第77話 人間とは
蒼は自分と似たような力を持つ造物主である男の前に立っていた。
「初めまして、アンラ・マンユ。僕の名前は蒼、貴方と同じ創造神です。」
「……なぜ、俺のもとに来た。あいつのもとに行きたかったのだろ。」
アンラ・マンユは蒼の顔を見て本心に気づいた。
蒼自身も顔に出ているのは分かっているので素直に頷く。
出来る限り茜の願いを叶えたい、その願いが蒼をここに連れてきた。
「あなたに聞きたいことがある。」
一瞬、アンラ・マンユは眉を寄せたが、興味がわいたからか話を促した。
「聞きたいこと……言ってみろ。」
「悪とは何?」
「悪、それを俺に問うのか。……まぁ、いい。悪とは世界にあるすべての災いつ
まり痛み、悲しみ、破壊、差別そして苦悩のことだ。」
悪、そのものであるアンラ・マンユ。
〝汝、悪であれかし〟悪であることを求め続けられた神。その神に蒼たちが長年考えてきた問いを投げかける。
「なら、人間は善、悪?」
「それは決められないことだ。それぞれが個である以上善も悪も存在する。」
明確な答えが欲しかったが、それでもその答えは蒼たちの結論と同じものであった。
蒼たちの知る人間は悪としか言えないような人間だった。けれども蒼たちに見せる表情がそれであっても他の者に向ける表情は違うものだったのではないか、それが蒼たちが善悪を決めるのに迷う原因となった。
蒼は肩の力を抜き問いかける。
「……これで最後。人間は好き?」
「あぁ、勿論。人間以上に素晴らしいものなど存在しない。」
この言葉で蒼は目の前の神の意図を理解した。
自分を殺すかもしれない相手を前にして攻撃を仕掛けるでもなく相手の話に付き合う理由に漸く辿り着いた。
「そうか、貴方は僕に殺してほしかったんだ。……でも僕の知っている人間は素晴らしいと言えるような存在ではなかった。」
「お前の知っている人間はどんなものだった?」
「天使の子供っていう理由だけで蔑み、不当な暴力をふるい、殺した。僕たちは
人間が弱いことを知っていたから力をふるうことも抵抗もしなかった。僕を助けてくれたのはお姉ちゃんと精霊王だけだった。」
「ならなぜ、この世界を創る際人間を助けた?」
「お姉ちゃんは誰かが傷つくことを良しとしないから。仮に、僕が人間を見捨てたとしても、お姉ちゃんが命を捨てでも人間を救っただろうから。それでお姉ちゃんが傷つくなら、僕は人間でもなんでも助けるよ。」
アンラ・マンユは二人の関係を理解し、自分の願いを叶えるためにどうすればいいか考えた。そして一つの考えに辿り着いた。
「……そうか、ならあいつを傷つければお前は俺を殺してくれるわけだ。」
「……っ……!!」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
それで反応が遅れてしまった。男の方に目をやった時には既に移動を開始していた。
蒼は慌てて男を追いかけようと、翼を広げた。
だが、男の前には竜巻が起こり、男は足を止めた。
「行かせるつもりはない。あいつに傷ついてほしくないのは俺も一緒だからな。」
竜巻を作り上げたのはそれまで雑魚を相手にしていたベルゼブルだった。
そして、竜巻が消え、その進行方向に現れた者がいた。
「サタン、後は任せる。」
ベルゼブルはそれだけ言い残すと再び周りの悪魔を相手にし出した。
「任された。……アンラ・マンユ、これより先は私が相手しよう。」
「邪魔をするな、サタン(必要悪)。お前も俺と同じだろう。人類の最後の試練として誰よりも人間を愛していた、以前のお前ならそうだった。それが今でも変わらないというならば其処を退け。」
絶対悪と必要悪。存在する理由は違うが、どちらも人類の敵と言うのは同じであった。そして二人ともその役目故に人類と言うものを理解し、愛していた。
「変わらないからこそ退けないな。あの娘とは約束がある。その為にはお前を行かせるわけにはいかない。」
たった一つの願い、生まれてから今まで願い続け誰も叶えられなかった人類の希望(願い)。その願いを叶える為ならどんな危機でも駆けつけあの少女を護り抜こう。
「……あぁ、そういうことか。お前はすでに人類の希望をあの娘に託しているのだな。」
「そう言うことだ。分かったなら退いてくれ、でなけでば私が先に世界を滅ぼすかも知れないぞ。」
「……博愛主義者が何を言っている、そんなこと出来もしないくせに。」
「……確かにな。まぁいいさ、後はそこの少年と話をつけてくれ。それでも願いが叶いそうにないならば少しだけ私も手を貸そう。……そんなことはありえないだろうが。」
サタンは一瞬茜の方を見てから蒼に視線を戻した。
試すような視線、けれどもその瞳にはお前が護れと言う意思が込められているように感じた。
「サタン、お姉ちゃんを傷つけるな。」
「分かっている。……一度だけだ。その日までは何があろうと護り抜こう。」
蒼はしばらくの間サタンを睨んでいたが、体の力を抜いて、視線をサタンからアンラ・マンユに移した。
「アンラ・マンユ、今日僕たちが来たのは継承式に来るように頼みに来ただけだよ。殺しに来たわけじゃない。だからこそ、皆にも相手を殺さないように抑えるように伝えた。」
「継承式、だがあれにはスプンタ・マンユが参加するだろ。俺が参加すれば滅茶苦茶になるだろう。」
対立する善と悪。それが一つの場所に揃えば何かしら起こるかもしれない。
「それでも、お姉ちゃんにとっては善だろうが悪だろうが意味をなさない。善があるから悪が存在し、悪があるから善が存在する。それなら両方を失くさない限りどちらも存在し続けるんだ。だったら、それを否定しても意味がない。」
天使が作られたから悪魔が生まれたように、悪魔がいるから天使の存在意義も生まれた。善と悪もそれと同じだ。
「……なら、継承式に参加する代わりに一つ頼みたいことがある。」
「何?」
「権力者による暴走が起こった時世界が滅びる前にお前が確実に俺を殺せ。それが頼みだ。」
「いいよ。ただしお姉ちゃんには手を出さないで。これ以上お姉ちゃんの、茜の犠牲は見たくないから。」
アンラ・マンユは頷いた。
そしてもう一つ先ほどサタンが告げた言葉の意味を理解した。
手を貸すことはありえないと断言したのは蒼がこの条件を断ればサタンは手を貸してもう一人のあの少女に話を付けに行っただろう。
それが分かっていたこの少年は断るという選択肢をもともと絶たれていたのだ。
この目の前の少年をはじめベルゼブルにサタン、その他の魔王、彼らが想う少女がここまで誰かが傷つくのを恐れるのは過去に何かを傷つけたからなのではないだろうか。
そんな疑問が浮かんできたが口に出すことはなかった。
「僕はもう行くよ。これ以上は見ていられない。」
蒼はそれだけ言うと、茜が戦う方へと足を進めた。




