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第17話 開戦

 まだ夜の名残を残した、薄暗い里。

東の空がゆっくりと白み始め、その向こうから一筋の朝日が差し込む。

淡い光が温水の霊峰の山々を照らし、里の建物や木々を少しずつ明るく染めていく。

その頃、里の入り口には、今回のドルガロ討伐へ赴く者たちが集まっていた。


冒険者たち。


兎鬼月(トウキゲツ)の志願兵たち。


皆、これから始まる戦いに備え、それぞれの武器や装備を確認している。

そんな中、入り口付近ではリルが地面に何やら複雑な模様を描いていた。

魔導(マナ)を帯びた線が淡く輝き、円形の魔法陣を形作っている。


「……ん?」


それに気づいたフェルが、リルのもとへ歩み寄る。


「リル、その魔法陣は?」


声をかけられたリルが顔を上げる。


「あ、フェル様。」


リルは一度筆を止め、完成間近の魔法陣へ視線を落とした。


「結界の魔法陣です。」


「結界?」


「はい。」


リルは頷く。


「私たちが里を離れている間、この魔法陣を起動させておけば、外部からこの里を守ってくれます。」


そう言って、魔法陣の中心へそっと手をかざす。

すると、淡い光が一瞬だけ走った。


「なるほどなぁ……。」


フェルは感心したように魔法陣を見つめる。

今回、里に残る者はほとんどいない。

志願兵たちを除けば、里に住む者たちはセレスティアへ避難する手筈になっているからだ。

つまり、万が一この里が襲われても、里の民にも、インフラにも被害が出ないと言うことだ。


「これなら、留守の間も安心だな。」


「ええ。こんな心地のいい場所を失うわけには行きませんからね。」


フェルは笑う。

そして、改めて足元の魔法陣を眺めた。

フェルは最近になって魔法陣のことを知った。

この世界では、魔法陣を描き、そこへ魔導(マナ)を流すことで、自身の持つ魔導回路(マナ・サーキット)とは異なる魔導(マナ)を使用することができる

。魔法陣そのものに魔導(マナ)の構造を組み込むことで、術者の魔導回路(マナ・サーキット)だけでは扱えない術式すら発動させられるのだ。


「なぁ、リル。」


「はい?」


「もしよかったらさ。」


フェルは顔を上げる。


「今回の戦いが終わったら、こういう魔法陣の使い方を里のみんなにも教えてくれないか?」


「……里の皆さんに?」


「ああ。」


フェルは頷く。


「結界みたいに、里を守るために使えるものなら覚えておいて損はないだろ?」


リルは少し驚いたように目を瞬かせ――やがて微笑んだ。


「ええ。構いませんよ。」


「頼んだ。」


フェルも笑顔で答えた。

その時だった。

東の空から差し込む朝日が、少しずつ強くなる。出発の時刻が近づいていた。


「……そろそろだな。」


フェルは里の入り口へ視線を向ける。

そこには、今回の戦いを共にする仲間たちが並んでいた。

ビッツは自分の乗る馬の首元を優しく撫でている。


「よしよし……頼むぞ。」


その隣では、ヒョウが腰に携えた太刀を抜き、その刃をじっと見つめていた。

朝日を受けた刃が、鋭く光を反射する。


「…………。」


ヒョウはしばらく刃を確認すると、静かに鞘へ納めた。

フェル自身も、自分の乗る馬の首元へ手を置く。


「お前にも頑張ってもらわないとな。」


馬が小さく鼻を鳴らす。


「……よし。」


フェルは手綱を握った。

その時――


「では、そろそろ出発しましょう。」


ケビンが声を上げた。

彼は一足先に馬へ跨る。

それを合図に、周囲にいた者たちも次々と馬へ乗り込んでいく。

それぞれが手綱を握り、前を見据える。

この先に待っているのは邪竜ドルガロ。

生きて帰れる保証はない。

そのことを誰もが理解していた。


「……出発!」


ケビンが馬を進めようとした――その瞬間。


「……フェル様!」


「……!」


聞き覚えのある声が響いた。

その瞬間、全員が振り返る。

すると、里の奥から、誰かがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

その手には、白い布で何かを包んだものが抱えられていた。


「ヘルメス……!」


フェルが目を見開く。

ヘルメスはそのままフェルのもとまで駆け寄る。


「はぁ……っ、はぁ……っ……!」


「どうしたんだ?」


フェルは馬から降り、ヘルメスのそばに駆け寄った。

ヘルメスは肩で息をしながら、両手で抱えていたものを差し出す。


「……これ……。」


「?」


「……頼まれていた……武器。」


「…………。」


フェルの目が見開かれる。


「……まさか、完成したのか!」


 ヘルメスは小さく頷いた。


「……はい。」


「こんな短期間で…。」


そして、ゆっくりとその布を取り払う。

朝日の中へ、一振りの剣が姿を現した。


「…………!」


それは、純白の片手剣だった。

細身でありながら、確かな強度を感じさせる刀身。

伸びた刃には、僅かに反りがあり、どこか太刀を思わせる造形になっている。

そして柄の上部。

そこには、紫色に輝く美しい魔導石が嵌め込まれていた。

朝日の光を受けた魔導石が、淡い紫の光を放っている。


「……綺麗だ。」


フェルは思わず呟いた。

ヘルメスは少し照れたように俯きながら、説明を始める。


「……ヒョウさんの太刀を……参考にしました。…片刃の形状にして……フェル様が扱いやすいように、重さも調整してあります。」


フェルは剣の刃を見つめる。


「……それと。」


 ヘルメスが、柄に嵌め込まれた紫色の魔導石へ指を添える。


「……毒の魔導石を、嵌め込みました。」


「毒の魔導石?」


「はい……。」


 ヘルメスは頷く。


「フェル様の魔導(マナ)と相性がいいものを選びました。魔導(マナ)を流せば……所有者の毒の魔導(マナ)を増幅してくれる……はずです。」


「俺の魔導(マナ)を……?」


「……はい。」


ヘルメスは少し不安そうに目を伏せる。


「ただ……実際に使ってみないと、どれくらい増幅されるかは……。」


「ありがとう、十分だよ。」


「……え?」


フェルは笑った。


「こんなすごい武器を作ってくれたんだ。それだけで十分嬉しい。」


「…………!」


ヘルメスの頬が、ほんのり赤くなる。


「……ありがとうございます。」


その片手剣はフェルの手に一瞬で馴染んだ。


「…………。」


フェルはゆっくりと剣を持ち上げ、朝日の光へ刃をかざす。

純白の刀身が光を反射し――


キィン……。


澄んだ音が鳴った。

そして、柄の魔導石が再び淡く輝く。

光が刀身へ走り、刃全体を薄紫色に染めていく。

それに反応するかのように、フェルの瞳が瞬く。


「すっげぇな……。」


思わず剣を眺めながら、フェルは笑う。

その表情には、少年のような純粋な喜びが浮かんでいた。


「『紫俠(シキョウ)』……。」


「紫俠(シキョウ)……?」


「はい。」


ヘルメスは静かに頷いた。


「……私の、最高傑作です。」


「…………。」


フェルはその名を口の中で転がすように呟いた。


「紫俠(シキョウ)……。」


そして――


「いい名前だ。」


とフェルは笑った。


「やっぱりヘルメスはすごいな。」


「…………っ。」


ヘルメスは胸の奥が熱くなるのを感じながら、必死に表情を取り繕った。


「……いえ。」


フェルはそんなヘルメスの様子に気づかず、紫俠を腰へ佩く。

白い鞘へ収まった紫俠(シキョウ)。

その姿は、この瞬間を待ち侘びていたかのようだった。

そして、フェルは改めて馬に跨り、「あぁ、すぐに戻る。」と答え北の空を見つめた。


「……待ってろよ、ドルガロ。」


紫俠(シキョウ)の柄へ手を添えるのだ。


朝日が昇る。


人間と魔物。


異なる種族によって結成された共闘軍が、ついに動き始めたのだ。


 

 森の中を、幾頭もの馬が駆け抜けていく。

木々の隙間から差し込む朝日が、彼らの進む道を淡く照らしていた。

先頭を走るケビンたちに続き、冒険者たちも馬を走らせる。

その顔にはどこか、にやけたような笑みが浮かんでいた。


「…………。」


 フェルはそれに気づき、怪訝そうに後ろを振り返る。


「……なんだよ、みんなして。」


すると、隣を走っていたケビンが、ゆっくりとフェルの横へ馬を寄せてくる。


「いやぁ……。」


ケビンはフェルを見ながら、ニヤニヤと笑った。


「よかったですね。フェル殿。」


「…………。」


フェルの眉がピクリと動く。


「……やっぱりそれか。」


「ええ。」


「さっきから、なんなんだよ〜!」


フェルの叫び声が、澄んだ朝の空気を切り裂くように森の中へ響き渡った。

その声を聞いた仲間たちは、さらに楽しそうに笑うのだった。



 その後、フェルたちは事前に渡されていた偵察隊の情報と地図を使いつつ、ケビンが進路を指示し、ヒョウやフィーネが周囲の地形を確認しながら先へ進んでいく。


森を越え。


山を越え。


時には、南下してきた魔物と遭遇することもあった。


「来るぞ!」


冒険者たちが一斉に武器を構える。

魔物たちは馬の群れへ飛びかかろうとするが――


「そこだ!」


ガルの一撃が魔物を吹き飛ばす。


「次!」


ビッツとヒョウも続けて駆け出し、瞬く間に魔物たちを退けていく。

そして、戦いが終われば、再び馬へ跨り北へ向かう。

そんなことを何度も繰り返しながら、彼らは少しずつ目的地へ近づいていった。

そして、進めば進むほど周囲の景色が異様に変わっていった。


「これは…。」


フェルが馬上から周囲を見渡す。

先ほどまで青々と茂っていた草木が、少しずつ姿を消している。

木々は枯れ果て、地面には黒ずんだ草が広がっていた。

空気も重い。

まるで、何かに押し潰されているような感覚だった。


「……ドルガロの発する瘴気です。」


ヒョウが低い声で答える。

薄暗い霧のようなものが、地面を這うように漂っている。

その向こうには魔物の姿すらない。


「ここまで来ると、魔物も近寄らないみたいですね。」


ビッツがそう言うと、フィーネは周囲を見渡す。


「ドルガロの力が、それだけ広がっているってことね。」


「……。」


フェルは何も言わず、前方を見つめる。

瘴気の影響か、誰も口を開かない。

話そうとしない。

ただ馬の蹄の音だけが、重く静かな大地へ響いていた。


 そして、里を発って五日目の夜。

先頭を走っていたケビンが、静かに呟いた。


「到着だ。」


その声に、全員が顔を上げる。

人間と魔物による共闘軍は、邪竜の待つ地へ辿り着いたのである。

ヒョウを含め、共闘軍は目の前に広がる光景を見て絶句した。


「…………。」


かつては木々が生い茂り、豊かな自然に囲まれていたであろう大地。

それが今では、見る影もなかった。

地面はひび割れ、草木は枯れ果てている。

大地そのものが死んでしまったかのように、生命の気配が感じられない。

そして、その中心。

かつて妖狐族の里があった場所には、


「……なんだ、あれ……。」


フェルが思わず呟く。

そこには、巨大な瘴気の渦が巻き起こっていた。

黒紫色の瘴気が空へ向かって立ち昇り、周囲の景色を覆い隠している。

そのあまりにも濃密な瘴気に、内部の様子を窺うことすらできない。


「…………。」


ヒョウは、ただ黙ってその光景を見つめていた。

かつてここには、自分と同じ妖狐族が暮らしていた。

笑い声があり。

家があり。

日々の営みがあった。

それが今では、


「……これが……。」


ヒョウの拳が、固く握られる。

その声には、怒りと悔しさが滲んでいた。

そして、そんな瘴気の渦を挟むように――


ズズズズズ……。


巨大な魔導結晶の塔が、二本。

まるで天を貫くかのように聳え立っていた。

塔の表面には紫色の魔導(マナ)が絶えず流れ込み、周囲の魔導(マナ)を吸い上げている。


「あれが……魔導結晶の塔……。」


ビッツが目を細める。


「はい。」


ケビンも険しい表情で頷いた。


「偵察隊からの報告と一致しています。」


その時だった。

フィーネが、固唾を飲むように瘴気の渦を見つめる。


「…………。」


そして――


「間違いないわ。」


その声は、いつもの軽さを失っていた。


「あの渦の中に……ドルガロがいる。」


その言葉と同時に。


――ズゥン。


遠くから、地面を揺らすような低い音が響いた。


「……!」


馬たちが僅かに嘶き、冒険者たちが一斉に身構える。瘴気の向こうに、確実に何かとんでもない何かがいる。

その存在だけは、はっきりと感じ取れた。

フェルはゆっくりと紫俠(シキョウ)へ手を添える。

その場の全員が、目の前に広がる死の大地を見つめていた。


――その時。


「それでは!」


ケビンの声が、張り詰めた空気を切り裂いた。


「予定通り、今から作戦を実行する!」


ケビンは手綱を握り直し、後方に控える冒険者たちへ振り返る。


「冒険者は、私の後ろへ!」


「「了解!」」


ガルの声を筆頭に、冒険者たちが一斉に応じる。続いて、ビッツも声を張り上げた。


「兎鬼月(トウキゲツ)! 僕とヒョウさんに、しっかりとついてくるように!」


「「おう!!」」


その指示を受け、それぞれの部隊が動き始める。冒険者たちはケビンの後ろへ。

兎鬼月(トウキゲツ)はビッツとヒョウを中心に隊列を整える。

皆が馬の手綱を強く握り直し、これから始まる戦いへ意識を切り替えていく。

そして、ケビンがフェルへ視線を向けた。

その表情には、国王として。

冒険者たちを率いる者として。

これから始まる戦いに、覚悟を決めた顔だった。

ケビンは、静かにそして確かに、フェルへ頷く。

フェルもまた、その意味を理解した。

そして――


「作戦……開始ッ!!」


フェルの叫び声が、大地を震わせる。


「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」」


それに呼応するように、冒険者たちと兎鬼月(トウキゲツ)から一斉に雄叫びが上がった。


ドドドドドドッ!!


大地を無数の蹄が駆け抜ける。

ケビン率いる冒険者たちは、第一の魔導結晶の塔へ。

ビッツとヒョウ率いる兎鬼月は、第二の塔へ。それぞれが自らの持ち場へ向かい、一気に進軍していく。


「よし……!」


フェルはその背中を見送りながら、小さく呟いた。

すると――


「フェル!」


頭上からフィーネの声が降ってくる。


「……あたしも持ち場につくわ。」


フィーネはフェルの周囲を一度旋回すると、瘴気の渦の上空を見上げる。


「先に上で待ってるから!」


「分かった、しっかり頼むぜ!」


フェルが頷くと、次の瞬間――


バシュッ!!


フィーネの身体が一気に空へ舞い上がり、そのまま、瘴気の渦を上空から見下ろせる位置まで飛翔していった。


「…………。」


フィーネの姿を見送ったフェルは、一人、その場に残った。

目の前に広がる、漆黒の瘴気。

その向こうにいるのは――


邪竜ドルガロ。


フェルはゆっくりと目を閉じる。

そして、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

そこで、覚悟を決め――


「……いくぞ。」


フェルが目を開く。

その刹那――


ブワァッ!!


フェルの背中から、毒が一気に噴き出し、黒紫色の毒が渦を巻きながら広がり、徐々に形を変えていき、毒が凝固し、形成していく。

さらに、その表面をスライムの身体が覆い――


ギギギ……!


やがて、黒紫色の竜の翼が完全に形を成す。

(この変化は、レベル二になり進化したフェルの魔導添加(マナ・カセット)によるものである。)


「…これで……。」


フェルは紫俠(シキョウ)を握り直し、その背中に生まれた竜の翼を大きく広げた。


「行くぞ!!」


バシュンッ!!


次の瞬間。

フェルの身体が、弾丸のように飛び出した。

竜の翼が猛烈な風を巻き起こし、地面の砂埃を吹き飛ばす。

そして、そのままフェルは一直線に、邪竜が待つ瘴気の渦へと突入していったのだった。



次回 第18話 北地邪竜決戦 その1


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