表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
581/650

汽車土瓶

 白い霧が立ち込めたかと思ったら、涼多(りょうた)の目の前に、古い客車が現れた。

 (しおり)が、茶色い客車のドアハンドルを回し、デッキへと入る。


 年季の入った引き戸を開け、栞は「どうぞ」と涼多たちに言った。

 油の匂いのする客車は、床、背もたれ、羽目板が木製でできていた。


 両側には向かい合わせの座席が並んでおり、シートは深緑のモケット地。

 照明は無く、代わりに光鈴(こうりん)が舞っていた。


 「どう?テンション上がるんじゃない?」

 伊織(いおり)の言葉に、涼多は「はい!」と目を輝かせる。


 「……わぁ、凄い」

 窓の外を見ていたルテが、高揚を孕んだ声を出す。


 車窓から見える景色が、竹林ではなくなっていたからだ。

 大量のススキが揺れる、どこかの高原に変わっていた。


 「ふふふ、驚きましたか?」

 菜種(なたね)()()()と目を細め、涼多たちに問う。


 二人が頷いたのを確認すると、菜種は尻尾をふわりと揺らした。

 テレビのチャンネルを切り替えるよに、景色が変わった。


 鉄橋に人力車、レンガ造りの建物が車窓を飾る。

 話し声や馬の足音は聞こえないが、道行く人は皆、笑みを浮かべていた。

 

 「俺……失礼、私の幻術で作り出した景色でございます」

 咳ばらいをし、芝居がかった口調で、菜種はそう言った。


 「……ねぇ、当時の電車から、この景色って見えるものなの?」

 伊織はしゃがみ込むと、菜種に質問する。


 「昔見た景色と、本なんかで知った景色を混ぜてみたんですよ」

 なるほど、と頷く伊織を見て、涼多は首を傾げた。


 「まっ、こういうのは面白くてなんぼよねっ!!」

 立ち上がった伊織にそう言われ、涼多はさらに首を傾げた。


 (でも確かに、面白いことに変わりはないか……)

 再び変わった景色。涼多は、煌めく水平線に目を細めた。


 菜種は、「いや~、成淵(せいえん)の台座の存在を思い出して良かったです。……ちょっと、苦かったですが」と舌で口の周りを舐める。


 「そりゃあ、そうよ。何十年前に買ったヤツなの?」

 伊織の問いに、菜種は「忘れるくらい前ですね」と答えた。

 

 妖力の流れを良くする、()()()の成淵の台座。

 菜種曰く、昨晩、火山(ひやま)の家から帰る道中で、ふと思い出したのだそうだ。


 「伊織さんから、事前に(ここ)へ来ることは聞いていましたからね。サプライズを、と考えたわけです。ただ、私は台座を、そのまま食べれない質でして……」


 食べやすいように、調理していたらしい。

 涼多は、「僕たちが聞いた音は、()()だったのか……」と思った。


 「じゃあ、この客車も、菜種さんが妖力で作り出した物なんですか?」

 「いえいえ、これは……付喪神のようなものですね」


 「ようなもの……」

 「はい。色んな電車の思いの集合体、とでも言った方が正しいでしょうか」


 「は、はぁ、……そう、ですか」

 菜種の言葉に、涼多は()()となれなかったが、一応の納得はした。


 その時、窓の外を眺めていた栞が、くしゅん、とくしゃみをした。

 ()()()という音と共に、火鉢が二つ現れた。


 「火鉢(彼ら)もそうよ!この町って、付喪神や迷い家の住人が多いの!!」

 「時刻表さんにも、会えるときがあるんだよ!」


 栞は、「今日は出てきてくれないのかな」と周囲を見渡す。

 涼多は、この柔軟さを見習わねば、と強く思った。


 「せっかく台座を食べたんですから、こういうこともしときましょう」

 ふわりふわり、と尻尾が揺れ、床から鉄道草(てつどうぐさ)が生えてきた。


 「鉄道草(これ)も、涼ちゃんにはあんまり馴染みがないんじ……ああでも、今じゃいたるところに生えているか」


 伊織は、「明治時代に渡来してきた植物で、『ヒメムカシヨモギ』とも言うんだけど」と涼多に説明をした。


 「……あまり、考えたことがなかったですね」

 電車に乗ることは数あれど、外の景色に目を向けたことは殆どない。


 (…………お父さん)

 涼多の脳裏に、疲れた顔で電車のシートに腰かけている父の姿がよぎる。


 今頃、どうしているのだろうか、と涼多は鉄道草に手を伸ばす。

 面影(おもかげ)の花吹雪と原理は同じなのか、触れることはできなかった。


 「僕も、見たことあるのかもしれないけど、この草については良く知らないなぁ。……あっ、でも、窓から向日葵がいっぱいあるのは見たことはあるよ!」


 手を大きく広げ、栞は涼多に言った。

 涼多は、「蛍君とまた違う無邪気さがあるな」と心中で思う。


 ときに幼く、ときに大人びている子供。

 何年経とうと、精神が引っ張られてしまうのだろう、と涼多は感じていた。

 

 そんな涼多の心中を知る由もなく、栞は、向日葵畑を見たときのあれやこれやを、涼多に語って聞かせる。


 楽しげなその様子に、涼多も笑顔で相槌を打つ。

 同じように話を聞いた菜種は、尻尾を振り、大量の向日葵を出現させた。


 「……打ち捨てられた感が出ちゃってない?」

 眉を顰める伊織に、彼は「幻術ですんで」と笑う。


 「まっ、何はともあれ、丁度いい時間です。お昼にしましょう」

 菜種がそう言うと同時に、外から蕎麦屋の店主の声が聞こえてきた。


 「べんとーう、べんとーう」

 文楽(ぶんらく)で使う人形が、人数分の弁当が入った箱を肩から下げている。


 「ふぅ、駅売りになったのは初めてでおざりぃす……」

 人形は、こんな感じでいいのか、という目を伊織たちに向けた。


 「すごく貫禄があります!ナイスです!!」

 親指を立てる伊織に、人形は「嬉しゅうおす」と微笑んだ。


 「お蕎麦屋さんのお姉さんも、一緒に食べようよ!!」

 窓から身を乗り出し、栞は人形に顔を近づける。


 だが、人形は上品に首を横に振った。

 話を聞くと、この後、(ぬさ)堂に向かうのだそうだ。


 弁当に冷凍ミカン、汽車土瓶を渡すと、人形は去って行った。

 わざわざこの為だけに、と涼多は申し訳なく思ってしまう。


 「あっちも、この状況を楽しんでいるのよ!」

 思いを察した伊織が「だから、そんな顔しないで」と涼多に耳打ちする。


 涼多は「……はい」と頷くと、駅弁の掛け紙に視線を落とす。

 荒々しいタッチで、魚を咥えた猫の妖怪が描かれていた。


 背景には町の中心部が描かれており、神、妖怪、幽霊が行き交っている。

 菜種の幻術と同様に、皆、笑顔を浮かべ楽し気だ。


 「……みんな、仲良くできたらいいのにね」

 池の方角に目をやり、栞はぽそりと呟いた。


 「なかなか、この絵のようにはいかないわね」

 栞の言葉に頷きながら、伊織はルテに目を向ける。


 「…………はい。岩や水草の陰から、殺気を感じました」

 「そ、そうだったんですか」

 

 顔を引き攣らせる涼多に、菜種が「安心してください。殺気を放つだけで、何もしてきませんから」と弁当の蓋を開けた。


 内容は意外や意外、エビフライ弁当だった。

 菜種の言葉に、伊織は小さく「でも――」と呟く。


 「線引きできる()()なら、無理しなくてもいいと思うわ」

 よく聞き取れなかったのか、栞は、きょとん、と眼を瞬かせる。


 「伊織お姉ちゃん、どうかしたの?」

 「ううん、何でもないわ。……さぁ!冷めないうちに食べましょ!!」


 その言葉を合図に、一行は食事を始めた。

 涼多は、湯呑みと兼用になっている蓋を外し茶を注ぐ。


 『お茶』と書かれた、陶器製の小さな土瓶。

 伊織が「それは、記念に持って帰って」と言った。


 「使い道が無かったら、インテリアにしてもいいしね!」

 「ありがとうございます!」

 

 「この掛け紙もですね。旅の記念に、と集める人もいたとか」

 「ふふ、部屋が賑やかになりますね」

 

 ルテは、名月の家にある、涼多と(かなで)の部屋を思い浮かべる。

 化生界(けしょうかい)に来た当初と比べると、かなり物が増えた。


 「この町の事、いい感じに話してくださいよ!!」

 「はい!…………あっ!!」


 伊織の言葉に頷くと同時に、涼多はスケッチブックの存在を思い出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ