第4話 決戦!タイラントグリズリー!
「あ〜、えーと。俺はポイズンスライムのフェルって言う。今日からここの首領……いや、助っ人兼リーダーみたいなもんになった。よろしく頼む。」
フェルが乳白色の体をぷるんと揺らして挨拶すると、集落の広場に集まったラビットフットたちから割れんばかりの歓声が上がった。
「「ウオォォーーーーッ!!!!!!!」」
「「フェル様ぁぁぁーーーッ!!!!!」」
(うぉっ……! さっきまで怯えてた奴らとは思えんすごい熱気だな……。)
奇跡の力(魔導反転)を見せつけられたことで、一族の信頼と忠誠はすでにマックス値まで跳ね上がっている。
「ふふん、みんな気合が入ってるわね!それじゃあ…。」
フェルの頭の上に乗っていたフィーネはそう呟くとフューっとそのまま上に飛び上がった。
そして両腕を腰にやり自信満々の笑みを浮かべた。
「ラビットフットの民たちよ!このあたし五大覇王の一角、フィーネ様がついているからには、負けなどありえないわ! 存分にその力を発揮しなさい!」
フィーネがふわりと空中に浮き上がり、得意げに両手を広げて宣言すると、再びボルテージが最高潮に達した。
「「ウォオオオオオオッ!!!!!!」」
「「フィーネ様ぁぁぁーーーッ!!!!!」」
どんよりと暗い絶望に沈んでいた村の空気が、たった一瞬で熱狂的な歓声へとひっくり返る。前世のブラック企業で朝礼のモチベーションビデオを見せられた時以上の一体感だった。
フェルは小さく息をつくと、キリッと触手を引き締めて前へ出た。
「よし、みんな! テンションが高いのはいいことだが、浮かれてると秒でミンチにされるからな。それでは、今からタイラントグリズリー討伐のための作戦を練ろう!」
フェルたちはタイラントグリズリーの生態や能力、弱点などの情報をもとに、いつ、どこで、何をするのかを綿密に作戦を練っていった。
数時間後。
会議を終えたフェルは、集まったラビットフットの戦士たちを見渡し、力強く宣言した。
「それでは、この作戦で明日の夜! タイラントグリズリーの討伐に赴く! 全員きばれよ!」
その号令に、戦士たちは一斉にこぶしを突き上げた。
「うおぉぉぉぉ!!!!」
ラビットフットたちは全員が自分のするべき持ち場を再確認し、作戦決行へ向けてせっせと討伐のための準備を始めた。
武器を研ぎ、特製の罠を確認し、お互いに声を掛け合いながらテキパキと動くその姿。
その活気ある様子を見ていると、フェルはふと、前世で大きなプロジェクトの納期前に徹夜で奔走していたチームメイトたちの背中をどこか懐かしく思い出すのだった。
(あの頃はブラックすぎて笑えなかったけど……こういう泥臭いチームワークは、嫌いじゃないな。)
フェルはぷるんと体を揺らす。
「フィーネ。この作戦……絶対に成功させるぞ。」
夕暮れの光に照らされたフェルの真剣なまなざしに、フィーネはふっと柔らかく微笑み、自信満々に胸を張った。
「当たり前よ!」
こうして、あっという間に作戦決行の日時となった。
まず、俺らはタイラントグリズリーが根城としている『霜降りの谷』へ向かった。
そこで、まずはタイラントグリズリーを眠りから叩き起こし、あらかじめ仕掛けた迎撃ポイントまでうまく誘導する。
その誘導している間、相手に作戦を気取られないように、谷の上から神経を麻痺させる特殊な毒を塗った特製の矢で遠隔からチクチクと攻撃し、動きを鈍らせる手はずだ。
「それじゃあ、みんな健闘を祈る!」
「「はいっ!」」
ラビットフットの戦士たちがそれぞれの隠密ポイントへ散っていくのを確認し、フェルは今回の作戦の要である誘導役のフィーネに向け合図を出した。
すると、タイラントグリズリーの巣穴の前に構えるフィーネはふわりと空中で両手を組み、やれやれといったふうにため息をついた。
「ったく、なんであたしがこんな面倒な囮役なのよ……。」
フィーネはつべこべ言いつつも、大きく息を吸い込むと、その小さな体からは信じられないほどの超音波めいた大声で谷の奥に向かって叫んだ。
「起きろぉ!!!!! クソグマ!!!!!!」
その凄まじい声量に驚いて、谷の木々に止まっていた鳥たちが一斉にバサバサと飛び立ち、森全体がざわめき立つ。
その次の瞬間――。
フィーネの目の前にある巨大な巣穴の奥から、ビリビリと空気が震えるような耳をつんざくほどの唸り声が響き渡った。
怒りに満ちた巨体が突進し、すかさずタイラントグリズリーが巨大な爪の突きをフィーネめがけて繰り出す。
ズドンッ!!
とすさまじい地響きと共に地面がえぐれ、衝撃で砂埃がもうもうと舞い上がった。
「っぶな……! 当たったらどうするのよ、この脳筋グマ!」
煙の中から軽やかにひらりと宙へ逃れたフィーネが、ふよふよと浮かびながら毒づく。
対するタイラントグリズリーは、真っ赤に血走った目を剥き出しにして低い唸り声を上げた。
「グルルル……!」
「ふん、その気になっちゃって。しっかりついてきなさい!」
濃い霧に満たされ、月光が青々と注ぎ込む谷底を、フィーネは的確に攻撃をかわしながら軽やかに進んでいく。
(あれがタイラントグリズリー……魔導回路で自分の体を少し巨大化できるとは聞いていたが、現物はデカすぎるだろ! 普通のヒグマの三倍はあるぞ!)
谷の上から隠れつつ状況を観察していたフェルは、その圧倒的な質量と威圧感に冷や汗を流しながらも、しっかりと標的を追っていた。
ズドン!!!
ズドン!!!
タイラントグリズリーが荒れ狂うたびに地鳴りのような衝撃音が谷に響き渡り、砕けた岩の瓦礫が激しく舞い散る。
「ひぃい!!! ちょっとフェル、何モタモタしてんのよ!早く始めなさい!」
フィーネの焦ったような叫び声が聞こえた瞬間、フェルはキリッと触手を引き締めた。
「よし、迎撃部隊! 作戦開始だ!」
「撃てぇーーーーっ!!!」
ビッツの気迫に満ちた叫びを合図に、谷の上の崖っぷちから、タイラントグリズリーの巨体に向けて無数の矢が一斉に襲いかかった。
シュンッ! シュンシュンッ!
鋭い風切り音と共に、特製の神経毒が仕込まれた無数の矢が、次々とタイラントグリズリーの頑丈な体毛めがけて突き刺さる。
「ガァァァァグァアオオオンッ!!!」
あまりの痛みにタイラントグリズリーが空を仰いで絶叫する。
「おおっ、効いてるぞ……!」
「よっしゃあ、いけるぞ!」
ビッツをはじめ、谷の上から様子を見ていたラビットフットの戦士たちから歓声が上がる。
だが、フェルは気を緩めず、すかさず全員に声を張り上げた。
「浮かれるな、まだ終わってない! 狙いのポイントまで一気に引きずり込むぞ、そのまま急げ!」
「はっ!」
ビッツたちの気合の入った返事と同時に、フィーネも必死の形相で谷底を逃げ回る。
「は゛ぁ゛っ! は゛ぁ゛っ! もうこれ以上は持久戦とか無理なんだけど!」
フェルたちは、事前の用意したショートカットを使いフィーネの前に現れる。
「こっちだ、フィーネ! そのまままっすぐこっちへ来い!」
谷の脇で待ち構えていたフェルが、触手を大きく広げて叫ぶ。
「もう限界!」
そう悲鳴を上げながら、フィーネはフェルの横をものすごい勢いで通り過ぎていく。
「さぁ、こっちへ来い……!」
フェルが低く構え、狂暴な巨獣へ向かって叫んだ。
「みんな、気をしっかり持つのよ!」
怒り狂ったタイラントグリズリーが、地響きを立てながらまっすぐフェルめがけて突進してくる。
その瞬間、フェルは溜めに溜めていた全身のおどろおどろしい魔導をふわりと一気に解放した。
ドス黒く、しかしどこか不気味に発光する瘴気のような魔導のプレッシャー。
「うっ…!」
「なんて魔導の強さなんだ!」
そのあまりの異様さと危険な気配に、本能の危機感を刺激されたタイラントグリズリーは、驚愕でガッと目を見張り、フェルの目の前で急ブレーキを踏むように前足を上げてピタリと停止した。
「今よ! 落として!」
フィーネの鋭い合図と共に、土の魔導回路を待つ二匹のラビットフットの戦士が、足元の地面へと一斉に魔導を叩きつけた。
次の瞬間――
メキメキメキッ! と凄まじい地鳴りと共にタイラントグリズリーの足元の地面に巨大な亀裂が走り、支えを失った巨獣がそのままぽっかりと口を開けた深さ数メートルの落とし穴へとまっさかさまに落ちていく。
「 そのまま、突き刺され……!」
ビッツが血気盛んにそう叫んだと同時に、落とし穴の底へあらかじめ仕込んでおいた鋭い岩や、巨大な丸太の先端を削り出した特製の鉄串の槍が、タイラントグリズリーの分厚い体毛と皮を容赦なく貫いた。
「グオ……アアァ……ッ!!!」
底知れぬ絶望の唸り声をあげるタイラントグリズリーに対し、フェルは冷徹に、しかし手際よく次の手を打つ。
「これなら、魔導を跳ね返す厄介な皮膚や体毛を完全に無視して、直接体内に毒を浴びせられるな。」
ふふんと不敵に笑いながら、フェルはゆっくりと落とし穴の底へ向けて乳白色の触手を伸ばした。
ポイズンスライムとしての本領発揮だ――フェルは殺意に満ちた毒の魔導回路を全開にする。
「――『毒雨』!」
フェルの触手から放たれた無数の紫黒い魔導の粒子が、落とし穴の天井付近で一瞬にして霧状に拡散し、次の瞬間、底で身動きが取れなくなっているタイラントグリズリーの巨体めがけて、容赦なくドロドロの猛毒の雨が降り注いぐ。
タイラントグリズリーの絶え間ない断末魔が、静まり返った温水の霊峰に重々しく響き渡る。
巨獣は全身を突き刺す丸太の槍と、容赦なく皮膚の裂け目から体内に侵入する『毒雨』の苦痛にもがき苦しみ、どうにか這い出ようと血走った目で落とし穴の壁をガリガリと必死に引っ掻いた。
しかし、矢に塗られていた神経毒にすでに身体の芯まで侵され、手足は思い通りに動かない。
大暴れしていた圧倒的な巨体はただの動かぬ肉と化し、その命の炎が急速に消えかけていく。
そんなかつての暴君の最期を目の当たりにしながら、フェルは静かに触手を下ろし、低く呟いた。
「……すまないな。これでも生き残るためなんだ。」
――その言葉を最後に、タイラントグリズリーはガクリと頭を垂れ、完全に動かなくなった。
シーンと静まり返った谷底。
ほんの少し前まで、里の者たちを恐怖のどん底に陥れ、絶望させていた凶悪な巨獣が、いまや完全に沈黙している。
その光景を目の当たりにしたビッツは、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて震える両手で自分の顔を覆った。
「あ……あぁ……討ち果たした……。あの、あのタイラントグリズリーを……ついに!」
ビッツの目から堰を切ったように大粒の涙があふれ出し、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
それにつられるように、周囲に隠れていたラビットフットの戦士たちも次々と武器を取り落とし、お互いに肩を抱き合いながら声を上げて泣き始めた。
「兄貴……! 見ててくれましたか……! やっと、やっと仇が取れました……!」
「うわぁぁぁん……! よかったよぉ……!」
谷のあちこちから、一族の悲願を成し遂げた安堵と、失った仲間を想う涙、そして喜びの歓声が沸き起こる。
「ふん、これでどうにか一件落着ね。」
空中でふわふわと浮きながら、フィーネは満足そうに腕を組んでフッと鼻を鳴らした。
その顔には、どこか誇らしげな笑みが浮かんでいる。
フェルはほっと息をつき、人間だった頃の肩こりがぶり返すような感覚を覚えながら、ぷるんと触手を伸ばす。
「フィーネも、囮役お疲れ様。」
「二度とあたしに囮役なんてやらせるんじゃないわよフェル!」
そう言いながらも、パチンッ! と、乾いた小気味いい音が谷底に響き渡り、二人は見事なコンビネーションでハイタッチを交わした。
そしてその夜――
恐怖の象徴だったタイラントグリズリーの討伐を成し遂げたラビットフットの里では、温水の霊峰の恵みを囲み、里中を巻き込んだ盛大な勝利の宴が盛大に開催されたのだった。
「せっかくのご馳走なのに……!!」
「そっか、フェル、あんたスライムだから味感じないのね…」
「うわぁぁ!!!!!!!あんまりだぁ!!!!」
次回 第5話 新たなる一歩




