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十話・別れ

 俺たちは受付嬢に付いてギルドの階段を登り、通路の一室の前へと来た。


「お客様はこちらの応接室でお待ちしています」


「この中に、いるんですね。魔法使いミル様が……」


 ミル。その名前は俺も知っていた。


 俺はこの世界の知識を得るために暇さえあれば図書館へ通っていたが、目を通した本の何冊かの著名にミルと書かれていたのだ。


 従って、名うての学者か魔法使いなのだろうとは思っていた。だが、彼女たちに言わせれば「そんなもんじゃないですよ」なのだそうだ。


 一流の冒険者が片足たりとも踏み入れぬ、超特級の危険区域やダンジョンを走破し、それらにおける環境や魔物の生態研究における莫大な貢献。


 オーパーツと称された古代魔道具の完全再現、人類には使用不能とされていた魔物の用いる魔法もまた、人も使える形で再現してみせたという。


 また、万人に魔法の進歩を促すように多数の本を書き上げた。初心者から熟練者に至るまでに、それらは魔法使いにとっての完璧な教科書として機能しているという。


 総じて、世に多大な影響を与えている希代の魔物・魔法研究家。それがミルという人物であるらしい。


「……でも、私たちなんかに一体なんの用事なんでしょうか……」


「どうでしょう。お二人にだけ話したいことがあるそうで、私もどんな話があるかまでは分かりません」


 俺たち二人はといえば、木っ端も良いところなのだ。そんな少女の当然の疑問に、受付嬢はそう言った。


「直接話す他はないな」


 俺はそう言って、応接室の扉を開けた。


 部屋のソファに、一人の女性が腰掛けている。


 整えられた白のボブヘアーがまず目に入った。紫の瞳に眼鏡を掛け、レンズの奥の眼差しはこちらを興味深く見ているように感じられた。遠目に分かるような、質感の良い黒いケープが窓からの夕日を反射して、てらてらと光っている。


 総じて、知性とミステリアスさを兼ね備えた装いに見える。希代の魔法研究家としてハマり過ぎているかのような、まるで自分はこう見られていることは分かっているというような、なぜだかそんな意志を思わせた。


「初めまして。私は新一というものです」


「は、初めまして。フラウといいます。御目にかかれて光栄です……!」


「やあ、突然すまなかったね。ミルといいます。さ、掛けて」


 ミルは微笑を浮かべて、俺たちに席を促す。二人と一人、いかにも客人用らしい重厚な紅い布を掛けたテーブルを挟み、向かい合うようにそれぞれソファに座る形となった。


「それで、一介の冒険者である私たちにどのようなお話を?」


「単刀直入で良いね。私は回りくどい話が本当に苦手なもので。好感が持てるよ。それでは、まずはこれを見て欲しい」


 《転送(テレポーション)


 ミルが机に手をかざすと、そこには二つの魔石が現れた。片方は保護するかのように、その大部分を布に覆われている。


「それは……」


「うん。これは君たちが取ってきた魔石だよ。最近研究に必要になってね、商人に取り引きを頼んでたんだ」


 すると、魔石が価値を持ち始めたのはミルによるものだということだ。


「それでこちらの布がない方は、フラウちゃんが手に取ったものだね?」


「え……はい。その通りだと思います」


 あの魔石は覚えている。俺たちが一番始めに入手したものだ。少女の髪と同じ金の色を表していて、ほんの少しだけ、売るのを惜しむようにしていたのを覚えている。


「そして布の方。これはシンイチ君だけが触れたものだ。フラウちゃんは触ってない」


「そんなことが、分かるのですね」


「魔力痕というものがあるんだけどね。魔力を持つ者が何かに触れた時、その者の魔力の痕が触れたものに残るんだよ」


「なるほど……」


 要するに指紋の跡みたいなものか、と俺は理解する。


「それでこの布の魔石だけど、魔力痕が全くないんだ」


「確かに、私は魔法を使えませんね」


「それは無関係だね」


 きっぱりと言い切り、ミルは意味深に俺を見据えた。


「……どういうことですか?」


「魔力というものはね、量の大小あれど、あらゆる生物に存在しているものなんだ。草にも、獣にも、人にもね。だから君がこれに触れたならば、魔力痕がないなんてことは通常あり得ない事態なんだ。今この目で見て確信したよ。君には本来生物が備えている魔力が一切ないんだ。……そんな存在を見たことは、これまでに一度もない」


「そうなのですか……」


 生物であれば皆持っている魔力を、俺だけは持っていない。それは……もしかすると、俺が別の世界から来たからなのだろうか。


「分かるかな? これは前代未聞の極めて希少な事例なんだ。そして私の頼みを言うと、そんな希少な存在である君のことを研究させて欲しいんだよ」


「私を、研究?」


「もちろんタダじゃない。私に出来ることなら君たちのどんな願いも叶えよう。例えばそう。大金とかね」


 え、とフラウが小さな驚きを洩らした。


「君たちの装備、言ってしまっては悪いけれど貧相に見えるね。その上でシンイチ君は魔法が使えず、フラウちゃんの魔力は手に余るような動き方をしてる。君たちの力量と引き取った魔石の質が全く釣り合わないんだ。察するに、お金のために中々危ない橋を渡っているんじゃないのかな?」


「……そうですね」


 俺はミルに事情を話した。彼女が魔力を制御出来ず危険であること。それを解決するために魔法使いに弟子入りを頼んだこと。それを引き受けてもらうために金が必要であることを。


「金額は?」


「大金貨を二十枚です」


「よし」


転送(テレポーション)


 重い音を響かせる大きな革袋が、机の上に出現した。袋口からは大金貨が顔を覗かせている。


「……!?」


「これで良いかな? 前払いしよう」


「え……そんな、良いんですか!?」


 少女が驚愕の声を発した。


「シンイチ君の希少性を考えれば正直払い足りないくらいだ。私からしたら、はした金だからね。だから少し色つけて三十枚ってとこかな」


「……ミル様……! ありがとうございます! ありがとうございます……!」


 少女は感謝を示そうと、何度も何度も頭を下げた。正直なところ、俺もホッとしていた。これで彼女を危険な目に遭わせるのではないかという懸念がなくなったのだ。


「さてと。シンイチ君には早速私の研究所に来てもらおうかな」


「今から、ですか?」


「見ていただろう? あの魔石も金貨も私の家から瞬間移動させたものなんだ。生物でも変わりはない。一瞬で着くよ」


 まるでど●でもドアだ。これが魔法を極めたものの力というわけなのか。


「分かりました。行きましょう」


「……あ」


 フラウが何か言いたげに、俺の方を見る。


「あの、私も着いていっても良いですか?」


「ん? 来るのか?」


「はい。シンイチさんに着いていきたいので」


 自分に着いていきたい?


 俺は彼女の意図を掴みかねた。が、よくよく考えてみればミルは魔法における第一人者のようなものなのだろう。そんな偉人の門を叩けるとあれば、魔法使いとして惹かれるものがあるのは当然と言える。


「よろしいですか? 彼女も……」


「ああ、悪いけど私は元来、人好きする気質じゃないんだ。研究に無縁なものは家に入れたくないかな」


「そう、ですか……すみません」


 少女は先ほどとは違い、謝意を示すために頭を下げた。だが、そう落ち込むことはない。


なぜならば、これから彼女は辿り着くのだ。彼女が思い描いたであろう未来に。俺が辿り着けなかった希望の未来に。彼女ならばきっと大丈夫だろう。もはや、心配するようなことは何もない。


「金は手に入れた。君はアリアさんの所に行くんだ。きっと一流の魔法使いになれるだろう」


「……分かりました。頑張って、修行して、……目処が付いたら、またシンイチさんに会いに来ます」


 彼女は満面の、花のような笑みを咲かせた。


「……ああ」


 まあ、俺なりに彼女の手助けをしたのだ。また会うことくらいはあるかもしれない。だが、再び二人で冒険に出ることなどないだろう。


 彼女の秘めた力は絶大だ。修行を終えた頃には、きっと彼女は底辺の俺など見えなくなるほどの高みに行き着くだろう。その身の丈に相応しい仲間も見つかるかもしれない。その光の人生の中に、俺が入り込む余地などないのは当然のことだ。彼女という物語(シナリオ)において、現時点を以て俺は役割を終えたのだ。


「じゃあ、行こうか」


「ええ、よろしくお願いいたします」


転送(テレポーション)


「シンイチさん! ミル様! ありがとうございました……!!」


 眩い光に包まれ、視界が霞み薄れゆく中で、彼女の感謝の声が耳に届いた。







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