斧は忘れても、木は忘れない
「……ある国のことわざに、『不要な買い物は自分からの盗難』というものがある。それで、だ。涼多氏は、今の自分をどう思うかね?」
春たちが有平糖を持って来た、次の日の正午。
涼多たちは、アリの巣テーラー店内にある喫茶店『カンウ』に来ていた。
以前来た時と違い、すんなりと入れたことに涼多が喜んでいると、メニュー表を手にした晩稲が、顎に手を当て問うてきた。
彼が指さす先には、『当店自慢の、少し硬めのプリン』『懐かしのクリームソーダ』『ウィンナーコーヒー』『シフォンケーキ』などが並んでいる。
(……これ、僕が「いいと思います」と言ったら、全部注文するのかな?)
いくら妖怪とはいえ、体に悪そうだ、と涼多は思った。
「いや~、だってだよ?この面子でカンウに来るって初めてじゃん?その記念に、色々と食べてみたくなるのは、自然の理であって……」
涼多が黙っていると、晩稲は、言い訳じみた言葉を並べだす。
テーブルの上で一部始終を見ていたミドロが、「くっくっくっ」と笑う。
「依存症に対する、警告のようなお言葉だなぁ。ええっとぉ、今は買い物依存症って言うんだったか」
ストレス発散のために買う。
買いすぎで感じた罪の意識を打ち消すために買う。
次第に、買うことが目的になってゆく。
チョコレートパフェを食べながら、ミドロはつらつらと語った。
「……えっと、範囲が健全なら、いいんじゃないでしょうか」
項垂れてゆく晩稲を見て、涼多はどうにか言葉を口にする。
「だよね。あるのがいけないんだ」
「そうだそうだぁ、魅力的に見せているメニュー表が悪ぃ」
「うわぁ、ビックリするほどのすり替えを見た気がするっス……」
シナモントーストを食べていた蕉鹿が、呆れたように眉を顰めた。
「ちっ、無難な答えに落ち着きやがってよぅ」
「す、すみません」
「いやいや、君が謝ることじゃないだろう」
会話を聞いていた薄氷が、レモン茶を飲みながら、微苦笑を浮かべる。
最終的に、晩稲は、目をつけていた品を全て注文した。
冷たいものから温かいものまで、『甘い物』がズラリと並ぶ。
店内の甘い香りの濃度が、更に濃くなったような気がした。
夢が、「……見ているだけで、お腹いっぱいになりそう」と呟く。
「ううむ、こういう状況じゃなかったら、腹八分目までだぞ、と言えるのだが。でもまあ確かに、たまにはいいかもしれないのだ」
ピザトーストを食べ終えた名月が、買い物リスト片手に言った。
火山(水川)への贈り物は、エプロンとトートバッグに決定した。
それらに使う布はすでに買い終え、蕉鹿の鞍の上に乗っている。
だが、涼多たちがアリの巣テーラーを出るのは、まだ時間がかかりそうだ。
理由は単純で、『名月と夢の、小物を作りたい、という欲求に火が付き、布やビーズ選びで盛り上がっているから』である。
涼多や奏も、店内を見て回るのが楽しかったので、彼女たちに付き合い、叶望は、少々、居心地悪そうにしている。
アオ以外、気付いている者はいないが、叶望は何度も、「もう、帰りませんか」という言葉を呑み込んでいた。
(叶望の中では、店をぐるぐると見て回ることや、長居することが『許されざること』なんだろうな。……ま、伝えてなんかやらないが)
平静を装いつつも、時折、断罪を待つ罪人のように伏せられる眼。
アオにとって、それは『デザート』のようなものだった。
味を感じる訳ではない。
だが、体を震わすような、言い知れぬ快感を与えてくれるのだ。
(……ああ、このままの状態で、ずっと化生界にいてくれたらいいのに)
叶望から『負』がなくなれば、彼女は、アオにとって無価値な存在だ。
それは、他の三人も……水川も変わらない。
消化しようのない、拭っても拭っても湧いてくる澱を、ずっと(いつか、自分が消滅してしまうその日まで)抱えていてほしい。
そして、自分の『心の腹』を満たしていてほしいのだ。
涼多たちがいる、ということは、大蜘蛛の脅威が終わっていない、と同じ。
大蜘蛛の牙が無差別を帯びれば、自分だってひとたまりもない。
それでも、化生界にいてほしい、と願ってしまう。
これも、ある意味で『依存症』だな、とアオは思った。
アオの心中を知る由もなく、涼多たちは会話を弾ませている。
五分ほど経過したとき、名月が椅子から降りた。
曰く、先に夢たちと共に、店の散策に戻るのだそうだ。
涼多はまだ、ミックスサンドを食べている途中だったので、店を出てゆく名月たちに手を振った。
カラン、とドアベルが鳴り、店内が少し寂しくなる。
店内を流れる音楽が、嫌に大きく聞こえた。
他の客を除けば、この場にいるのは、涼多、薄氷、晩稲、アオとミドロだ。
シフォンケーキを頬張っていた晩稲が、「そういえば――」と口を開く。
「昨日、一生懸命探したんだけどさ、灰色の表紙の絵本、なかったよ。春さんたちと一緒に、くまなく探したんだけどね」
名月の家を後にした姉弟と、躑躅百貨店でばったり会ったのだそうだ。
店員曰く、町に寄った冒険家が買って行った、とのこと。
在庫はなく、蛍は「買っとけばよかった」としょげていたらしい。
春さんから内容だけは聞いた、と晩稲は話す。
「まあ、なんていうか、よくある生贄譚って感じだったよ。晴れにしてください、と言って、子供を生贄に捧げる話。はっきり言って、救われないね」
晩稲は「ああでも、無事に雨がやんで、村は救われた訳だから、一から十まで救われない、とは言えないかな」と複雑な表情を浮かべる。
「生贄にされた側からしたら、たまったもんじゃないけど」
「……あ、あの、そこで終わりですか?」
「みたいだよ。何か、気になることがある感じ?」
「い、いえ……」
(……確か、その先もあったような、そもそも、村って救われていたっけ?結局、雨が止まずに滅んでしまった気がするんだけど)
涼多は心中で、「でも――」と呟く。
うろ覚えの自分よりも、よく絵本を読んでいた春の方が正しいだろう。
(それに、いろんな話がごっちゃになっているのかもしれないし)
いまいち自信が持てず、涼多は、自身にそう言い聞かせる。
(……ただ、『晴乞い』に関する話だったことに変わりはない)
自身で組み上げた話と、結界台に入っているルテを思い浮かべ、溜息を吐く。
「…………話の内容が思い出せて、すっきりしました」
ありがとうございます、と頭を下げる涼多に、晩稲は苦笑いを浮かべた。
「内容は、全然スッキリしないけどね。……でも、昔話なんて、すっきりしない話も多いか。全部綺麗に解決したら、素敵なんだろうけど」
晩稲はそう言うと、クリームソーダに手を伸ばす。
緑色の液体の上に、アイスとサクランボが乗っている。
「そちらも、何かデザートを注文したら?」
「……いえ、もうお腹いっぱいで」
「そっかぁ」
残念、と呟く晩稲から、ミドロは涼多に視線を移す。
「くっくっくっ、まっ、腹を壊して、丸眼鏡の神さんと一緒に俺たちの町に来れなくなる……なんてことになったら、恥ずかしいもんなぁ」
そう、昨日の今日で、全ての話がまとまってしまったのだ。
あみだくじの結果、涼多がルテと共に、ミドロたちの町へ行くことになった。
ルテには、朝顔電話ですでに伝えてある。
涼多は、まだ実感が湧いておらず、「まさか――」と口を開く。
「会えることになるなんて、思っていませんでした」
「……まだ、直前で駄々をこねだす可能性もあるけどなぁ」
だが、どちらに転んでも、アオにとっては構わないのだ。
何かしらの『負』が発生するという、確信を持っているから。
「でも、先のことを考えても仕方ねぇ。今は、ちゃあんと『お礼の品』を作り上げることができるかどうかを考えろよぅ」




