第6話 技術国家セレスティア
「それじゃあ、行ってくる!」
馬の手綱をしっかりと握ったフェルが振り返り、元気に声を飛ばす。
それに呼応するように、里の者たちが温かい笑顔で見送った。
「行ってらっしゃいませ!」
「お気をつけて!」
「里は、このビッツにすべてお任せください!」
今回の旅のメンバーは、フェル、セレスティアの事情に少し詳しいフィーネ、そして『昔、交易の付き添いで何度か行ったことがある』と案内役に名乗り出てくれた、小柄なヒューマノイドラビッツの女性・モチ丸の三人だ。
(何度聞いても、そのもっちりしていそうな『モチ丸』という名前が頭から離れないが……まぁ、うん。可愛いからよしとしよう。)
心の中でそんなツッコミを入れつつ、フェルたちが馬にまたがる。
「よし、出発だ!」
軽快な足音を響かせ、二騎の馬が里を飛び出し、道を勢いよく走り出す。
フェルたちの馬はセレスティアを目指し、東へと進む。
鬱蒼とした緑が広がる深い森を抜け、ほんのりと硫黄の温泉の匂いが漂う険しい渓谷を通り過ぎ、やがて広大な温水の霊峰の領域をすっきりと抜けていく。
道中、馬の揺れに四苦八苦しながらも、ぷるぷる体を弾ませるフェルにモチ丸が声をかけた。
「あの、フェル様、お尻は痛くないですか……?」
「いや、そもそも俺は下半身がないスライムだから痛みはないけど、馬にしがみつくのに必死だよ……。」
「あたしもフェルにしがみつくの疲れるんですけど〜。もうちょっと揺れないようにはできないわけ?」
「それはすいませんね。」
そんな他愛のない会話を交わしつつ、馬を走らせる。
セレスティアは、この里から馬を飛ばして大体四日ほどの距離の場所にあり、しかもその都は大地に築かれた単なる国家ではなく、『世界樹』と呼ばれるそれはもう圧倒的に巨大な大木の中にすっぽりと作られている。
この情報をモチ丸から書いたフェルは目を輝かせる。
(世界樹の中に作られたエルフの技術国家かぁ……! いよいよファンタジーらしい冒険らしくなってきたな。)
胸を躍らせながら、フェルたちは東の空にそびえ立つはずの世界樹を目指して馬を進める。
そしてあっという間に、なんともあっさりと、四日の月日が流れた。
「あっ……フェル様、フィーネ様、目の前をご覧ください。」
モチ丸がピシッと手綱を引いて馬を止め、前方を指さす。
それに従って顔を上げたフェルは、思わず乗っていた馬の上でひっくり返りそうになった。
「いや……待て待て待て! いくらなんでもデカすぎるだろあれは!」
フェルの視線の先、水平線の向こうから天を突くようにそびえ立っていたのは、常識を完全に破壊するほどの巨木だった。
雲を貫き、どこが頂上なのかすら霞んで見えないその幹は、もはや一つの山脈か大都市の壁に匹敵するスケールである。
「あれが、この世界を支える大樹にして、誇り高きエルフの国、技術国家セレスティアです。」
モチ丸が誇らしげに胸を張る。
「いつ見ても、あの圧倒的な迫力には圧倒されるわねぇ。」
空中をふわふわと漂いながら、フィーネも腕を組んで感嘆のため息を漏らした。
(ゲームでもここまでデカいのは見たことがないぞ……! 流石はエルフの本拠地、スケールが違いすぎる……!)
圧倒的すぎる世界樹の威容を前に、フェルは息を呑む。
セレスティアまであと八キロと言ったところであろうか。
目的地を目前に控え、フェルたちは少し浮かれながら馬を進めていた。
「いやぁ〜、この前来た時は道中で盗賊に襲われたり、猛獣に鉢合わせたりして大変でしたので、今回は何も起こりそうになくてよかったです〜。あっ!ちなみにセレスティアは中立国家なのでうちらのような魔物も入国できるってわけなんですよぉ〜。」
モチ丸はそう言って、ほっとしたようにふわふわとした笑顔を浮かべる。
(…この子って喋るの好きなんだなぁ…それに…なんか、今ものすごく盛大にフラグが立ったような気がするんだけど……。)
「ん?………あ、ねぇ! フェル! あれ!」
(はい! やっぱり何か起きました!)
「何だ?」
「あそこ! 人が倒れてる!」
「フェル様! うち、様子を見てきます!」
「おいモチ丸、あんまり突っ走るなよ……って、もう行っちゃったよ。」
モチ丸は馬のスピードを緩めると、心配そうに倒れている人物のほうへと駆け寄っていく。
フェルはため息をつきつつも、万が一の事態を想定して触手を戦闘態勢へと変形させた。
「大丈夫ですか? 苦しいとか…どこか痛いとかありますか?」
モチ丸が心配そうに馬から飛び降り、倒れていた人物のそばに駆け寄って声をかける。
「うっ……何か…食べるものを……。」
掠れた、か細い声が聞こえた。
「えっ……?」
――数分後。
「うまいっ…うまいっ…。」
先ほどまで道端でグッタリと倒れていたのは、モチ丸と同じくらいの背丈をした小柄な女性だった。
彼女はモチ丸から食料を分け与えられるや否や、両手で鷲掴みにし、野生の獣のような勢いでガツガツと貪り食っている。
(相当腹が減っていたんだな………って、ん?)
フェルは目の前で猛烈な勢いでパンを頬張る女性をじっと観察し、その特徴的な頭部に目を留めた。
ぴょんと長く尖った、上品な耳がそこにある。
「君……もしかしてエルフか?」
「んっ!? ぶぇっ!?」
女性は夢中で食べることに集中しすぎていたため、今になってようやく目の前のポイズンスライムが流暢に喋りかけてきたことに気づいたらしい。
驚きのあまり、飲み込みかけたパンを盛大に喉に詰まらせてしまう。
「けほっ! げほっ……!」
「はい! はい! これ水! 早く飲みなさい!」
見かねたフィーネが空中から素早く近寄り、水筒を差し出す。
女性はそれを勢いよく奪い取り、一気に飲み干したものの、やっぱり盛大にむせ返るのだった。
「ふぅ……美味しいかった……。」
彼女は満足そうに小さくため息をつき、ぺこんと平らげたお腹を上品に軽く叩いて言った。
先ほどの飢えに狂ったような姿はどこへやら、どこか気品すら漂っている。
「あの、なんであんなところで倒れていたのか聞いてもいいか?」
フェルが心配そうに問いかけると、その女性は、くりくりとした目をさらに丸くした。
そして、フェルの周囲をぐるぐると色々な方向からじろじろと眺め回す。
「ふしぎ……本当にスライムが喋っている。……しかも、知性を感じる……。」
「あの……ガン見しているところすまないが、質問の答えをだな……。」
フェルが冷や汗を流しながら突っ込むと、ヘルメスはハッとしたように姿勢を正した。
「あ、失礼……。私はヘルメス……。一応、これでも…その、鍛冶師をやっている……。あの、国を出て魔石を取りに行った帰りなんだけど、途中で持っていた食料が底をついてしまって……気づいたら力尽きて行き倒れていたというわけ……です。助けてくれて、本当にありがとう。」
ヘルメスと名乗る小柄なエルフの女性は、しょんぼりと申し訳なさそうに耳を垂れ、その場でペコッと深々とお辞儀をして見せた。
ぽつんと頭の上で揺れる長いエルフ耳と、どこかあか抜けない、守ってあげたくなるような健気なしぐさ。
「「「かわいい……。」」」
フェル、フィーネ、モチ丸の三人は、不覚にも全く同じタイミングで心の中でそう呟いてしまったのだった。
「あの……あなた方は?」
ヘルメスはジトッとした目でフェルたちを観察し、コテンと首を少し傾げた。
「俺はポイズンスライムのフェル。あと、精霊のフィーネと、ヒューマノイドラビッツのモチ丸だ。」
「うちがモチ丸だよ〜! ヘルメスちゃん、よろしくね!」
モチ丸は嬉しそうに駆け寄ると、ヘルメスの手を両手でぎゅっと握りしめた。
自分と同じくらいの小柄な背丈という親近感からか、出会って一瞬ですっかりお気に入りの友達になったらしい。
「俺たちは『温水の霊峰』から来たんだ。」
「わざわざそんな遠いところから………観光?」
首をかしげるヘルメスに、フィーネがやれやれといった様子で空中で腕を組んだ。
「観光なわけないでしょ。あたしたちは、里の発展のために技術者を勧誘しに、このセレスティアへ向かっているの。」
「……なるほど。」
事情を飲み込んだヘルメスは、グッと力強く親指を立てて「理解したぜ!」と言わんばかりのドヤ顔を決め込んでみせる。
(なんか……俺の中でのファンタジーにおける誇り高きエルフ像が、会ってからものの数分で悉く崩れ去っていっている気がするんだが……まあ、可愛いからよしとしよう。)
フェルが心の中で遠い目をしながらそんなツッコミを入れつつ、その後、道端で出会ったヘルメスも目的地が同じセレスティアであるという理由から、一緒に馬を並べて向かうことになったのだった。
道中、モチ丸とヘルメスがすっかり意気投合して「どこの木の実が美味しいか。」というローカルな話題でキャッキャと盛り上がっているのを微笑ましく(少し呆れながら)眺めつつ、のんびりとした珍道中を挟みつつも、一行はついに世界樹の麓へとたどり着いた。
しかし、一筋縄ではいかないのが異世界ファンタジーの常である。
「次の者! 前へ!」
世界樹の巨大な根をくり抜いて作られた壮麗な入国ゲートの前には、エルフの国へ入るための長い行列ができていた。
連日の商談や観光客でごった返しているらしく、数時間並んでようやくフェルたちの番が回ってきたところだった。
「ふぅ……やっとあたしたちの順番が回ってきたわね。足が棒になりそうだったわ……。」
空中でぷかぷか浮いていたフィーネが、疲れたように小さく息をつく。
「フィーネは飛んでるだろ…。」
「まぁまぁ、でも毎日すごい数の出入りがあるみたいですから、入念なチェックで時間がかかるのも仕方ないですよねぇ……。」
モチ丸がトコトコと馬のたてがみを撫でながら頷く。
「……うんうん。…お疲れ様。」
そして、その一団の真ん中でなぜか一番リラックスした様子でふにゃふにゃと頷いているのが、当のヘルメスだった。
「「「…………。」」」
なんとなく、彼女が道端で行き倒れていた理由が、ここに来てようやく根本から理解できた気がして、フェルたちは一瞬だけ遠い目を共有した。
さて、いよいよゲートの検問所。
厳格そうなエルフの衛兵が、一行の顔を一人ひとり鋭い眼光で確認していく。
「ポイズンスライムに、精霊、そしてヒューマノイドラビッツ……珍しい旅の面々だな。目的は?」
「あ、はい! 私たちは温水の霊峰から……。」
モチ丸が代表して答えようとした、その瞬間だった。
衛兵の視線が、一行の少し後ろで呑気に鼻歌でも歌いかけていた小柄なエルフの女性――ヘルメスへと向けられた。
ギチッ、と衛兵の動きが完全に固まる。
次の瞬間、その目が見開かれ、心臓が飛び出さんばかりの絶叫がゲート全体に響き渡った。
「なっ……! あ、あなた様はぁぁぁーーっ!?」
「ん? なぁに?」
ヘルメスがのんびりと首を傾げる。
「衛兵! 誰かおらんか! この者たちを直ちにひっとらえよ!!」
「「「はい!?」」」
その怒号と同時に、周囲で警戒に当たっていた数人の武装したエルフの衛兵たちが、まるで訓練された動きのように一斉にガシャリと武器を抜き、フェルたちの周囲を瞬く間に取り囲んだ。
物々しい槍の穂先が、フェルたちの鼻先に突きつけられる。
「お、おいおい、いったい何の真似だ! 俺たちは怪しい者じゃないぞ!」
フェルがぷるぷる震えながら触手を掲げて抗議するが、衛兵たちの殺気は収まらない。
それどころか、責任感に満ちた厳しい表情で、フェルたちを犯罪者を見る目で睨みつけてきた。
「しらばっくれるな! お前たちを、我がセレスティアの気高き――『第三王女ヘルメス・セレスティア様』誘拐の主犯者として、今ここで現行犯逮捕する!!」
衛兵のその宣言を聞いた瞬間、フェル、フィーネ、モチ丸の三人は、あまりの急展開と斜め上の事実関係に、声を揃えて盛大に絶叫した。
「「「はあぁぁぁあぁぁーーっ!?」」」
「あっ、違う……この人たちは――。」
ヘルメスはオドオドとフェルたちの挽回をしようとしていたが、衛兵が「ヘルメス様!危険です!」とそれを遮り、言葉を最後まで聞くことなく、フェルたちをあっという間に取り押さえてしまった。
(どうしてだ!どうしてこうなったんだぁ!!!)
フェルたちの運命はいかに!
次回 第7話 国王ガリウス・セレスティア




