせた。


「恩返しなんてそんな、私も命を助けてもらいましたし。おあいこですよ」


「確かに、互いに命を助けた形だろうな。だが……それだけじゃない」


「……?」


 これまでの人生の中で、俺を助けてくれた人間などいはしなかった。


 もちろん曲がりなりにも、子供の頃は親の金銭で生きてきたし、教師は授業を教えてくれはした。あるいは商業や制度や国家。広い目で観れば、どれだけの人に助けられているかなど、到底計り知れない。だがそれは義務感や職務のようなものだ。


 自分の意志で、自分の身を挺して俺を助けてくれた人間。そんなものは彼女が初めてだった。生きていればこんなこともあるものだと、そういった感慨を彼女は抱かせてくれた。それに対しても報いたいのだと俺は思った。


 あるいは、俺はただ彼女を見捨てて逃げた罪悪感を消化したいだけなのかもしれないが。


 どちらにせよ、そんなものは情けなさすぎて彼女には言えないな、と俺は心の中で自嘲する。


「あ……私、ご飯の分のお返しもシンイチさんに出来ていませんね」


「大したことではないし、そんなことは気にしなくて良い。それにそんなものじゃ足りないな。俺が君に感じてる恩は、山よりも高く、海よりも深いんだ」


 自分の心の内の詳細など語りたくはない。代わりに、事実混じりの、それでいて煙に巻くような適当な言葉を吹かした。


「なんですか、それ」


 ふふ、と彼女が笑みを溢した。


「それで、恩返しといっても具体的に何をするかという話だが……俺が考えたのは、君の魔法のことだ」


「私の……魔法……?」


 彼女が自然な形で魔法を使えるようになりはしないか。そのようなことを俺は考えていた。その為にはいくつか確認しなければならないことがある。


「君を教会に届けてから、図書館で魔導書を少し読んだんだ。君がゴブリンたちに使った魔法は初級炎魔法(フレイム)で間違いないか?」


「そう……ですね」


 それは魔法使いなら誰しもが最初に習得するような、極めて初歩的な魔法だ。初歩といってももちろん、焚き火を起こすくらいは簡単に出来るし、弱い魔物なら倒すことも出来るだろう。


「だが、昨日君が放ったそれは初級炎魔法(フレイム)の火力じゃなかった。察するに、君は魔法が使えないとかじゃない。むしろ身に余るほどの魔力を備えているがゆえに、制御が出来ずに暴発するんじゃないのか?」


 思えば彼女が自分の魔法について話す時、「不器用」というのが第一声だった。とっくにこのことを自覚していたのだろう、おずおずと彼女は頷き、とつとつと己の過去を語った。


 幼少期には、既に魔法の才覚があったこと。最初は周りの人々もそれを祝福していたこと。何度も魔法でトラブルを引き起こし、やがて祝福が蔑みに変わっていったこと。冒険者となりパーティーを組んでも、最終的には追放され孤立したこと。


 俺は黙って聞いていた。それはきっと、彼女の人生の、暗さの核のようなものなのだろうと俺は思った。そこにどんな慰めや励ましの言葉を投げ掛けても、その全てが無為に帰すような底無しの暗い穴。


「そんな顔、しないでください」


 そう彼女が言った。控えめな笑顔を作って、気を遣うことはないのだというように。一体、俺の方はどんな顔をしていたというのだろう。


「誰にでも、上手く行かないことがありますから。上手く行かないからって、そんなに気にすることじゃないと私は思いますから」


 その言葉は、笑顔は、少なくとも俺には強がりとしか見えなかった。人から蔑まれ続ける人生。それに伴う苦痛、絶望、劣等感、そうして、諦観。それを俺は感じ続けて生きてきたのだから。俺などはもう、彼女のように、そんな強がりすら言えはしないだろう。


 ──それ故に、彼女の心はまだ折れきってはいないのだと俺は確信した。


 俺のように心が折れていないならば、貼り付くような諦観に覆われていないならば、解決策を模索することには意味がある。


 それに、もし、ないものをなんとかしようとするという話ならば、それはきっと無意味なことだと俺は思っただろう。


だが膨大な魔力という、有り余るものを制御出来るか、どうか。それは俺には分からなかった。


 分からないということは、不可能と確定することよりも希望があるはずだ。そしてその希望という名の不確かさの一端は、彼女が言った言葉の中にもある。


「君は昨日、自分の魔法をなんとかしようとしても出来なかったと言ったな」


「え? ……はい」


「それは『解決策そのものが存在しなかった』という意味か? もしくは……『解決策自体はあるが、その実行が自分には不可能だった』という意味なのか?」


 この二択のどちらであるのか。不確かなのはここだ。そして可能性の芽があるとすれば、後者の択にそれは眠っている。


 んんっと。彼女は俺の言葉を咀嚼するように考え込み、それから、言った。


「後者です」


 その言葉を聞いた瞬間、少しだけ、自分の内に高揚感が沸き上がるのを感じた。


「……それは、どんな方法なんだ?」


「そうですね、なんというか……一流の魔法使いの、弟子になることです」


 なるほど。確かにその道のプロであれば、魔力を制御出来るようになる修行を与えることも出来るのだろう。


 けれど、と彼女は続ける。


「私なんかじゃ弟子にはしてもらえないと思います。血縁関係や仲間からの紹介とか、なにかしら実績を修めて認めてもらうとかでないと……」


 例えるならば、元の世界で俺が大手企業のベテランからマンツーマンで指導してもらう、というようなものなのだろう。確かに絶望的な話ではある。それでもまだ、やりようがある方法だと俺は思った。


 縁にも権威にも関わりを持たない力が、人の世にはあるからだ。それは──金だ。


「いわゆる一流の冒険者という者でも、多額の金銭を求めていたりしないだろうか?」


 そう俺は、彼女に問うた。


「え? ……ええ、そういう方はいらっしゃると思いますけれど」


「ならば決まりだ」


「決まり、って」


 不確定要素は多く、絵空事ですらあるかもしれない。それでも可能性はゼロとは言い切れないはずだ。一呼吸して、俺は彼女に言った。


「金を払って弟子にしてくれる、一流の魔法使いを探す。そしてその金を集める。これを俺の、君への恩返しとさせてくれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ