十三話・アリアとミル
アリアとミルは同じ村、同じ年に生まれ育った。二人とも、幼少の頃より既に魔法の才覚に恵まれて、村人たちから一目置かれている子供だった。
異なる点はと言えば、その立場と振る舞いだ。
アリアは一般的な農民を両親に持っていた。そうして活発的な性格で、時としてトラブルを起こし大人に叱られることはあっても、誰からも好かれている少女だった。
ミルは村長の孫娘であり、それでいて誰かと共に過ごすことのない、表情のない寡黙な少女だった。突発的な問いを誰かに向けることはあれど、日々のほとんどを孤独の時間に費やしていた。
二人の交流もまた、アリアからの接触によって始まった。それは溌剌さから生じる、ただ同年代の子供と遊びたい、というだけの気持ちではなかった。アリアはミルの、魔法使いとしての素養に惹かれていたのだ。
彼女たちの故郷は辺境の地にあり、多少の貧しさはあれど、皆が村を愛し、日々を一生懸命に生き、人々の笑顔が絶えることはなかった。そしてなによりも魔物の危険が少ない平和な地域で、そういう村であれば戦士やら魔法使いやらの類いには縁がない。ゆえに大人たちからすれば、アリアの魔法もミルの魔法も物珍しく、そうして同じようなものなのだ、という認識だった。
アリアはそうではなかった。ミルの魔法は自分以上の力を有している、ということを明瞭に見抜いていた。
「ねぇ、私に魔法を教えてくれない?」
従ってその一言こそが、アリアがミルに接触した理由であった。返事はすぐに返ってきた。
「いいよ」
自分から言ったにも関わらず、アリアは少し面食らった。ミルはさながら孤高の存在であり、誰かと一緒にいるところをほとんど見ない。キッパリと断られるかもしれないと思っていたのだ。
そうして、二人の少女の日々が始まった。
ミルは普通の遊びを好まなかった。一度やってみたけど、あんまり面白くないから、というのが彼女の言だった。よって少女たちの時間のほとんどは魔法──主にミルによる魔法の指導によって占められていた。
それはほとんど感覚で魔法を使っていたアリアにとって、多くの驚きと喜びに溢れた時間だった。ミルは十に満たない子供であるにも関わらず、魔法というものがどのような仕組みであるのか、どうすれば上手く扱うことが出来るのか、ということを完璧に──少なくともアリアはそう感じた──心得ていた。それはどこまでも論理的で、整然とした、効果的かつ分かりやすい指導であった。
それ以外に関しては、ミルはちょっとした話題を振るようなこともせず、相も変わらず感情を見せない、鉄のような能面を貫いてはいた。
それでもアリアは楽しかった。なんの打算も、魔法を用いて何かをしようという考えもなかった。彼女はただ、より自由自在に魔法を操れるようになっていくことを純粋に楽しんでいた。
なによりも、自分以外の、それも同い年の魔法使いが共にいることに喜びを感じていた。
それはアリアにとって、とても楽しい日々だった。
だが、その日々は唐突に終わりを迎えた。
「──うああああああああァッ!」
のどかな村に似合わない、野太い男の悲鳴をアリアは聞きつけた。一体、何が起きたというのだろう。彼女はすぐに声の方向に駆けて行く。
そこは村長の家で、群がるように多くの村人が集っていた。その誰もが、驚愕と恐怖の表情を浮かべていた。
「はぁ……はぁ……皆、何があったの……!?」
息を切らせながら、アリアは村人たちに声を掛けた。
「……! アリアちゃん、見ちゃ駄目だ!」
そう言って、大人が彼女の前に立ち塞がった。やはり何か尋常ではない出来事が起きていることだけは理解した。そしてアリアは止まらなかった。何か問題が起きているのなら、それを知らずに済ませるのは彼女を納得させることではなかった。
村人たちを魔法で押し退け、群衆の中へ入り込んだ。そしてアリアは目の当たりにする。苦しそうに呻き横たわる、村長の姿を。
過去に冒険者であったという老人の、風格のある体は今、短く発せられる呼吸によってのみ小さく忙しなく動いている。彼の肘の先端には、濁った赤の滲む白い包帯が巻かれていた。それは肘の先端としか、形容がしようのないものだった。本来その先に繋がっているはずの、腕と手がないのだから。
アリアは村長の状態を理解し、身も凍る心地がした。一体なにがあればこんなことになるのだろう。酷い事故が起きたのか? 魔物の襲撃があったのか? それとも──。
アリアの脳内には一瞬だけ、白髪の少女が浮かんだ。
──そんなことを考えてる場合じゃない。
そして怯えている場合でもないと彼女は自分を叱咤した。あるいは、このような時のために自分の力があるのかもしれないと己を鼓舞した。
《治癒魔法》
アリアは村長の肘を手に取ると、掌から淡い緑色の光を生じさせた。光は傷へ染み込むように収束し、そして緩やかに消えていく。
「どう? 村長……」
「……痛みが、引いた……」
本当なら腕自体を再生させたかった、とアリアは思う。それでもしっかりと傷を癒すことには成功したようで、ほっと安堵の息を吐く。
苦痛に強く目元を締め、歯を食い縛っていた村長は、憑き物が落ちたように力を緩ませ、そうして何が起きたのか信じられないという風に呆気に取られていた。その様子を見て村人たちもどよめいた。
「おお……すげぇ……」
「魔法って、なんでも出来るんだな……!」
「神じゃ! 神の使いじゃッ!」
「…………うるさーいッ!!」
ざわめく村人を一喝し、アリアは村長に問うた。
「ねぇ、一体なにがあったの……?」
「……そうだな…………」
村長の目は村人たちを見渡すように動き、それからアリアを見据え、そうして立ち上がって口を開く。
「家の中で話そう。皆は各々の仕事に戻ってくれ」
・
「結論から言うと、これはミルの仕業だ」
己の無い腕を指して、村長はそういった。
「当然魔法でな。皆を帰したのはそれを知られないためだ。子供が魔法でこんなことをするとなれば、お前が迫害されかねん」
「はくがい、って?」
「うむ。皆がお前をいじめるということだ。いじめるだけでは済まんかもしれんがな」
「そんなわけ……皆、良い人たちよ?」
「そんなことは知っている。だが次は自分が被害に遭うかもしれないと考えるのは自然なことだ。その小さな恐れの芽生えが人々の間に伝染し、集団心理が恐怖や不安に傾けば収集はつかなくなる。人間はそういう生き物でもあるのさ」
そこまで話し、村長はハッとしてかぶりを振った。
「すまない。子供には難しい話だったな」
「……ううん、なんとなく分かるわ」
それを信じ切ることは出来なかったにせよ。それに早い話が、村長はアリアを守ってくれているということだけはよく伝わっていた。
「アイツと……ミルと一緒にいると、子供との話し方をつい忘れてしまう」
村長は葉巻を咥えてマッチを取り出し、器用にも片手の指先で着火して一吸いした。一筋の白が天井へと立ち昇っていく。
──ミルはこの村の誰よりも賢い。だからこそ、退屈だったのだろうな。今日この村を出ると、突然そう言い出したんだ。当然俺は止めた。どれだけの才能があろうが、アイツはまだ八歳の少女だ。それに、外の世界というものを知らん。
俺が昔冒険者だったことは知っているな?
この村の外は、死が当たり前の世界だ。魔物、人の悪意、災害や疫病。そんなものが絶えずある。かつて俺には冒険者の仲間が何人もいた。皆死んだよ、俺一人を残してな。俺はもう、人死にを見たくないと、強く願った。
だから安住の地を探し、その上にこの村を打ち立ててやったんだ。魔物の脅威がない、人々が貧しくも生きていけるほどの恵みがある天国の内側。
この村ならば死に怯えることなく生きていける。だから外になど飛び出て欲しくなかった。
「それで無理矢理にでも止めようとした結果が、このザマだ。俺には、ミルを止めることは出来なかった……」
「ミルは今、どこにいるの……?」
「分からん。少なくとも、もうこの村にはいないだろうな」
「……私、探してくる!」
そうしてアリアは脇目も振らず、一直線に村長の家を飛び出していった。
初めまして、作者です。本作品はこの度100PVを突破いたしました。作者は大喜びしております。
ここまで長い文章を書いたのは初めてなので拙さ荒さは多々あると思いますが、お読みいただきありがとうございます。




