アルフェロア
アオとミドロが白蛇の町にやって来て、一週間が経過した。
ふたりは今日も、名月の家で起床した。
三日の滞在予定だったのだが、(ふたりの町に行くことを、快く了承してくれた)ルテが、結界台に入ってしまったため、急遽、予定を変更したのだ。
「おらおらぁ、どんどんいくぜぇ」
アオが、腕に持ったお手玉を、庭に立っている涼多に向けて投げる。
その数、十五個。中には、松ぼっくりも交じっていた。
涼多は(大暴投してしまった物を除き)お手玉を全て、手にした棒で弾く。
「おお、見事なものなのだ!すっごくカッコいいのだ!!」
縁側に腰かけていた名月が、ぱちぱち、と拍手を送る。
世辞でも何でもない、純粋な拍手。
頬を赤く染め、涼多は「ありがとうございます」と頬を掻く。
「……はぁ、面白くねぇなあ」
白けた顔をするミドロに、涼多は苦笑いを浮かべた。
今日は、鉱物採集も仕事もない。
故に、家の掃除や洗濯をしつつ、棒術の訓練に励んでいた。
「さっ、涼多も休憩するのだ!」
名月はそう言うと、有平糖の入った盆を差し出した。
有平糖の形は様々で、四角形の形をしたものから、千代結び、桜の形、ステッキのような形をしたものまである。
それらが日の光を受け、盆の中でキラキラと輝いていた。
まるで宝石のようだ、と涼多は食べるのを躊躇ってしまう。
「なに遠慮してんだぁ?有平糖は、お前さんのモンだろう?」
ミドロは、容赦なく有平糖を咀嚼しながら言った。
「気持ちは分かるのだ」
千代結びにされた有平糖を空に掲げ、名月は目を細める。
「ああ、夢たちの分は、ちゃんと取ってあるから安心するのだ」
彼女は、縁側に置かれた座布団を軽く叩き、涼多に座るよう促す。
涼多は座布団に腰を下ろすと、湯気の立った茶を飲み干した。
時刻は午前十一時。火照った頬に、冷たい空気が心地よい。
時折、風が吹いては、木の葉をかさかさと鳴らす。
現在、名月たちの家にいるのは、涼多と名月、アオとミドロの四人だけだ。
奏は、蕉鹿と共に躑躅百貨店に行っており、叶望と夢は、薄氷と共に花冷図書館へと行っている。
涼多はというと、どうにも気分が乗らなかったので、家で(アオたちが、付き合ってやる、と言ったのもあり)棒術の訓練をしていることにした。
彼は、有平糖を一つ掴み、口に含む。
金平糖とはまた違う甘みが広がり、自然と顔がほころぶ。
だがすぐに、涼多の顔は真顔になってしまう。
素直に、味を楽しむ気持ちが湧いてこない。
この有平糖は、一時間ほど前、花鈴を壊してしまったお詫びに、と春と蛍が持って来ものだったからだ。
要約すると、『何かの拍子に棚から落ち、畳の上に転がっていることに気づかず、春が踏んで壊してしまった』とのことだった。
何度も謝る春を思い出し、涼多の心は痛んだ。
足に、怪我を負っていなかったのは良かったが。
(……かえって、悪いことをしちゃったかな)
涼多は、花鈴を蛍に預けてしまったことを、ほんの少し後悔した。
(い、いや、でも、こんな事になるなんて、分からなかったし。そもそも、誰が悪いとかじゃなくて、不慮の事故だ)
心中でそう頷くも、複雑な気持ちは拭えない。
目を伏せ、今にも泣きそうな春の顔が、頭から離れないからだろう。
(これ以上、気に病まないでくれたらいいけど……)
姉弟が去って行った方向を眺め、涼多は有平糖を咀嚼する。
――江戸時代、有平糖の作り手は、『献上菓子御受納』を拝命するにいたり、羽織袴に帯刀まで許されたんだよ――
涼多の脳裏に、晩稲の笑みと言葉がよぎる。
散歩がてら、名月の家に立ち寄った彼も、今はいない。
晩稲は、「自分が生きていたときよりも、少し前の話かな」と説明し終えた後、彼もまた、躑躅百貨店へと向かった。
以前、涼多が話した、『灰色の表紙の絵本』を見つけるために。
もしかしたら、奏たちと合流しているかもしれない、と涼多は思った。
「おいおい、お前さん。そんな辛気臭い顔してぇ、飴を舐めなさんなぁ。作った奴も、渡した奴も、可哀想だろぅ?」
ミドロの言葉に、涼多は、「はい」と頷いた。
数拍の間をおいた後、彼はミドロに向かい、口を開く。
「あの、ミドロさん。……えっと、火山さんに、教科書と問題集のお礼をしたいんですけど、何が好きかご存じですか?」
「ほらきた」
あまりに小さな声に、涼多は、「え?」と首を傾げる。
「あぁ、何でもねぇよぅ。けどな、前にも言ったじゃねぇか。ありがとうの言葉だけで充分だ、ってよお。それで済むなら、お得じゃねぇか」
「それは、聞きましたけど、でも――」
「あー、はいはい。心がもやもやするんだろぅ?」
面倒くさそうに言われ、涼多は再度、「はい」と頷く。
涼多だけでなく、これは、他の三人も同意見だった。
言葉だけでは申し訳ない、と。
わざとらしく溜息を吐くミドロの隣で、アオの勾玉が点滅した。
『全員で押しかけると委縮しそうだが、一人くらいならいいのでは?』
『もしかすると、心変わりをしてくれるかもしれない』
『どこに転んでも、面白いものが見れそうだ』
『それなら、お土産は、形のある……残る物が良いな』
『菓子だと、直ぐになくなってしまうから』
そんな言葉が、アオの腕を伝い、ミドロの頭に流れ込んでくる。
(くっくっくっ、残酷なこって。……それに乗っかる俺も、人のことは言えねぇけどよ。しかし、どうしたもんかねぇ)
「むむっ、なにか、良からぬことを考えている気がするのだ」
「おやおやぁ、失礼なことを仰る神さんだねぇ」
図星を突かれて僅かに怯むも、ミドロは笑顔でそう返した。
次いで、彼は、首をグリンと回転させ、ちゃぶ台の上に視線を送る。
ちゃぶ台の上には、薄氷が読んでいた本が二冊。
どちらにも、涼多が贈ったブックカバーがされている。
「…………んん~、難しいことばっか書かれた、お堅い本を読むのが好きなお人だからなぁ。案外、喜ぶかもしれねぇなあ」
ミドロは、「それか、画材屋で使うエプロン、なんていうのも、いいかもしれねぇなぁ」と涼多に向き直った。
「まっ、後は火山さんに断りを入れてから……だなぁ」
にいと笑うミドロに、涼多と名月は、薄ら寒いものを感じた。
「でも、ナイスなアイデアなのだ!焼野に鍛え上げられた裁縫術を、また披露することができるのだ!!」
名月は、(控えめにではあるが)アオとミドロから涼多を庇いつつ、笑みを浮かべてそう言った。
「みんなと相談して、明日にでも、アリの巣テーラーに行ってみるといいのだ!勿論、何を贈るかは、涼多たちの自由なのだ!」
大きく頷く涼多を見て、アオの頭部は淡く光る。
そして、再度、ミドロに信号を送った。
『事が上手く進んだときの為に、あみだくじを作っておいて。……結果の決まっている、あみだくじをね』
(くっくっくっ、了解。書くのはお前にやってもらうが、道筋はちゃあんと立ててやるよ。…………はてさて、どうなりますかねぇ)
ミドロは、憐みと楽しみを孕んだ眼を、涼多へと向けた。




