第53話 ラファエルとの取引
天界ではあれから3週間が過ぎていた。
「何か面白いことないかな?どう思うラプラス。」
「どうでしょう?蒼は茜がいればいつも楽しそうなんですけどね。」
「それはそうだよ。僕の中でお姉ちゃんは特別だもん。」
「私にとっては二人とも特別なんですけれどね。」
蒼は今、ラプラスを腕に抱いて天界を散歩していた。
天界に来てすぐにほとんどの目的を果たしてしまいやることがなくなってしまったのだ。
天界は魔界と違いそこらへんで事件が起きるわけもなく平和すぎて何もないのだ。
「こんなにお姉ちゃんと離れたのは初めてだからなぁ。」
「そうなのですか?」
「うん。人間界でも神界でもずっと一緒だったからね。それに約束もしたしね。」
「約束ですか?」
「そ、約束。ずっと一緒にいるっていう約束。」
蒼とラプラスが特に何をするでもなくぶらぶらと話をしながら散歩をしていたら、目の前に一人の天使が降りてきた。
「お久しぶりです、蒼様。」
「久しぶり、ラファエル。何で、様?」
あのウリエルとの戦いのあと、ラファエルが呼び捨てにして欲しいとお願いしてきたのだ。
断る理由もなかったため呼ぶことにしたが―――
「まぁ、それは後ほど。少しお時間を頂いても構いませんか?」
「別にいいよ。暇だったし。」
「では、他の者には聞かれたくないことなので、私の部屋に来ていただいて構いませんか?すぐ其処ですので。」
蒼はラプラスを腕に抱いたまま、ラファエルの後に着いていった。
途中で他の天使たちがラファエルに頭を下げているのを見て神界を思い出した。
あそこでは周りにいる神たちが高位の神だったのでそんな光景は日常茶飯事だった。
しばらく飛んだあとラファエルに案内された部屋に入った。
「話って何?」
「蒼様、あなたはゲーデ様と同じ主ではないのですか?」
「主?どうしてそう思うの?」
「・・・なんとなくとしか言えないのですが、雰囲気と言うのか空気と言うのか独特なものを感じるのです。」
「でも、神たる所以は神格を持っている、だよね。」
「それはそうなのですが・・・」
「ねぇ、僕たちの過去は知らないよね?」
生まれは教えたが、この一年半のことはあまり教えていなかったのを思い出した。
「?はい、存じません。」
それがどうかしましたか?と尋ねるウリエルに蒼は淡々と話し始めた。
一年半前まで人間界に住んでいて、そこで神への人柱にされたこと、そしてその後、神界のゼウスの宮殿に運ばれていたことを。
「ねぇ、神界にあるバベルの塔って知ってる?」
「はい、『知』『力』『勇気』の試練をクリアした賢者しか登れないという場所
ですよね。」
蒼はそれに頷き、話を続けた。
父親を知るためにバベルの塔に上ることを決意し、一年掛けてアテナやトトに知恵をつけて貰い、ギリシャ神群の他の神やほく覆う神群の神に力をつけて貰ったことを。
そうして漸く一年後に試練に合格しラプラスに父親を教えてもらったことを話した。
そしてその後すぐにクロアとジブリールと一緒に旅に出たということも話した。
「だから、空気とか雰囲気とかと言うのは彼らと近かったからじゃないのかな?」
「ですが、神の炎に耐えれるのは神だけです。」
ラファエルの言葉に苦笑した。
あれを見られた以上言い訳は難しいが、蒼にとってはそれほど難しい話ではなかった。
「・・・ラファエルも大丈夫だよね。火傷したところから治して行けば耐えたように見えるよ。」
屁理屈にも聞こえるが筋は通っている、それを理解したラファエルが今度は苦笑を漏らした。
「・・・これは、あなたに口でかなうのは無理そうですね。」
「ひどいな。これでも僕はまだ八歳だよ。お姉ちゃんには勝てないし。・・・そういえば、もし僕が神だったらどうしたの?」
「いえ、特には。ただ理由が知りたかったので。今、干渉してくる理由を。」
蒼は少し考えてこれをいい機会だと判断した。
「・・・教えてもいいよ。この間約束した、お願いを一つ聞くというのを、これから暫くの間お願いを聞くに変えてくれるなら。」
蒼の言葉にラファエルは驚いた顔をした。
それと共にもしかしたらと言う可能性が再び浮上した。
「暫くの間とはどれぐらいの期間ですか?」
「僕たちが旅に出た目的が終わるまでかな。」
「分かりました。」
ラファエルの言葉に蒼は頷き、首に掛けてある石の入ったお守りを外した。
蒼の目の色は藍から金に代わっている。
「・・・ラファエルの言う通り、僕は神だよ。ただし人の信仰とは関係のないところで生まれたね。そして、僕がここに着た理由はこれから訪れる〝世界の終焉〟と言う未来を変えるため。それこそが今、神が天界に干渉する理由だ。」
「〝世界の終焉〟と天界にどういった繋がりがあるのですか?」
「ここでいう〝世界の終焉〟は比喩ではなく、世界の滅びそのものを指す。世界を分けた歪みは今も大きくなっている。このままでは神界以外の世界は歪みに飲み込まれ、滅びる。その進行の加速の原因が天界と魔界の戦いだ。だから、僕は神の血を引くものとして天界を止めに来た。」
「魔界はどうするのですか?」
「魔界は大丈夫。あそこにはこの世界で僕が唯一信頼できる人が行っているから。だから大丈夫。」
「そうですか。それがお願いということですね。」
蒼は頷き、お守りを首にかけ直した。
それと共に蒼の身にまとう空気が変わり、目の色も金から最初の藍色に戻っている。
「ミカエルにも言ったけど、ミカエルは条件を付けてきたからね。だから、もっと安全な方法を取ろうと思って。まぁ、もしラファエルやウリエルがお願いを聞いてくれなかったとしても方法はあったのだけどね。」
ウリエルは何となく嫌な予感がしていた。
「・・・方法は聞かないことにします。」
「うん。・・・ねぇ、ラファエルはルシファーのことどう思う?」
笑顔だった蒼に少しだけ影が差した。
「堕天する前のルシフェル様は本当に素晴らしい方でした。今はどう思っているのでしょうね。自分でもわかりません。ですが、我らが主に牙をむいているのは赦せることではありません。」
「じゃあ、そのルシファーが神を護ろうとしたら?」
「・・・どういう意味でしょう?」
蒼は答えない、そして本当に聞きたかった質問を投げかける。
「ルシファーの子供を姉を僕と同じように扱ってくれる?」
その声には押し殺していた不安が混ざっていた。
初めて見る年相応の表情。
ラファエルだけでなくラプラスも驚いていた。
いくらその出生が、存在が特別であろうとも、生きてきた年月は誰よりも短い。
普段が年不相応なだけに誰もそのことを考えていなかった。
「蒼様、あなたの姉もまた私たちにとっては主ですよ。」
「それでも、ミカエルは殺そうとした。」
蒼の目にあるのは怒りと悲しみ、だが怒りに気づく者はいても悲しみに気づく者はいなかった。
「・・・そうですね。ミカエルにとってルシファーはある意味特別な存在ですから。忘れたくても忘れられない。恨んでいないと心が持たないぐらいに。」
「蒼、茜は強いですよ。それでも心配なら蒼が護ってあげればいいのです。あなた達の周りには二人のことを想っている人が沢山います。」
「ラプラス。・・・うん、そうだね。約束したことは守らないと。ありがとう、ラファエル、ラプラスも。」
ギュっとラプラスを抱える腕に力を入れ優しく笑った。
それを見る二人の顔も穏やかになっていた。
「ラファエル、今日話したことは誰にも話さないでね。」
「はい。」
「そうだ、ラファエル様。何か面白そうなことはありませんか?蒼が茜がいない
と退屈で仕方が無いようで。」
「・・・では、私と人間界に行きますか?今日はただの巡察なので問題はありませんし。どうでしょう?」
速攻で頷いた蒼にラプラスもウリエルも笑った。




