表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
664/676

惏露雨

 更新を再開いたしました。

 「その末枯(うらがれ)さんっちゅう人に、いっぺん()うてみたいなぁ」


 雷鳴が轟いた日から、五日目の夕方。

 緑泥(りょくでい)は、シラたちにせがまれ、自由帳に絵を描いていた涼多(りょうた)に言った。


 「話を聞く限り、めっちゃおもろいお人やん?」

 「え、えっと、すごい方です。……その、色々と」  


 「とても、(きも)が据わっておられる方です。一歩間違えれば、あの方(矢の妖怪)のようになっていたかもしれないのに……」


 二人の会話を、籠を編みながら聞いていたルテは、自身のふがいなさを恥じるような声を出す。幽霊であった彼に、あのような選択肢を取らせてしまった、と。


 「けど、そのお陰で、『結界守代理』っちゅうヤツになれたんやろ?」

 緑泥の問いに、ルテは「それは……」と視線を彷徨わせた。


 「……俺も、屈曲(まがり)さんから、幽霊が妖怪や神さんになろうとする危険性は、もう耳に胼胝(たこ)ができるんちゃうかってぐらい聞かされたわ。無理に、自分に流れる『気ぃ』を捻じ曲げてしもたら、ろくなことにならん、てな」


 『死した直後に妖怪や神になったのならいざ知らず、化生界(こちら)の住人となった後に変えようとすれば、何かしらの弊害は起こるというもの』


 器用に屈曲の声を真似、緑泥は、かつて言われた言葉を口にする。

 ダケが「相変わらず上手いなぁ」と拍手を送った。


 (確かに、末枯さんは、見た目は幽霊だった頃とあまり変わらないけど、……絵柄の雰囲気が、なんというか、弟弟子さんに近くなってしまったし)


 だが、徐々に戻りつつある、と涼多は感じていた。

 果無(はかな)寺で見た襖絵や、出会った当初に見た絵に近い、と。


 (……僕は、末枯さん(成功した人)しか見ていないから、あんまり実感が湧いていないけど、気を捻じ曲げる事って、かなり禁忌なことなんだろうな)


 だが、特に法が敷かれている訳ではない。

 涼多には、それが不思議でならなかった。


 ((そういうの)が無くても、幽霊になったら、本能的に「ヤバい」と思うのかな……)

 自身の手のひらを見つめ、涼多は「分からないなぁ」と呟いた。


 「ルテさん、こうして籠を編んでいて、しんどくない?(もや)を払ってから、ずっと寝込んでいたんでしょう?」


 シラは、ルテの隣に座ると「緑泥さんみたいなことを言うけど、熱が下がったからって、無理は禁物だよ」と彼の額に手を置いた。


 「は、はい。重々承知しています」

 ルテは、照れくさそうに目を細めると素直に頷いた。


 涼多は、籠編みを再開させたルテの手元をじっと見つめた。

 彼の脳裏に、五日前の出来事が蘇る。


 (……人の生を終えて永い眠りから目覚めたら、不思議な力を持っていた。それは確かに、心強い反面、怖いだろうな。僕には、その時のルテさんの気持ちを、想像することしかできないけど)


 心強いが、いつ消えてしまうか分からない恐怖が付き纏う力。

 それが、杞憂であるかどうかは別として――。


 涼多は、いつもどこか肩肘を張っていたルテが見せた『弱さ』に、慰めひとつ返すことができなかった事実が悔しく、心中で唇を噛む。


 (……そういえば、前に屈曲さんが、「自分の持っている力に、人の祈りや思いが合わさって――」って話をしてくれたけど、それって、昔話の影響もあったりするのかな?『大蜘蛛と白蛇の昔話』と)


 話の中で、豊穣の神様(ルテ)は大蜘蛛によって殺されたことになっている。

 だが、村の為に戦ってくれた彼に感謝し、祈る者はいたはずだ。


 (600年という時間の中で、『豊穣の神様』の名が消えることはなかった。そこのシーンを省いて、村人が大蜘蛛に悩まされている場面からでも、物語は始められたはずなのに。……そして、昔話はまた、子供たち(新たな世代)に伝わった)


 涼多の耳の奥で、「ほうじょうのかみさま、負けないで!」「がんばれ!」と声援を送っていた子供たちの声が蘇った。


 成長した彼らの中には、改めて昔話を調べてみたり、自分たちのように、何かしらの形で次の世代に伝える人はいるはずだ。


 (いろんな場所の昔話を収集している人だっているだろうし、人数の多い少ないはあるかもしれないけど、ルテさんや白蛇様が、忘れられることは――)


 そこまで考えて、涼多はハッとする。

 昔話がある限り、大蜘蛛のことも伝えられてゆくのだ、と。


 『大蜘蛛と白蛇の昔話』は、言ってしまえば『勧善懲悪』の話だ。

 だが、全ての人間が、そう捉えることはない。


 『お上に逆らった人たちを、大蜘蛛、としただけ』

 『歴史は勝者によって作られる、というやつだ』


 『……新しい神様が入ってきたことによって、その土地にいた神様が、鬼や悪魔にされてしまったって話を聞いたことがあるし』


 『昔話の中では悪役だけど、本当は、大蜘蛛の方がいい奴だったのかもしれない。仕方のないことなのかもしれないけど、……気の毒に』


 (もしかすると、こんな感じで、大蜘蛛を信仰していた人たちもいたかもしれない。……いや、僕が知らないだけで、今でもいるのかも。そうなると、白蛇様やルテさん同様、大蜘蛛の力も消えることは――)


 「涼多お兄さん、首が切れちゃってます!!」

 ウダイの慌てた声に、涼多は我に返った。


 シラからのリクエストで、花を持った少女を描いていたのだが、考え事をしている間に、鉛筆があらぬ方向に動いてしまっていた。


 「……百合の花から、ビームが出ているみたいになってんな」

 「いっそ、ネックレスでもしているってことで誤魔化せないかな」


 「いや、消そうよ」

 案を出し合うウダイとダケに、シラは苦笑い気味に言った。


 「どうしたの?お兄さんらしくないね」

 首を傾げるシラに、涼多は「……ちょっとね」と曖昧な笑みを浮かべた。


 (考えすぎだ。……それに、当たっていたとしても、どうしようもない。昔話を消すなんてできっこないし、変に何かしたら、それこそ危なそうだ)


 絵に集中しよう、と鉛筆を持ち直した涼多を、ルテは静かに見つめていた。


 ◇◇◇


 「……私が寝込んでいる間、つきっきりで看病をしてくださっていたので、その疲れが出てしまっているのではないですか?」


 夜、ルテは布団を敷きながら、申し訳なさそうに涼多に問うた。

 夕方の一件を言っているのだと察した涼多は、首を横に振る。


 「つきっきり、と言えるほどではないですよ」

 ルテの問いに、涼多は暗に大丈夫だと返した。


 「その、みんな今頃どうしているかなって考えていて……」

 忙しなく彷徨う視線を見て、ルテは「そうですか」と目を伏せた。


 額の布の交換から始まり、汽車土瓶の水や着替えの用意、汗を拭いてもらうなど、様々なことをしてもらった記憶がある。


 だが、それを告げても、先程の答えで押し切られてしまうだろう。

 ルテは顔を上げ、黄金(こがね)色の瞳を涼多へと向けた。


 「再度、お礼を言わせてください。ありがとうございます」

 戸惑いの表情を見せる涼多に向かい、ルテは微笑んだ。


 丸窓に近づき、月明りに照らされた水の引いた田畑を眺める。

 耳を澄ますと、さわさわと草の擦れる音が聞こえてきた。


 「……見える月は同じですが、こんなにも遠い」

 白蛇の町を思うルテの隣に立ち、涼多も「……はい」と頷いた。


 「…………酷く身勝手なことを言ってもいいですか?」

 ズルい問い方だと自覚しつつ、ルテは涼多の返事を待つ。


 「はい」

 望んだ答えが返ってきたことに、ほっと安堵の息を吐く。


 「私がいなくなっても『いつも通り』でいてほしい。……そう、思っていた筈なのに、いざ()()なってみると、何とも言えない気持ちになってしまうのです」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ