第75話 拝火教(ゾロアスター教)
茜と蒼は今、バビロンのクリンタ城の前に来ていた。
ルシファーとミカエルは頭数をそろえるため一度自分たちの次元へと戻った。
「茜、待たせたな。」
先ほどまで一緒にいた声に振り返ると、その声の持ち主、ルシファーとその後ろに七人の悪魔がいた。
サタン、レヴィアタン、ベルゼブル、アスモデウス、ベルフェゴール、マモンそしてベリアル。
魔界で知り合った王たちが全員この場に揃っていた。
「……全員が来たの?」
「あぁ、お前の名前を出したら全員が食いついてきやがった。まぁ、一応四人の王は残してきたから大丈夫だろ。」
呆れたように言っているがそれでもどこか楽しそうだった。
戦いたかった者、約束を守ろうとする者、心配だった者、契約に従う者、ここに集まった理由は様々だが一つだけ同じ想いをみな抱いていた。
……茜を護りたい。
親として、友として、好意を抱く者として、立場は違うがその想いだけは変わらなかった。
「お姉ちゃん、ミカエルの方は三人連れてきたよ。明らかに過剰な戦力のように
も思えるけど……」
ルシファーたちとは離れたところにいるミカエルのもとに行っていた蒼は呆れた声で茜に情報を伝える。
茜も蒼が呆れても仕方がないと思っている。
四大天使に四人の上位君主と四人の下位君主。神は茜と蒼だけだがもともと二人だけで行こうとしていた茜たちにとっては過剰な戦力と言っても間違いではないのだ。
「それならそれでいい。あいつらはただ茜に会いたかっただけだろうから。」
ミカエルが連れてきたのはガブリエルにウリエル、ラファエルだった。
「そろそろ行こう。あまり遅くなりすぎるとゼウスが心配するかもしれない。それに……」
ただでさえ、日本で時間がかかったからね。と蒼は全員を進むように促した。
そして茜たちは寺院の中へと足を踏み入れた。
「ねぇ、サタン様。善と悪って何かな?」
茜は隣を歩いていたサタンに問いかける。
悪魔は悪、天使は善、それが人間の考え方の一つでもある。
けれどもそれだけではないことを茜は知っている。だからこそ迷っていた。
「それは誰にも分らないことだ。善と言う存在があるから悪があり、悪と言う存在があるから善もある。それを決めるのは誰でもないのだから。」
確かに茜たちはこの世界を創るときに善と悪を平等に振り分けたがその境目は曖昧なものであった。
もし悪を消そうとするならば善も消さなければいけないということになる。善も悪もない世界は何もない世界とも言い換えられる。人間の意志さえも消えた世界、そんな世界は死んでいる。
だとするならば、全ての根本に善か、悪が存在するということだ。
「なら、私は悪なのかな?」
茜の漏らした言葉に足を止める。
それに気づいた茜も足を止め振り返る
「どうしてそう思う?」
一か月一緒に魔界で過ごし、見てきた限り悪だと言えるようなことをしたのを一度も見ていない。
茜はサタンの問いに自嘲の笑みを浮かべる。
「あの子が、言っていたから。私の魂は純度の高い悪の魂だって。」
「あの子とは誰のことだ?」
「私の中にいるもう一つの人格。多分サタン様も今日会えると思うよ。」
話をしているうちに開けた場所に出てきた。
そこには六人の悪魔と三人の神そしてそのまわりに大勢の悪魔がいる。
「誰が誰を相手にするんだ?」
ルシファーが茜に聞く。
相手は世界の始まりから悪として人類の試練として存在しているにもかかわらず、いまだ生き残っている者たちだ。
それならば相手の力だけでなく味方の力も全て把握しているものが決めた方が効率がいい。
茜はルシファーの問いに一つ頷き、一度全員の顔を見た。
「アンラ・マンユは蒼、アエーシュマはアスモデウス、ジャヒーはルシファー、ガブリエル、タローマティはミカエル様、ドゥルジにはベリアルとレヴィアタン、後は誰が誰を相手にしてもいいよ。他の所の補助にまわってもいいし、その他大勢を相手にしてもいい。これでどうかな?」
どうすれば勝てるか、相性と伝承を組み合わせて考えていく。
「アジ・ダハーカはどうする?」
「私がやるよ。あ、でもできるなら剣を使えて早く動ける人が一人欲しいかな。」
茜の言葉にすぐに動いたものがいた。
「ウリエル様?」
まさか自分に力を貸してくれるとは思っていなかった茜は首を傾げた。
心外だな、と肩をすくめるウリエル。
「何か策があるんだろ?」
茜は頷いてウリエルに1つの剣を渡した。
真っ黒な剣で鞘から抜かれている。
ここにいる皆がその剣の正体を理解した。
「皆を待っている間に作った剣だよ。私は多分戦いを始めたら何も触れられないから代わりにアジ・ダハーカに隙が出来たらこれで突き刺して。それだけで十分だから。」
もし、無理そうなら私が合図したらアジ・ダハーカに向かって投げるように、と念のための対策も伝える。
「了解した。」
「皆に始まる前に行っておくことがあるんだけど、戦いが始まったら私に触れないでね。」
茜の言葉に理由を知る三人の顔が翳る。
「……お姉ちゃん、あいつを使うつもり?」
「うん、それが勝てる唯一の方法だと思うから。大丈夫だよ、あの子には皆を傷つけないように言ってあるから。」
「……行くぞ。」
蒼がさらに何か言うよりも先にルシファーが歩みを促した。
一方では、
「連中も諦めが悪いな。三回も使者を殺されたというのにまだ懲りてないようだ
ぜ。」
「今回はもう少し骨があるといいな、ケッケケケ。」
毛むくじゃらで血塗られた武器を持っている男が楽しそうに哂う。
男は武器をくるくると回しながら早く戦いたそうにしているのが窺える。
「安心しろ、今回は前回までとは違うようだ。来ているのは四大天使に八人の魔王、それを従える二柱の神。……あの中でどれだけの者が生き残れるか、見物だな。」
三つ頭の竜が男をなだめるように言うが、竜自体も戦いを楽しみにしているのが分かる。笑みを浮かべるその顔は獲物を前にした蛇そのものだ。
「フフッ。女性の偉大さ思い知らせてあげましょう。」
「気を付けろ。あの神はおそらくこの世界の創造神だ。……相手をするのは俺とお前ぐらいだろうがな、アジ・ダハーカ。」
他の悪魔たちの後ろで静かに敵を見据えていた男が口を開いた。
男が視線を向けた先にいるのは先ほどの三つ頭の竜だ。
「フン、私の心配より自分の心配をしろ。お前が落ちたら約束も何もない。」
「だが、ここには人類の欠片が存在している。彼らが俺を乗り越えられるのならそれで人類は救われる。」
男の言葉にアジ・ダハーカは目を見開いた。
〝拝火教〟の経典『アヴェスター』では勧善懲悪を示しているものの、それは神の視点で綴られたものでしかない。超越者としての視点からみれば人類の滅びはこのままでは確実だった。
神や天使、悪魔が我々を倒そうとその行く末は変わらない。
こればかりは人類が乗り越えなければ、人類に救いはないのだ。
だからこそ人類を愛した彼らの宗主は人間の為に涙した。
あれから幾星霜の時が流れ、二人の願いが叶うかもしれない、その時がやってきたと彼は言うのだ。
「それは僥倖。人より生まれし神よ、来るがいい。我こそ悪である!!」
顔に笑みを浮かばせ、高らかに名乗りを上げた。




