表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
574/661

いざ、尋常に勝負

 「ごめんね?涼ちゃん。火山(ひやま)さん、まだこの世界に慣れていなくて、その、人間界を思い出して、落ち込むところがあるっていうかなの……」


 頭を下げる伊織(いおり)に、涼多(りょうた)は「大丈夫です」と首を振る。

 結論から言うと、涼多が火山に会うことは叶わなかった。


 最初は会うつもりでいたのだが、やはり無理だ、と連絡が来たのだそうだ。

 ただ、それは涼多だけの話。


 ルテは、火山に会いに、彼の自宅まで行っている。

 保護者だから、という理由で、アオとミドロも一緒だ。


 残された涼多は、『狐の理髪店』で、伊織たちと談笑をしていた。

 光鈴(こうりん)が舞い始める頃合いに、ルテと待ち合わせた場所に向かう予定だ。

 

 (……そういえば、ミドロさん「水玉(みずたま)が悪いなぁ水玉が」って笑っていたけど、どういう意味だったんだろう)


 ニヤリとした目と口が、頭から離れない。

 難しい顔をしている涼多に向かい、伊織は真っすぐな視線を向けた。


 「心配しないで、涼ちゃん!ルテさんがいなくて不安なのは分かるけど、私も菜種さんも強いんだから!何かトラブルが起こっても、守って見せるわっ!」


 伊織は、快活な笑みと声に加え、力こぶを作って見せる。

 どうやら彼女は、涼多は一人残されて心細いのだ、と思ったようだ。


 「あ、ありがとうございます」

 礼を言いつつも、涼多の心中は複雑だった。


 「……えっと、伊織さんは、幽霊、ですよね?」

 「ええ、そうよ!」


 いきなりの質問に、伊織は不思議そうに眼を瞬かせたが、すぐに涼多の()()を察したのか、「試してみる?」と隣の空き地を指さした。

 

 「涼ちゃんも、棒術か何かやっているんでしょう?」

 驚く涼多に、「足腰の感じで、なんとなくね」と伊織は肩目を閉じる。


 「竹馬を作るためのやつだけど……」

 何処か楽し気に、伊織は、壁に立てかけてあった竹二本を手に取った。


 彼女は、そのうちの一本を、涼多に投げ渡す。

 長さは、約百五十センチ。細い見た目ながら、程よい重量感を感じた。


 「来て!」

 戸惑う涼多の手を引き、伊織は空き地に出る。


 雨はすっかり上がっており、雲は赤や紫に染まっていた。

 ふたりは、空き地の中央にある(のぼり)から少し離れた場所に立つ。

 

 周囲に人影はなく、観客は(しおり)と菜種のみ。

 足場は平らで、周囲も適度に明るい。


 「本気できてくれて構わないわ!!」

 くるくると竹棒を回す伊織に、涼多は「でも……」と躊躇(ためら)った。


 (時々、音律(おんりつ)君たちと簡単な勝負はしているけど、それだけだ。……木箱の中でのほうが、本気だったかも)


 木箱(ゲーム)の中は、痛みも調整されていたし、血だって、現実のようにおどろおどろしくはなかった。傷も、あっという間に治ってしまう。


 だが、現実に戻ればそうはいかない。

 擦り傷であれ、直ぐには治らないし、痛みだって一瞬では消えない。


 加えて、細心の注意を払うように、と厳しく言われている。

 なので、早い話、本気になって打ち合ったことがないのだ。


 (……なんか、こうしてまとめると、凄く言い分け臭いなぁ)

 羞恥に肩を落とす涼多に、伊織は「安心して!」と笑いかける。


 「ルテさんを困らせることはしないから!!」

 彼女は、わざとらしく挑発めいた言葉を口にした。

 

 ルテを困らせない、……つまりは、怪我をしないよう加減をする。

 無性に、とまではいかないまでも、涼多は腹が立った。


 伊織の言葉が、いつも腹の底で燻っている()()を射抜いたからだろう。

 仕方がないのは百も承知。それでも、悔しいことに変わりはないのだ。


 (…………考えてみれば、「悔しい」と思うなんて、化生界(ここ)に来る前……いや、ほんの少し前までは、思ったことなかったな)


 『悔しい』で満たされた壺に、『仕方がない』と蓋をしていた。

 そしていつしか、壺の存在さえ、忘れてしまっていた。


 (最近は、「悔しい」ばっかりだ。力であれ、なんであれ……)

 気持ちを切り替えるように、涼多は深呼吸をする。


 「準備はいい?」 

 「はい。お願いします!」


 彼は竹棒を構え、飛花(ひばな)に教わったことを頭に思い浮かべた。

 常とは違う、一段低くなった声が蘇る。


 とはいえ、飛花は、化生界(けしょうかい)の基準にすっかり馴染んでしまっているため、涼多たちが死なない程度のことを、軽く教えたに過ぎないが。


 ええっと、丹田(たんでん)に力を入れ、体の軸はぶれないように――。

 栞が、「始めっ!!」と声を張り上げた。


 ひゅっ

 涼多の胸骨に吸い寄せられるように、竹棒の先端が飛んできた。


 咄嗟に体が動き、涼多は自身の竹棒で()()と逸らす。

 ハッと我に返ったのは、その後だった。


 「おおっ!意識しなくても体が動くね!!()()()()()()は、ちょっとのタイムラグが命取りになっちゃうから、……良いことだっ!!」


 伊織は、嬉しそうな顔のまま、涼多に竹棒を打ち込む。

 動くたび、たわわな胸が揺れているが、彼女が気にしている様子はない。


 滑らかな動きに翻弄されながら、涼多も竹棒を打ち下ろす。

 だが、一合交えただけでも、手の平にかなりの衝撃が走る。


 六合あたりで、それは痛みを帯びてきた。

 痛みに顔を顰めた涼多を見て、伊織は手を止めた。


 「ま、参りました……」

 悔しさに唇を噛みしめつつも、涼多はどうにか笑みを浮かべる。


 手の痛みもそうだが、息が上がってしまっていた。

 対して伊織は、息を荒げることない余裕の表情だ。


 「ふふっ、私の勝ちね!…………と言っても、どこまで『私の力』と言っていいのか分からないから、ばつが悪いな」


 首を傾げる涼多に、伊織は悲し気に微笑んだ。

 瓦斯(ガス)燈を模した(かんざし)が、夕日を受けてキラリと輝いた。


 「いや、そりゃあね、化生界に来てから、筋トレしたり棒術の訓練をしたりしたけど、そもそも、()()筋力がついていなかったら、それらに手を付けもしなかったなって……」


 「……ええっと、つまり、化生界に来たときに、何故か筋力がついていた、ということですか?それまでは、筋トレとかとは無縁だったのに」


 「そう!それが言いたかったの!!」

 伊織は「伝わって良かった!」と安堵の息を吐く。


 「幽霊って不思議でね、殆どの人たちは、人間界にいたときと同じく力も視力も変わらないんだけど、たまに例外があるらしくって。私は後者なのよ」


 (確かに、末枯(うらがれ)さんは結界を張れていたし、落葉(らくよう)さんは石火隊(せっかたい)の中でもかなり強い。それこそ、出水(でみず)さんたちよりも……)


 「同じ『人間同士』の勝負だったら、涼ちゃんとどこまで渡り合えていたか分からないわ。……だから、この勝負は、涼ちゃんの勝ちだよ」


 複雑な勝利に、涼多は曖昧な笑みを浮かべた。

 ハッキリ言って、まったく嬉しくない。


 何とも言えない気持ちのまま、涼多は伊織と握手を交わした。

 ふたりの横を、光鈴がふわりと舞う。


 「じゃっ、丁度いい時間になったことだし、行きますか!!」

 栞が、「お疲れ様」と拍手をしながら近寄ってきた。


 「……涼多さんは納得しかねる顔をされていますが、いい試合でしたよ」

 菜種は、涼多の耳に口を近づけそう言った。


 「もう少し、棒を持つ手の幅を広くとってみてはいかがでしょう」

 「……ありがとうございます」


 助言を受け、涼多はすっと頭を下げる。

 歩き出そうとしたとき、栞が「ちょっとだけ待って!」と言った。


 彼の手には、黄色い花が握られている。

 花を小さなガラス瓶に入れ、栞は幟の前に置いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ