第36話 ルシファーと菫
当時、天界と魔界はすべての力を使って決着をつけようと動いていた。
そんな中で俺も戦いに出ていた。
だが、決着はつくことは無く、戦いは続いた。
そんなある日少しへまをして傷を負ってしまった。
すぐに部下を一人連れて戦いの場を離れ、地上に降りた。
降り立った場所は人里から少し離れた森の中だった。
俺は木に凭れ掛かり休んでいた。
その時俺は部下、マモンを連れていたこともあり、少し気を抜いていたんだと思う。
後ろから落ち葉を踏む音が聞こえてきた。
咄嗟にマモンが声を上げた。
「何者だ!!」
「ひゃ!!」
後ろから来た気配も、そこに誰かいるとは思っていなかったのだろう。
驚いた声を上げた。
ビクッとその場にしゃがみ込んだのは15,6歳の女だった。
「・・・人間?」
俺が呟いた声に女は反応し、顔を上げた。
その女から感じたのは人間にしては不思議な気配だった。
「・・・怪我をしているのですか?」
俺に近づこうとする女にマモンが咄嗟に肩に触れ止めようとした。
マモンの本領は呪いだ。その呪いは人では耐えられない。
それを思い出したマモンはすぐに手を離した。
呪いを受けたにもかかわらず女は俺に近寄り、俺の傷口に手を当てた。
「どうですか?痛みは引いたと思うのですが・・・」
その女の言う通りすぐに痛みはなくなった。
それを見ていたマモンが信じられないものを見るように問いかけた。
「・・・女、何者だ。」
「私は菫。人間ですよ?」
呪いをはじき、人の痛みを取り除く。人間ではありえないことだ。
笑顔で言う女に俺もマモンも何も言えなくなった。
「それより、さっきのは一時凌ぎにすぎません。この近くに私の家があるので来てください手当をしますから。」
俺たちはその女について歩いた。
着いたのは山奥にある一軒の家だった。
周りに他の人間の気配はなく、女がここで一人で住んでいることが分かる。
「狭い家ですがどうぞお入りください。」
女のあとに続いて家の中に入った。女は俺たちを部屋に通し台所に向かった。
しばらくして戻ってきた女は手にカップを持っていた。
「はい、どうぞ。あなたも。」
俺たちが見たことのない飲み物を見ているとクスクスと笑う声がした。
「それは紅茶と言うものです。毒は入っていませんから安心してください。」
女は楽しそうに笑っていた。
「・・・美味い。」
俺の言葉に女は「良かった。」と言って笑った。
「それじゃあ手当をしますから傷口を見せてくれますか?」
「あぁ。」
女の言葉に素直に従った。
横でマモンが驚いたような顔をしていたが、実際は俺が一番驚いていたのだ。
心のどこかで信用してもいいと思っていたのだろう。
俺が誰かを利害抜きで信じたのは初めてな気がした。
女は先ほどと同じように傷口の上に手を当てた。
さっきと違う所は女の手に光が集まってきて、見る見るうちに傷口が塞がっていった。
「これでおしまいです。出来るなら様子見の為一晩ここにいて欲しいのですが。」
「・・・分かった。マモン向こうを頼む。」
俺はマモンにおいてきた戦場を任せた。マモンもそれを引き受け頷いた。
「分かりました。・・・娘、ルシファー様を頼む。」
「はい!!頼まれました。」
マモンが去り際に見せた顔は見たことがないほど穏やかだった。
「・・・娘、俺たちが怖くないのか?」
マモンが去った後、俺が投げかけた言葉にきょとんとした。
「娘、俺たちの正体は分かっているんだろ?」
女は漸く何のことか分かったようであぁ、と頷いた。
「怖くはないですよ。私も同じですから。・・・他人から畏怖や恐怖を向けられるのは自分が納得していても辛いですから。それと娘じゃありません、私には菫と言う名前があります。ルシファーさん。」
どこか悲しそうな寂しそうな声に理由を聞こうとしたが、その後無理に笑う姿を見て何も言えなくなった。
その日は時間が遅かったこともあり疲れていたのですぐに眠りについた。
翌朝起きると菫は料理をしていた。
「おはようございます、ルシファーさん。」
「おはよう、菫。」
菫が嬉しそうに笑った。
「なんだ。」
「初めて名前を呼んでくれました。」
本当に嬉しそうに笑う菫から顔を背けた。
朝ご飯を食べ終わった頃、マモンが迎えに来た。
「ルシファー様、帰りましょう。」
「分かった。」
帰る間際、俺が広げた羽を見て菫は「綺麗。」と言った。
これまでそんな風に言われたことも、思ったこともなかった。
「堕天使の羽だ。醜いだろう。」
菫は俺の言葉に横に首を振った。
「綺麗だと思うよ。うまく言葉では説明できないけど私はルシファーさんの羽の色、好きだよ。」
「そうか。そんな風に言われたのは初めてだ。ありがとう。・・・そうだ、このお礼は必ずする。何か希望はあるか?」
「いらない。・・その代わりと言ったらあれなんだけど、偶にでいいから遊びに来てくれないかな?」
「・・・憶えておく。」
そして俺は魔界に帰った。
魔界に帰ってからは時間を見つけては人間界に降り菫に会いに行くようになった。




