幟の町
(……やっと着いた)
駕籠が地面に置かれる気配を感じ、涼多は「ふぅ」と息を吐く。
「くくっ、耐久性に難がある奴がいなければ、もっと早く着いたけどなぁ」
ミドロはそう言うと、「あぁ、長かったぜぇ」と大きな欠伸をした。
「……そ、そうなんですか?」
ルテに問うと、彼は、申し訳なさそうに視線を逸らした。
「まあ、多少、飛ばしたところで、死にませんからね。ですが、速さの代わりに、乗り心地は良くありません。……ゆっくりと眠れたので、良かったです」
最後にフォローの言葉を入れられ、涼多は、苦笑いと共に礼を言った。
鸚鵡が戸をトントンと叩き、出てもいい、と合図をする。
外に出ると、古めかしいブランコとジャングルジムが目に飛び込んできた。
公園のようだ、とアタリをつけ、涼多は視線を巡らせる。
小高い丘の上にある公園らしく、入口の傍に、急勾配の階段があった。
眼下には田畑が広がっており、その先に、中心部らしき場所が見える。
「傘を差さないと濡れてしまいますよ」
ルテはそう言うと、涼多に『熊耳少女・夏』が描かれた傘を差し出した。
今までにも何度か見た、熊耳少女がウィンクをしている。
思わずルテを見ると、彼は、再び視線を逸らした。
「……その、この傘は、私たちの町限定の物で、色もカラフルなので、万が一、はぐれてしまっても、目印になるかな、と思いまして」
ルテは、様々な理屈を並べ立てた後、「私も、『熊耳少女・冬』を使いますから」と涼多の目の前で広げて見せた。
(少し恥ずかしいけど、一理は……ある、よね。それに、末枯さんの宣伝になるかもしれないし。白蛇様の町限定だったら、尚の事)
加えて、今までにも傘以外にも、熊耳少女が描かれたグッズは使っている。
何より、涼多はこのキャラクターを気に入っていた。
「分かりました。ありがとうございます」
彼は小さく頷くと、バッと傘を広げた。
「おぅい、先に挨拶だぁ、ついてきなあ」
言うが早いか、アオがミドロを持ち上げ、ぴょんぴょん、と歩き出す。
二股フォークのような胴体が、跳ねる度にしなっている。
涼多は体を反転させ、「ありがとうございました」と鸚鵡に頭を下げた。
鸚鵡は、以前と同じようにシルクハットを軽く持ち上げ、空へと舞い上がる。
大きな羽音と共に、駕籠も鳥もすぐに見えなくなった。
(……確かに、あのスピードの駕籠に乗ったりしたら、Gが凄そう)
そう思いつつ、涼多は、ミドロたちの後を追った。
◇◇◇
細い土道が、延々と続いている。道の左右には、民家の他に、懐かしさを感じさせる外観を持った薬局や郵便局、購買部などがあった。
店の看板はどれも色褪せており、客らしき影は見えない。
それどころか、誰ともすれ違わない。
だが、いたる所から、涼多は視線を感じていた。
僅かに開いた扉や格子窓、建物の陰や屋根の上から――。
「くっくっくっ、まぁ、珍しいからなあ。お前さんみたいなのは。それこそ、今を逃せば、お目にかかれねぇくらいにはよぅ」
とはいえ、白蛇の町まで出向くほどではない。
それでも、「この町に来た」というのなら、一目見たい。
「人間嫌いの奴でもぉ、そう思っちまうんだなあ」
涼多から視線を逸らし、ミドロは、煽るような声を誰かに向けて放つ。
錆びれた郵便ポストの陰から、ガタッ、と音がした。
次いで、タッタッタッ、と去ってゆく足音。
「……くくっ、気にすんなよなぁ」
何もされねぇから、とミドロは涼多を見た。
「は、はい。……あの、等間隔に立っている幟は何ですか?」
涼多は、稲穂が描かれている幟を指さし問う。
文字はなく、黒塗りの稲穂だけが描かれている。
幟の色は全て赤色で、巾着や木の葉が共に吊るされている物もあった。
「自分で答えを言っているじゃねぇか」
「い、いえ、そうではなくて……」
「くくっ、冗談だ。……まぁ、この町のシンボルみてぇなもんだなあ。これから先、いろんな場所で見られるぜぇ。軽く三百は超えるからよぉ」
「シンボル……」
春の冷たい風に吹かれ、ゆらりゆらり、と揺れる幟を見つめ、涼多は呟く。
ミドロ曰く、巾着の中には、僅かではあるが米が入れられているそうだ。
理由は「すぐに分かる」と教えてはくれなかった。
涼多は、歩いてきた道をそろりと振り返る。
薄暗く、色褪せた風景の中で、幟の赤がやけに目立つ。
「……あの、ルテさんは、この町に来られたことはあるんですか?」
「いいえ。町の手前までなら、随分前に来たことがあるのですが」
ルテは「薄氷さんも、この道を歩かれたことはないと思います」と続けた。
以前来たときは、中心部ですべてを終えたらしい。
得体の知れぬ不気味さを感じ、涼多は歩を進めた。
暫く歩いていると、道の終わりが見えてきた。
鬱蒼と木々が生い茂る山があり、細く急勾配な石段がある。
暗い道ではあるが、飛び交う光鈴のお陰でかなり明るい。
「滑りやすくなっているから、気をつけろよぅ。……もっとも、お前さんは、晴れの日でもすってんころりんとしそうだけどなぁ」
「そ、そこまでドジではないです!」
珍しく声を大にした涼多に、ミドロは「おおっ!」と目を瞬かせる。
「くっくっくっ、そうかい、そうかい。嘘にすんなよぉ」
アオが、ぴょんぴょん、と石段を上がってゆく。
が、七段目で動きがピタリと止まった。
どうしたんだろう、と涼多が思っていると、ミドロが口を開く。
「お前さんたち、腹減ってねぇよなぁ?」
先程とは打って変わり、怖いくらいに真剣な声だった。
ルテと涼多は、互いに顔を見合わせる。
ふたりの答えは、「特には……」であった。
「特に、かあ。なんというか、曖昧だなぁ。……それならぁ、そこで腹に何か入れてから、我らが大将に会ってもらうとするかねぇ」
そこ、と言われた場所を見ると、一軒の蕎麦屋が、暖簾を風に揺らしていた。
建付けの悪い戸を引いて、涼多たちは中へと入る。
「いらっしゃいませ」
紫色の着物を着た、文楽で使われるような人形が、店の奥から姿を現す。
「あれ、お久しゅうおす」
人形は、口に白い手を当て、鈴の音を転がすような声で笑う。
「こんにちは」
涼多が会釈をすると、「あら、失礼」と人形も会釈を返した。
「こんなすらりとした格好いい人を、店に連れてきてくれてありがとう」
うっとりと目を細め、人形はミドロに向かいそう言った。
「くっくっくっ、良かったなぁ」
世辞なのだろう、とは思いつつ、涼多は照れ笑いを浮かべる。
ミドロが、事の次第を説明すると、彼女は「あいよ」と頷いた。
そして、「おまかせなんしょ」と店の奥へと戻って行った。
「……まっ、もう驚かねぇか。一応、説明しておくと、文楽で使われていた人形に、付喪神が宿ったモンだぁ。昔はぁ、もぉっと派手な装いだったんだぜぇ?」
声を潜め、ミドロは涼多に言った。
彼曰く、この店の名物である蕎麦を三つ注文した、とのことだ。
「ふふふ、私もれでぃーですからねぇ。色んな服に袖を通し、色んなお洒落をしてみたくなるというもの」
湯気の立った、小ぶりな椀に入った蕎麦が、木製のテーブルの上に置かれた。
食欲をそそられる匂いを受けながら、涼多は「あれ?」と首を傾げる。
椀には、幟と同じように稲穂が描かれており、その隣に、小さな(ペットボトルキャップほどの大きさの)水色の巾着袋が置かれていた。




