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第19話 北地邪竜決戦 その2

 ヒョウの太刀が、冷気を帯びる。

刀身から冷たく淡い光が放たれ、周囲の空気までもが凍りついていく。

ヒョウは迫り来るアンデットへ太刀を向ける。

そして――


『――氷輪・乱(ヒョウリン・ラン)!!』


ヒュバッ!!


冷徹なる太刀が振り抜かれた。

その瞬間、刀身から無数の三日月状の氷刃が不規則に軌道を変えながら、迫り来るアンデットたちへ襲いかかる。

その隙に――

ヒョウは一気に駆け抜けていく。

目的である魔導結晶の塔。

そこまでの距離は、もう僅かだった。


「あと少し……!」


ヒョウは塔へ視線を向ける。

その瞬間――


「…………?」


ヒョウの瞳が、大きく見開かれた。


(……待て!…ガイザードラゴンは……どこへ行った……!)


先ほどまで、塔の頂上にいたはずだ。

それが――


いない。


「…………。」


その瞬間だった。


バチッ!!


「……ッ!」


ヒョウの周囲を、青白い閃光が走った。


「これは――!」


次の瞬間――


ズガァァァァン!!!


轟音とともに、凄まじい落雷が大地へ降り注いだ。


「――ッ!!」


青白い雷光が周囲一帯を覆い尽くす。

アンデットたちも逃げる暇すらなく雷に巻き込まれ、次々とその場へ倒れていく。


大地が震える。


空気が焼ける。


もうもうと立ち込める煙。


「…………。」


その煙の中から、太刀を構えるヒョウの姿が現れる。


「……っ。」


ヒョウは小さく息を吐き、そして太刀を血振りをするかのように振り鞘へ収める。


(……急いで氷で身体を覆って正解だったようだ。)


周囲には、焼け焦げた大地。

そして、鼻を刺すような肉の焦げる臭いが漂っていた。


「…………。」


ヒョウはその臭いに顔をしかめる。

その時――


『ギュアァァァァン!!』


甲高いく、地面を震わせるような声が響いた。


「ついに、動き出したか……カイザードラゴン!」


煙の向こうを睨み据えながら、ヒョウは低い声で吐き捨てる。

塔の周りを、純白で細身のドラゴンが青白い電撃を激しく帯びながら旋回していた。

その瞬間、再び周囲の空間がバチッと音を立て、空気がビリビリと痺れ始める。

ヒョウはその殺気と魔導(マナ)のうねりを全身で察知すると、いつでも抜刀できる体勢を取り、カイザードラゴンを断ち切るべく一気に走り出した。


「ハッ……!」


『ギャアアアアッ!!』


カイザードラゴンが上空から急降下し、容赦ない電撃のブレスを吐き付ける。

ヒョウは大地を蹴り、瞬時に自らの魔導(マナ)で地面から無数の鋭い氷柱を生み出した。


ガキィィン!!


電撃が氷柱を直撃し、白煙と激しい飛沫が辺りに散る。

ヒョウはその氷柱の陰を縫うように身を翻し、迸る電撃の網を紙一重でかわしていく。


「甘い……!」


さらにヒョウは、崩れかけた巨大な氷柱を踏み台にして空中へ跳ね上がり、カイザードラゴンの死角へと肉薄した。


『――抜刀・雪月花(ばっとう・せつげつか)!』


持てる全ての魔導(マナ)を込めた会心の斬撃が、竜の頸木へと振り下ろされる。

しかし――


キィィン!!


「……ッ!」


硬質な金属音と共に、ヒョウの刀身が激しく弾き返された。

衝撃が両腕を伝わり、しびれが走る。


「くっ……!」


その隙を見逃さず、カイザードラゴンの尾から放たれた余波の電撃が、ヒョウの身体を直撃した。


「がぁッ……!」


電撃に焼かれたヒョウの身体が地面へと墜落し、砂塵の中に叩きつけられる。


「……はぁ、はぁ……っ。」


全身を走る激痛と痺れに、意識が遠のきかける。

視界が揺らぎ、冷たい泥の感触だけが現実を教えていた。


(……まだだ…ここで、倒れるわけには……いかない。)


脳裏に蘇るのは、先ほどまで背中を押してくれたビッツの言葉。

そして、命を奪われた故郷の仲間たち、取り戻すべき兄の姿だ。

仲間たちの思いを、ここで途切れさせるわけにはいかない。


「……っ……!」


ヒョウは震える手で地面に太刀を突き立て、その刃を支えにして、無理やり上半身を起こした。歯を食いしばり、泥を拭うと、再び力強く立ち上がる。


「……まだだ。」


ヒョウの瞳に、闘志の炎が再び宿る。

体勢を立て直した彼女は、怯むことなく再びカイザードラゴンへ向かって走り出した。


『グルルル……!』


カイザードラゴンは、ヒョウが再び向かってくるのを見て、嘲笑うかのように再び巨体をうねらせ、電撃を纏った巨体を突撃させてくる。


(……速い。だが!)


ヒョウは走りながら、冷静に敵の動きを観察する。

幾度も交差する瞬間、カイザードラゴンの軌道、翼の羽ばたき、そして全身を覆う強靭な鱗の輝きを視線で追いかけた。

その時、ヒョウの鋭い瞳が、ある一点を捉えた。

巨体を誇るカイザードラゴンであったが、首の付け根、わずかに鱗の継ぎ目が途切れている死角があった。

そこには、硬質な鱗ではなく、青白く脈打つ皮膚が剥き出しになっている。


(首には……硬い鱗がない。)


弱点を見抜いたヒョウの口元が、わずかに吊り上がった。

次の一撃、すべてをそこに叩き込む。

雪辱の太刀を握り締め、ヒョウはさらに加速していく。


ゴンッ!!!


(くっ! やっぱり重い!)


ビッツは機動力を生かしながら、カイリから繰り出される容赦のない大太刀の連撃をかわし、あるいは双剣で辛うじて受け流しながら応戦する。


「はあっ……!」


ビッツは跳躍しながら間合いを作り、魔導(マナ)を練り上げて放つ。


『――フレアバレットッ!』


鮮やかな紅蓮の火球が、真っ直ぐにカイリへと撃ち出された。

しかし、アンデットと化したカイリはその巨体を微動だにさせず、迫り来る火球に向かって大太刀を鋭く振り抜く。


ズバァンッ!!


放たれた火球は、カイリの一撃によって一刀両断され、左右へと散り散りに爆ぜて消えた。

炎の余波が舞う中、ビッツはすぐさま踏み込み、双剣を十字に構えてカイリの懐へと飛び込む。


『フレイムレガリア!』


キィイイイン!!


ビッツの双剣がカイリの脇腹と胸元を狙って閃くが、カイリは大太刀の柄と刀身を巧みに使いこなし、その全ての斬撃を重く、正確に受け止めて弾き返す。

生前培ったであろう卓越した剣技は、死してなお衰えていなかった。


「ぐっ……!」


圧倒的な膂力と手応えに、ビッツの身体が弾き飛ばされそうになる。

連続する激しい攻防、度重なる無理な再生、その影響により、息が切れ、ついには全身の筋肉が悲鳴を上げ始めた。


(……このままだと、持たない……!)


全身に走る疲労と痛みが、ビッツの心にわずかな弱気を生じさせる。

僕のような者が、本当にこの歴戦の猛者を相手に耐え続けられるのか。

足がすくみ、ほんの一瞬、意識が闇へと引っ張られそうになった


その時だった。


幼い日の記憶が、ふとビッツの脳裏をかすめる。

それは、まだビッツまだ戦士として駆け出しだった頃。

修練の最中に怪我をし、自信をなくして項垂れていた自分へ、兄のエルマがかけてくれた言葉だった。


「ビッツ。お前はいつだって、自分のことになると過小評価しすぎる。……だがな、お前のその仲間のために真っ直ぐ向き合える心は、誰にも真似できない強さだ。自信を持て。お前なら、絶対に超えられるからさ。」


優しく、それでいて力強かった兄――エルマの笑みと声が、鮮明に蘇る。


「……そうだ。」


ビッツの瞳に、再び強い光が宿る。


「僕は……一人じゃない!」


弱気を振り払うようにビッツは叫び、折れそうな心に鞭打って再び踏み込んだ。

ビッツの全身から、凄まじい魔導(マナ)が激しく湧き立ち始める。

仲間を想い、己の限界を超えようとする意志に共鳴するかのように、眩い炎がビッツの身体を包み込み、渦を巻いて天へと昇っていく。


「ふうっ……!」


荒い息を整えながら双剣を構えるビッツ。

その口から、なぜか意図せぬ言葉が勝手に溢れ出していく。

まるで身体の奥底に刻まれていたかのように、舌が滑らかに言葉を紡ぎ出す。


「――英雄よ、闇を恐れるな。」


自分でも驚くほど澄んだ、しかし力強い声が戦場に響いた。

その詠唱に反応したかのように、カイリの動きがピタリと止まる。

アンデットとして生気を失っていたはずのその瞳が、目の前で燃え盛る炎の輝きに吸い寄せられるように見惚れていた。


「汝が掲げし焔こそ、我らの道標。」


ビッツの足元から迸る炎が、周囲の瘴気を焼き払い、周囲を赤々と照らし出す。

口が勝手に動き、自らの意志とは別の次元で、魂の奥底から言葉が溢れ出る感覚に身を任せながら、ビッツは両手の剣を強く握り締めた。


「遥か彼方へ、炎を届けよ。」


熱量が限界を超え、双剣の刃そのものが変形するほどの高熱の光へと変わっていく。

その圧倒的な輝きを前に、カイリは微動だにせず、ただ真っ直ぐにその光景を見つめていた。 


「その輝きが消えぬ限り……。」


ビッツの足が、大地を抉るほどの勢いで踏み出される。

爆発的な加速。

紅蓮の尾を引く残像が、一瞬でカイリの懐へと飛び込んだ。


「我らは決して、立ち止まらない。――この焔を道標に!」 


全身の魔導(マナ)を一点に集中させ、ビッツは交差させた双剣を振り抜く構えをとる。

その姿は、まさしく闇を切り裂く一筋の光そのものだった。


「彼方へ進め!!」


そして、叫びと共に解放の言葉が放たれた。


『―― 万世を導く英雄の聖火(フレイムレガリア)ッ!!』


轟音とともに、ビッツの身体がカイリの体を通り抜けるように一気に駆け抜けた。


シュンッ……!


その瞬間、カイリの全身から、十字を描くような眩い紅蓮の焔が巻き起こる。


ズバァァァンッ……!!


遅れて響き渡る爆音とともに、カイリの巨体が十字の軌跡に沿って綺麗に焼き切られ、崩れ落ちるように地面へと倒れ伏した。

そのまま激しい炎に包まれ、カイリの身体は静かに灰へと還っていく。

その顔は、どこか満足そうな安らかなものだった。

敵の消失を見届けた瞬間、極限まで張り詰めていたビッツの緊張の糸がそこで、プツリと切れた。


「はぁ……はぁ……っ!」


ビッツの足元から力が抜け、ガクンと両膝をつく。

双剣を支えにしながら荒い息を吐き出し、全身に走る激痛と疲労に顔を歪めた。

それでも、ビッツは力なく俯くのではなく、顔を上げる。

その視線の先には、いまだ不気味な光を放ちながらそびえ立つ、魔導結晶の塔がある。

そしてその塔のふもと、まさに決着をつけようと駆け出すヒョウの背中が目に入る。


「ヒョウさん……っ!」


掠れた声で呟きながら、ビッツはその場に崩れ落ちそうになりながらも、懸命に仲間の背中を見守った。


 ヒョウはカイザードラゴンへと肉薄しながら、深く息を吸い込む。

冷え切った大気が肺を満たし、その身体の内側から凍てつくような魔導(マナ)が爆発的に溢れ出した。


「――白銀の月よ、我が刃に降りよ。」


ヒョウがその言葉を紡いだ瞬間、周囲の空気が一変する。舞い上がっていた砂塵や煙がその場で一瞬にして凍りつき、まるで時間が凍結したかのように静まり返った。

絶対零度の冷気が戦場を支配していく。


「凍てつく夜を纏い、千里の彼方までその光を届けよ。」


ヒョウの抜いた太刀の刀身が、青白く、そして痛々しいほど鋭い光を放ち始める。

その冷気は地面のひび割れを伝い、周囲の空間すらもパリパリと音を立てて凍らせていった。息を吸うだけでも喉が凍りつくような、生命を拒絶する極寒の世界がそこに出現する。


「万象を凍てつかせ、この一太刀にて断つ。」


その圧倒的な気配を感じ取り、離れた場所で崩れかけていたビッツが、満身創痍の身体を奮い立たせて声を張り上げる。


「ヒョウさん、いけぇっ……!!」


その声に呼応するように、乱戦の中、兎鬼月(トウキゲツ)の兵たちも一斉に拳を突き上げ、声を枯らして叫んだ。


「いけぇぇぇぇぇっ!!!」


仲間の叫びが、凍てつく空気を熱く震わせる。

ヒョウの瞳に迷いは微塵もない。


「我が刃は月影。我が身は白銀の獣。」


研ぎ澄まれた精神の果てに、ヒョウの身体から純白の気配が立ち昇る。

それはまるで、孤高の獣が月夜を駆ける姿そのものだった。


「――夜天に咲け。」


『霜天・狐月(そうてん・こげつ)!!』



極限の冷気が一点に集約され、世界の色が白一色に染まったかのような静寂の中、ヒョウの太刀が振り抜かれた。


シュバァァァッ!!


放たれたのは、全てを凍てつかせる絶対零度の斬撃。

カイザードラゴンの首元――硬い鱗のない、唯一の死角へと、その刃が流れ込んでいく。

一瞬の静寂ののち、カイザードラゴンの巨体が文字通り凍結した。

首の継ぎ目から全身へ向けて氷の結晶が猛烈な勢いで走り、肉体そのものが凍りつきながら、その首が音を立てて断ち切られる。


ゴスッ……!


凄まじい勢いはそこで止まらず、首を両断したその強烈な余波と絶対零度の斬撃は、そのまま背後にそびえ立つ魔導結晶の塔へと直撃した。


ズシャアァァァンッ!!


紫色の魔導(マナ)を脈打たせていた巨大な塔が、中心から綺麗に両断され、凍りついた破片を撒き散らしながら盛大に崩れ落ちていく。

兎鬼月(トウキゲツ)の雄叫びそして、塔の破壊と共に、周囲を覆っていた濃密な瘴気が霧散し、凍てつく白煙の向こうで、ヒョウが静かに太刀を鞘へと納めたのだった。



「お、あっちは終わったみたいだぜ、旦那!」


ガルは両手剣を豪快に振り回し、迫り来るアンデットを次々と薙ぎ払う。

その視線の先からは、先ほどまでの濃密な瘴気が霧散し、兎鬼月(トウキゲツ)の雄叫びが響いていた。


「あぁ! 聞こえている!」


ケビンは振り返ることなく答える。

小さなハーフリングの身体には不釣り合いなほどの長尺な金色の槍を構え、迫り来るアンデットを巧みにいなしながら、次々と敵を突き崩していく。


「はぁっ!」


ズガンッ!!


槍の一撃がアンデットを吹き飛ばす。


「まだまだ行くぞ!」


ケビンはそのまま槍を旋回させ、周囲の敵を一気に退ける。

その姿は、まさに戦場を駆ける騎士そのものだった。 

反対側から上がった兎鬼月(トウキゲツ)の勝鬨は、ここまでしっかりと届いている。

それを聞いた冒険者たちの表情にも、自然と力が戻っていく。


「リル!」


「はい!」


リルが杖を高々と掲げる。


『ウィンド・アクセラレーション!』


ブワァッ!!


その瞬間、リルを中心に風が巻き起こり、その風が冒険者たち一人ひとりの身体へ纏わりついていく。

足元には淡い風の渦が生まれ、身体がまるで羽のように軽くなる。


「バフをかけました!」


リルは杖を握り直し、前方を指し示す。


「一気に行きましょう!」


「「おう!!」」


冒険者たちが一斉に駆け出す。

その速度は先ほどまでとは比べ物にならない。


「このまま押し切るぞ!」


アンデットの群れへ、冒険者たちが一気に突っ込んでいく。

その様子を見ながら、ガルがニヤリと笑った。


「おい、ゴン。」


「んだ。」


ゴンは大きなハンマーを肩に担ぎながら、前方で戦うケビンを眺める。


「前線で戦うケビン様を見るのは、久しぶりだべ。」


「だろ?」


ガルは楽しそうに笑う。


「やっぱ旦那は、こうでなくちゃな!」


「んだんだ。」


二人は顔を見合わせる。

そして――


「俺たちも負けてられねぇぞ!」


「そうだべな!」


ケビンに続き、戦場を駆け抜けていく。



次回 第20話 北地邪竜決戦 その3 『万象を穿つ創世の雷霆(アストラル・レヴィン)』

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