第2話 魔導回路
「あんた、転生者なの?! 通りで変に強いわけね。」
七色の光を放つ洞窟の通路を、蓮だったものはぬぷぬぷと這い進み、そのすぐ上の空気をふわりふわりと浮遊しながら、フィーネがやれやれといった様子で腕を組んでいた。
あれから二人は、共にこの薄暗い洞窟の出口を目指して歩みを進めている。
先ほど、蓮だったものは恐る恐る自分が
別の世界から死んでやってきた転生者だと言うこをと告げた。
だが、フィーネはその言葉に、納得したように大きく頷くだけだった。
「転生者って珍しいのか?あと、なんか普通より強かったりするのか? 」
「当たり前でしょ。魂が世界を渡る時、その次元の歪みや負荷に耐えられるだけの、とてつもなく強靭な器を持ってこなきゃいけないんだから。だから、もともとの肉体の強度から、魔導を巡らせる『魔導回路』の出来まで、この世界の住人とは根本から違うのよ。」
「マナ? サーキット?」
聞き慣れない単語に、蓮だったものはゼリー状の体をぷるんと揺らした。
前世では残業やプロジェクトの進捗、あるいは温泉の成分表くらいしか気にしたことがない社畜耳には、あまりにもファンタジーすぎる響きだ。
すると、フィーネはピタリと宙で停止し、信じられないものを見るような目でじっと見下ろしてきた。
「あんたねぇ……! 魔導回路も知らないで、今までどうやってあのえげつない毒を出してたわけ?」
「いや、頭の中で『こうしたい』ってイメージしたら、勝手に体が動いて……。」
「それ、無意識で極大出力の回路をいじってるってことよ! 普通は魔導師でも何年もかけて訓練して開通させるものなんだからね!」
蓮だったものは「えっ、そうなの?」と言わんばかりに、スライムの体をぽかんと間抜けに丸くした。
前世で言えば、パソコンの構造もよく分かっていないのに、気合と根性だけで謎の神ツールを自作してしまったようなものだ。
本人はただ生き残るために必死だっただけなのだが、どうやら常識から大きく外れていたらしい。
それを聞いたフィーネは、やれやれと頭を抱えるように小さくかぶりを振り、フンと胸を張ってみせた。
「しょうがないわね! 慈悲深い五大覇王であるこのあたしが、特別に基礎から丁寧に教えてあげる!」
ふわりと宙で一回転し、偉そうなポーズをとる水の大精霊。
蓮だったものは「はいはい、よろしくお願いしますよ。」とでも言うように、ゼリー状の身体をだらりと波立たせた。
「いい? よく聞くんだよ。」
フィーネはピンと人差し指を立てて説明を始める。
「まず、この世界に生きとし生けるもの全てに、『魔導』という力が流れているの。でね、その魔導が流れる基盤である**『魔導回路』**の構造は、種族や個人によって全く違うの。」
「ほうほう。」
「魔導回路はいわば、その個体に備わった固有の『スキル』のようなものなの。その回路の形や性質に合わせて魔導を流すことで、様々な能力を発動することができるのよ。」
それを聞き、蓮だったものは納得がいった。
(前世のビジネスに置き換えるなら、さしずめ『個人の適正に合わせた専用アプリケーションソフト』といったところか。)
「例えば、あたしの場合は水の大精霊だから、水を自在に操るための美しい回路が通ってるわけ。で、あんたの場合は……言うまでもないわね。」
「……俺の場合は、毒の生成と分泌ってことか。」
「そう! だから毒をポンポン出せるってわけ。」
「自分のことだけど、なんか物騒だな……。」
自分の体内でドロドロと蠢く危険な回路を想像し、蓮だったものは思わず冷や汗(のような粘液)をかいた。
「それだけじゃないわよ。」
フィーネはふわりと空中で向きを変え、少し真剣な表情で蓮だったものを見つめた。
「それに、あんたがさっき使った**『魔導添加』**も大きく影響しているわ。」
「マナ・カセット?」
「そうよ! それはね、本来決まっている魔導回路の仕組みやルールを自分の中で都合よく『拡大解釈』し、無理やり新しい派生技を生み出す技術のことよ!」
「拡大解釈って……なんか嫌な響きだな。」
「いいから聞きなさい。例えば、さっきの毒糸がまさにそれよ。ポイズンスライムって本来はただ体表から毒を生成・分泌するだけのはずなのよ。あんたはそれを『糸の形にして絡め取る』という拡大解釈で派生させたでしょ?」
言われてみれば、あの時は「ただ溶かすだけじゃなくて罠や拘束に使えたら便利だな。」という社畜的効率主義のもとで、勝手にイメージをねじ曲げて出力した自覚があった。
「本来の仕様を自分の都合の良いように添加する。それが魔導添加の正体よ。あんたはそれを無自覚にやっているってわけ。」
「褒められてるのか呆れられてるのか微妙なところだな……。」
蓮だったものがゼリー状の身体を脱力させると、フィーネはピッと人差し指を立てて、さらに重要な注意点を付け加えた。
「だけどね、いくら拡大解釈がすごいからって、何でもかんでも無限にできるわけじゃないのよ。魔導回路にも当然、器の限界ってものがあるの。」
「限界、か。」
「そう。今のあんたのレベルじゃ、その物騒な魔導添加の規模や出力を広げるにもすぐにオーバーヒートしちゃうわ。だから、『レベルを上げる』ことが必要不可欠なのよ!」
そこで蓮だったものはぬぷっと体を弾ませ、気になるところを突っ込んだ。
「そのレベルって、一体どうやったら上がるんだ?」
「それがね、実はこの世界でもあまり詳しく判明してないのよ。ただ、一般的には何かしらの大きな『困難』や『試練』を乗り越えた時に、魂の器が拡張されてレベルが上がると言われているわね。」
「要するに…ただ雑魚をチマチマ狩るだけじゃダメってわけか。前世の理不尽なプロジェクトみたいに、デスマを乗り切らなきゃいけない仕様ってことかよ……。」
ため息をつく蓮だったものに、フィーネはさらに話を続ける。
「ちなみに、この世界のレベルは一から五まであってね。今のあんたのレベルが一。そして――」
フィーネはふわりと誇らしげに胸を張り、一本の指を立てた。
「あたしのレベルは、四ね!」
「四!?」
蓮だったものは思わず体がびよーんと縦に伸びた。
さっきまで洞窟の隅で「だれ゛がぁ〜だずげで〜。」と泣き叫び、イノシシ型の低級魔物にガチで食われかけていたあの姿が脳裏をよぎる。
フィーネはその驚きようを大いに気に入ったのか、嬉しそうに口の端をニヤニヤと歪ませた。
「そう! 驚いたかしら! 五大覇王なんだから、これくらい当然よ!」
「いや、さっきまでデカブタに泣かされてた姿があまりにも鮮烈だったから、説得力にすごいこう……ジレンマを感じるんだけど……。」
「なっ、過去の些細な不覚を持ち出さないでよ! あれは不意打ちだったんだからね!」
顔を真っ赤にしてぷりぷり怒る小さな大精霊を横目に、蓮だったものはふと疑問に思った単語を口にする。
「ていうか、さっきから自分で言ってるけどさ……その『五大覇王』って、一体何者なんだ?」
「ふっ、いい質問ね!」
フィーネは得意げにふわりと宙で一回転し、すまし顔で胸を張った。
「まぁ簡単に言うと、この世界における『最強の五人』ってところね。それぞれの領域の理を司る、とてつもない存在よ!」
「最強の五人ねぇ……。で、その最強の一角が、どうしてあんな低級の魔物に追われて泣き叫んでたわけ?」
「ぐっ……! だ、から! 色々としがらみとか、事情があってね! まぁ、ほとんどの覇王は封印されていたり、何かしらの理由で今の力の一部しか使えなくなっていたりするのよ! あたしもその一環で、今はちょっとこう……縮こまってるの!」
言い訳をするフィーネを眺めながら、蓮だったものは
(要するに、この世界には少なくともあと四人はこいつみたいな奴がいるってことだな。)
と、遠い目をした。
「……まあ、いいか。少なくとも、ここでじっとしてるよりはマシだろ。」
蓮だったものは前世を思い出し、ぶつぶつと呟きながら進む。
「ねぇ!ほら、見てみなさいよ!」
その時、フィーネが突然ピンと指し示した。
蓮だったものはその指先をじっと見つめた。
暗い洞窟の通路の突き当たり、そのわずかな隙間から、一筋のはっきりとした明るい光が差し込んでいる。
「あれ……。」
蓮だったものが乳白色の触手で一つの光を指し示すと、フィーネは「ふふ。」と笑い、目を輝かせた。
「出口ね! やっとこのジメジメした洞窟からおさらばよ!」
嬉しそうにパタパタと小さな羽を動かし、フィーネはフューッと軽やかに先へと飛んでいく。
「お、おい!待て、置いてくなよ……!」
蓮だったものも、ぬぷぬぷと慌ててその後を追いかけた。
出口のトンネルを抜けた瞬間、全身がこれまでにないほど強い眩しい光に包まれる。
「ぅ……っ!」
反射的にグッと目を覆う。
「あんた、目を開けてみなよ。」
蓮だったものは恐る恐るその視界を開いていく。
「………うわぁ。」
そこに広がったのは、これまで閉じ込められていた薄暗い洞窟とはあまりにもかけ離れた、圧倒的な大自然のパノラマだった。
ヒュウッと、心地よい爽やかな風が全身を通り抜けていく。
視界の端から端まで広がるのは、生命力に満ち溢れた豊かな原生林。
その奥には、雲を突くほどにそびえ立つ、息を呑むほどに雄大で華麗なる山岳地帯。
そして、その壮大な山々のいたるところから、もくもくと白く温かな『湯けむり』がふわりふわりと空へと立ち上っているではないか。
「ここは一体……。」
思わず言葉を失う蓮だったものの前で、フィーネは誇らしげに両手を広げ、胸を張ってこう言い放った。
「紹介するわ! ここがあたしが統べる地、温水の霊峰よ!」
「綺麗だ……。」
圧倒的なスケールの絶景と、どこか懐かしい湯の香りを乗せた風を感じながら、蓮だったものはポツリと呟いた。
「でしょでしょ! ここまで来た甲斐があったでしょ! あんたもなかなか見る目がいいわねぇ!」
フィーネはふわりと誇らしげに宙を舞い、自分のことのように胸を張ると、ベラベラと自慢話をし始める。
正直に言うと、フィーネの自慢話など蓮だったものの耳にはほとんど入っていなかった。
ここまでダイナミックで美しい景色に圧倒されたのは、前世の激務に追われていた記憶をたどっても初めての経験だった。
胸の奥を熱い何かが通り抜け、その「綺麗だ。」という言葉に嘘偽りは一切なかった。
感動に浸る蓮だったものを見て、フィーネは興味深そうにパチパチとまばたきをした。
「で、あんた。この霊峰に出たのはいいけど、これからどうするの?」
「俺は……まず何よりも! あそこに噴き出している温泉に浸かりたい!」
それは即答だった。
転生して、スライムの体で絶望し諦めかけていた『極楽』への執念が、ゼリー状のボディを熱く燃え上がらせる。
それを聞いたフィーネは、しばらくぽかんと目を見張ったあと――。
「……ぷっ! あははははっ!!」
たまらずといった様子で、お腹を抱えて大笑いし始めた。
「なっ、……笑うなよ真剣なんだからさ。」
「いや、だって! せっかく異世界に転生したってのに、何よりも先にしたいことが『温泉に浸かりたい』だなんてさ! あまりにも純粋な瞳で言うから、なんだか面白くって!」
涙を拭いながらケラケラと笑うフィーネを、蓮だったものはジト目で見つめた。
しかし、大笑いしたあと、フィーネはふと優しく微笑むと、くるりと宙で一回転してこう言った。
「ねぇ、あんたについて行っていい?」
「……お前が? 別にいいけど、五大覇王とやらは忙しくないのか?」
「大丈夫大丈夫〜、あたしはあなたに興味が湧いた。それに どうせあんた、この世界のことはまだ何も知らないんでしょ? 」
「それは…。」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
前世ではビジネスマナーやExcelのショートカットばかりを頭に叩き込んできたが、この世界の常識や地理については、スライムになってから洞窟の雑魚を狩っていたこと以外、文字通り『ゼロ』である。
蓮だったものは、ぐぬぬと乳白色の体を縮こまらせて視線をあさっての方向へずらした。
「図星みたいね。ふふっ、悩む必要なんてないわよ!」
フィーネは快活に笑い飛ばすと、パッと両手を広げた。
「決まりね!」
そのまま勢いよく、小さな手をピッとまっすぐこちらに伸ばしてくる。
蓮だったものは毒が漏れないよう細心の注意を払いながら、プルンと一筋の触手をそっと伸ばした。
人間の手と、スライムの触手。形状はまったく異なるが、しっかりと『握手』の形をつくる。
「よろしくね、フェル!」
「……フェル?」
予想外の響きに、蓮だったものは思わずポカンと体を揺らした。
「そう! 呼び名があったほうがいいでしょ? いつまでも『あんた』じゃ味気ないじゃない。あんたの魂のベースにあった響きをちょっと拝借して、今日からあんたの名前は『フェル』よ!」
「フェルか……。」
その名は不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、ただの『ポイズンスライム』だった自分に、ようやくこの世界でのアイデンティティが一つ与えられたような気がする。
「おう、よろしく頼むぜ、フィーネ。」
触手を軽く振って応えると、佐伯蓮改めフェルは、目の前に広がる湯けむりの山々を見据えた。
最初の目的は一つ、この温水の霊峰で、温泉に浸かること。
こうして、転生者のポイズンスライムと、ちょっとポンコツ(?)な水の大精霊による、前代未聞のコンビが結成されたのであった。
次回 第三話 ラビットフットたちとの出会い




