第24話 三国都協定
「この服……見栄を張っているように見られないか?」
「大丈夫!大丈夫!って言うか首領なんだからそれぐらいしないと舐められるわよ!」
フェルは、新しく仕立ててもらったばかりの格式高い正装に袖を通し、鏡の前で落ち着かない様子で裾を引っ張る。
その背中を、フィーネは『喝』とばかりに勢いよくバシバシと叩いた。
北地邪竜決戦の激闘を経て、かつての六割ほどまで魔導を取り戻した彼女の掌は、以前よりもずっと力強く、そして確かな温もりを宿している。
「それもそうだな。」
フェルは自分の頬を軽く両手でパチンと叩いて気合を入れ直すと、頼もしく振り返り、ビシッと「よし!」と声を上げた。
それから数時間後。
広場の一角には、セレスティア王国が誇る絢爛豪華な金の装飾が施された馬車が止まる。
その瞬間、里全体が厳粛な雰囲気に包まれる……はずだった。
しかし、その厳かな馬車の扉が開いた瞬間、中に漂っていたはずの外交的緊張は一瞬で吹き飛んでいった。
「「ヘルメス〜!!!!」」
「うわぁっ……!?」
馬車から勢いよく飛び出してきた二人の美しいエルフが、一目散に出迎えに来たヘルメスへと駆け寄り、文字通り押しつぶすように抱きついたのだ。
「見ないうちに一段と逞しくなったなぁ!」
「お、お姉様方……息が……! 痛いです!潰れます……!」
「そんなこと言うなよ、お姉ちゃんたち、お前が元気でやってるか心配で仕方なかったんだぞ!」
セレスティア第二王女にして近衛騎士団・副団長を務めるターニャは、豪快に笑いながらヘルメスの頭をグシャグシャと乱暴に撫で回す。
「少し背も伸びたように見えますわね。……ふふ、立派になって……。」
そして、セレスティア第一王女にして近衛騎士団・団長を務めるリュカは、ヘルメスの背中や肩をポンポンと優しく叩き、その成長をしみじみと確かめていた。
ちなみに、その様子を馬車の窓からそっと覗き見ていた国王ガリウスは、愛娘たちの眩しすぎる仲睦まじい姿に胸を打たれ、あまりの可愛さに馬車の中でガッツポーズをしたまま天に召されかけていた。
その一方で、セレスティア陣営の華やかさとはまた一味違う空気を纏っているのが、冒険の国エルリアの一行だった。
「お二人ともお変わりないようで。」
「今日はわざわざありがとうござます。」
「我ら一同、ケビン殿方の到着を心よりお待ちしていました。」
そこでは、エルリア国王であるケビンが、ビッツやヒョウと挨拶を経たのち、戦術談義に花を咲かせ、すっかり大盛り上がりを見せていた。
ケビンは王族でありながら、豪華な馬車で威儀を正してやってくるようなことはせず。
愛馬の背綱を自分で握り、かつて一介の冒険者として依頼をこなしていた頃の軽装のまま、気さくにこの里へやってきていたのだ。
「……なんか、同じ『王』を名乗る立場でも、ガリウスさんとケビンさんじゃカラーが全然違うんだなぁ。」
その光景を遠巻きに眺めながら、フェルはしみじみと呟く。
護衛を担当する者たち以外は議事堂へと入り、厳粛な空気の漂う部屋の中心に用意された円状のテーブルへとそれぞれの席についた。
「全員が揃ったことだし、これより『三国都協定決議のための議会』を始めようと思う。……が、その前に、集まってくれた皆さんにいくつか伝えておかなければならないことがあるんだ。」
フェルは目の前に座るガリウス、リュカ、ケビン、ガルを順番にしっかりと見据える。
「まず、セレスティアのガリウス国王陛下に、先日の避難民受け入れに対する感謝を。本当にありがとうございました。あの時は助かりました。」
ガリウスは満足げにヒゲを撫でながら、どっしりと頷く。
「邪竜の復活となれば、近隣国として協力するのは当然のことだ。そう改まって感謝せんでも良いぞ。それに、結果として我が可愛いヘルメスちゃんの帰省の機会にもなったしな!」
ガリウスはそう言って、全員の前に紅茶を置いているヘルメスへ満面の笑みを向ける。
「私とターニャは残念ながら直前まで別任務に出ておりましたので、直接ヘルメスには会えなかったのですが……こうして元気でやっているなら何よりですわ。」
第一王女のリュカも、フェルに向けて上品で穏やかな笑みを見せた。
フェルは二人の温かい言葉に安心したように頷くと、続けて真剣な表情を作る。
「次に、皆さんにお集まりいただいたこのタイミングで、この里に加わった新しい仲間を紹介したいと思います。……入ってきていいぞ。」
「仲間……?」
ケビンが怪訝そうに眉をひそめたその時だった。
コン、コン、コン。
小気味よいノックの音とともに、議事堂の重厚な扉がゆっくりと押し開かれる。
「失礼するよ〜。」
軽やかな足取りで部屋の一歩目を踏み入れたのは、他でもない『ネーベル』だった。
その瞬間――。
部屋に満ちていた和やかな空気は、音を立てて消え去った。
『っ……!?』
議事堂にいる全員が漏れなく目を見張り、ネーベルの全身から溢れ出す、まるで世界をすり潰すような膨大で異質な魔導の圧に、一斉に息を呑んだ。
リュカとガルは反射的に腰の武器へと手をかけ、いつでも抜刀できる極限の臨戦態勢をとる。
しかし、ガリウスとケビンは冷や汗を流しながらも、素早く片手をそれぞれの前に差し出して二人の動きをピタリと制止した。
ケビンが低い声で呟く中、ネーベルは周囲の殺気などどこ吹く風といった様子で、ヒョウヒョウと歩みを進めてフェルの隣でピタリと止まる。
フェルは、室内を満たしているピリピリとした緊張感にまったく気づいていないのか、いたって爽やかな笑顔のまま堂々と胸を張った。
「この里の魔導関連の技術や研究を!担当してもらうことになった、ネーベルです!」
「ご紹介に預かりました。ワタシは五大覇王の一角、『原初の魔女』のネーベルって言うよ。よろしくね、皆さん♪」
…………。
部屋の空気が完全に凍りつき、しばらくの沈黙が支配する。
やがて、その場の全員が、まるで体中の力が抜けたように一斉に深い深すぎる溜息をつきながら、椅子へと崩れ落ちるように着席した。
(あ、あれ〜? なんか皆さんの反応が想像と違うんですけど……?)
首をかしげるフェルをよそに、ガリウスは額に手を当て、深い疲労感を滲ませながら呆れたように呟いた。
「フェルよ……其方はいったい、どうしてそう五大覇王ばかりに好かれるのだ?」
「まさか、あの『原初の魔女』を自ら仲間に引き込む者がいるとは……。全く、予測の斜め上を行き過ぎていて笑うしかないですよ。」
ケビンは苦笑いを浮かべ、ぐったりと頭を抱える。
「あたしも最初は驚いたよ。あんたみたいな一匹狼が一つの場所にとどまる選択を取るなんて。」
フィーネは呆れたように肩をすくめながら、手元のカップにこれでもかとばかりにミルクと砂糖をドバドバと注ぎ込んだ。
「ワタシもそろそろ落ち着いて魔導や魔法陣について研究できる拠点が欲しかったのさ。それに……。」
ネーベルは不気味な笑みを浮かべると、スルスルとフィーネの隣へと滑り寄り、その肩にぴたりと顔を寄せた。
「フィーネ、君の『万象を穿つ創世の雷霆』、まだ味わっていないしね。いつかたっぷりと見せてよ♪」
その狂気的な好奇心を孕んだ誘いに、フィーネは小さく身震いし顔を引き攣らせた。
室内には圧倒的なマイペースさと不穏な空気が漂う。
フェルは、わざとらしく大きな咳払いを二つ三つと響かせる。
「コホンッ! ……ええっと、ネーベルの加入についてはまた今度詳しく説明するとして、そろそろ今日のメインである議会に移ろうと思う。」
フェルがビシッと手を叩いて場の空気を強制的に切り替えると、集まった面々も気を取り直すようにそれぞれ姿勢を正した。
ガリウスは腕を組み、ケビンは真剣な眼差しをフェルへと向け直す。
「まず、先日から互いに使者を通じて行ってきたやりとりから確認したい。『三国都協定』は結ぶ、その上で相互に要望をするという方針であっているか?」
フェルが真剣なトーンで問いかけると、ガリウスとケビンは同時にしっかりと頷いた。
話し合いの空気は一気に本格的な外交の場へと切り替わる。
「異存はない。では、それぞれの国と都市の間で、どのような条件を設けるべきか具体的にすり合わせていこうか。」
ケビンが穏やかに切り出し、まずはエルリアからの要望を提示した。
「エルリアからこの『魔物の里』への要望ですが……。フェル殿の作り出す『回復薬』を貿易品として取引させてほしい。一般的に、回復薬には低級から上級までありますが、あなたが普段扱っているのは上級にあたります。一般市場では非常に高価な代物……。できれば、一般向けに低級と、少しばかりの中級回復薬を安定して提供してもらえると非常に助かります。」
(なるほど、交易による経済の活性化か。それなら里にとってもメリットが大きい。ただ……。)
フェルは納得したように頷きつつも、少し言いづらそうに言葉を続けた。
「その要望はぜひ引き受けたいのですが、現在、貿易や物資の管理といった実務のほとんどを、うちのモチ丸に任せきりにしてしまっていて……これ以上負担をかけるわけにはいかないんです。できれば、貿易のやり方や商業の基礎を指導してくれるような、信頼できる人や商会を紹介していただけないでしょうか?」
フェルのその率直な相談に、ケビンは腕を組んで少し考え込む仕草を見せた。
「なるほど、人手不足とノウハウの欠如か。……それなら、私の国に最大規模を誇る『商人ギルドの本部』があります。そのギルドマスターに私から直接話を持ちかけて、商売の基礎を教えられる者を派遣できるよう手配しておきましょう。」
「本当ですか! それはすごく助かります。ありがとうございます!」
フェルが心からの安堵を浮かべて頭を下げると、ケビンは「なに、互いの繁栄のためです。」と爽やかに笑ってみせるのだった。
「それでは次に、エルリアからセレスティアへの要望です。我々としては近衛騎士団と我々の国境警備を支える冒険者たちとの協力体制をより一層強化したい。モンスターの動向や不穏分子への対処において、両者の連携を密にできれば心強い。」
その言葉を受け、セレスティア側から第一王女であるリュカが凛とした表情でスッと挙手した。
「近衛騎士団・団長として、その協力体制の強化は喜んで受けて立ちましょう。エルリアの冒険者たちとの情報共有や合同訓練の場を設ければ、防衛力は飛躍的に向上するはずですわ。」
リュカの力強い承諾に、ケビンは深く感謝の笑みを浮かべる。続いて、セレスティア側からの要望が提示される番となった。
ガリウスが腕を組み、重みのある声で話し出す。
「セレスティアからエルリアへ向けての要望だ。冒険者たちの取り締まりと身元管理の強化を頼みたい。近頃、国内で勝手気ままに暴れる不心得な者が増えている。治安維持のため、エルリア側でもギルドを通じた厳格な管理を徹底してほしいのだ。」
「――承知しました。私としても、無法な者たちが我が物顔で暴れるのは好ましくない。ギルドと連携して取り締まりを強化しよう。」
ケビンが即座に引き受けると、ガリウスは満足そうに頷き、次いでフェルの方へと鋭い視線を向けた。
「そして、セレスティアからこの『魔物の里』への要望だ。正式に三国都協定を結ぶ以上、いつまでも『魔物の里』などという曖昧な呼称のままでいるわけにはいかない。今後は、魔物の里ではなく、一つの対等な『都市』として、今ここで正式に名乗りを上げてもらう。」
その言葉に、議事堂の空気がピリリと引き締まる。
それは単なる名前の変更ではなく、魔物と人が共生する新しい体制が、名実ともに世界から認められるための大きな一歩であった。
「もちろん。名前については、もう考えてはいるのだろう?」
ガリウスのその威厳ある問いかけに、部屋にいる全員の視線が一斉にフェルへと突き刺さる。
フェルは「ぐっ……!」と一瞬表情を激しくこわばらせ、冷や汗をダラダラと流した。
(やべぇ!ここで『考えてませんでした。』なんて首領のプライドにかけて絶対言えねぇぞ……!どうする俺……! 何かそれっぽい名前をひねり出せ……!)
頭をフル回転させ、冷や汗を拭う暇もなく、フェルは勢いだけで口走った。
「お、温泉都市フェーネだ!」
「ほぉ……温泉都市フェーネか。」
ケビンは腕を組み、「その名前はなんと言うか……率直というか、なんというか……。」と言葉を濁す。
横にいたフィーネは頬を少し赤らめながら、呆れたようにジト目を向ける。
「ちょっと、それってあたしとフェルの名前を適当に足しただけじゃない。」
しかし、ネーベルだけは不気味に目を輝かせながら手を叩く。
「ふふ、ワタシは直感的でなかなかいいと思うな♪」
雑談のようなツッコミが飛び交う中、当の本人であるガリウスは、顎を撫でながらしばらく考え込んでいたが、やがて「はっはっは!」と豪快に笑い声を上げた。
「よかろう! この里の特徴、そしてお前たち二人の強い絆と功績の象徴としても、これ以上ないほど分かりやすい名前だ!」
ガリウスの一声でその場の雰囲気が一気にまとまり、その場でトントン拍子に新しい都市の名称が正式決定へと傾いていく。
「よし、では『温泉都市フェーネ』の誕生だな。良い名前じゃないか。」
ケビンも穏やかに微笑みながら頷いた。
こうして、かつての『魔物の里』は、名実ともに世界と肩を並べる新たな都市『温泉都市フェーネ』として歴史的な一歩を踏み出すこととなったのだ。
一息ついたフェルは、気を引き締め直すように軽く咳払いをする。
「さて、都市の名称も決まったところで……次は、こちらからエルリアとセレスティアの二国に対しての要求を述べさせてもらう。」
フェルのその真剣な声に、ガリウスやケビンをはじめ、同席していた全員がふたたびピリッと姿勢を正す。
王国の領土拡張や、特権、あるいは莫大な金銭の要求などが飛び出すと身構えた者もいたが、フェルが口にした要求は、彼らの想像していたものとは全く違っていた。
「お二人に協力してもらい、俺たちが人間に危害を加えるような存在ではないということを、広く世間に流布して欲しいんだ。」
その言葉に、ガリウスとケビンは「ほう……。」と少し意外そうな表情を浮かべ、驚きの色を滲ませた。
しかし、それがこの都市と魔物たちが真に目指す『共生』にとってどれほど重要であるかをすぐに察し、二人は小さく頷き合う。
「お安い御用だ。私の名で広めようではないか。」
「あぁ、我がエルリアとしても全面協力しよう。冒険者たちなら、大陸に広げられるはずだ。」
二人の快い返答に、フェルはほっと胸をなでおろす。
要求のすり合わせがすべて円滑に終わると、議事堂のテーブルには取り決めを記した分厚い羊皮紙の公文書が広げられた。
ケビン、ガリウス、そしてフェルがそれぞれ署名欄にペンを走らせる。
最後にネーベルやフィーネ、ガル、リュカが見守る中、『温泉都市フェーネ』の代表としてフェルが最後のサインを書き終えた瞬間、ピリッと張り詰めていた空気が心地よい達成感へと変わった。
こうして、エルリア王国、セレスティア王国、そして新しく誕生した温泉都市フェーネの間で、歴史的な『三国都協定』が正式に締結されたのだった。
種族の壁を越え、手を取り合った三つの都市と国が歩み出す未来は、差し込む朝日のように明るく、確かな希望に満ち溢れていた。
次回 第25話 勇者リゼット・アンデルセン




