二十七話・A.End
放出された魔力の塊が、ミルを消し飛ばしていく。
「…………」
『よくやったぞシンイチ。…………どうした?』
「まだ、終わっていない」
『何を……』
「行くぞブラーゼ。もう少しだけ、俺に力を貸してくれ」
俺は飛び立ち、抉れた大地の上を翔け抜ける。その先には再生しつつある不定形の黒い塊があった。
手のひらに魔力を集中する。無貌の者からは感情を読み取ることは出来ない。だが俺の存在には気づいているはずだ。だから俺はミルに問い掛けた。
「何か、言い残したいことはあるか?」
「………………肚が減ったな」
肉を裂くような不快音と共に、塊から無数の触手が俺を目掛けて突き出される。
その触手が届くよりも先に、俺が撃ち放った魔力が黒い塊を圧し、呑み込んでいき、ミルの全存在を跡形もなく消滅させた。
今度こそ、決着は着いたのだ。
俺は、フラウの元へと向かった。
彼女は笑い、俺も笑った。互いに感謝をした。
その心の内は、きっと生き残った安堵と喜びに溢れているのだろう。
それから……そうだ。
俺もフラウも、もはや無能ではない。
冒険者として、これからも二人で様々な冒険へと挑んでいくことだろう。
まずは彼女の望み通り、美食の旅へ出掛けた。沢山の旅の中に様々な喜びを発見し、出会いがあり、仲間が出来て、時に人を助け、立ち塞がる障害を乗り越えて。
きっと幸せに生きていったのだ。
・
筆跡の乱れたノートが、目の前にある。俺はペンを握っていた。が、指が力を失い、落ちたペンが床を転がっていく。
ひりついた痛みを感じるほどに、喉が乾いていることに気が付いた。ふらつきながら立ち上がり、狭いキッチンの蛇口を捻り、両手で水を掬い上げそのままの勢いで口にぶちこむ。それだけでは足りないように感じ、もう一度ぶちこんだ。
キッチンに立ったまま、出続ける水を眺めていた。しばらくしてから水道を止める必要があるということに気付き、そうした。指から垂れる水滴が床を濡らしていくのを、ぼんやりと見詰めた。酷く空腹を感じたし、眠気を感じた。だが、食事をする気にも、眠る気にもならないことを思い、そのまま立ち尽くしていた。
自分はどれくらいの間、文を書いていたのだろう。
ふと横を見ると、玄関のポストに白い紙が詰まっている。取り出すと、その中には幾度かの無断欠勤を理由とした、解雇通知があった。それももう、どうでもいいことのように思った。
俺にもう、やるべきことは何もない。
その言葉はなんの引っ掛かりもなく、俺の胸にストンと落ちた。あるいはそうなるが為、そうなれるまでの時間稼ぎが、俺の手を動かし続けたのかもしれない。
非の打ち所のない、この俺自身とは別の物語。実に異世界ものらしい、空想上のハッピーエンド。そんな現実逃避の時間は終わりを迎えたのだ。
なのに。
今ここにいる現実の俺は、未だに存在を続けている。思考があり、肉体があり、心臓が動いている。出来ることもなく、やりたいことも考え付かない、どうしようもない命がまだ残っている。本当にもう、どうしようもないというのに。
立つことに飽き、何を求めるでもなく、部屋の中をうろついた。当然、何を見出だすこともない。ぐるぐると、部屋を歩き続けた。やがて黒い窓に、少しだけ青みが混じり始めていた。朝が来るのだと思った。部屋の外があることに、初めて気付いたような気持ちになった。外に何があるというわけでも、ないのだが。
部屋で歩くことに、飽きたのかもしれない。俺は靴に足を突っ込んでドアを開けた。




