十九話・魔法戦士の少年
冒険者ギルドに併設された酒場、その一つの卓上には、湯気の上がる溢れんばかりの料理が盛り付けられていた。そしてそれらは、まるで幻であったかのように次々とその姿を消していく。
「はむっはむっはむっはむっ……!」
「すげぇ食うな!? そんで食うの早いな!? 手品かよ!?」
同じ卓に座する、痩せこけた少女によるその光景を見て、剣を背負い、皮鎧を着込む若い少年が驚愕する。
「はむっはむっふぁっすいまふぇん……!」
「気にしなくていーのっ」
食べ物を口に残したまま謝る少女──フラウに、いかにも武闘家然とした軽装の、彼女と同い年ほどの少女が気さくに言った。
「お腹空いてたんでしょ? いっぱい食べて食べて!」
「あ、あ、ありゅふぁとうほざいまふぅ……!」
「はぁ……二人とも、ホントお人好しが過ぎるわよ……」
黒い衣服に身を包む、どことなく陰のある盗賊の少女がぼやく。
「仕方ないだろう。こんな女の子がその辺の草を食っていたんだぜ?」
そう──数刻前、空腹に悶えながら道なき道を歩いていたフラウは「草、食べようかな」と思い至り、その辺りに生えていた雑草を噛み千切っていた。
「草食べてる……っ!」
その現場に居合わせたのが、魔法戦士の少年、武闘家と盗賊の少女の三人の冒険者パーティーであった。
少年が声を掛け、「お腹が空いて……」と唸った痩せたフラウの言葉を聞き、彼は即座に判断した。
彼女に飯を食わせよう──と。
そうして街に連れて行き、今に至るわけである。
「ご馳走さまでした……!すみませんありがとうございますありがとうございます……!」
食卓の皿が空となり、フラウは何度も何度も深々と頭を下げる。
「良いってことよ。そんで一つ提案があるんだが……君、魔法使いだよな?」
魔法戦士とは、文字通り魔法も剣術も扱える者のことを指す。従って少年は──その大小までを見抜けないにしても──フラウの内に宿る魔力を感知していた。
「……? 一応、魔法は使えますが……」
「なら決まりだ。俺たち冒険者になったばかりなんだけど、もう一人仲間が欲しいんだ。君、ウチのパーティーに入ってくれよ」
その言葉を聞いたフラウは考え込む。思考の内容としては、次の一言に集約されることだろう。
──私なんかが、他の人とパーティーを?
冒険者同士が結束し、冒険を共にする。それこそがパーティーである。それ自体は、決しておかしなことではないのだろうとフラウは思う。『美食冒険記』の冒険もまた、仲間と共に食の道を探求することはありふれた展開だった。
しかし問題は、彼女自身の魔法なのだ。果たして、自分がどうして彼らの役に立つのだろうか。それどころか、迷惑をかけるばかりに違いないのだとフラウは思う。
ご飯を恵んでくれた、恩もある。けれども、その恩に応えられるだけのものが自分にはないのだと彼女は思う。そうとなると、自分は食欲に負けてなんて愚かしいことをしたのだろうと、酷く後ろめたい気持ちに駆られていく。
「あ、あの……」
「? どうした?」
「わ、私は…………。……すみません。皆さんと冒険というのは……とても……」
「なに遠慮するこたないさ。なにせ俺は勇者になる男だからな!」
「ゆ、勇者?」
「まーた言い出したよ」
武闘家の少女が、けらけらと笑う。
「……自称勇者も良いところでしょ……。駆け出しの冒険者のくせにね」
盗賊の少女が、呆れたように息を吐く。
「そんな言い方ねぇだろう。男に生まれたからには冒険談に語られる大主役、勇者を目指すのは当たり前のことだ」
魔法戦士は、胸を張ってそう言い切った。
「それに君を仲間にするのには、十個ほど理由があるんだぜ」
「はひ? じゅ、十?」
それから少年の熱弁が始まった。
なにせウチには魔法の専門職がいないのだとか、助けた人が仲間になるなんていかにもロマンチックじゃないかとか、本当に十の理由を捲し立てていったのだ。
フラウがいえ、とかでも私は、などと口を開いても、遠慮はいらないとばかりに、あるいは引くということを知らないように、少年の勧誘は止まらない。これでは断ることの方が難儀なほどの熱意だった。
「……分かりました。私でよろしければ」
とうとう彼女は了承した。
それでも、フラウが彼らと共に行こうと決めたのは、決して少年の熱弁に負けただけではなかった。
──彼は、ほんの少しだけ、私に似てるから。
勇者という、少年の抱く物語への憧れに、フラウは確かな共鳴を感じ取っていたのだ。
「よし! やったな皆。これでもう、早速冒険に出られるぞ!」
「冒険、と言いますと……?」
「ゴブリン退治さ!」
・
なりたての冒険者が、ゴブリン退治。それはごくありふれたことと言えるだろう。
それほどにゴブリンは身近で、魔物としては脆弱で、冒険者であれば誰もが通る最初の道だ。
「おりゃあああああっ!」
「はッ!!」
「……隙だらけ」
それを証明するように、一党は既に三匹のゴブリンを仕留めていた。森の中で剣を振るい、拳を叩きつけ、短刀で首を裂いて。
彼らに貰った白いローブを身に纏い、フラウは後方で待機していた。通常、駆け出しの魔法使いというものは日に数回の魔法の行使が限界である。ゆえに魔力は温存するのがセオリーとなるのだ。魔法剣士の少年もまた、たった一度だけしか使えない己の魔法を、いざという時のために残すと決めていた。
「やっぱりゴブリンなんて楽勝だな!」
少年が快活な声を上げると、それを嗜めるように盗賊がぼやいた。
「……調子に乗って、ヘマをしないこと。まだたった三匹よ。ゴブリンなんて一匹いたら百匹はいるのだから……」
「まあそういうなよ。それに俺がヘマをしたって、お前らがいるだろう?」
「任せといて! 全部私が叩き潰して上げるわよ!」
武闘家がどんと胸を叩き、頼もしく声を張り上げる。
冒険の最中に掛け合う、仲間同士の談笑を一歩引いたところからフラウは見ていた。楽しげで、それゆえに自分がその輪に入れるものだろうかと思いながら。
あるいは、そういった立ち位置にいたからだろうか。
最も早く危機に気付いたのは、彼女だった。
「それに君もいるしな…………!?」
フラウにもまた朗らかに声を掛けんとした少年は、彼女の表情の変化を見た。
驚き、恐れ、戦慄を浮かべる表情はすぐさまに、彼女の言葉となってその原因を露にする。
「ゴブリンの群れです、皆さん──!」
「な……っ!」
彼らの前に現れるは、ゆうに十を超える小鬼の群れ。
いかにひ弱なゴブリンといえど、この数相手では駆け出しの冒険者では手に余る。
少年はそれを即座に理解し、その決断もまた早かった。
「よし逃げるぞ!」
おもむろに駆け出した少年に、仲間たちが後を追う。
「判断が早いッ! アンタそれでも勇者目指してるの!?」
「勇者は勝つやつのことじゃない。負けないやつのことなんだぜ!」
「……屁理屈……」
やいのやいのと言いながら、どこか楽しげな冒険者たち。……まるで彼らは知らないかのようだった。冒険とは、楽しいだけのものではないのだということを。
「あ……!?」
突如、武闘家の少女が前のめりになり、倒れ伏す。
血の滴るその足には、矢が刺さっていた。
ゴブリンの群れの一匹に、弓をつがえる者がいた。通常の個体より、一回りほど賢いのだろう。人間から奪った弓矢を、人間と同じように使い、武闘家の足を射抜いたのだ。
「この、野郎ッ!!」
《初級炎魔法》
「GYAAAAAAA!!?」
魔法剣士の少年が放った火球が、弓のゴブリンへ真っ直ぐに飛び、その身を焼き焦がし、たちまちに生命を奪った。ゴブリンの群れは喚きながら、燃える仲間の死体から離れようとお互いを押し退けあっていた。
その隙に少年が、仲間たちが、武闘家の元へと駆け寄る。
「立てるか……!」
「う……ぐぅ……」
矢は深く脚に刺さっていた。盗賊が武闘家に肩を貸し、なんとか立ち上がりはしたが……少なくとも、走って逃げるなどということは出来そうにはない。そうして人を一人担いで逃げるということも不可能であるだろう。
ゴブリンたちのパニックは、既に収まりつつある。次の瞬間にも、奴らは数に任せて牙を剥くだろう。
だからと言って、武闘家を見捨てるという選択肢は少年にはなかった。彼の逃走は、仲間と共に逃げるという前提があってこそ。仲間の危機を前にして自分だけが生き残るなどとは考えもしていない。
それはまさに、彼の目指す勇者の姿そのものとも言えるだろう。しかし、彼は未だ勇者ではないのだ。
安物の剣を抜き、虎の子の魔力も底を突いたことを思い、脂汗の滲む額を乱暴に拭って。
──必ず、助ける。
それでも決意を固め地を蹴ろうとした彼を──引き留めんとする、細い腕があった。
「駄目、です……!」
「なんだ、俺は行くぞ…………!?」
少年は、その時感じた。自分を引き留めたフラウが臨戦態勢に入り、そうしてそこに流れ溢れる、あまりにも圧倒的な魔力の渦を。
それはとても、あの控えめな少女であるとは到底思えなかった。自分の目の前にある者は、一体なんであるのだろうか。そんな、心の底から沸き上がった、畏怖に近しい名付けがたき情念が湧き上がる。
「…………君は……一体…………」
「……私が、戦います。危ないと思うので、下がって下さい」
彼女に圧倒された少年はしかし、その場から動けないでいた。その様子を見て取ったフラウは自らを前進させた。ゴブリンの群れへと向かって。
村のためには用いなかった魔法を使おうとすることに、フラウの胸は後ろめたさにズキリと痛む。それでもフラウは彼らを助けたいと念じた。自分にご飯を食べさせてくれた、明るく、楽しげに仲間と言葉を交わす彼らを。胸の痛みに構うことなく、前へ前へとフラウは踏み出す。
ゴブリンの群れが一斉に飛び掛かり、同時にフラウは魔法を唱えた。
《初級炎魔法》
瞬間フラウの視界は、燃え盛る火炎に覆われた。その炎は彼女自身をも襲い、一瞬の熱気は刹那の間に激痛へと変貌し──意識が、飛んだ。




