刻む声 ――四七番目のリズ(2)
今回の話は読みにくい仕様となっておりますが、語り手の年齢等の諸事情によりこうなっております。なにとぞご了承ください。
なお、作中において人間の尊厳を著しく貶める言動や倫理に悖る行為等が出てきますが、これは創作上のものであり現実においてこれらの行為を肯定・推奨するものではありません。あしからず。
《もちぬし》は、リズにはよくわからないことばっかり、いう。
「笑いなさい、リズ」
「はい」
わらうって、どうやるんだっけ。
「駄目ねぇ。全然駄目だわ。ねぇ、ユレク。この子、どうしてこんなに無表情なのかしら。泣きもしないし、面白くない子よねぇ」
「……申し訳ありません」
「やぁね、怒っているわけじゃなくてよ。これはこれで遊び甲斐があるもの。
――さぁ、リズ。あの部屋に入りなさい。わたくしが次に扉を開けるまで、部屋の中で大人しくしているのよ? 中にいるお客様に何をされても、いつものように礼儀正しくお礼を言いなさいね」
「はい」
「ふふっ、こういう従順なところだけは可愛いわね。ユレク、リズを放り込んでおいて。ちゃんと鍵をかけるのよ?」
「……はい」
ユレクが、リズをだっこしてくれる。
《もちぬし》のまえでだけ、ユレクはいつも、リズをだっこしてくれる。
だっこされるのって、へんなかんじ。ぐんって、リズがおおきくなったみたいになる。
おおきい、とびら。リズとユレクがいつもいる、『おり』のとびらより、ずっとおおきい。
そこまで、ユレクはいつもより、ゆっくりあるく。とっても、ゆっくり。
ユレクが、とびらをあける。
とびらのなかにいた、おおきいひととか、ちいさいひととか、もじゃもじゃしたのが、みえた。
ぜんぶ、『おきゃくさま』だ。
『おきゃくさま』のなかのどれかが、リズを、つかむ。
ユレクが、リズをだっこしてくれるのは、ほんのちょっとのあいだだけ。
リズは、すぐ、『へや』のなかに、いれられる。
ユレクは、リズのだっこをやめるまで、いつも、なんにもいわない。
なんにもいわないで、とびらをしめる。それから、“がちゃん”って、かぎをかける。
そしたら、ユレクといっしょにいるリズは、おしまい。
『へや』のなかのリズは、ユレクといっしょにいられない。
からだがばらばらになったり、うごかなくなるまで、リズはユレクにあえなくなる。
だから、『へや』にいれられるのは、いや。
でも、いやっていったら、ユレクにあたまとかを、“がんっ”てされる。
だから、リズは、いやっていわない。
いやっていわないで、べつのことばを、いう。
「ありがとうございます」
ことばのいみは、よくわからないけど。
* * * * * * * * * *
ユレクは、からだが、リズよりもおおきい。おおきいこえも、だせる。
リズのしらないこととか、わからないことを、たくさんしっている。
《もちぬし》は、ユレクが『おきにいり』なんだって、いつもいっている。
リズは、『ばか』とか、『へんなこ』っていわれるけど。
ユレクは、リズを『くず』っていう。『くず』とか、『ごみ』とかっていう。
《もちぬし》は、『おきゃくさま』にリズをつかわせるのに、『おかね』っていうのをとってない。
リズは『かち』がないから、だって。
だから、ユレクはリズを『くず』とか『ごみ』って、いうみたい。
リズは、からだがぐちゃってなっても、ばらばらになっても、すぐ、もとにもどる。
《もちぬし》が、もとにもどしてくれる。
リズのちかくに《もちぬし》がいないときは、ユレクが、リズをもとにもどそうとしてくれる。
ユレクには、「じぶんでやれ」っていわれるけど、てがうごかないときは、できない。「あしをつかえ」っていわれるけど、じょうずにできない。
そしたら、ユレクはいつも、「しね」っていいながら、リズをもとにもどそうとしてくれる。
リズは、ユレクといっしょの『おり』にいる。
ねむったり、えさをたべるたりするのも、ユレクといっしょ。
《もちぬし》に、よばれるのも、いっしょ。
ユレクは、リズよりもながく、ここにいる。
リズは、どうしてここにいるのか、よくわからない。きがついたら、いた。
どうして、リズはここにいるの?
ユレクにきいたら、あたまを“がんっ”てされた。
ごろごろ、ころがる。
かべに“べしゃっ”てなって、とまった。
「俺が知るかよ。お前みたいなクズが生きてる理由なんて、別にどうでもいいだろ。んなもん考える暇があるなら、とっとと死ね」
ころがったまま、あたまをうごかして、ユレクをみた。
そしたら、すごくへんなかおをされて、ほっぺたを“ぐいーっ”てのばされた。
リズのかおも、へんなかおになったかもしれない。
「気持ち悪ぃ目つきで見んじゃねぇよ、クズ」
ユレクのいうことは、よくわからない。
リズのめ、きもちわるいのかな。でも、『きもちわるい』って、なんだろう。
きいても、ユレクは“ごんっ”てするだけで、こたえてくれなかった。
ユレクは、『ほん』をよむのがすき。
『ほん』には『もじ』がかいてある。
《もちぬし》は、ユレクに、ときどき『ほん』をあげる。リズには、くれない。リズは、『もじ』がよめないから。
でも、すこしなら、わかる。ユレクがリズに、おしえてくれる。
「下手くそ、本の字を真似ろ。……違う、ペンはそうは持たない。こうだ。何十回言わせる気だこのボケ。覚える気がないんなら死ね」
ユレクがリズに、おしえてくれるもの。『よみかき』と、『さんじゅつ』。
ちいさいぼうを、『ぺん』っていうののかわりにして、ゆかに、『もじ』と『すうじ』をかくまねをする。
リズは『もじ』がじょうずにかけないから、『ほん』のなかにかかれている『もじ』のまねをしろって、いわれた。
だれかがよめる『もじ』じゃないと、いみがないって。
なんかいもじょうずにできなかったら、ユレクに“ごんっ”てされる。
「しね」っていわれるのはいいけど、“ごんっ”てされるのはこまるから、リズはユレクにいわれたとおりにする。
ユレクのよむ『ほん』は、むずかしい。
ユレクにはむずかしくないけど、リズにはむずかしいって、ユレクがいう。
でも、ユレクはリズに、「『ほん』をよめ」っていう。《もちぬし》には『ないしょ』で、『よみかき』と『さんじゅつ』ができるようになれって、そういう。
『ないしょ』って、ユレクとリズの、『たからもの』なんだって。
『たからもの』は『だいじなもの』だから、みつからないようにして、かくさないとだめなんだって。
ユレクが、おしえてくれた。
だから、リズは『よみかき』も『さんじゅつ』も、じょうずにできない。あんまり、おしえてもらえないから。ユレクといっしょにいるときで、《もちぬし》がいないときにしか、できない。
「ほら、とっとと続き読め」
「じょしょう、くにのなりたち。えいらーむのまつえい、あなてあ・れがいあ・えいらーむ、けつぞくのそはだいていこくなはるのだいよんこうじょしゅーろてにかと、だいななおうじえりゅいしあん」
「始めから読むな! 続きから読めっつったろうが、ボケ! 死ね!」
ユレクといっしょにいても、リズはあんまりじょうずに、『ほん』をよめないけど。
ユレクは、リズのしらないことをたくさんしっている。
いつもリズに「しね」っていって、“どんっ”とか“がんっ”とかするけど、リズはユレクといっしょがいい。
でも、そういったらユレクに“がんっ”てされて、ごろごろ、ころがりそう。
だから、リズはこのこと、ユレクに『ないしょ』にしてる。
「……気味悪い顔で見てんじゃねぇよ、ゴミ。死ね」
『ないしょ』にしてても、“ごんっ”てされるけど。
でも、『ないしょ』。
《リズ》というのは呼び名にすぎなかったので、自分が何者なのかは知らなかった。
知る必要も、なかった。




