第79話 向き合う瞳
アジ・ダハーカの胸にはあの黒い剣が突き刺さっている。
「…グッ、ガ……」
ドクン、茜の握る黒い剣が脈打つ。
「……まさか、自分の血を吸わせ、鞘に戻そうとするようなうつけが存在しようとは……!!」
それしか考えられないのだ。
茜の持つ剣の名前はダインスレイブ。鞘からひとたび抜けば血を吸うまで決して戻らないと言われる魔剣の代表格の一つ。
その証拠に剣によって刺され、傷が出来ているにもかかわらず、アジ・ダハーカの分身体が生まれることは無かった。
そして、茜の手には黒い剣と同じ、鞘が握られていた。
あの一瞬のうちに剣を先回りし、浸蝕の力を押さえることで、剣に自分の血を吸わせ、鞘に戻し、アジ・ダハーカに出来た一瞬の隙を見逃さず突き刺した。
アジ・ダハーカの虚を突くには更なる突拍子賭けに出るしかない。
そしてその賭けは見事、アジ・ダハーカを上回った。
茜は剣を引き抜くと傷口に手を当て、
「破壊(destruction)――――〝傷〟(wound)」
傷を消した。
本来なら、ダインスレイブで傷を負わされたならその傷は治らないが、茜の力なら関係なかった。
「何故、殺さない。……傷つけるのが怖いとまだいうのか?」
「もう、言わないよ。あの人と一緒に死ぬんでしょ。だったらまだ死んだらダメだよ。」
こちらに歩いてきているアンラ・マンユを見る。
それに釣られ、アジ・ダハーカも視線を移した。
「……もし、貴方が死を、世界の救済を願うなら私が殺してあげる。それでいいかな?」
「茜!!」
振り返った先には蒼が立っている。
「……どうして、全部一人で背負ってしまおうとするの?僕じゃ頼りないから?」
「……違うよ。これは罪滅ぼし、お母さんを殺した私に唯一出来ることだから。それに蒼がいてくれるから私は闇の中でも生きていける。」
「茜?何を言っている、菫は死んだって……」
死んだことは知っていても茜が殺したことを知らないルシファーは動揺を隠しきれなかった。それは普段の皇帝としてのルシファーからは考えられないぐらいに。
けれども茜は躊躇うこともなく続ける。
「死んだよ。私がこの手で殺した……間違いないよ。」
「ッ……!!」
「……なぜ、笑っている。なぜ、憎まない。」
ミカエルは菫が力を使う度に命を削っていたことも、残りの命が僅かだったことも蒼が生まれる前から感じていた。
「私は、何も憎まないよ。それが、お母さんの最後の願いだから。」
世界を憎まないで、それがお母さんの願いだから。
世界を憎むな、それは何も憎むなと言う意味と同じだ。
だからこそ茜は世界に絶望こそしたが憎みはしなかった。
「っ……だが、あいつを本当に殺したのは、「ミカエル様!!」……!!」
真実を知っていたからこそ何が起きて茜が菫を殺したというのかも分かるのだろう。だが茜はその事実は他の者が知らなくてもいいことだと思えた。だからこそミカエルが全て言ってしまう前に口をはさみ遮った。
「お母さんは私が殺した。それだけが真実だよ。」
それまでミカエルに向けていた視線をルシファーにそして蒼に移し微笑む。
「だからね、せめてこれぐらいはやらせて。私が私であるためにも……」
蒼はその視線を受け止め、自分自身の想いを口にする。
「……僕は茜に傷ついてほしくない。」
「なら、傷つかないようにする。」
「全部背負い込まないで、僕を頼って。」
「頼ってるよ。蒼がいることが私の生きる理由になる。……ずっと、一緒にいてくれるんでしょ。」
何処までも穏やかに、諭すように笑う茜にその場にいる者で何か言えるものはだ
ら一人としていなかった。
本来の人格に戻った茜にとっても蒼の為にすることで自分が傷つくとはもう思ってもいなかった。
そもそも世界を救うためにゼウスが茜と蒼の二人を生み出した時点で二人に課せられた役目は同じでもいるべき場所は違っていたのだ。光だけを求めるならば一人だけ作ればよかった、けれどもそうしなかったのはこの世には闇と光の両方が必要不可欠だったからだ。
茜は満面の笑みで空に呼びかける。
「そうだよね、ゼウス。」
茜の見ている場所には何も存在しない、いや存在していなかった。
激しい風が吹き、みんなが次に目を開けた時ゼウスはそこにいた。
「そうだ、漸く自分自身を取り戻せたな、茜。」
茜は過去に人間界と言う世界から記憶を奪った。他の世界は干渉できない状態だったのだから本来ならこの時の記憶を持つのは茜一人だった。けれども菫に加護を与えていたゼウスだけは茜が犯した罪も過去も全てを知っていた。
「じゃあ、これでこの仕事は終わりでいい?」
「構わん、後は継承式を終わらすだけだ。私は先に帰ってるぞ。」
来た時と同様に激しい風が吹き、ゼウスの姿は消えた。
茜はアンラ・マンユに近づくと、他の者には聞こえない声で呟く。
「蒼に闇を背負わさないでくれると嬉しいな。」
「っ、お前は・・・!!」
アンラ・マンユが振り返ってみた茜の顔は先ほどまでと何も変わらない笑顔だったが、だからこそどこか恐ろしく感じていた。
茜はそのままルシファーたちの所に行ってしまった。
アンラ・マンユの様子がおかしいことに気づいた蒼が声をかける。
「どうしたの?」
「・・・あいつはなんだ?」
アンラ・マンユが見る先にいる茜に気づいて、蒼は気づいた。
茜が神と悪魔の二種族の力を同時に使えているということに。そしてアンラ・マンユが何かしら心を読まれたことに。
蒼はアンラ・マンユの問いに答えることなく、茜の居る方に歩き出した。
今日の御礼と継承式の話をしていた茜は近づく蒼に気づいて振り返って手を差し出す。
「帰ろう?」
蒼もその手を握り返すと翼を広げ、ミカエルの方を見る。
その目は以前のような怒りに支配された眼ではない。
「ミカエル、継承式には絶対来てよ。じゃないと許せるものも許せなくなっちゃうから。」
その言葉に蒼とミカエルとの間にある溝を知っている者は目を見開いた。
茜だけでなく、蒼も過去と向き合うことを決めたのだ。
茜も翼を広げると、空へと飛びあがる。そして全員にまとめて挨拶するとそのまま飛び去った。
残されたミカエルやルシファーたちも段々と自分たちの次元へと戻っていった。




