第73話 もう一つの人格
誰かが近づいてくるような気配に二人は目を覚ました。
すると扉が開き、またあの男が入ってきた。
コツコツと響く足音はどこか楽しげで嫌な予感が積もっていく。
牢屋の目の前まで来た男は茜たちと目線を合わせるように屈んだ。
「その目だと、まだ考えは変わっていないようだな。今日は手土産を持ってきてやったぞ。」
男がニヤッと笑って指を鳴らし、茜たちの前に1つの映像が映し出された。
「……僕たちの住んでいた村?」
「そうだ、お前たちの母親の墓がある村だ。」
再び男が指を鳴らすと、墓がある辺りに向かって光の筋のようなものが無数に飛んでいった。
男は口角を上げそれを見ている。
けれども、男が想像していたようにはならなかった。
墓よりも手前でその光の群れが飛び込んできた何かによって遮られたからだ。
「何だ?」
訝しむように男がその光の止まっている所を拡大すると、2人の悪魔と天使がそれを止めていた。
その姿は見間違うはずがない。一二枚の黒い翼と六枚の白い翼、ルシファーとミカエルだ。
「何だと。何故あいつらが邪魔をする!!」
男も二人の正体が分かったことで声を荒げた。
五年前、空中宮殿にいなかった者たちにはあの二人が共闘することさえ意味が分からないだろう。
「私がゼウスにお母さんの墓を護るように頼んだから。……何も知らないんだね、2人は愛した人の墓を護ってるんだよ。」
茜は立ち上がって鉄格子に近づく。
手にはめてある黒い手袋を脱いで目の前にある鉄格子に触れた。
すると、触れている場所から順にボロボロと崩れていく。
男は思わず後ずさりをしていた。
茜は牢屋の意味をなさなくなった鉄格子から抜けると一歩ずつ歩き始めた。
「私は貴方を許さない。天之御中主神。」
「お前はなんなんだ!!」
今までの雰囲気とは明らかに変わってしまっている茜に男、天之御中主神は不気味さと恐怖を感じ叫んでいた。
「私はこいつの中にある悪魔が人格化したもの。こいつはあの日以来私を封じてしまってね。それ以来私がどれだけ唆しても譲ってくれなくなってしまったんだが今日は素直に応じてくれたというわけだよ。」
「お姉ちゃんは?」
上機嫌に男の質問に答える茜に牢屋から出た蒼が問いかけた。
一つの肉体や魂に二つの人格があるということはそれだけでその人格や魂を傷つける可能性がある。
「安心していいよ。今は眠っている。こいつほど純度の高い悪の魂はそうそういないからね。傷つけたりしないよ。」
それだけ言うと茜は男の方を向いた。
男は近くにあった槍や剣を取って投げつけるがそれは茜の体に触れた瞬間、鉄格子と同じようにバラバラになってしまった。
男はそれでも抵抗を止めず指を鳴らしいろんなものを作り上げる。
だが、それでも結果は同じだった。
茜は躊躇うことなく足を進める。
男が壁際に追いつめられ、逃げ場をなくし茜は男の前で止まった。
「悪魔は神に手を出せない。そう言う制約だったはずだ。」
怯えながらもそう叫んでいる様子からまだ少しは頭が回るようだ。
けれども完全には回っていないことが分かる。
なぜなら、茜自身は神であり、今は悪魔の人格が表に出ているだけだからだ。
「そうだよ。だから私は手を出さない。手を下すのはこいつだ。」
「は?」
結果的に言えば目の前の存在が言う〝私〟も〝こいつ〟も同一人物だ。
それが男を余計に混乱させた。
「一つお前は勘違いしている。こいつはあの牢獄の中でも力を使えていたんだよ。最近、天気が崩れていただろう?」
「な!?あれはお前の仕業と言うのか!!」
高天原の天気が崩れることは滅多にない、どころか無いと言っても過言ではない。
太陽神であるアマテラスが治めているのだから当然の話だ。
けれどもここ二日、茜たちが牢屋に閉じ込められてからずっと暗雲が広がり雷が鳴っていたのだ。
ここにいないことからアマテラスはずっと天気を戻そうと力を使い続けているのだろう。
「ご名答。こいつの力は創造と破壊だけでなくゼウスと同じ雷もだ。という訳でさようなら、天之御中主神。」
茜の言葉を最後に男の上から雷が落ちた。
神が死なない程度に抑えた雷は辺りを燃やした。
火はどんどん大きくなっている。
『茜、蒼!!』
炎が上がって暫くして二人を呼ぶ少年のような声が聞こえた。
「サラマンダー、それにウンディーネも。どうしてここに?」
昨日寝ていた蒼は何も知らない。
サラマンダーが簡潔に分かりやすく蒼に詳細を伝えた。
「そう、だったらサラマンダーは火を押さえて、ウンディーネは火を消すのを手伝って。まだお姉ちゃんが中にいるから。」
二人がここにいるということは茜がこうなることを読んでいたということが分かる。それならば蒼がすることは決まっている。蒼は素早く二人の精霊王に指示を出した。
サラマンダーとウンディーネも頷き、早速動き始めた。
「創造(creation)――――――――〝水(warter)〟」
蒼も水を創っていく。そしてその水に加護を与えていく。
茜の悪魔の力が〝浸蝕〟、そして蒼の天使の力が〝加護〟だった。
そして茜がいたあたりに向かって走りだした。
『蒼!!』
ウンディーネが後ろから叫ぶが今の蒼には聞こえていなかった。
炎の中で座り込んでいる茜を見つけると、すぐに駆け寄った。
そして、躊躇わず茜の手を取ると外に向かって走った。
炎の外にでるころにはほとんど火は消されていた。
火が上がっていた中心には男、天之御中主神が意識を失い倒れていた。
牢の前では未だ月読が立っている。
「ツクヨミ、もういい。役目は終わった。」
その月読の横には疲れ切った顔のアマテラスが立っている。
「自分は、役目を果たせませんでした。……どうして、役目を遂行できなかったのでしょうか?」
茜が誰かと話しているのを知っていながら天之御中主神に報告しなかった。
何故、役目を果たすことが全てだと思っている自分が役目を放棄したのだろうか。
「・・・それがあの者たちの言う王である資格なのかもしれないな。誰からも好かれる、天之御中主神には無かったものだからな。」
「そうなのでしょうか?何かは分かりませんがそれだけではないような気がします。」
アマテラスとツクヨミ、二人が話しているところに茜と蒼も加わった。
「それにアマテラスが言ったことは少し違うよ。誰からもは好かれていないよ、私たち。」
「そうだね。一つの種族からだけは完全に嫌われているよね。」
昨日、茜から話を聞いていたツクヨミはすぐに何のことか理解できた。
「……人間ですか?」
「そうだよ。それよりも、これ。必ず来てね。」
蒼はアマテラスに4枚の招待状を渡した。
茜たちの本来の目的であり、ゼウスからも一度は送られてきたものであるそれはアマテラスにはすぐに何か分かった。
「四枚?」
もともとゼウスが渡していたのは天照大御神と天之御中主神の二枚だったのだろう。
「うん、そこにいるスサノオの分も。さっき火を消すのを手伝ってくれたから。」
姿こそ見せていないがそこにいることは誰もが分かった。
蒼の意図を理解したアマテラスはしっかりと頷いた。
「分かった。必ず4人で行こう。」
「約束だよ。」
茜と蒼は2人に手を振って屋敷を出た。
そして、人間の居る次元、ルシファーたちがいるあの村があった場所へと向かった。




