十四話・三人の狂人
ミルの手掛かりはせいぜい、村の外にいるかもしれない、というだけのものだった。
ゆえにアリアが村の外にある森で、小さな子供の足跡を見つけたのは、幸運の女神の気まぐれとしか言いようがなかっただろう。
足跡を辿った先に、白髪の少女はいた。傍らにある一角の生えた猪の魔物の死骸に、両腕を突っ込むようにして臓物を検めていた。
「はぁ……はぁ……ミル……!」
ミルは血に濡れていたが、アリアはそんなことには構わず彼女の名を呼んだ。
「なんだアリアか。魔力の気配が近づいてくるから、強い魔物でも来るのかと思ったよ」
まあそんな魔物はこの辺にいないしね、と呟きながら、ミルもなんでもないような様子でアリアに向き直る。
「はぁ……何……はぁ……してるの……?」
全力疾走を続けて上がった息を整えながら、アリアはようやく白髪の少女の奇行を捉える。
「この子の身体を調べていたんだ。魔物の体内なんて見たことないって、好奇心が湧いてね。でも、意外と普通の構造みたいだ」
「そう、なの……」
正直、彼女の言っていることは何も共感出来なかった。それでも、あまりにも普通のことのように、淡々と話すので、とりあえずは受け流すことに決めた。
それよりも、言わなければならないことがあるはずだ。
「……村の外に出るって、本当なの?」
「本当だよ。もう出てはいるし……」
「どうして……?」
「あの村はもう全て見たからね」
「……見た?」
「うん。村で得られる知識や文化風習、総住民242人の生活、思考、価値観、好み。大雑把に言えば、そんなところ」
後は君かな、とミルはアリアを指差した。
「魔法を教えた結果、完全に想定通りに習得が進んだ。想定通りということは、予想外の可能性は期待出来ないということだ。だから指導も今日で終了とするよ」
「何、言って……」
「君の問いに答えているだけだよ。私はもっと未知のことを知りたいんだ。未知はもう、あの村にはない。だから私は外に行くよ」
ミルの言葉に、アリアは何をどう言い返せば良いのかが全く分からなかった。行かないで、と言って止まるようには見えなかった。私も一緒に、とも言い出せなかった。彼女は遠回しに、自分のことは眼中にないと言ったことを悟ったからだ。それが悔しくて、涙が滲み出てきていた。それでもアリアはなけなしの言い分を振り絞った。
「村長に、あんなことをしてまで……?」
「あんなこと? 別に、殺してはいないよ。私が見た限りでは、人間が最も恐れているのは死だからね……。四年前の嵐を覚えてるかな? 土砂崩れが起きて村人が死んだ。人間が死んだ時、生き残った人間はこんな顔をするんだなと思ったね……」
それじゃあ、私はもう行くよ。
投げ掛けることの出来る言葉は、もう何もなかった。振り向きもせずに遠ざかっていくミルの背中を、アリアは茫然と、見えなくなるまで見詰め続けることしか出来なかった。
・
ミルが村を出てから七年後に、アリアもまた村を出た。
「お金を稼いだら必ず仕送りするわ。そして冒険者として名を上げて、この村一番の出世頭になってみせるわよ」
アリアが両親に言った言葉は、真っ赤な嘘ではなかった。が、八割方は嘘だった。
残りの四割は、外の世界への好奇心。多感な十五の歳になった彼女もまた村に対して窮屈さを感じ、日常の平和よりも危険を冒してでも得られるスリルを望んでいた。
そうして残りの四割は、『期待が出来ない』と言い放ったミルへの苛立ちと見返したいという気持ちによるものであった。それはほとんど、彼女の人生における唯一にして最大の汚点と言ってよかった。
──舐められっぱなしじゃあ、終われないわよね。
この世界のどこかに、ミルもまたいるはずだ。もっともっと魔法の腕を磨いて、そうしていつか、奴をぎゃふんと言わせてやると決意していた。
・
それから更に三年。両親に言い放った建前の通り、彼女は着々と冒険者としての名声を集めていた。若くして筆頭を現した期待の新星として、人々の注目を集めていたし、酒の美味さにも既に目覚めていた。
「今日もお酒が美味しいわぁ~~! ヒック!」
そういうわけでその日、彼女は酒場でべろんべろんに酔っ払っていた。そしてそんなべろんべろんな彼女を見て言葉を交わす二人がいた。
「……彼女、どう見ても完全に飲んべえなんだけど。本当にあいつを誘うのか?」
「心配いらないよ。彼女のことは聞いたことがあるだろう?」
「それはそうだが……あれが期待の新星サマの姿なのか……?」
「問題はないよ。なによりも、私の誘いを断ることはないだろうから。彼女は私の、旧友だからね」
そう言って、アリアの席へ近付く二人の男女──そのうちの白髪の女性が彼女へ声を掛けた。
「やあ、アリア」
「誰やねーんッ!!」
アリアの持つ酒樽が、唐突にテーブルへ叩きつけられた。
「うおっ」
剣を背負い、ガタイの良い身体に頑強な鎧を纏った青髪の男が思わず驚き、そうして内心でぼやく。
──あまり刺激を与えないで欲しい。俺が俺を抑え込めなくなっちまう。
「なあミル、もう早いとこ話を進めてくれ。……ミル?」
しかし男がミルと呼び掛けた女性は反応を返さず、思考を垂れ流すようになにやらぶつぶつと独り言を呟いている。
「面白いイントネーションだ……さながら異国の言葉。否、どちらかといえば同一言語が形を変えた方言のようなものに近い……酒にそのような変化を及ぼす効用が……? そんなものはないはずだが……可能性として考えられるのは……」
「うおい!?」
──なんなんだコイツ、また変なスイッチ入ってやがるな!? ちくしょう俺が行くしかねぇか……!
「な、なあ」
「……ああん?」
「俺たち、ダンジョンに挑もうと思ってるんだ。それでアリア、君をパーティーに……誘お、う、と……………」
言葉が途切れ、そうして男はアリアの顔を食い入るように見詰めている。
「なによアンタ、人の顔まじまじと見て。物理的に全方位に圧縮されたいの?」
何か物騒なアリアの言葉を投げ掛けられても、男はまるで聞いていないかのように動じない。その口からポツリと一言、
「天使だ」
「あ?」
「ん?」
アリアと、我に返ったミルとがその言葉に疑問符をこぼしたが、しかし男はもう止まらなかった。
「その、紅の美しい肌。間違いない。君は、いいや貴女は天使だ。貴女を前にして俺の心は……一枚の花びらのように堕ちてゆきました。駆け巡る激情は星を望む地獄の歌人のごとく留まることを知りません! ああ! このようなところにいらっしゃったのですね! 俺だけのヴィーナス……」
「……グレイン。君はまさか、酒で赤くなった場合も守備範囲なのかい?」
赤面異常癖。それがこの男、グレインの特殊性癖であった。ある程度までなら自制が出来るのだが、酔ったアリアに近付き過ぎたがゆえに我慢の臨界点を突破したのだ。赤面した人間を見ると彼は……別にもういいか、説明しなくて。
「分かってるじゃない! そうよ私は天使よ。這いつくばって敬いなさい!」
「あ、うん。そこ便乗するんだね」
「もちろんです、俺だけのエンジェル。這いつくばるばかりでなく、いっそ埋まります。地の底まで埋まります。貴女に比べれば俺などはあまりにも醜く下賤な穢れ人なのですから。ああ! ああ! それでも地の底までも貴女の慈愛は届くと信じています! 貴女と俺とが結ばれた印はどれほど離れていても途切れることはないのだと! ──ああ! 愛に!愛にっ!! 愛にッ!!!」
「うるさ」
──なんなんだ君らは。けれどとにかく、話は付けさせてもらおう。
「アリア、私が分かるかい? ミルだよ」
「ミルゥ~~~ヴ??! ハァ!? ホンマ意味分からん。」こと抜かすなぁおどれぇ……ミル? ミルがここに?(笑) 私に?(冷笑) さてはウソツキか? 閻魔様に舌抜かれるかぁ~~!ぁ? なんじゃらったいオイゴラさァ!?」
「……あ、アリア。落ち着いて」
「ウソツキャよ~~どっろぼうの始まりなんだぜぇおぉ~~!? この詐欺師! 目には目を、歯には歯を、詐欺にゃあ詐欺で応えねぇとなぁあぁ~~~!? 私は今ハッカYUを持っているからさぁああああああああこのハッカVOU油を9☆9☆億☆金☆貨で買えよどうだぁぁぁぁぁぁ」
「お ち つ い て」
「まずは貴女を賛美する百万の歌を紡ぎましょう! 全宇宙に貴女の美と聖と貴さを届けましょう!!」
「アンタら○★■v*△&⺍w●(極めて不適切な発言・過激な思想/宗教/政治的言動」
「…………(絶句)」
その後、ミルは彼女がアリアに話そうと思っていたこと──新しくダンジョンが生まれたこと、そのダンジョンを私たち二人と共に攻略してみないかということを、辛抱強くアリアに説いた。アリアはそのことを了承した。多分恐らく。
そうして後日、アリア、ミル、グレインの三人はパーティーを組み、ダンジョンへ挑むこととなった。




