第71話 日本の神
バベルの塔を出て二人が最初に向かったのは日本。
日本の神が治める領域内に入るとすぐに手厚い歓迎を受けた。
「止まれ!!」
槍を持った男たちが茜と蒼を囲むように広がった。
さすがの二人も完全なアウェイであるこの地で最初から無理を通すのは後が面倒くさいと男たちの言うとおりに止まった。
すると男たちの群れの一部が開けて、一人の男が現れた。
男は他の男たちと違い立派な剣を携えていた。
「ここは日本の神が治める領域だぜ。天使悪魔風情が何をしに来た!!」
男が手を一閃するのと同時に大波が起こり二人に襲い掛かった。
波は二人を領域内から追い出そうと向かって来る。
それに対して茜たちは慌てることは無かった。
『鎮まれ。』
二人の目の前まで来た波は二人に掠ることもなく元の海へと戻っていく。
「テメェ、何をしやがった!!・・・っ、お前神なのか?」
何が起こったか分からないという目の前の男は声を荒げた。
だが、力を使ったために金色へと変わっている蒼の目を見た瞬間、驚きをあらわにした。
茜は男の問いに静かに頷いた。
「っ、だが、神と言えど領域侵犯は禁止されている。テメェらは日本の神じゃねぇ!!咎神としてそいつらを捕まえろ!!」
男の言葉を合図に周りで槍を構えていた男たちがかかってきた。
そんな男たちを見て蒼は呆れたように呟く。
「・・・生まれは日本なんだけどね。」
「仕方ないよ、日本の神は私たちに気づいてもなかったんだから。」
苦笑を漏らす蒼に茜も苦笑を返した。
茜は向かって来る男たちに手を向け一閃した。
茜の手がバチッと光り、男たちに向かって雷が炸裂した。
耐えることも、避けることもできなかった男たちはそのまま海へと落ちていった。
それを見た剣を携えた男が再び手を一閃したが、先ほどのように大波が起こることは無かった。
「なっ!?」
「無意味だよ。・・・それに僕たちだってここに来たくて来たわけじゃない。ゼウスに頼まれたから来ただけだよ。」
こんな所来たくもなかった、と言う蒼の言葉の裏にも気づかず、男はゼウスの名前に食いついた。
「ゼウス神だと!?何なんだ、お前たちは!!」
訳が分からないと、男は苛立ちをあらわにした。
そんな男に向かって蒼は更に溜息をついた。
「今更だね・・・僕たちのことは後ろにいる神が知っていると思うよ、須佐之男命。」
男、スサノオの後ろには中性的な顔立ちの神が立っていた。
「兄貴!!何でここに!?」
「あなたが暴れているという話を聞いたからです。それと彼らはこの世界の創造神であり、破壊神でもあります。そして客人です。」
物静かに二人を見る男の顔には表情がなかった。
無表情、それは無関心から来るものだと分かる。
けれども、そんなことは必要以上に関わろうとは思っていない二人には関係なかった。
「月読命、私たちを天照大御神のところに連れて行って?」
「分かりました。」
「兄貴!?姉貴の所に連れて行くのか、こいつらを!!」
「えぇ、もともとそうするように言われていましたから。スサノオ、あなたも来てください。」
「は!?」
何を言われたのか分からないというように素っ頓狂な声を出した。
月読はそんなスサノオの反応も気に留めず進みだした。
未だ理解の追い付いていないスサノオの横を茜たちも通り抜け、月読の後ろに続いた。
しばらく移動して見えてきたのは日本の古い屋敷と言えるような建物だった。
大きな門の前に降り立つと2人は翼をしまった。
月読が静かにその大きな門を開けると、門から屋敷までの一本道にズラッと着物を着こんだ大勢の女の人たちが並んでいた。
『ようこそ、いらっしゃいました。茜様、蒼様。』
女たちが順番に頭を下げていく。
茜たちは煩わしいと感じるのを顔に出さないようにして、月読の後ろをついていく。
屋敷の中に入ると先ほどまでのことが嘘であるかのように静まり返っている。
しばらくして、ある部屋の前で月読が足を止めた。
「ここです。」
「案内してくれてありがとう、ツクヨミ。」
「・・・いえ、役目ですから。」
一瞬何かに迷った風に見えたが、すぐに素っ気なく返した。
月読が静かに目の前にある襖をずらした。
部屋は和室を思わせる趣で、中には数人の神が座っていた。
「初めまして、茜、蒼。来てくれてうれしいよ。」
それまで座っていた一人の女神が2人に近づいてきた。
目の前にいる女神はギリシャのアポロンと同じ太陽神ではあるがどこか違うようにも感じた。
けれどもそんなことは顔に出さず、茜は形通りの挨拶だけをした。
「こちらこそお目にかかれて光栄です。天照大御神様。」
「アマテラスでいいよ。さぁ、座って、積もる話もあるだろうから。」
アマテラスに促され茜と蒼は腰を下ろした。
案内してくれたツクヨミやスサノオも部屋の中に入って座った。
部屋の中ではこそこそと茜たちの影口を言っている神もいる。
「そう、睨まないでくれ。これでもこちらは君たちと仲良くしたいと思っているのだから。」
クスクスと笑うアマテラスには茜たちを侮蔑するような雰囲気はない。
けれども、感情がそうさせるのか好きにはなれそうにはなかった。
「何で、僕たちを呼んだの?アマテラス。」
「小僧!!アマテラス様に向かってそんな口を聞いてどうなるかっ・・・」
我慢が効かなくなった一人の神が勢いよく立ち上がり蒼の胸倉をつかんだ。
けれども言い終わる前にその神の手は蒼から離されていた。
「ウガアァァァ!!」
男は腕の在った場所を押さえ叫び声を上げて蹲った。
「ごめんなさい。でも貴方が蒼に手を出したから。」
男の前に立っていたのは茜だった。
謝ってはいるけれどもその目には明らかに怒りがまじっていた。
男が蒼の目を見て怯んだのと同時に茜は創造したヴァルムンクで男の腕を切り落としていた。
ヴァルムンクは北欧の最高神であるオーディンの持つ剣であり、以前見せてもらったことがあった。
「お姉ちゃんがこんな奴に手を下さなくても良かったのに。」
「うん。でも逆の立場でも蒼は助けてくれたでしょ?」
当たり前だよ、と頷く蒼を見て、茜は蹲っている男に近づいた。
そして男の腕を切断部とくっつけて、呟いた。
「破壊(destruction)―――――――〝傷(wound)〟」
茜の言葉と共に男の傷は破壊されなかったことになった。
その光景の一部始終を見ていた他の神々は一部を除いて圧倒的な力の前に何も言えなかった。
「テメェ、何しやがる!!」
立ち上がって今にも茜に襲い掛かりそうなスサノオを止める声があった。
「スサノオ!!」
その声にスサノオの動きが止まった。
「姉貴、どうして止めるんだよ!!こいつらは仲間に傷を負わせたんだぞ!!」
「先に手を出したのはこちらだ。それにスサノオ、お前が戦って勝てるのか?」
「っ!!」
スサノオは先ほどの出来事を思い出した。
自分の土俵でもありながら水を操ることさえ出来なかった。
スサノオは構えていた手を下すと踵を返して部屋から走って出ていった。
「他の奴らも用がないなら出ていけ。」
アマテラスが部屋の中にいた他の神々に向かって言った。
もともとこの部屋にいたほとんどの神はただ二人を見るためだけに集まっていたのだろう。
ほとんどの神は出ていき、部屋には茜たち以外にアマテラスとツクヨミ、それともう一人の神が残った。
「すまなかったな、弟たちが。迷惑をかけた。」
「こちらこそ御免なさい。」
頭を下げる茜にその必要はないとアマテラスは横に首を振った。
「いや、忠告を受けていたにも拘らずこのありさまだ。お前たちが気にする必要はない。」
「忠告とは何でしょう?」
それまで横で黙っていた月読が口を開いた。
忠告については何も聞いていなかったようだ。
それならば、他の神たちも聞いていなかったのではと思ったが胸の内だけにとどめた。
どちらにしても目の前の神、ツクヨミならば二人に手を出すこともなかっただろう。
「お前には伝えてなかったな。ギリシャのゼウスから手紙が届いた。その中に二人をこちらに向かわせたことともう一つ、死ぬ覚悟がないならば二人には手を出すなとのことだった。最初はゼウスが仕返しをするのかと思っていたがどうやら違ったようだ。」
読み違えたようだ、とアマテラスは笑った。
その表情に茜たちはこの状況を楽しんでいるようにも感じた。




