第80話 未来へ
そしていよいよ継承式の日がやってきた。
継承式が開かれるオリュンポスの山頂にある宮殿には招待された神々や悪魔、天使、精霊などが集まっている。
この式はゼウスのギリシャ神群の長と言う地位を受け継ぐのではなく、神々と人間の王と言う地位を受け継ぐものだ。茜や蒼の地位がゼウスよりも上になるがゼウスの願いを叶えるために生まれてきた二人には関係のないことだ。
集まった者たちは普段関わることのない者と歓談したり、料理を食べたりと式が始まるまでの時間をつぶしている。
茜たちは端の方でその様子を見ている。
「大丈夫、茜?」
「うん、煩いけどまだ平気。」
蒼はあの時から茜のことを名前で呼ぶようになった。茜の赤い左目は悪魔の血を引くからか心の声が映る。
「よくここまでの神が集まったわね。あの子の頼みとはいえここまでは集まらないでしょう。貴方たちが呼んだのかしら?」
後ろから聞こえてきたのはここでは聴き慣れた声だ。
振り向くとそこには女の人が立っている。ゼウスの姉であり妻であるヘラだ。
「久しぶり、ヘラ。・・・日本の神とアンラ・マンユ辺りはそうだよ。」
ヘラに向かってこんな風に話せるのはそんなに多くはいないだろう。
ヘラもそれ自体を気にしている様子はなく優雅に微笑んでいる。
「そろそろ挨拶に来るものもいるでしょう。気を付けてね。」
ヘラの手が茜の左目に近づき、そっとなでる。茜は目を閉じて擽ったそうに少し身を捩った。
手が離れると、目を開け笑った。
「ありがとう、ヘラ。」
ヘラも微笑み返し、その場を去る。
その後ヘラが言ったように近づいてくる気配があった。
「君たちがトトの言っていた今回の主役だね。」
話しかけてきたのは優しそうな顔立ちのおじさんだが会ったことは無い。
トトの知り合いということからエジプトの神であるということは分かる。
蒼が茜の方に顔を向け首を傾げると茜はそれまで見ていた男から視線を外して名前を口にする。
「エジプトの冥界アアルの王、オシリス。」
目の前の男は感心したように茜を見ている。目の前の男もまさか自分の正体が簡単にばれるとも思っていなかったのだろう。
「オシリス、何をしているんだい。・・・あぁ、君たちか。」
オシリスの後ろから来たトトが男の前にいる茜たちに気づいた。
「トト、彼らは全知の神か叡智の神でもあるのか?」
「いや、確か創造と破壊の神だったはずだよ。どうしてそう思うんだい?」
何かがトトの好奇心を刺激したのか子供のように知識を求める。
「間違いなく初対面なはずなんだが彼女が僕の名前を当てたからね。少し気になって。」
少し驚いた顔をしたがあぁ、と一つ頷いた。
「確かに彼らの知能は君よりも高いだろうがそれは神の力とは関係ないよ。君の名前が分かったのは茜の性質からだね。彼女は・・・」
茜の正体をばらそうとしたトトを蒼は言い切る前に呼びかけて止めた。
そんな蒼を見てトトは楽しそうに哂う。
「良いじゃないか、君たちは伝承には一切残らないんだから。」
基本知識を手に入れるためには書物を読むか実際に自分の目で確認するしかない。そして茜たちは人に依存していないことから存在を認知されることもなければその存在や名前、力を書物として残されることもなかった。
「・・・私は茜、魔王の子供だよ。」
茜が名乗ることで観念したのか蒼も諦め名乗ることにした。
「僕は蒼、ミカエルの子供で、茜は少しだけ人の心の声を聞くことが出来るんだ。」
オシリスは好奇心旺盛な子供のように二人を見ている。
蒼は溜息を吐く。
「それじゃあ、僕たちはもう行くね。」
オシリスとトトに手を振ってその場を離れると一度その部屋から出て誰もいない場所まで来た。
「蒼、悪意も集まってきているよ。多分何かが起きる。」
先ほどからずっと二人を窺い見るような視線が付きまとっていた。そしてその視線に含まれるのは悪意。なんでこんな礼儀も知らないような餓鬼が、という妬みや嫉妬。こちらを下に見ていることが伝わってくるものだ。
「皆の前で襲って来るなら丁度いいね。一度で全員に力を示せる。」
蒼の言葉に茜も同意する。
茜たちのことを知っている者は少ないが、二人の力を知っている者はもっと少ないのだ。ほとんどの神がゼウスに招かれたから来ただけで茜たちのことを認めているわけではない。
「もし何かあった時は最初は私が対処するから危なくなったら蒼が助けて。」
蒼は少し不満そうな顔をしたが頷き笑った。
丁度その時、大きな鐘の音が鳴り響いた。その音は宮殿中に響き、広がっていく。
継承式が始まる合図だ。
茜は蒼に手を差し出し、蒼も茜の手を取り先ほどまでいた会場へと歩き始める。
茜たちが大きな扉の前に着くとその扉は静かにゆっくりと開かれる。二人はそのまま部屋へと足を踏み入れる。
部屋の中は招かれた神たちで溢れているがその中心には一本の道が出来ており、そこを二人は足を進める。部屋の奥にはゼウスが立てって待っている。
そこに静寂を消すように部屋の中を暴風雨が吹き荒れ、竜巻となって暴れまくる。だが辺りを闇雲に襲うと思われたそれも他者を巻き込まずに茜たちに迫る。
「・・・こんな大物が出てくるとは思わなかったなぁ。」
竜巻を見た茜はそう漏らしていた。
手を繋いでいない右手を竜巻に向かって突き出し、羽を広げる。
黒いドレスの裾が靡き、茜は目の前の悪意の塊を浸蝕せんと力を放出する。
黒い風は暴れ狂う竜巻に向かっていき浸蝕していく。竜巻の風は食い破られるようにその勢いをだんだんと落としていく。そしてその風が収まった時、ここにいる招待客の口から叫びやざわめきが広まった。
「シヴァ神がなぜこんなことを!!」
「あれが破壊の化身・・・」
誰もが見上げる空中の今まで竜巻があった場所にその男はいた。
シヴァ神、ヴェーダ神話に登場する暴風雨神ルドラを前身とし、『リグ・ヴェーダ』では、「シヴァ」はルドラの別名として現われている。暴風雨は、破壊的な風水害ももたらすが、同時に土地に水をもたらして植物を育てるという二面性がある。また、ヒンドゥー教の三神一体論では、3つの重要な神の1人として扱われ、世界の寿命が尽きた時、世界を破壊して次の世界創造に備える役目を担っている。
「何をしに来た、シヴァ。」
ゼウスがコツコツと歩き、茜たちに近づく。その後ろにはハデスとポセイドンも立っている。
「何をしに来た?わかってるだろ、こんな餓鬼が俺たちの上に立つなんて認めるわけがないことぐらい。」
「ほぉ、世界の危機に何も出来なかった奴が何を言うかと思えば。そもそもこの世界はブラフマーが創りヴィシュヌが維持している世界ではない。そのことにも気づいてないのではないのか?」
「何を言って・・・」
「5年前、僕たちはそれまであった世界をすべて破壊し、この世界を創った。」
ゼウスの言葉の意味が分からないシヴァは反論しようとしたがそれまで傍観していた蒼が口をはさみ、そこにいる神々の視線が蒼に集まる。蒼は淡々と続けて言う。
「届いたはずだよ、僕たちの声。・・・『We of God make it, and destroy the old world.(私たちは神の造りし古き世界を破壊する。)』・・・思い出せない?」
歌うように囁かれたその言葉はシヴァの身体を大きく震わせた。
そして気が付いた。今まで目の前にいた少女の気配が自分の後ろにあることに。 背中を無防備にさらしていることに気づいたシヴァはすぐに振り返り、赤い瞳に捕らえられた。
「思い出して、世界の終わりと始まりを。」
魅入られて動けなくなったシヴァは自らの意思とは関係なく記憶を遡って見せられている。
ブラフマーとヴィシュヌの三神で何度も世界を創り維持し破壊してきた日々。妻のサティーを亡くしいくつもの都市を破壊しヴィシュヌによって正気を取り戻しサティーの生まれ変わりであるパールヴァティーを正妻として迎え過ごした日々。そして・・・眠りのいらないこの身体があの歌を聞いていつの間にか眠りに落ち目覚めたあの日・・・最初に聞いたのは、
「・・・『We will become everlasting King watching the world.(私たちは世界を見守る永遠の王となろう。)』」
その言葉が自然と口から洩れた。
急な眠りから目が覚め一番最初に聞いた声。何が起きたのか、どれほど眠りについていたのかも分からなかった中であの声だけは安心できた。
シヴァがもう一度顔を上げるとそこにはもう茜はいなかった。
「ゼウス、もう大丈夫だから続けよう。」
床に降りて翼をしまった茜はゼウスに声をかけ式を続けるように促す。
ゼウスもそれが分かったのか踵を返して元居た部屋の奥の位置に戻った。
呆然とする神々をおいて式は進む。
茜と蒼はゼウスの前にまで行くと膝をついて、頭を下げる。
静寂がその場の空気を支配する中ゼウスは声高々に宣言する。
「この世界、そして生きしもの全ての王として茜と蒼の二人に王位を継承する。」
ゼウスがいつも手にしている杖を掲げるとゼウスの腕に会った黄金の腕輪が崩れ落ち、茜と蒼の腕にその腕輪が姿を現した。
静寂は次第に拍手へと姿を変え部屋の中を揺らした。
精霊王の合図で精霊たちの輝きが増しさらに盛り上がっていく。
「ゼウス、私たちはこれから世界を見て回るよ。知識だけでなく自分たちの目で見て知りたいから。」
ゼウスも分かっていたのか残念そうにしながらも頷いてくれた。
「お前たちの人生を決めるのは私ではなくお前たち自身だ。・・・己が心が為すままに突き進め。それがこの世界の、お前たちの未来へとつながる。」
自分に縛られるな、とゼウスは言う。だけれども茜にとっても蒼にとってもゼウスのおかげで生まれ今ここに生きているのだ。
「断ち切らないよ。・・・この身体も運命も呪いもすべてゼウスが与えてくれたものだ。だからこそゼウスが願うなら僕たちは自分たちで考え動く。だけどこの関係を断ち切ることだけは絶対にしない。」
自分たちの意思を改めて口にし、自分たちのいく道を確認した二人は最後に自分たちの戻るべき場所となった宮殿を見た。
「行ってきます。」
いつの間にか集まってきていた皆に向かってこれまでで一番の笑顔で挨拶をして宮殿を飛び出した。
二人の手は固く繋がれている。
確かに目の前にある道は運命とも呪いとも言えるかもしれない。けれどもその道をどう歩くかは自分たちで決めればいい。この道が足元にある限り迷うことは無いのだから。ひたすらに未来へと歩み続けよう。
一人の神として、天使として、悪魔として。そして人間であることも忘れずに永遠を二人で歩み続けていくだろう。




