第20話 北地邪竜決戦 その3 『万象を穿つ創世の雷霆』
ケビン率いる冒険者たちはリルのバフを身に纏い、凄まじい勢いでアンデットの群れを薙ぎ倒しながら進んでいく。
「ガル!ゴン!」
ケビンが前方を睨みながら叫ぶ。
「あいよ!」
「わかったべ!」
ガルとゴンは息の合ったコンビネーションで、進路を阻む巨漢なアンデットの群れを一撃で盛大に吹き飛ばす。
「よし……!」
ケビンは乱戦の中、自身の金色の長槍をグルッと力強く回す。
すると、その槍の穂先からバチバチと音を立てて、眩い金色の稲妻が激しく纏わりつき始めた。
『ギャァアァン!!』
その圧倒的な気配を感じ取ったのか、満を持してカイザードラゴンが上空から飛来し、容赦ない強力な落雷を先頭を走るケビンめがけて直撃させる。
ガァァァンッ!!
凄まじい閃光と爆風が周囲を包み込む。
だが――ケビンは立ち止まるどころか、その雷光を一身に浴びたまま、さらに加速していく。
そう、ケビンはその凄まじい落雷のエネルギーを逃すことなく身体へと受け止め、自身の魔導を一気に増幅させているのだ。
「ケビン様に雷は無駄だべ!」
ゴンが頼もしく笑い声を上げる。
ガルもまた、敵の群れを両断しながら声を張り上げた。
「旦那の魔導回路は『帯電』…」
ガルはニヤリと不敵に笑う。
「旦那の持つ魔導の量以下のやつの雷なんて、意味がねぇんだよ!」
その言葉の通り、この時のケビンの魔導は全盛期のフィーネの四分の一ほどにまで跳ね上がっていた。
そして、本来であればこれほど膨大な魔導を注がれた武器は、耐えきれずに自壊してしまう。
ヘルメスが作った特製の『紫俠』のような魔導耐性を持つ武器ですら維持するのが難しい領域だ。
だが今、ケビンが握り締めている魔槍は違った。
それは、五大覇王が一角『原初の王』ギルザールがかつて創造した魔槍であり、ケビンが、彼から借り受けたものだった。
膨大な魔導を注がれても崩壊するどころか、むしろ魔導回路の変換効率を極限まで活性化させ、さらなる高みへと導いていく。
やがて、ケビンは足を止めると、静かに息をフゥと吐き出した。
周囲に吹き荒れる風の中、彼は真っ直ぐに目の前の塔を見据える。
次の瞬間――
『ガァァァァァッ!!』
凄まじい咆哮とともに、目の前の空間が歪み、カイザードラゴンが大口を開けて現れた。
その圧倒的な巨体と突撃の勢いは、ケビンと側の冒険者たちを、そのものをまるごと飲み込もうとするほど猛烈なものだった。
だが、ケビンは微動だにせず、迫り来るカイザードラゴンを前にして、金色の稲妻を纏った魔槍を深く構え、鋭く言い放った。
『――雷喰。』
その瞬間、あたり一面が眩いほどの金色の光で満たされた。
轟音すら置き去りにするほどの神速の一撃。ケビンの放った魔槍は、襲いかかるカイザードラゴンの巨大な口内を正確に撃ち抜き、その巨体を一撃のもとに貫通する。
そして、カイザードラゴンを貫いた金色の雷霆は、そのまま背後にそびえ立つ魔導結晶の塔を
バリバリバリッ!
と凄まじい音を立てて、完璧に穿ち砕いたのだ。ケビンはコォンという音と共に手元へ戻ってくる魔槍を掴むと、それを地面につき立てた。
「作戦は成功した!急いで丘の上に退避するぞ!」
「「おおおおお!!!!」」
塔が崩れたことにより、アンデットたちは再びただの屍へと戻り、その場に崩れ落ちていく。
そして、二つの魔導結晶の塔が破壊されたことにより、ここ一帯を覆っていた瘴気がすべて晴れ、濃密な瘴気の繭の中に囚われていた邪竜ドルガロと、フェルの姿が顕になった。
ドルガロは、自身の力の源でもあった瘴気が晴れ、夜空がむき出しになっているのを見て、怒りと焦燥に満ちた大きな雄叫びを上げる。
「あいつら…やってくれたのか!」
フェルは紫俠をしっかりと握りしめ、塔が崩れ去った方角を明るい表情で見つめた。
その時だ。
「フェル!一回こっちへ戻ってきて!巻き込んじゃうから!」
そう、魔伝球を通じてフィーネの緊迫した声が響き渡った。
「わかった!すぐ行く。」
フェルはそう答えると、怒りに狂ったドルガロから放たれる無差別な斬撃と無数の魔弾を華麗に避けつつ、フィーネの待つ空へと急上昇していく。
「こっちだよ!」
フィーネの澄んだ声を聞き、フェルが勢いよく振り返ると――
「えぇええええ!!?!?!?」
フェルは思わず大声を上げて目を見開いた。
「なんだよ……あまりジロジロ見られると恥ずかしいんだけど……。」
そこには、これまでの小さな姿から一変し、百六十五センチほどまでスラリと背が成長したフィーネが浮かんでいたのだ。
「お前……!その姿……!」
「……魔導結晶の塔が持っていた膨大な魔導を吸収したら、かなり回復できたんだよね。今のあたしなら、全盛期の六割ほどの力を使えるわ。」
「………なる……ほどね?」
「……って!こんな無駄話している場合じゃないでしょ!始めるわよ!」
「あぁ、すまん……やってくれ。」
フェルが真剣な表情で頷くと、フィーネは大きく息を吸い込み、天高く右手を力強く挙げた。
その瞬間、周囲の空間に満ちていた魔導の流れが激しく唸りを上げ、地響きのように大きく響めき始める。
フィーネから放たれた膨大な魔導は、夜空の雲を切り裂き、瞬く間に世界の色を塗り替えていった。
「――原初の精霊が語る。」
フィーネの凛とした声が、戦場全体の空気を一瞬で凍りつかせる。
その言葉に呼応するように、上空の魔導が集結し、フィーネを中心にして漆黒の暗い雨雲がすさまじい勢いで渦を巻き始めた。
渦の中心からは、禍々しいまでに濃紺の雷鳴が雲海を縫うように走り狂う。
地上で見上げていたビッツは、押し寄せる圧倒的な気圧に息を呑み、思わず両手で目を覆いそうになった。
「なっ……なんだ、この魔導の量は……!?」
隣にいたヒョウも、手にした太刀の柄から伝わる凄まじいビリビリとした痺れに眉をひそめ、言葉を失う。
「これが……五大覇王…フィーネ殿の本当の力…!」
ケビンもまた、手にしていた魔槍をしっかりと地面につき、吹き荒れる暴風の中で目を細めながら空を見据えた。
「相変わらず…規格外ですね…。」
地上の冒険者たちや兎鬼月の兵士たちも、そのあまりの神域の現象に足がすくみ、息をするのも忘れてその場に釘付けになっていた。
その光景を間近で見ているフェルさえも、頬を伝う冷汗を拭う余裕すらなかった。
(…これが、これが本来の六割の力だと!…規格外じゃねぇか!)
翼を羽ばたかせ、吹き飛ばされないように踏み張るのがやっとだった。
フィーネの詠唱は、さらに加速する。
「命は水より生まれ、水は天へ還り、天は再び命を育む。巡り続ける悠久の理は、誰にも覆すことは叶わない。されど今、その循環をただ一度だけ終焉へと転じよう。」
詠唱の言葉が紡がれるたびに、地上には暴風が吹き荒れ、叩きつけるような大雨が容赦なく降り注ぎ始める。
地面の泥が跳ね返り、視界のすべてが白濁した嵐のカーテンへと変わっていく。
そして、詠唱が後半へと差し掛かったその時――
ピキッ……!
パキッ、パキィィンッ!!
なんと、天空の空間そのものに、ガラス細工が割れるようなヒビが入り始めた。
空間が、フィーネの放つ魔導の重さに耐えきれず、軋みを上げて崩壊しかけているのだ。
そのヒビ割れた裂け目からは、異界のまばゆい光が漏れ出し、世界の理が歪められていることを嫌でも周囲に叩きつける。
「蒼穹に眠る万雷よ!創世の記憶を呼び覚ませ!天に刻まれし終焉よ!今こそ万象を断ち切れ!」
頭上の空間のヒビはさらに激しさを増し、落雷は一本の嵐ではなく、世界を穿つ無数の牙となって暴れ回る。
その圧倒的な死の気配を察知したのか。
瘴気を失い、アドバンテージを失った邪竜ドルガロが、大きくその醜悪な口を開いた。
「グルルルルァァァァッ!!!」
喉の奥底から絞り出されるような絶叫とともに、ドルガロの口内に凄まじい光が集約される。
失った力を補うかのように、周辺の残存魔導をどうにかかき集め、ありったけの憎悪を込めた特大の魔弾が形成されていく。
「我が権能をもって、天を地へ堕とす!」
フィーネの瞳が、青く、そして神々しく輝いた。
『――万象を穿つ創世の雷霆!!!』
放たれた瞬間、世界が消えた。
音すらも飲み込むほどの完全なる静寂ののち、すべての色彩が濃紺の光に染め上げられる。
数多の雷霆が天より束ねられ、まるで一つの巨大な神槍と化して、頭上の歪んだ空間からまっすぐドルガロへと急降下した。
ドルガロが放った特大の魔弾がその槍に触れた瞬間、抵抗する間もなく、泡のように消し飛んだ。
魔弾のエネルギーすらも雷霆の糧となり、その速度と威力をさらに増幅させる。
ドオォォォンッ!!!!!
神槍は、そのまま邪竜ドルガロの巨体を真正面から直撃する。
「ガァァァァァァッ…………!」
ドルガロの絶叫は、轟音の中に掻い消される。
空間そのものを解きほぐす雷霆が、ドルガロの肉体を容赦なく焼き尽くしていく。
凄まじい閃光の嵐が周囲一帯を何度も、何十回も吹き飛ばし、北の大地の地形そのものを根本から変形させていくほどの衝撃波が四方に奔った。
「ぐっ……!」
フェルは風圧と衝撃波に耐えきれず、翼を精一杯広げて後方へと押し戻される。
地上のケビンたちも、吹き荒れる暴風と凄まじい熱量に身を伏せた。
「すげぇ……!まるで世界の終わりだぜ……!」
ガルが腕で顔を覆いながら叫ぶ。
雷霆の奔流の中で、ドルガロは凄まじい苦痛に身を悶えていた。
バキバキバキッ!
と音を立てて、ドルガロの巨大な翼が、根本からすさまじい熱で焼き尽くされ、黒焦げの灰となって空中に散っていく。
さらに、身体のバランスを保つための分厚い尻尾が、雷の奔流に巻き込まれて根元から豪快に吹き飛ばされた。
頭部に誇らしげにそびえ立っていた二本の巨大な角も、沸騰するような高熱に耐えきれず、ドロドロと音を立てて溶解し、原形をとどめぬまま崩れ落ちていく。
「グル……ア……ガ……ァ……!」
全身の至るところが抉り取られ、原型を失いつつあるドルガロの肉体。
しかし、これほどの超絶的な致命傷を負いながらもその赤黒い瞳の奥底で、ドルガロの生命の火はまだ完全に消えてはいなかった。
嵐が少しずつ収まり、空に開いていた空間のヒビがゆっくりと塞がっていく。
上空で息を荒くしながら浮かぶフィーネは、少しふらつきながらもまっすぐドルガロを見据えていた。
「……さすがねマスター。…あれだけの攻撃を受けてまだ生きているなんて……。」
フィーネの脳裏に、遠い昔の記憶がフラッシュバックする。
かつて共に過ごした、あたたかな平穏の日々。ドルガロ、エン=リド、そして自分。
みんなで肩を並べ、笑い合い、ふざけ合い、時には本気で喧嘩もした。
血の繋がりはなくとも、彼らはまぎれもなく、かけがえのない『大切な家族』だった。
(せめて…あたしの手で、この手で終わらせたかった。…でも、無理だったか…あぁ、ごめんなさい、マスター。あなたとした約束、守れなかったかも…。)
フィーネの瞳に、激しい戦闘の気迫とは裏腹に、どこか切なく、底知れない悲しみの眼差しが浮かぶ。
かつて愛した家族を討たなければならない過酷な現実が、五百年の時を超え、再び少女の小さな胸を締め付けていた。
一方、地面に這いつくばるドルガロは、全身の至る所からどす黒い鮮血を滝のように吹き出していた。
しかし、その巨体は折れ曲がった翼と砕けた角を震わせながらも、なおもどうにか立ち上がろうと執念の気迫を漲らせている。
そして、その血走った赤黒い視線が捉えたのは、空に浮かぶフィーネの姿だった。
そこにあったのは、かつての絆や思い出など微塵もない。
自分をかつて封印し、そして今再び完全に葬り去ろうとする宿敵――フィーネに対する、濁りきった憎悪と殺意の視線であった。
「……フィーネ。」
フェルが、戦場の風を裂くように背後から静かに、そして優しくその名前を呼ぶ。
その声にハッとしてフィーネが振り返ると、彼女の瞳からは溢れそうな涙がこぼれ落ちていた。
小さく震える肩を懸命に抑えながら、フィーネは絞り出すような声で言った。
「…フェル…お願い…マスターを……終わらせて……解放してやって……。」
フェルは言葉を発せず、ただまっすぐに、そして深く頷いた。
そして、純白の片手剣紫俠を強く握りしめると、翼を開き直し、ドルガロのもへと向かう。
(……フィーネには、辛いことをさせてしまったな……。俺は、かつてのドルガロを知らない。…でも、何となく、戦いの中で感じた。あいつは、きっと……どこか俺と、似ていたんだと思う。)
ふぅ、とフェルは小さく息を吐き出す。
魔導結晶の塔をすでに失った今、ドルガロを支えていた瘴気も、強固な魔導障壁も、驚異的な治癒能力もすべて消え去っていた。
残されたのは、強力な「斬撃」の魔導回路を持つだけの、ただの傷ついた竜――それが今のドルガロの姿だった。
ドルガロは、濁りきった揺れる視界のなかで、どうにか目の前のフェルを捉えた。
そして、最期の力を振り絞るように、容赦ない斬撃を放つ。
ヒュンッ! ズバァァンッ!!
フェルが歩み寄るたび、その刃のような斬撃が容赦なくフェルの肉体を襲う。
足が、腕が、頭部が、斬撃によってその場から綺麗に吹き飛ばされていく。
しかし、フェルの体は吹き飛んだそばから、魔導反転よって瞬く間に再構築され、フェルは一歩たりとも歩みを止めることなく、ただ静かにドルガロへと歩み寄っていく。
「諦めろ……俺には効かない。」
冷徹でありながら、どこか哀悼の色を宿したフェルの声が響く。
そしてついに、ドルガロの目の前まで歩み寄ったフェルは、その場でピタリと足を止めた。
そして、紫俠をしっかりと握りしめたまま、もう片方の腕をゆっくりと前方へ伸ばす。
「もういいだろ……。今……楽にしてやる。」
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