十二話・修行の成果
森林の王と謳われる龍、緑龍王。生態系の頂点に君臨し、人里に降りることがあればその一踏みで民家が潰れ、爪や牙は易々と鉄を裂く。最大の特技は辺り一帯を火の海へと変えるブレスだ。息を吐くように破壊的な火炎を吐く。そうして一夜の内にいくつもの村が滅びることになる。
その王は今、我が物であるはずの業火に身を捩らせて、やがて生命を終えていった。
「や……やりました! アリア師匠!」
喜びか、興奮か。頬を紅潮させたフラウが、私に駆け寄ってきた。
「…………ええ」
直にこの目で見て、本当にとんでもない才覚であると思わされた。
彼女が私の弟子になって、3ヶ月が経った。
その間、私は彼女に一切の魔法を禁じていた。そうして魔力を制御する技術の習得と研鑽のみに特化して指導し続けた。
指導した、といっても、途中からはほとんど自主トレーニングのようなものだった。制御方法を掴んでからはひたすらな反復練習によって、その精度をみるみるうちに高めていった。彼女は多量な魔力に対してどのように付き合えば良いのか、その具体的な手法を知らないだけだったのだ。
だから龍と遭遇した時にも、単に好都合だと思った。修行の成果を試す絶好のチャンスであるのだと。魔法を撃ってみなさいと、私は彼女にそう言った。
結果、龍は彼女の前に倒れた。
私とて当然、相応の努力を重ね、多くの修羅場を潜り抜けてきた魔法使いである。才気もあると自覚している。緑龍王くらいなら、時計の針が五分を刻む前に倒すことだって出来る。
フラウはたった一撃で倒してみせた。
一つの魔法が、一体の龍を討つ。まるで神話じみている光景だった。
しかもただの初級炎魔法で……いいえ。
「アンタのそれは、もはや初級炎魔法とは言えないわね。新しい名前でも考えてあげる」
「……え! アリア師匠が私の魔法に名前を……良いんですか……!」
目を輝かせて、食い付くようにフラウは間近に迫った。
「え、ええ。私の名付けは箔が付くわよ、喜びなさい」
「嬉しいです……!」
全く自覚があるのかないのか、彼女は私の遥か格上の魔法使いであるというのに。穢れのないみたいな笑顔で、本当に素直で、まるで娘が出来たみたいで……彼女といる時間は、楽しかった。
「私に出来るのは、もうそれくらいだしね」
「……え?」
剣士ならば、剣に名を。魔法使いならば、魔法に名を。師から弟子へと授ける栄誉ある印の、その意味は一つだけ。
「卒業よ。私がアンタに教えられることは教えたわ」
ハッとして、フラウから笑みが消える。瞬きを繰り返し、それから悲しそうに眉目を下げて、しばしの沈黙を経て、彼女は笑顔を取り戻していく。
「分かりました。アリア師匠……本当に、本当にありがとうございました……!」
いつも必ずそうするように、彼女は深く頭を下げる。
唯一の気掛かりは、彼女がわずかな期間でお金を集めてきてしまったことだ。その間に彼女の精神に大きな変化があったようにも見えなかった。
とはいえ一度約束した以上、報酬を変えたり、その入手経路を詮索するのは野暮というもの。それに3ヶ月だけでも一緒にいて、彼女なら大丈夫だろうと思えた。
そうだ、どうせなら教訓じみた名前を魔法に当ててやろうかと思い付く。
「ま、これからも頑張ってね」
「頑張ります! ……ぃつ……」
「ん」
彼女が小さく呻き、よく見ると手のひらが黒く焦げているのが分かった。魔法の反動だろう。私は手を握って、治癒魔法を掛けてやる。
「あはは……まだちょっと上手く出来なくて……」
「アンタなら大丈夫よ。そのうち完璧に使いこなせるようになるわ」
ほら治った、と私はフラウの手を離した。
「それで、これからどうするの?」
「そう、ですね。まずは、シンイチさんに会いに行こうと思います」
「シンイチって、前一緒にいたアンタがよく話してる男よね。なんか全く見掛けないけれど、どこにいるか知ってるの?」
「んんっと。もしかしたら、まだミル様のところにいるのかもしれません」
一瞬、私は自分の耳を疑った。そうして頭にわずかな苛立ちが走るのを感じた。なにか、聞きたくもない名前が聞こえたような。
「フラウ、まさかアンタ今ミルって言ったの? 魔法使いミル?」
「は、はい」
聞き違いだと思って確認したのに、どうやら正真正銘あのクソ女であるらしい。
「何でアンタからアイツの名前が出てくるの? しかもシンイチがソイツのところにいるって……?」
「ええと、私にお金を出してくれたのはミル様なんです。それと引き換えにシンイチさんを研究させて欲しいのだと……」
この時ほど私は自分の、人にアレコレ詮索しない気質にムカついたことはないだろう。
初心も目新しいような駆け出しが大金を持ってくるということ。そこにもっと疑問を持ち深掘っておくべきだったのだ。
「フラウ」
「はい?」
ともあれ、そんなことを後悔するのも心底下らない。必要なものは事実と、そうしてこれから何をするかだけなのだ。
「そいつ、きっとロクな目に遭ってないわよ」




