二十三話・想定
「せっかちだね……いきなり全開かい?」
《蝋の翼を捥ぐ光》
《刺し貫いて殺す》
フラウが超高密度の魔力を濃縮された火球を打ち放ち、アリアが黒線を描く槍のような波動を打ち放つ。
案の定と言うべきか、より速くこちらに向かってくるのはフラウの火球。
《転送》──《全てを忘却させる傘》
十年前、アリアとパーティーを共にした時に現れた死神の一撃を、容易に受け止めてみせた傘。当時よりさらに改良を加えたその魔道具はフラウの炎を受け止め、消し去り──そうして、パキリと砕けた。
「中々強力だね。なんてことだ、私のオキニの傘が一撃で……」
「私は無視か? このクソミル野郎ッ!!」
「酔ってるのかい? 野郎は女性に使う言葉ではないよアリア。君なんてどうとでもなるんだから……」
《転送》──《惑わせる羅針盤》
向かい来る黒の槍に私の羅針盤をかざしてやると、それは真反対に軌道を変え、術者本人であるアリアを目掛けて直進していく。
大方防御魔法を想定していたのだろう。アリアの放った魔法は防御貫通に優れたものだ。人間に対してならば、その殺傷力も十二分。だがそれが自分自身に向かったのならば、もはや彼女にそれを止める術はない。
「君はこれでさよならだ、アリア」
「アリアさん……ッ!」
「……舐めてんじゃないわよ」
次の瞬間、私は多少、目を見張った。
アリアに向かって直進していたはずの黒の槍が軌道を僅かに変え、彼女ではなく、そのすぐ傍の地面を抉り取っていったのだ。
少々角度を誤ったか? そうは思えない。確実に、途中で軌道が変わっていた。惑わせる羅針盤によって奪った魔力の支配権を奪い返された……?
そんなことをされた前例は、今までにない。何かの魔法を使われたとも思えない。だが目の前に起こったことだけが真実だ。何かがあるのだ。アリアが何かをしたのだ……私は少しだけ、彼女の評価を改めた。
「二人共、油断出来ない相手みたいだね。けれどこれは……どうかな?」
《転送》×2
《超衝動性流星群》 《時を知らぬ歯車》
彼女らの上空に二つの魔道具を招来させる。瞬く間に、音速を超える隕石が地に降り注ぎ、耳を劈く破壊の音色が、草原を、森を、全てを破壊し尽くしていく。
これを避けることは不可能だ。防御魔法ならば、辛うじて間に合うかもしれない。だがそれもまた無意味。
質量と魔力との塊そのものの歯車が後を追い、重い震動を奏でながら大地へと降り立った。どんな守りもこれの前では無力でしかない。
新一の世界では、こういうのを確殺コンボと言うのだとか。
「こんなところか……生け捕りにしたいところではあったけど、万が一があっては困るからね」
決着は着いた。
私はそう思い込んでしまった。だから気づくのが完全に遅れたのだ。
背後にある、二つの魔力に。
あり得ない。
ただ速く動くというだけで、あの隕石を避けられるはずもない。否、一つだけ可能な方法がある。だがそれこそもっとあり得ない。
しかし、現実に起きたことだけが真実だ。
これは転送だ。だが戦闘の最中、多大な集中を要するその魔術によって自身を、ましてや他者も含めて思い通りの場所に移動させるのは神業と言って良い。
私は魔力量だけを見て、今のアリアもまた取るに足らない相手であると判断していた。だがきっとこの十年の間に彼女が鍛え上げたものは、その多くを生まれつきの才能に左右されるような魔力量などではない。
彼女が研鑽を重ねたのは、魔力の精密動作性なのだ。それを以て、思い通りの転送を実現させた。
そう、先ほど気づくべきだったのだ。魔力の支配権を取り返してみせたのも、その制御力がゆえのことだ。
「これは完全なる想定外だよアリア……!」
「言うのが十年遅いわ。──死ね」
《殺意の映し鏡》
《蝋の翼を捥ぐ光》
黒き光が、炎の光が、混じり合い、私の視界を押し潰していく。
一瞬だけ、意識を失ったのだろう。
抉れて岩盤を露にした地の底に、私は倒れていた。
《這い寄る抗体》──。
あらかじめ体内に仕込んでいた魔道具によってダメージを軽減し、私は生きながらえていた。だが、生きているだけだ。身体中が酷く痛む。思うように動かすことが出来ない。常識的に考えれば、まず治癒魔法を使うべき。
だがそんなことをしても時間の無駄だ。現時点で私は既に詰んでいる。
あの二人を前にすれば誰しもがそう思うだろう。自在な移動を可能にするアリアと別次元の攻撃力を持つフラウ。これではどんな防御策も意味を為さない。常に即死の不意打ちを放てるチートじみた組み合わせだ。
死。
それを前にして、私は改めて考える。人生が今ここで終えることに納得できるかどうかを。私は今満ち足りているのか、否これまで生きてきて、自分が満ち足りた瞬間が一度でもあったのかどうか。
そんなものは、一度もない。
まだ、足りない。私は、まだ飢えている。
いつか私のこの飢えが満たされる時が来るまで、死ぬことなどはまっぴらごめんだ。
《転送》
私は右手に現れた注射針を、躊躇なく己の首に刺した。
未完成の魔道具だ。これで果たして私が私を保っていられるかの保証はない。だけど、どちらにせよ、似たようなものなのかもしれない。自分はとっくに人間の形を投げ捨てているようなものだろうから。
それなら、たまには。
黒く変色し、流動的に蠢く自分の身体を眺めながら、私は決意を固める。
──悪くはないだろう。イチが出るかバチが出るかと。神の振る賽の目に、すがってやるというものも。




