それを盾にする
「この幟にはね、ママが入っているの。僕にもよく分からないんだけど、りょうようちゅうなんだって」
「そ、そうなんだ?」
栞の言葉の意味がよく分からず、涼多は伊織と菜種を見る。
「…………ごめんね。あまり、詳しいことは言えないんだ。ただ、この町では、ああするしかない病気だったの」
「あと二十五年はあのままの状態です。……治っていれば、ふたりで黄泉路へと戻れるのですが。治っていなければ、また幟の中に逆戻りです」
この町で暮らしたい、と言われたとき断るべきだったのだろうか?
答えの出ない思考のまま、菜種は幟を見つめた。
「…………僕ね、あんまりママのこと覚えていないの。でも、すっごくすっごく大好きだったのは覚えているんだ!!」
「そっかぁ。早く、会えるといいね!」
「うん!パパが来たら、またみんなで一緒に暮らすんだ!!」
栞は、この世界が人間界でないことは分かっているが、それだけだ。
いつの日か、記憶と違わない父がここに来る、と信じている。
(やっぱり、何度言っても、幼子が理解するのは難しいか……)
黄色の花に視線を移し、菜種は痛む胸を押さえた。
「あっ、待たせちゃってごめんなさい!」
「ううん、いいのよ。……じゃあ、行きましょうか」
栞を先頭に、涼多たちはルテとの待ち合わせ場所へと向かう。
涼多は、後ろを振り返ると、風に靡く幟を見据える。
(……病気が、早く治りますように)
何も知らない涼多は、心の中で強く祈った。
◇◇◇
十五分ほど土道を歩いていると、商店街のアーケードが見えてきた。
錆びついた『ヒダル商店街』の看板が、とても荒廃的だ。
だが、商店街はかなり活気があり、多くの者が行き交っている。
栞が「待ち合わせ場所ってどこだっけ?」と首を傾げた。
「では、ここからは私が」
伊織が先頭を交代し、「こっちですよ~」と歩いてゆく。
果物屋、古本屋、按摩屋、金物屋……白蛇や面影の町同様、様々な店がある。
かなり長い商店街だ、と涼多は思う。
菜種曰く、商店街の中央には、『幣堂』というデパートの入口があり、屋上には遊園地があるのだそうだ。
「小っちゃな観覧車とかメリーゴーランドとか、車にも乗れるの!」
「最近はそういうのも殆どなくなったって聞いたけど……」
「は、はい。木が植えてあって、『憩いの広場』みたいになっているのは、見たことがあるんですけど。遊園地は……」
「じゃあさ!一緒にメリーゴーランドに乗ろうよ!!」
「そうね。待ち合わせ場所って、その遊園地だし」
自身を見上げ、「ねっ」と言う栞に、涼多は「うん」と頷いた。
◇◇◇
屋上遊園に行くと、すでにルテたちが待っていた。
簡素な丸テーブルを囲み、(ミドロだけ)アイスを食べている。
アオは火山の家にいるらしく、彼らふたりだけだ。
ミドロは、涼多たちを認めると「おぅい」と手を振った。
「くっくっくっ、遅かったなぁ。……くっ、くくっ」
「…………しつこいですよ。ミドロさん」
肩を震わせるミドロに、ルテは、いつになく低い声で言った。
黄金色の眼を細め、じとりとミドロを睨め付ける。
「くっくく、おうおう、怖いねぇ。……お嬢さん」
「…………お嬢さん?」
涼多が問うと、「そこは聞き流してくださいよ」とルテは溜息を吐く。
気疲れし切った顔を見て、涼多は即座に詫びた。
「まぁ、そう落ち込むなよぉ。火山さんだって、謝っていたじゃねぇか」
その言葉で、涼多は漸く事情を察した。
(……僕も正直、初めて会ったときは迷ったからなぁ)
彼は、火山さんをとやかく言えない、と思った。
「それに、今はそういう時代じゃねぇんだろぅ?」
ミドロは涼多に、「なぁ?」と問うた。
涼多の頭に「ずるい」の三文字がよぎる。
反応のよろしくない涼多に、ミドロは首を傾げた。
「あぁ、お前さんはぁ、違う感じかぁ?」
ミドロは意地悪く、口の両端を吊り上げて笑った。
「いえ、色んな形があっても、いいと思います。……僕もよく、らしくないと言われる方ですから。言い方は良くないですけど、安心することもあります」
涼多は、果無寺で言われた言葉や、学校での出来事を思い出す。
続けて、彼は「ただ――」と言葉を発した。
「それを盾にして、嫌がる方をつつくのも、違うと思います」
「…………ほぉ、言うじゃねぇか」
顎を擦るミドロに、涼多は思わず「すみません」と言いそうになった。
だが、すんでのところで踏みとどまる。
ここで謝るのは違う、と感じたからだ。
ミドロは溜息を吐きつつも、ぱちぱち、と手を叩く。
「はあ、またも無難な答えを出しやがってよぉ。…………お前さん、どんどん生き辛い性格になってきてねぇか?くくっ、気をつけろよぅ」
最後の言葉の意味が分からず、涼多は疑問符を浮かべる。
だがミドロは、この話は終わりとばかりに口を開く。
「話は飛ぶけどよぅ。お前さん、俺を見て何か言うことがあるんじゃねぇのかぁ?難易度ゼロの間違い探しだぜぇ?」
「はい。胴体があるな、と思っていました」
涼多は、「すみません、言うタイミングが掴めなくて」と頭を下げる。
現在、目の前のミドロは、涼多たちがよく知る『首だけのミドロ』ではなく、人間の胴体と釣灯籠の下半身を持っていた。
灰汁色(僅かに黄を含んだ濁った灰色)の着物を着ており、真っ赤な手拭いを、マフラーのように首に巻いている。
「で、それだけかよぅ?」
「……えっと、胴体があると、雰囲気が違いますね!」
「そんな、髪型を変えたみてぇに……」
呆れた声を出すミドロに、伊織はくすくすと笑った。
「ミドロさんが翻弄されるっていうのも、珍しいね」
「うん!いっつも、ほんろうする方だもんね!」
栞の純粋な瞳に見つめられ、ミドロは「やりづれぇ」とそっぽを向く。
伊織は、「それはそうと――」と胡桃色の眼を細めた。
「相手がやり返してこないからって、煽るなんて良くないですよ」
「うげっ、蒸し返しやがった」
忌々し気にそう言うと、ミドロは思い切り顔を歪める。
次いで、彼は「それがいいんじゃねぇか」と笑った。
「やり返してくるようなお方にはぁ、初めから何も言わねぇよぅ」
やり返しも言い返しもしないが、気にしていない訳じゃない。
だが、こちらに食いかかってもこない。
そんな奴の眉を顰めさせるのが堪らないのだ、とミドロは語る。
処置なし、という顔をし、伊織は溜息を吐いた。
その時――。
不意に、ミドロの拳が伊織めがけて振り下ろされた。
が、伊織はそれを、難なく手で受け止める。
涼多は驚いたが、他の者が気にした様子はない。
彼らは、何事もなかったかのように会話を再開させた。
(…………あっ、そうか。すっかり忘れていたけど、ミドロさんは、誰かれ構わず殴りかかってしまうときがあるんだっけ)
涼多が、数か月前の出来事を思い出していると、栞が袖を引いた。
そして、「観覧車に乗ろ!」と笑みを浮かべた。
「その前に夕飯よ!」
伊織に頭を撫でられ、栞はくすぐったそうに「はーい」と言った。
涼多は、フェンス越しに外を眺める。
日の落ちたヒダル神の町を、光鈴が舞う。
(火山さんに、お会いしてみたかったな。……菜種さんの理髪店に帰ったら、どんな人だったのか、ルテさんに聞いてみよう)
運ばれて来た焼きそばを胃に収めながら、涼多はそう思った。




