第7話 国王 ガリウス・セレスティア
世界樹の麓にある厳重な地下牢。
その冷たい石造りの牢獄の中で、フェルたちはそれぞれ不満や呆れを隠せずにいた。
「ちょっとそこのあんた! ここから出しなさいよぉ! このあたしが『五大覇王』の一角、フィーネ様と知っているのかしら!」
フィーネが牢の太い鉄格子にへばりつき、青筋を立てながら衛兵に怒鳴り散らしている。
しかし、担当の衛兵は冷ややかな目で鼻で笑った。
「はっ! お前が本当の五大覇王なら、その魔導封じの檻なんて自分の力で簡単にぶち壊せるはずだ。ハッタリも大概にしろ、無駄な抵抗はしないことだな。」
「キィィ! あの番兵、めちゃくちゃムカつく!」
「やめとけ、フィーネ。相手は仕事でやってるんだから何を言っても無駄だぞ。」
「フェルまでそんな冷たいこと言う!」
ぷりぷりと怒るフィーネを他所に、モチ丸はトボトボと牢の隅に座り込み、しょんぼりと耳を垂れていた。
「それにしても……本当に厄介なことになりましたねぇ……。まさか、あのヘルメスちゃんが、この国の第三王女様だったなんて……。」
「まったくその通りだ。そもそも、なんで俺たちが誘拐犯扱いされなきゃならないんだよ。保護して、パンと水を与えて、一緒に仲良く旅してきただけだぞ?」
フェルが触手を頭のあたりに当ててため息をつく。
フィーネはイライラを爆発させ、両手で自分の何倍もある太い鉄格子をガッチリと掴み、全身の魔力を込めて力任せに引っ張った。
「ふんぬううぅぅぅーーーっ……!!」
しかし、世界樹の特殊な金属で作られた檻は、偉大な水の精霊(笑)の怪力をもってしても、ミシミシと音を立てるだけでビクともしない。
「はぁ……はぁ……っ! くそっ、びくともしない……! あぁぁ、もう!! あたしが本来の肉体と本来の力さえ戻っていれば、こんな檻なんて紙細工みたいに一瞬で吹き飛ばせるのにっ……!」
悔し涙を浮かべながらガタガタと格子を揺さぶるフィーネを、フェルは「はいはい、お疲れ様。」と冷ややかに見守るしかなかった。
「なぁ、モチ丸。俺たちこのままだと、最終的にどうなっちまうんだ?」
フェルがぷるぷると体を揺らしながら、牢の隅にいるモチ丸に恐る恐る尋ねた。
「そうですね……。王女様を誘拐した凶悪犯という容疑が晴れなければ……確かこの国の法律では、問答無用で『斬首』か『世界樹の肥やし』行きだった気がしますねぇ。」
「……はぁーーっ。」
フェルから、この世の終わりみたいな深いため息が漏れ出す。
「まさか、異世界に来てまで冤罪で処刑されるとはな。短いスライム生だったな……ハハッ。」
「ちょっと!何自嘲気味に笑ってるのよ! 」
フィーネがガシガシと鉄格子を揺らしながらツッコミを入れる。
「フェル様、まだ諦めるのは早いです! 希望をもちましょう!」
モチ丸が慌てて立ち上がり、キュッと拳を握りしめて励ました。
「もしかしたら今頃、ヘルメスさんが事情を説明して、うちらの誤解をすっかり解いてくれているかもしれませんから!」
「…そうだといいなぁ…ハハッ。」
モチ丸の健気な言葉に、フェルがわずかな望みをかけようとしたその時――。
ガシャン! と、地下牢の重厚な鉄の扉が荒々しく押し開かれ、その先には見覚えのある人影が一つ。
「君は……。」
開かれた扉の先には、先ほどまでの泥だらけの姿から一変、気品あふれる純白のドレスに身を包んだヘルメスが立っていた。
彼女は柔らかく微笑み、ペコリと頭を下げる。
地下牢の重苦しい空気はどこへやら、フェルたちは世界樹の最奥に位置する絢爛豪華な国王の間に案内されていた。
そこで、セレスティア国王であるガリウス・セレスティアから、直々に盛大な謝罪の言葉を浴びせられることになったのだ。
「いやぁ、本当に申し訳なかった!」
玉座に座る国王ガリウスは、威厳のある立派な髭を蓄えたエルフの紳士だが、今は冷や汗を流しながら頭を下げている。
「どうやら、私の可愛い可愛いヘルメスちゃんが、誰にも行き先を告げず一人で勝手に国を出ていたようでね! ここ数日間、第三王女が誘拐されたと国中が大騒ぎでピリピリしていたんだ。私も、愛娘を連れ去った不届き者を見つけ次第、すぐにでも『世界樹の肥やし』にしてやろうと息巻いていたのだが……まさか、命の恩人だったとは! いやはや、どう謝罪をすれば良いものか!」
ガリウス国王は申し訳なさそうに両手を合わせ、豪快に頭を下げた。
「は……ははは……いえいえ、命の別状もなかったですし、私たちも無事だったので、どうかお気になさらず……。」
フェルはぷるぷると引きつった笑顔を作りながら、必死に愛想笑いを浮かべた。
(言葉の節々に、娘を溺愛するあまりの強烈な親バカ度が滲み出てるし、さらっと『世界樹の肥やしにしてやろうと息巻いていた』とか物騒なこと言わないでくれよ! 一歩間違えたら俺たち、本当に肥料にされてたぞ……!)
冷や汗が止まらないフェルの横で、それぞれの反応もバラバラだった。
フィーネは「ふんっ!」と腕を組んでガリウス国王から盛大にそっぽを向いているし、モチ丸は「王様……本物の王様……。」とあまりのスケールの大きさに目を回して混乱している。
そして、その原因を作った当の本人であるヘルメスは、玉座の隣で「…えへへ。」と呑気に首を傾げていた。
まったくもって、見事なまでのカオス空間である。
そんな一同の様子に気づいてか気づかずか、ガリウス国王はさらに豪快に胸を叩いた。
「なに、男に二言はない! 今回、あなた方に多大なる迷惑をかけてしまった。そのお詫び、そして可愛いヘルメスちゃんを飢え死にから救ってくれたことへのお礼として――望む願いを一つ、できる範囲で聞き入れようじゃないか!」
国王のその言葉を聞いた瞬間、フェルの脳内で、ボロボロだった里の姿、ピチピチすぎる女性たちの衣装、そして『温泉街構想』のすべてのピースが、ものすごい勢いでカチリと音を立てて噛み合った。
(…きたっ!!これはチャンスだぞ!)
「実は、俺たちはこの国へ技術者を勧誘しに来たんだ。」
フェルが意を決して一歩前に出ると、ガリウス国王は顎髭を撫でながら「ほぉ、技術者とな……。」と興味深そうに目を細めた。
それに続くように、モチ丸がキュッと背筋を伸ばして一歩前に出る。
「はい! 我々は『温水の霊峰』にあるヒューマノイドラビッツの里から参りました。こちらにおられるフェル様を首領とし、今では『オンセンガイ』と呼ばれる人魔共生都市の実現に向けて街づくりを進めているのです。そのためには、高貴なエルフの技術を持つ職人の協力がどうしても必要不可欠なのです!」
ハキハキとした口調で、かつ礼儀正しく国王に自分たちの目的をプレゼンするモチ丸。
そのよどみない説明ぶりに、フェルは心の中で密かに感動の涙を流していた。
(――おいおい、モチ丸……! 最初に出会った頃の、ビビりながら突っ走るだけだったお前はどこへ行ったんだ!? あのコミュ力抜群の堂々としたプレゼン、めちゃくちゃ有能な部下じゃないか……! お前の評価が一気に跳ね上がったぞ……!)
心の中でモチ丸を絶賛しつつ、フェルは再び国王へと視線を戻す。
「……面白い、実に面白い!」
ガリウス国王は大口を開け、豪快に腹の底から笑い声を上げた。
その地響きのような笑い声が、広大な謁見の間に大きくこだまする。
「色々と詳しく聞きたいことは山ほどあるが……まあ、男の約束に細かい詮索は無粋ってやつだな。ただ、本題に入る前に一つだけ、どうしても気になったことがあるのだが……良いか?」
「は、はい……。」
ガリウスの表情がふっと引き締まり、鋭い眼光がフェルたちを射抜く。
(な、なんだ!? いったい何を言われるんだ……? もしかして、人魔共生都市なんて理想論を語ったから……?それとも…何か地雷でも踏んじまったか……!?)
フェルが冷や汗を流しながら身構えると、国王は静かにこう切り出した。
「お前たちが拠点とする『温水の霊峰』は、確か……世界に君臨する『五大覇王』の一角、水の大精霊フィーネ様が直接統べる不可侵領域のはずだ。そんな場所で、一体どうやって人間と魔物が共生する『オンセンガイ』とやらを作るというのだ? 精霊様からの許可は取っているのか?」
「あたしは全然構わないけど?」
「……ん?」
突然の即答に、ガリウスはキョトンと目を点にした。
「そこのちんまりした浮遊物……まるで、自分がそのフィーネ様ご本人であるかのような不遜な口ぶりだが……。」
「……ま、いいわ。よく聞きなさい! あたしこそが、ほかならぬ『五大覇王』の一角水の大精霊フィーネよ! そのあたしが自分の意志で許可して、フェルたちに街づくりを任せてるんだから、何も問題ないわよ。」
「……。」
その瞬間、ガリウスの表情が完全にフリーズした。
彼はゆっくりと視線を動かし、先ほどからずっと腕を組んでプンスカ怒っていた小さな精霊を凝視する。
そして、じっと見たまま再びフェルへと顔を戻した。
「……おい、フェルとやら。其方は……いったい、どういう冗談を……。」
(ガリウス国王陛下、あなたの言わんとしていることは、痛いほどよく分かります……。目の前にいるその態度のデカい小娘が、まさか世界に名を轟かす大精霊本人だなんて、普通は信じられないですよね……。俺も最初は全力で疑いましたから……!)
フェルは言葉にならない言い訳を飲み込みながら、ただひたすら引きつった笑顔で冷や汗を流すしかなかった。
「はぁ〜……。」
ガリウスはすべてを諦めたような呆れたため息を盛大に吐き出しながら、玉座の背もたれにドカッと深々と座り直した。
目の前の自称・大精霊と、怪しいポイズンスライムの組み合わせに、王としてのツッコミ疲れた様子が隠しきれない。
「まあいい。私の可愛い可愛いヘルメスちゃんの命の恩人を私の不手際で地下牢にぶち込んだ埋め合わせだ。其方たちの願い、このガリウスが責任を持って叶えよう!」
王の力強い宣言が、謁見の間に響き渡る。
「我がセレスティアの技術は、この世界において間違いなく最高峰を誇る。その技術を見事使いこなし、いまだ何人たりとも成し得なかった『人魔共生の都』を築き上げて見せよ!」
「はい! 必ずや、陛下の期待をはるかに上回る素晴らしい都を完成させてみせます!」
モチ丸がピシッと敬礼し、フェルも触手を勢いよく揺らして深く頷いた。
これで最大の目的である技術者の獲得は達成されたと言っても過言ではない。
大成功と言っていいだろう。
そんな時だった。
「……お父様。」
玉座の脇で、それまでじっと様子を伺っていたヘルメスが、トントンとガリウスの衣装の裾を引っ張った。
「ん? どうしたんだい、私の『世界一愛おしい』ヘルメスちゃん? どこか具合でも悪いのかい?」
先ほどまでの威厳ある国王の顔はどこへやら、ガリウスの声のトーンが露骨に数段甘ったるい父親のものへと変化する。
「ううん……そうじゃなくて……。」
ヘルメスはくりくりとした目を真っ直ぐに向け、真剣な表情でこう告げた。
「……私、あの人たちの街づくりに…すごく興味があるの。だから……私、あの人たちと一緒に『温水の霊峰』へ…行く。」
その瞬間、謁見の間にいた全員が文字通り固まった。
「「「へ……?」」」
「なっ……!?」
ガリウスは心臓でも撃ち抜かれたかのように飛び上がり、先ほどまでの威厳は宇宙の彼方へ吹き飛んで、完全にオドオドとした一人の心配性の父親へと成り下がった。
「い、いや待ちなさいヘルメスちゃん!? あんな遠くの、しかもフェル殿たちはともかく、魔物たちがうろつく霊峰になど! ダメだダメだ! 父さんは認めないぞ! もし、お前が危険な目にあったら!私は……。」
「お父様、落ち着いて……。私は、一応これでも国の端くれにいる『鍛冶師』だもの……。あの者たちの熱意と、何より…あのフェルの奇妙な生態、そして新しい街の可能性……私の鍛冶師としての本能がね、『どうしてもそこに行きたい! そこでもっと面白いものを作りたい!』って、叫んでいる……気がする……。」
ヘルメスは自らの胸にそっと手を当て、どこか遠くを見つめるような、しかし妙に説得力のある職人の目をしてみせた。
「それに、私は国を継ぐことは……ない。名ばかりの第三王女……です。だからこそ、お飾りの肩書きだけじゃない……私自身の価値を見つけたい……!」
ガリウスはものすごい嫌そうな、この世の終わりみたいな青ざめた顔をしながら、チラチラとフェルとヘルメスを交互にすごい勢いで見比べ始めた。
「どうか……どうかお願いします……!」
(すっげぇ……。めっちゃ嫌そうだな……。もはや顔芸の領域だぞ、あの国王……。)
フェルが冷や汗を流しながら心の中でツッコミを入れている間も、ガリウスは玉座の上で頭を抱え、ぶつぶつと狂乱の独り言を呟き続けていた。
「あぶないかもしれないから行かせたくないけど……でもヘルメスちゃんのお願いだし……でもやっぱり危険だし……あぁでも娘のやりたいことは応援してあげたいし……デモキケンダシ……!」
親バカの極みのような壮絶な葛藤の末、ガリウスはガバッと立ち上がり、一筋の涙を浮かべながら叫んだ。
「えぇえい! わかった! 行きなさいヘルメスちゃん! その代わり、向こうでしっかりと腕を磨いて立派な鍛冶師になってくるのだぞ!」
「……うん。お父様、ありがとう。」
ヘルメスはふっと柔らかく小さな笑みを浮かべ、コクッと可愛らしく頷いた。その職人としての凛々しさと少女らしいあどけなさが同居した表情に、ガリウスは再び「可愛い我が子が巣立っていく……!」とハンカチを目に当てる勢いでガタガタと震える。
そして次の瞬間、ガリウスはバッと猛烈な勢いでフェルの方を振り返った。
「フェル殿ぉっ!」
「はっ、はいぃっ!?」
あまりの気迫に、フェルは反射的にピシッと触手を直立させる。
「娘を頼んだぞ! もし、ヘルメスちゃんに何か傷一つでもつけようものなら……分かっているな? 世界樹の肥やしどころか、この世から綺麗に消し去るからな!」
「はっ、はいっ! 命に代えても絶対に守り抜きます!」
フェルは全力で冷や汗を拭いながら、引きつった笑顔で敬礼した。
こうして、フェルたちの里にまさかの技術国家セレスティア第三王女兼、鍛治師のヘルメスが仲間に加わったのだった。
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