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九話 ・食【おおぐらい】

 ──アリアと出会ってから三ヶ月後。とある断崖。


「……シンイチさん、見つけました!」


「よし、デカイな。でかしたぞ」


 少女は抱えている、黒い岩のような塊を俺に渡す。


 これは魔石と言われている、ごく稀に魔物の体内で形成されるものだ。他の魔物や冒険者に殺された魔物のものが、その辺に転がっていることがある。これがけっこうな額で売れるのだ。


もっとも、少し前までは値段を付けられるようなものではなかったらしい。理由としては、あまりにも硬すぎて加工が出来ないからだ。


 例えば、金が取り引きされる最も大きな理由は綺麗だからでも、貴重だからでもない。加工を施し、装飾や機械などの様々な用途に用いることが出来るからだ。もしも加工不可能な金などあれば、それは何の価値も持たないだろう。


 とはいえ、魔石が加工可能になったわけではないらしい。原因は不明だが、細々ながら魔石に需要が発生しているのだ。


 俺はそこに目を付けた。少なくとも、初心者向けの依頼を地道にこなすよりは、何倍もの額を稼ぐことが出来る。


「今日は収穫ですね……!」


「ああ……──!?」


 その時崖の上から、一体の魔物が目の前に降り立った。


「GYAU!GYAU! KIIIIIII!」


「……リザードベビー!」


 ベビー、と言ってもそれは幼体を指す言葉であり、全く小さくはない。その全長は軽く2メートルは超えているであろう化け物トカゲだ。強靭な四肢を持ち、一般に、人の足で逃げ切ることは不可能といえる。


「フラウ!」


「任せて下さい!」


 呼び掛けに、勇ましさをも感じる応答を発した彼女が繰り出すのは、かの魔物を打ち倒す攻撃の一手──というわけでは、当然ない。


彼女は白く、湾曲した杖を携える。杖からは白煙が立ち昇り、それは瞬く間に周囲一体を真っ白に覆っていった。


 アンタら二人だと十中八九そのうち死ぬから、これだけあげる。そう言ってアリアがくれた、杖そのものが魔力を有し、高密度の煙を発生させてくれる白煙の杖である。多くを視覚に頼るような下級の魔物──俺たちからすれば脅威そのものだが──であればこれを用いて逃げ切ることが出来るのだ。


「よし、逃げて街まで戻るぞ!」


「はい!」


 そうして白煙の中を走り抜け、俺たちは街を目指して荒くれた野を駆けていったのだった。







 ここ3ヶ月ですっかり顔馴染みになった商人に魔石を売り払い、俺たちは冒険者ギルドに併設された酒場の一席に着く。


「すみませーん! ご注文をー!」


「はぁい!」


 喧騒の中、少女に呼ばれた酒場娘が快活な声を上げながらやってきて、俺たちの注文を素早く書き留めて去っていった。忙しそうだ。太陽は空と地を茜色に染め上げて、既に夜の帳を降ろす準備を始めているのだ。これから更に客が増えてくることだろう。


「本当に今日は収穫でしたね、シンイチさん」


 にっこりと微笑んで、少女が言った。


「そうだな。あの大きさの魔石はそうそう落ちてるもんじゃない」


 売値も中々のものだった。魔石から持ち主の魔物を知る術を俺は知らないが、おそらく強力な魔物のものだ。


 魔石は一日探しても見つからないことは珍しくない。ゆえにムラも大きいが、俺が調べた限りでは間違いなくもっとも金を稼げる方法だ。このままいけば数年で目標の額を貯めることが出来るだろう。


 ……が、だからと言って問題がないわけではない。大きな問題は主に二つある。


 第一に魔石を見つけるためには、魔物の生息域を丹念に、隅々まで探索しなければならない。もちろん、当たり前のように竜や悪魔が跋扈しているような危険地帯に踏み入れる気は更々ないが、そうでなくとも白煙の杖では対応出来ないような、危険な魔物との遭遇が発生しないとは言い切れない。


 そもそも、本当は今日も危なかったのだ。大きな魔石があったということは、日が違えばその魔石の生きている持ち主と遭遇したということだ。そうであれば、俺たちは殺されていたかもしれない。


 幸いにもこの3ヶ月、そういった事態はない。だがもう数年間も無事でいられると考えるのは希望的観測が過ぎる。


 第二に、魔石が売れている理由が分からないことだ。例えば、人々の生活に密着している木や鉄なら流通は安定している。だが魔石はその類いではない。価値の理由が分からない以上、今日明日に需要が途絶えたとしてもおかしなことではないのだ。


 やはりこのまま魔石を集めていれば良い、と考えることは俺には出来ない。他の稼ぎ方は模索しておくべきだろう。


 アリアは普通に頑張れば十年で稼げるのだと言っていたが……それでは駄目なのだ。その想定は間違っていると断言できる。収入が消費に追い付かないからだ。一体どういうことかというと……。


「お待たせ致しましたぁ! こちら黒パンとスープになります!」


 酒場娘は俺の前にパンとスープを置き──そうして屈み込み、()()()()()()()()()を力強く両手で持ち上げ、むんずとテーブルに乗せた。


「こちら、セイスバーガーになりまーす!」


 わぁあ、と喜びの声を上げる少女の顔は、しかし既に俺から見ることは出来ない。代わりに目の前のテーブルには、六つ盛りかつ巨大なハンバーガーが立ち聳えている。俺はハンバーガーに見下されている。あまりにも圧巻である。こんなものを街の外でふと見掛ければ、魔物かと勘違いしてしまうかもしれない。というかこんなものを拵えたコックもちょっとおかしい。


 俺の元いた世界には、ダブ●バーガーというものがあった。それが実に可愛く思えてくる。いわばシックスキングビッ●バーガーとでも言ったところか。


 ……しかし、まさかこの世界にはハンバーガーもあったのか。魔法関連を除けば、おおよそ中世レベルと言っても良い文明なのだが……俺とは別に異世界転生者がいて、料理のアイデア輸入でもしたのだろうか。


 もちろん俺は既に彼女の食欲を知っているのでそう動揺はしていないが、不思議に思う気持ちがなくなることは決してないだろう。なんたって彼女の華奢とも言える身体のどこに、こんな大きな5つのハンバーガーが入るというのか。


 ……5つ?


 ハンバーガーは「6つ」あったはず。


 見間違いかと、俺は目の前のパンと肉の塊を凝視する。その数は……4つだ……。


6(セイス)……5(シンコ)……4(クアトロ)…………3(トレス)


 美味しすぎて手が止まらないよぉ……!


そうした少女の恍惚声と共に、3(トレス)は風のように、瞬く間にその姿を消した。もはやこれでは2(ドス)バーガーである。


 ハンバーガーは彼女の大好物だったのか。なるほど。覚えておこう。目の前の現象を受け止めきれない脳に、俺はそういった思考を流し込んでおいた。


「シンイチさんも、たまには美味しいもの食べませんか?」


 ひょこっとハンバーガーに首が乗る形で、彼女が顔を出して言った。


「俺はこれで充分だ」


 俺はそう言い、黒パンを食いちぎる。


「いつもそればかり食べていますよね……」


「一番安いからな」


 小銅貨五つ。それがこの料理の値段である。桁が二つになったり銀貨と付くようなメニューには、名前にも目を通していない。


「ほら、食事は大事なんですから、たまには良いもの食べましょうよ」


 そういって彼女はテーブルに身を乗り出して、メニューの書かれた紙を俺に突き出した。五つ目と六つ目のハンバーガー、どこにいった?


 ……俺は渋々メニュー欄に目を通してみた。どれも高いなと思いながらざっと流し読みしていく。が。


「!」


 とても見覚えのあるものが目に止まった。これは……まさか……間違いない。


 寿司、だ。


 ──すし【鮨・鮓】(「酸すし」の意)①魚介類を塩蔵して自然発酵させたもの。また、さらに飯を加えて発酵を促したもの。(広●苑 第六版より抜粋)。


 ま、まさかこの世界には寿s(以下略)。


 それだけではないッ! メニュー欄に雑多に並ぶネタの中に燦然と輝く一つの『名』──そのまま食べても美味しく頂ける赤い身を罪深くも火に晒した世界有数の美食、『炙●焼きサーモン』ではないか……!


「シンイチさん」


「な、なんだ」


「食べちゃっても、良いんですよ……?」


 動揺を表に出したつもりはない。だが俺から何かを見て取ったのか、彼女は誘うように俺を食の袋小路へと招き入れてくる──ッ!


 まあ。まあ、少なくとも、一貫であれば、そう値は付かないだろう。


「…………………………………………分かった。では、この●り焼きサーモンを──」


「シンイチさん! フラウさん!」


 俺が誘惑に押し負けんとした時、俺たちを呼ぶ女性の声が割り込んできた。


 声の方を見やると、そこにいたのは受付嬢。この世界に来た初日に俺を冒険者として登録してくれて、今では顔馴染みになったと言って良いだろう。


 だが、彼女はまだ仕事中であるはずだ。それに一介の駆け出し冒険者でしかない俺たちに、受付を離れて一体何の用があるというのだろうか。


「急にすみません! ……お二人に、お客様が来ています」


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