二十二話・二つの魂
新一の眼球に押し付けた煙草を投げ捨てて、私は実験の説明を始める。
「これは異世界とはまた関係のない内容なんだけど。そうだね、私の個人的な見解としては、魂と魔力は密接な繋がりを持っていると思ってるんだ。例えるのなら、魔力は液体のようなものであり、魂は魔力を容れることが出来る容器のようなものではないかと思っている。
以前ね、生きた人間の中に別の魂を入れたことがあるんだ。一つの肉体に二つの魂という状態。結果から言えば、その人間は死んだよ。まるで反発し合うように、互いの魂に含まれる魔力が暴発して、その肉体は跡形もなく爆散した。それで思ったんだ。魔力を持たない君の場合は、一体どうなるんだろうってね。
それが今から行う実験だ。君の中に、もう一つの魂を与えるんだよ。面白そうだとは思わないかい? ……さあ、どうなるのかな」
《魂の転送》
無数に保存してある魂の一つを、彼に与えた。予想し得る未来は三つだ。以前と同じように魔力が暴走して、今以上に細切れの肉片になるか、この命の部屋の効力を無効化して完全に消え去るか……あるいは、二つの魂が共存するのか。
さあ、どうなる……。
しばしの間、私は結果を見守った。
しかし、何も起こらなかった。少なくとも、魔力が暴走する兆候は見受けられなかった。まさか、これは……。成功か? と、軽い高揚を覚えたその瞬間。
「……!?」
周囲の肉片が、ズリズリと床を這いずり動き始める。それは私の目の前で1ヵ所に集まっていき、折り重なり、隆起し、グジュリグジュリとうねりながら、やがて人のような形を作り始めた。
──マズイ。
《押し潰す重力》
私は重力魔法を放つ。グシャリとした音と共に、人の形を成し始めたそれは、床に潰れた肉溜まりとなった。
「……素晴らしい。おそらく二つの魂が宿ることで、魔力を共有出来るようになったようだ。それにこの治癒魔法の回復スピード。私ほどではなくとも、中々の魔法使いの魂を宿らせてしまったようだね……」
《魔力封印》
私は肉溜まりを囲うように、紫に光る魔方陣を出現させる。
「これで君は魔法を使えない。いいや、君たち、と言うべきかな? ……君は何から何まで私の想定を超えて来るよ、新一君。今日でお別れになるだろうかと思っていたけれど、こんなものを見せられてはそうはいかない。これからも長い付き合いになりそうだね──ん」
私は突如現れた魔力の反応を感知する。数は二つ。この魔力は……。
「……ッ!」
その時、黒く輝く魔力の奔流が盛大な破壊音を鳴らして壁を突き破り、私の方へ向かってきた。私は身体を引いて躱し、壊れた壁から部屋へ踏み込んで来た、二人の人間を見やる。
その片方、艶のあるブラウンの髪を左右非対称に分け、深紅のローブに身を包む女性を、私は知っている。
「やあ。私を殺しに来たのかい? アリア」
「今さらアンタに興味ないわよ、もう良い年だしね。私はただ、弟子の身内を助けに来ただけ……まあついでにブッ殺してやるわ、クソミル」
「なるほど、世界は狭いものだね。君が彼女の師を務めたのか。お師匠様の修行はどんな具合かな? フラウちゃん」
私はにこっと微笑みかけて、アリアの横に立つ、金色のロングヘアーと白いローブの少女に話し掛けた。
「……シンイチさんは、どこですか?」
雑談に応じもしないか。可愛らしい顔で、精一杯に睨みを利かせて……やる気満々だな。面倒くさい。
まあ、良い。手頃なサンプルが二つ手に入る、そう考えるとしよう。
さて。アリアはともかくとして、修行の仕上がり具合にもよるけれど、フラウは少々厄介そうだ。少し、出鼻を挫くとしよう。
「フラウちゃん、これが新一君だよ」
そういって、私は肉溜まりを指してやる。
「……え……」
「君は彼を助けに来たみたいだけれど……残念ながら手遅れだったね。もうこんなのになっちゃった」
「……そんな……シンイチ、さん……?」
少女の顔が青ざめる。そう、良い子だ。それで良い。絶望するんだ。戦意を喪失しろ。
「……フラウッ!!」
渇を入れるような一声が、部屋の中に響き渡る。
「おそらくまだ彼は生きてるわ! 無事に帰ることだってきっと出来る! 今は目の前のコイツを潰すことを考えなさいッ!!」
「……! 分かりました……!」
即座にフラウは臨戦態勢を取り戻す。動揺した瞬間に師のフォローが入ったとはいえ、助けようとした人間が潰れた肉の塊になっていたわけだが、あまり堪えているようには見えない。うん。どういう精神力をしているのだろう、この少女。
興味深いことだ。私の中で少しだけ、少女の価値が上がっていく。
「……貴方を、倒します。ミル様」
「受けて立つとしようかな。でも、これ以上部屋を壊されても困るからね。──外でやろう」
《転送》
・
私は建物の外の草原に移動した。黒衣の袖から煙草型の、魔力を強化する魔道具を取り出して一吸いする。
《狂い起つ活力》
煙を吐きながら、私は周囲の景色を見やった。伸びた草が緩やかに風にそよぐ。陽光に当てられて、森林が様々な色彩を見せている。遠くには、青々とした美しい山脈がどこまでも続いていた。
個人的には、自然というものは嫌いでもない。だからほんの少しだけ残念だ。戦いが終わった時、この景色は惨状へと変わり果てていることだろう。
もう一吸いした時、草原に、二人の魔法使いが降り立った。
「来たね。さあ、戦闘を始めようか」




