第28話 悪霊の霊峰
「ここまでくれば大丈夫だろう。」
数人の男に絡まれ、憲兵隊に追われた茜たち3人は場所を移動していた。
「ここは?」
さっきの場所よりもかなり城が近くに見える。
瘴気も今までよりも濃くなっている。
「魔界全体で言えば中層の出口あたりだ。ここから先が上層と呼ばれる範囲だ。ここならまだ騒ぎも伝わっていないだろう。」
歩き出したクロアのあとをついていく。
裏道から大通りに出て悪魔たちの中に紛れるようにして進んでいく。
「何処に行くの?」
「ここまで来たのだから、行けるところまで行ってみようと思ってね。」
クロアが悪戯を思いついた子供のように笑う。
「上層に行けばいくほど瘴気は濃くなる。上層の瘴気は悪魔でも耐えられるものは一握りだと云われている。今では立ち入るものもほとんどいない。そんな中で君が何処までいけるか。面白そうだろう。」
最大限の挑発を込めて茜を見据える。
その瞳には死神の名に相応しい獰猛な光が宿っていた。
だからこそ茜はその挑発に乗る。
「いいよ。その挑発に乗る。」
「君はどうする。行かないなら店まで送るが?」
茜の返事に笑いながら、蒼に問いかけた。
「僕も行くよ。お姉ちゃんだけだと無茶するかもしれないし。」
当然とばかりにこちらを見る蒼に、茜は顔を背けた。
「そうか、では行こう。」
上層に足を踏みいれ、山を登り始めてしばらくしたころ、体に異変が起き始めた。
進めば進むほど頭痛がひどくなっていく。
それに内側から聞こえる声が大きくなっていく。――――枷を外せ、心が望むままに破壊しろ、敵を滅せ――――茜の心に波紋のように声が広がっていく。
茜の様子に気づいたクロアが足を止め、振り返った。
「ここは霊峰だよ。まぁ、神霊ではなく悪霊の類だけどね。だから瘴気も今までとは桁違いに強いはずだよ。」
何でもないことのように軽く言いのける。
「お姉ちゃん大丈夫?」
心配して蒼が声をかけるが、頭が痛く声を出す余裕もない。
「・・・・・」
「大丈夫だろう。その前兆は瘴気に耐えられず魔に堕ちるというよりは瘴気に応じて力が解放されようとしているのを押さえているからじゃないのかね。」
「っ、・・・」
本当にこの神霊は厄介だと思う。何でも見透かしてしまう。
「ここには悪魔だろうと何だろうと蔑むものはいないよ。何せ、私も死神だからね。」
クロアの言葉に蒼が呆れたように溜息を吐いた。
「クロアって伝承ほど全知じゃないんだね。」
「うん?・・・そうだね。私は精霊から成り上がりの神霊だからね。全知の領域には程遠い存在だよ。」
頭を押さえ蹲っている茜の前に蒼が座り込んだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。怖い?自分が悪魔になるのが怖い?」
下を向いて何も答えない茜に蒼は何度も問う。
それでも茜は答えない。
「・・・・・・」
「僕、知っていたよ。夜が来るたびにお姉ちゃんが泣いていたこと。力を使うとき僕を傷つけないように力を押さえていたこと。」
「!!」
蒼の言葉に茜の肩がビクッと動いた。知られたくなかった、蒼にだけは。
「大丈夫だよ、茜。」
突然の言葉に驚いて、顔を上げた。
茜の見る先には、いつもと変わらない笑顔を浮かべた蒼が微笑んでいた。
「お姉ちゃんが僕を傷つけることは絶対にないよ。お姉ちゃんは誰よりも優しいから。」
「・・・優しくなんて、ない。」
声が震える。感情が溢れだしてくる。
茜の言葉に首を傾げる蒼を前に茜は言葉を続ける。
「・・・聞こえるんだ。力を使う度に、壊せ、殺せ、殺してしまえって悪魔の囁きの様に何度も何度も・・・」
「それでも、お姉ちゃんは一度も僕を傷つけなかった。」
「・・・でも、力を開放すれば、悪魔になれば・・・」
「悪魔になったとしてもお姉ちゃんがいなくなるわけじゃない。お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。変わるわけじゃない。」
「でも―――」
「だから、大丈夫だよ。いつまでも一緒にいるから。」
茜を残して死なないから、とその瞳が伝えてくる。
今まで様子を見ていたクロアが近づいてくる。
「君が、君の心が強くあればいい。君が彼を護るために求めた力だ。その力が彼を傷つけるはずがない。・・・それに、この私が認めた君が、こんな所で立ち止まるのか?ここで諦めるのかい?」
クロアが私を認めていると言ったその言葉に茜は驚いた。
誰にも存在を認められなかった私を認めてくれた。
それがとても嬉しく思えた。
「・・・・・・」
「お姉ちゃん。」
蒼がクロアが皆が傍にいてくれるのなら――――
「私は・・・、私は諦めない。」
「それでいい。君はもっと自信を持つべきだ。かの皇帝に匹敵する器を持っているのだから。」
驚きでクロアを見る茜にクロアは言葉を続ける。
「ここは魔界でも2番目に瘴気が強い場所だ。ここまで来て自我を失くさない者は珍しいぐらいだ。もし、君がここで力を全て解放できたのならば、あそこに連れて行ってもいい。」
クロアが指を指しているのは魔界の中心にあるルシファーの城だった。
魔界で一番高いところに立つ居城はルシファーの力を象徴するかのように聳え立っている。
今はまだ遠い。手の届かない位置にあるけれど、――――ゼウスと約束したんだ、父さん(ルシファー)を止めるって――――だから必ず届かせて見せる。
改めて決意して立ち上がった。
クロアも満足そうに頷いている。先ほどまでの頭痛もましになった気がする。
蒼を見ると茜の羽を見ていた。
「すごい!!羽が六枚になったよ。」
蒼の言葉に驚いて羽を見ると確かに六枚だった。
だが、それ以外に異変がなかった。
「・・・熾天使と同等になってもまだ、すべての力を解放出来ていないのか。これは凄まじいな。」
茜を見て感想を漏らすクロアに呼びかける。
「・・・クロア。」
「残念ながら開放するには至らなかったようだ。あそこに行くのはまた今度ということになるな。瘴気をより吸収しなければならないのか、もしくは茜に匹敵するだけの霊格を持つものと接触するのがいいのか。どちらにしても時間がかかるようだ。」
クロアの言葉は茜の中に焦りを生んだ。
「・・・・・・」
それに気づいたクロアが宥めるように茜の頭を撫でた。
「・・・焦っても仕方がない。今日は帰ろう。」
クロアに門を開いてもらい、店の裏まで戻ってきた。




