第35話 真理の書
「オレは、いったい……誰なんだ。」
絞り出すように放たれたその声は、自分自身のものなのに、どこか遠い他人の言葉のように響いた。
その異様なまでのうつろな気配を目の当たりにして、パンドラの表情はまるまると、痛ましいほどに深く沈んでいく。
彼女は溢れそうになる熱いものを必死に押し殺しながら、震える声を紡いだ。
「君はフェル……ボクの、大切なフェルだよ……。」
その言葉を聞いた瞬間、フェルの頭のなかで激しいノイズが走る。
フェルは何が起きているのかが全く理解できないというような、酷く混乱し怯えた表情のまま、目の前の現実を必死に手繰り寄せようと眉間を寄せる。
「……フェル……。」
どこかで聞いたことがある。
いや、かつて自分は確かにそう呼ばれていた。
――それは、分かっている。
頭の奥の知識としては、ちゃんとそこにある。
「パンドラ……?」
「そうだよ……ボクはパンドラ。」
恐怖に震えながらも、フェルは目の前の少女が誰であるかを確かめるようにそっと指先を突き出し、その名前を呼んだ。
その不確かな呼びかけに答えるように、パンドラはたまらずフェルへと歩み寄り、その細い両腕で力強く、包み込むようにギュッと抱きしめた。
(知っている……オレはこの子のことを……。フェルが月の下で、一緒に踊っていた子だ……。)
そう、フェルは今までの記憶をちゃんと持っている。
フェーネの仲間たちのことも。
ルミネーアに来た理由も。
食事をしたことも。
温泉に浸かったことも。
すべて覚えている。
ただ、その記憶がまるで『自分の人生』として腑に落ちていない。
あたかも他人が映し出したテレビ番組の記録映像を、外側からただ眺めていただけのような奇妙な違和感が抜けきれず、自分という存在の輪郭がどうしても思い出せないのだ。
静寂の床に乾いた音が響く。
激昂のなかで床へと零れ落ちた『真理の書』は、とある一つのページをぽっかりと開いたまま、不気味に静まり返っていた。
そこには、ただ黒々としたインクで、こうだけが記されていた。
『佐伯蓮・フェル』
ふと、その文字に視線を落とした瞬間、フェルは全身の血の気が一気に引くような、理由のわからない底知れぬ寒気と、言語に絶する恐怖に襲われた。
背筋を這い上がる悪寒から逃れるように、フェルはすがる思いで、今自分を抱きしめてくれているパンドラの背中へと両腕を回し、ぎゅっと強くしがみついたのだった。
第三階層の客室。
ベッドの上であぐらをかき、両手の上に片方の顎をちょこんと乗せたリゼットは、じっと目の前に遠慮がちに腰掛けているフェルの姿を冷ややかに見据えていた。
「要するにさぁ……フェルっちは、開いた者の自我をあっさり崩壊させて廃人にしてしまうような、ぶっちゃけクソみたいな書物を開いちゃって、幸いにも軽傷で済んだけど、自我がひどく曖昧になっちゃった……ってことで合ってる?」
「そう……みたいです。」
フェルは痛いところを突かれた子供のように、気まずそうにスッと視線を横へと逸らす。
そんな腑抜けた相棒の態度に、リゼットはやれやれとばかりに肩を落とし、今度はその真剣な眼差しを隣で心配そうに控えるパンドラへと向けた。
「ねえ、パンドラ。肝心のところを聞くけど、フェルのその状態を元に戻す方法とか、治す手立てはあるの?」
「……それが、分からないんだ。」
パンドラは申し訳なさそうに眉をハの字に曲げ、小さく首を横に振る。
「あまりにも特殊な事例すぎて、文献にもろくな記録がないんだ。そもそも、こんな危険なことにならないために、『真理の書』は四階層の奥深くに厳重にしまっておいたはずなんだけど……。」
パンドラの言葉を最後に、三階層の広々とした客室のなかに、重苦しく微妙な空気がじっと澱むように流れた。
(それにしても……リゼットさんはまだ若いのに、すごく肝が据わっていて、しっかりしているな……。)
フェルは、どこか客観的な視点でリゼットの顔を見つめ返す。
自分の中に辛うじて残っている『かつての記憶の断片』と、目の前で頼もしく指揮を執る若き勇者の姿を脳内で照らし合わせながら、フェルは――まるで今初めて出会ったばかりの他人に感心するような、どこかピントのずれた、場違いな感嘆の感情を抱いていた。
そんなフェルの奇妙で手探りな視線に気づいたのか、リゼットは小さく「はぁ……。」と深い溜息を吐き出す。
そして、両手をしっかりと組み合わせて膝の上に乗せると、キリッとした調子で言い放った。
「まぁ、くよくよしてても仕方ないか。とりあえず、ルミネーアの調査自体はまだ途中だし、それを進めつつ、並行してフェルを元の状態に戻す方法を探すしかないね。」
「……はい。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ないです。」
フェルは、 居心地の悪さを感じながら、気まずそうに自分の後髪をポリポリと掻いた。
こうして、失われたフェルの『自分らしさ』を取り戻すため、『緊急!フェル復活大作戦』が幕を開けた。
記憶そのものは断片的に存在しているものの、すべてが他人事のように感じられてしまうという奇妙な症状。
これを打倒すべく、三人は心当たりのある手段を片っ端から試していくこととなった。
アプローチ1:原点にして至高――『純白温泉』作戦
「いい? フェルっち。神の脳細胞の九割は温泉で出来てたといっても過言ではない!」
「今のオレでもひっでぇこと言われているのは気づいているぞ……。」
最初に連れてこられたのは、地下一階のあの大浴場だった。
湯気立ち込める豪奢な大理石造りの空間。
ライオンの装飾の口からはドバドバと極上の純白温泉が注ぎ込まれ、約四十二度の適温と上品なハーブの香りが浴室全体を満たしている。
「さあ、入った入った!」
とリゼットに背中を押され、フェルは素直に湯船へと肩まで浸かった。
本来のフェルであれば、ここで「くぅぅ~! 重曹成分と硫酸塩泉の奇跡の配合! 全身の毛細血管が歓喜の声を上げているぞ!」などと熱弁を振るい、温泉愛好家としての本領を存分に発揮するはずの場所である。
しかし――。
「……うん。温かいね。」
湯船の縁に腕を預けたフェルは、静かにそう呟くだけだった。
表情は実に穏やかで、極上のリラックス効果自体は享受しているようだが、そこにいつもの鬱陶しいほどの情熱やマニアックな分析は微塵も存在しない。
「……ねえ、フェルっち。湯質の分析は? 美肌の湯がどうとか、メタケイ酸がどうとかいうウンチクは!?」
リゼットが身を乗り出して問い詰める。
「え? 湯質……? うーん、肌触りがトロっとしていて、すごく気持ちいいお湯だなとは思うけど……それ以上に何か言うことってあるのかな?」
「終わり!? 温泉に対して『気持ちいい』以外の感想が無いの!? 嘘でしょ……。」
「……ただの入浴になっちゃってるね……。」
パンドラも困ったように頬をかいた。
あの温泉狂いのフェルはどこへ行ってしまったのか。
ショック療法ならぬ温泉療法は、あえなく撃沈に終わった。
アプローチ2:能力の行使――『魔導回路』作戦
「次! 自分の体と魔導の感覚を直接刺激すれば、感覚の根底から自我が揺さぶられて何か思い出すはず!」
試練の塔と知恵の塔の間の橋に移動した一行。
リゼットの提案により、フェルは自分の体内に眠る魔導回路を発動させてみることになった。
「よし、フェル。とりあえず手から毒出してみて!」
「そう言われても……ええと、こうかな?」
フェルが意識を集中し、ふっと右手を突き出す。
すると、彼の手のひらからシュウウゥ……と不気味な黒紫色の霧が揺らめき立ち、床へと滴り落ちた。
床の石畳がかすかにジュッと音を立てて溶けかける。
「おおっ! 出た出た! どう、フェルっち!? 自分の魔導回路を使って、何か心の奥底から湧き上がる感情とか、思い出す感覚はない!?」
期待の眼差しを向ける二人に対し、フェルは黒紫色の毒霧をじーっと見つめ、引きつった苦笑いを浮かべた。
「うわぁ……物騒だな。」
「『うわぁ……物騒だな。』じゃなくて! 」
リゼットのツッコミが炸裂する。
「まるで他人事みたいに……まぁ、それはそうか。とにかく!あぁ!次!次!」
自分の力に対する感想が『科学実験を見た一般人』のそれである。
魔導回路の使用による自我の強制再起動作戦も、あえなく失敗に終わった。
アプローチ3:同郷の絆――『前世トーク』作戦
「……もうこうなったら、この世界の『フェル』じゃなくて、前世の君の記憶に揺さぶりをかけるしかないね!」
次にリゼットが取った行動は、ソファーに向かい合って座り、前世の地球(日本)の話を振ることだった。
リゼット自身も前世は日本の配信者である。
故郷の事なら、彼の根底にあるアイデンティティに届くかもしれない。
「いい、フェルっち? コンビニ。ファミチキ。Wi-Fi。ネットサーフィン。アニメ。深夜のラーメン。このワードを聞いて胸がギュッてならない?」
「どれも懐かしいな。日本のコンビニのホットスナックって本当に美味しかった。夜中に小腹が空いた時に食べるラーメンとか、最高だったなぁ。」
フェルはニコニコと笑顔で相槌を打つ。
「いいね!いいね! 他には? 満員電車とか、デスマーチとか、残業とか!」
「うわ、それは思い出したくないなぁ。外回りの仕事も大変だったし……あ、リゼットさんは配信者だったんだよね? どんな動画を配信してたの?」
「私は、ゲーム実況とか雑談配信とかかな。結構オールすることもあったなぁ……って!私の話はいいよ! っていうか、なんかフツーに会話が弾んじゃってるじゃん!!」
リゼットは頭を抱えた。
結局このアプローチは、ただの和やかな同郷トークで終わってしまったのだ。
その後も、二人の悪あがきは続いた。
パンドラと初めて会った試練の塔では……。
「フェルっ! ボクの抱擁で思い出して……!」
パンドラがぎゅーっと力いっぱいにフェルを抱きしめてみる。
「うぎゃぁ!!!!折れる!折れちゃう!」
「ダメダメ!次だ次!」
フェルとリゼットが初めてパンドラの作る料理を食べた二階層・食事処では……。
「ボクの特製料理ならどうだ!あの時と同じ献立だよ!」
パンドラは初めてフェルに振る舞ったものと同じものを振る舞う。
「美味しぃ〜。」
「美味しいねぇ〜。」
「リゼットまで!?」
結局、何を試してもフェルの自我は戻ってこなかった。
そして、
「――あーもうっ! ラチがあかない!!」
ついに痺れを切らしたリゼットが、ガタッと立ち上がった。
彼女の目の前には、あの元凶である『真理の書』が机上でふんぞり返っている。
「全部このクソみたいな本が原因でしょ!? 壊す!! 粉々に粉砕してやる!!」
リゼットが剣を構え、真理の書に斬りかかろうとする。
「「ちょっと待って!!!」」
フェルとパンドラが同時に飛びつき、リゼットの両腕と胴体を決死の思いで押さえつけた。
「リゼットさん落ち着いて! この本を破壊したら、オレの記憶や自我が二度と戻らなくなる可能性が!」
「そうだよリゼット!力任せに壊したりしたら!」
「放しなさい! ズタズタにしてやるぅ!」
ギシギシと暴れるリゼットを二人で必死になだめ、どうにか最悪の状況だけは回避したものの――。
……気がつけば、窓の外はすっかり深い夜の闇に包まれていた。
結局、丸一日を費やして思いつく限りのあらゆるアプローチを試したものの、何一つとして決定的な成果をあげることはできなかったのだ。
二階層の食事処のテーブルで、三人は疲労困憊の体を引きずりながら突っ伏していた。
「はぁ……まさか何一つ効果がないなんてね……。」
リゼットが力無くテーブルに頬を押し付け、深いため息を吐く。
「ごめんね、フェル。ボクがもっと厳重に管理しておけば……。」
パンドラも申し訳なさそうに肩を落とす。
そんな二人を見て、フェルは申し訳なさと、どこか他人事のような不思議な感覚を抱きながら、苦笑いを浮かべて言葉をかけた。
「二人とも、オレのために一日中付き合ってくれてありがとう。……みんなに苦労ばかりかけちゃって、本当にごめんね。」
その言葉はどこまでも優しく、配慮に満ちていた。
「……とりあえず、今日はもう休もう。」
リゼットのその言葉に、二人も静かに頷いた。
こうして、何一つ解決しないまま、知恵の塔での過酷で奇妙な一日は静かに暮れていくのだった。
中央都市キャメロットから南東へ進んだ果てに佇む、エルドア遺跡。
長きにわたり人の足絶えた、暗く重苦しい湿度の漂う薄暗い通路に、溢れる水をバシャリと押し除ける冷ややかな足音が響き渡っていた。
静寂を破るその歩みはやがて暗闇の通路を抜け、エルドア遺跡の最深部――天井の崩落した隙間からかすかな陽光が差し込む、広大な大広間へとその姿を現した。
「まさか……僕がわざわざ、こんな泥臭い場所にまで足を運ぶ羽目になるとはね。まったく、困ったマスターだよ。」
溜息混じりに呟いたのは、水のように澄んだ美しい声。
揺らめく陽光を受け、エン=リドの翠の瞳が感情を揺らすようにかすかに震え、肩にかかる黄緑色の美しい長髪が地下の冷たい風になびく。
その優美な佇まいとは対照的に、彼の鋭い眼光は、大広間の中央――差し込む光の輪の真下で乾き果て、冷たく横たわる二つの黒い遺骸に固定されていた。
その遺骸の胸には、古の刻印が刻まれた不気味な剣が一本ずつ深く突き立てられ、まるで二つの命を地面に永遠に縫い止めているかのようだった。
エン=リドは徐にその二つの遺骸の方へ歩み寄ると、躊躇うことなく刺さっていた二本の剣の柄を掴んだ。
――グチィッ!
肉を割く嫌な音とともに、彼は突き立てられていた剣を力任せに引き抜くと、興味を失ったように背後へ向けて乱暴に投げ捨てる。
重い鉄の音が遺跡に空虚に響き渡っていく。
そして、彼は膝をつき、二つの乾ききった遺骸の頭部へ優しく手を乗せた。
「まったく……三賢も酷いことをするものだね。肉体から永遠に魔導を吸い続け、その場に封印するなんて……とんだ、悪趣味だ。」
フッと、エン=リドの口角が妖しく釣り上がる。
「さぁ……起きる時間だよ。」
瞬間、彼の手のひらを伝い、底知れぬ奔流となって溢れ出したエン=リドの膨大な魔導が、干からびた二つの遺骸へと一気に流れ込んでいった。
――ゴゴゴゴゴゴゴ……っ!
遺跡全体が、まるでその異物の目覚めを拒絶するかのように激しく鳴動し、鳴りを潜めていた空間が震え始める。
流し込まれる魔導を受け、二つの遺骸はみるみるうちにその乾いて縮んでいた皮膚を生き生きと膨らませていき――。
パキパキッ! パキッ!
関節が鳴る異様な音が静寂を切り裂き、硬直していた肉体がぎこちなく生気を取り戻して動く。
「くっ……この凄まじい力ッ! はははッ!僕が与えている以上の魔導を、吸い取るなんてね!」
エン=リドが感嘆の声を漏らした次の瞬間、大広間全体が目を眩ませるほどのまばゆい光の奔流に飲み込まれた。
やがて、光が収まり、エン=リドが顔の前からゆっくりと手を退ける。
彼の視線の先には、先ほどまで転がっていた無惨な遺骸は影も形もなく消え失せ、光の中にゆらりと二つの異様な人影が浮かび上がっていた。
一人は、荒々しい銀髪に野性味のある褐色肌、爛々と輝く真紅の瞳を持ち、口元からはサミの肉食獣を思わせるギザギザとした尖った歯を覗かせる少年。
もう一人は、対称的な金髪に透き通るような色白の肌、少年と全く同じ狂気的な真紅の瞳とギザギザの鋭い歯を持つ少女だ。
二人は久しく動かしていなかった己の肉体の状態を確かめるように、ゆっくりと首を回し、自らの指先を力強く握り込む。
「……ねぇ、ラグナ。」
「……あぁ、リグナ。」
少女の不気味な粘り気を孕んだ問いかけに、少年は全く同じ歪んだ笑みで応じた。
少女が「クスッ。」と可愛らしく喉を鳴らして吹き出したのを皮切りに、大広間の天井を揺らすほどの不気味で狂暴な笑い声が二人の口から爆発した。
「ヒハッ! ヒハハハハハハハ!!!」
「キャハハハハハハハハ!!!」
封印を破った狂気が、エルドア遺跡全体をビリビリと震わせる。
「お目覚めのようだね――狂双龍、『ラグナ・ヴァングリード』、そして、『リグナ・ヴァングリード』。」
エン=リドはフッと涼しげに笑い、二人の歓喜の狂笑を静かに遮るように声を贈る。
その澄んだ声を聞きつけ、銀髪の少年――ラグナはピタリと笑みを引き、獣のような鋭い眼光でエン=リドを捉えた。
「ふ〜ん……キミが、オレたち兄妹をあの忌々しい呪いから解放した『物好き』かぁ。まぁ……まずは礼を言うよ。」
ラグナは狂気的な笑みを深めると、口から長い舌をヌッと突き出し、嗜むように自らの唇を舐め回して舌鼓を打つ。
「喜んでもらえたようで何よりだよ。千年以上も冷たい石の床で寝ていた気分はどうだい?」
エン=リドは余裕を崩さず、眼前の脅威を等しく視界に収めながら言葉を返す。
「最悪に決まっているだろ。……で? 恩人風吹かせて立ってるけどさぁ、オレたちの封印を解いて、一体どういうつもりだい? 命がいくつあっても足りないとおもうけどね、お兄さん。」
ラグナの言葉には、目覚めたばかりとは思えぬ凄まじい殺気が宿っていた。
これほどの圧力を前にしても、エン=リドはどこか楽しげに首を傾げてみせる。
「つれないねぇ。命の恩人に対してずいぶんと物々しい挨拶じゃないか。……君たちほどの強大な龍の力を、あのまま風化させておくのは世界にとって損失だと思わないかい?少々、『僕たち』の目的に手を貸しをしてほしいとおもっただけさ。」
「キャハハ! 協力〜? ワタシたちがですかぁ〜?」
隣で佇んでいた金髪の少女――リグナが、鈴を転がすような、しかし耳障りな声でクスクスと笑いながら一歩前へと踏み出した。
「キミ、ワタシたちのことなんにも知らないのかなぁ?ワタシたちはゼーレ様以外の誰かの言いなりになるのも、仲良しこよしで手を取り合うのも……だ〜い嫌いなの。」
リグナは顎を指で突き出し、エン=リドを舐めまわすように見つめながら、蔑むような煽りの笑みを浮かべる。
「あぁ、もちろん知っているよ。」
エン=リドはリグナへ向けて煽り返すようにそう言う。
すると、リグナは笑顔のままその場で止まり、
上目遣いでエン=リドの顔を覗き込む。
「ねぇ、お兄さん……キミは、ワタシたちを自領の犬にでもできると本気で思っている『底抜けの自惚れ屋』なのかな?……それとも。」
――次の瞬間。
音すら置き去りにし、リグナとラグナの姿が視界から完全に消え去った。
静寂を切り裂く、二条の黒い風。
二人は瞬時に彼を挟み込む完璧な包囲形で同時に姿を現した。
「……死にたがりの『哀れなバカ』なのかなぁ!!!」
リグナの残酷な囁きとともに、二人の両腕から生え揃った鋼をも容易く断ち切る強靭な龍爪が、エン=リドの左右の頸椎へ向かって必殺の軌道で振り下ろされる。
だがエン=リドは、最初からその奇襲を予期していたと言わんばかりに、優雅で余裕に満ちた笑みを崩さなかった。
エン=リドの両手に、瞬時に生み出された鮮烈な翠緑の光を放つ『葉刃』が形成される。
鋭利に研ぎ澄まされたその葉の刃が、二人の振り下ろされた凶暴な爪を完璧な角度で滑り込ませ、受け止める。
キィィィィンッ――!!!!
大広間に衝撃波が吹き荒れ、足元の石畳が放射状に砕け散る。
「ヒハハハハハ!!!」
「キャハハハハ!!!」
「……やれやれ。面白くない冗談だね。」
エン=リドは葉刃を滑らせて衝撃を殺しながら、冷ややかな視線で左右の二人を見据える。
至近距離で攻撃を防がれたラグナとリグナは、驚くどころか、そのサメのようなギザギザの歯を剥き出しにし、ニィッ! と狂気と愉悦に満ちた不気味な口角をどこまでもつり上げるのだった。
次回 第36話 狂双龍




