十五話・楽しさ
ああああああーーーーーーー!!!
朝、目覚めたアリアは絶叫していた。
アリアは酒で正気は失っても、記憶を失うことはないタイプである。従って、昨日のことは余すことなく覚えていた。
ミルを名乗る不審な人物としか認識していなかった彼女は、思い返せばミル以外の誰でもないだろうと思ったし、自分が常軌を逸した言動を繰り返しながらも、いつの間にやら彼女と共にダンジョンへ行くこととなっていたのは、酒の抜けた彼女に大いに羞恥と混乱をもたらしたのである。
そんなこんなでひとしきり叫び散らし、ベッドからもんどりを打ち、逆さまの状態で荒い呼吸を繰り返しながらも、アリアは時間をかけて冷静さを取り戻していく。
──どうして、ミルは私の前に現れたのかしら?
当時、アリアが既に魔法使いとして注目を集めていたように、ミルもまた天才として名を馳せていた。だからいつの日か再び会うことが出来るだろうとは思っていたのだ。まさか、あんな再会の仕方になるとは思っていなかったが。
だが、まあ、なんでも良いのだと最終的に彼女は考えた。
冒険を共にするのであれば、自分の力をミルに見せつける機会はいくらでもあるのだ、と。
「待ってなさいよミル……私が期待外れかどうか、たっぷりと思い知らせてやるわ」
・
例のダンジョンは、街から遠い場所にあり、途中までは馬車を用いて向かっていった。自然、語らいの時間が生まれることとなり、飛び交う言葉は尽きることがなかった。故郷のこと、互いの冒険のこと、研究のこと、美味い酒のこと。十年もの間会っていなかったのだから、積もる話は山ほどあった。
──よく話すようになったわね。
アリアはそう思った。ミルは必要なこと以外は口にしないような、寡黙な少女だった。思えば別れ際、もう縁が切れんとするあの瞬間が、ミルが最も饒舌だった記憶がある。
時たま妙な知識や理論が飛び出ることはあったが、今のミルはよく喋り、よく笑い、適切な気遣いを見せ、パーティーを共にする人間として相応しい、まるで絵に描いたような友好性を感じさせたのだ。彼女も成長したということだろうか、とアリアは思った。
「ねぇ、そういえばどうして私を誘ったの?」
既に馬車を降り、ダンジョンへの道筋を歩いている時アリアは尋ねた。
「ダンジョンの攻略に、君が必要だと思ったからね」
ダンジョンと呼ばれるものには二種類がある。一つは洞窟や廃墟に魔物が住み着いたそれを指す場合。もう一つは強大な魔力によって生まれた人智を超える構造物を指す場合。
今回は後者である。大抵、そのようなダンジョンは死と隣り合わせの高難度を誇っているが、他では見られない希少なアイテムや冒険者垂涎の魔法の武具が眠っていることも多いのだ。そして攻略が困難であるほどに、それを成し遂げることは栄誉となり、誇りとなる。冒険者にとって、それは己の人生を終わらせる墓場でもあり、力と富と名誉を望める夢の頂でもある。
彼女らの目指すダンジョン──見目は石に似た材質で構成された、灰の塔と呼ばれているそれは天を突かんとするほどの高さを誇り、踏破に成功した冒険者は未だ現れていないらしい。数日を掛けて探索しても頂上へ辿り着く目処は立たず、内部は強力な魔物が蔓延り、外から浮遊魔法で到達を試みた者は高速移動する鍬形の魔物に襲われ、逃げる間もなく悲惨な死を遂げたそうだ。
ミルはここ最近グレインとペアでパーティーを組んでいたが、このダンジョンへ挑むにあたり、二人では戦力が足りないと判断した。となれば、新しい仲間を探すのは必然だ。
しかし、これが以外と難しいのだ。いかに名が売れていようと、昨日今日知り合ったばかりの者に、どうして自分の命を預けられるだろう。困難であればあるほど、志を同じく出来る人間を探すのは難しい。
「そこで君だ。アリアならきっと私と共に来てくれると思ったからね。……なんか予想以上に手間取った気はするけれど」
「後半はいらないって。でも……はぁ、私のこと期待出来ないとかなんとか言ってたくせにさぁ……」
「? 何の話かな?」
「こういうのって、言った方は大体覚えてないわよねー」
まあ、別になんでも良いのだ。こういうのは個人的な気持ちの問題である。今回の冒険でミルに自分の力を認めさせることで、自分の雪辱は晴らされるのだとアリアは確信していた。
「そんなことよりほら、見えたわよ!」
アリアの指差す先に、灰の塔が聳えていた。
・
一月後、アリアとミルとグレインの三人は灰の塔を制覇した。
雲を突き抜ける塔の頂上で、グレインはアリアに声を掛けた。
「緑色の蛇だか龍だかよく分からん奴だったが……まあ、俺たちの力ならこんなもんだな。お疲れさん、アリア」
頂上に待ち構えていた、ダンジョンの主を突っつきながらアリアを労う。
「ええ、そっちもお疲れグレイン」
最初に出会った時の記憶が強烈すぎてしばらく不信感が抜けなかったし、それはそうとして『筋肉こそ全て』とか言い出すのには呆れたのだけど。グレインがいなければ、自分は何度死んでいたか分からない。それくらい、彼は頼りになる戦士であった。
そして自分は頼りになる魔法使いだ。アリアは胸を張ってそう思うことが出来た。今回の冒険で、彼女はミルに勝るとも劣らない活躍をした。心の内にあった一点の曇りは既に、清々しく晴れ渡っていた。そしてなによりも──
「楽しかったわね……」
今回の冒険は、心の底から、実に楽しかったとアリアは思う。あるいは、これからもこの三人で。
そう思い、アリアはミルに歩み寄る。
「こんなものか」
ぼそりと、ミルがそう呟いた気がした。
その彼女の表情は、まるで子供の時を連想させる、無表情そのもののようだった。
「ミル……?」
「ん? なんだいアリア」
気のせいだったのだろうか、アリアが声を掛けた時には、彼女はにこりと微笑んだ、友好を表すような表情に戻っていた。
「あのね、思ったんだけど。これからも私たち三人でパーティーを続けていかない?」
「ああ。…………それは」
ジャラララララララララ……。
その時、唐突に、激しく鎖が擦れるような音が聞こえてきた。
──下から、何か、来る。この速度、それにこの魔力は……!?
三人は、自分たちが登ってきた頂上の入り口を振り向いた。互いに身を寄せ、魔力を意識し、剣を抜く、完全な臨戦態勢を以て。




