第16話 人魔共闘戦線
この日。
里の食堂には、これまでにないほど錚々たる面々が集まっていた。
いつもなら笑い声や食器の音が響いている食堂も、今だけは静まり返っている。
長机を囲むように並んだ者たちの表情は、誰もが真剣そのものだった。
これから始まるのは邪竜ドルガロ討伐作戦。
王国ドルガロが滅んで以来、人間と魔物が初めて肩を並べて挑む戦いの作戦会議である。
その場に集まった者たちを前に、モチ丸は一枚の紙を両手で持ちながら、緊張した面持ちで立っていた。
「そ、それでは……只今より、人魔共闘戦線。ドルガロ討伐作戦会議を執り行います!」
声が少し裏返り、モチ丸の手が僅かに震える。
しかし、なんとか気を取り直し、紙へ視線を落とした。
「まずは、参加者について……役割を含めた簡単なご紹介をさせていただきます!」
そして――
一人ずつ、その名を読み上げていく。
「エルリア国王兼、冒険者ギルド・ギルドマスター。」
モチ丸が顔を上げる。
「レベル三、ケビン様!」
ケビンは静かに頷く。
「冒険者パーティー『残土』代表 レベル二、ガル様!」
ガルが軽く手を上げる。
「首領補佐兼、兎鬼月大将 レベル二、ビッツ様!」
ビッツは背筋を伸す。
「指南役兼、兎鬼月副将 レベル二、ヒョウ様!」
ヒョウも静かに頭を下げる。
「温水の霊峰管理者兼、五大覇王――」
モチ丸は少しだけ声を強める。
「レベル四、フィーネ様!」
「はーい。」
フィーネが軽く手を上げる。
そして最後に――
モチ丸は、正面に座るフェルを見る。
「我らが首領――
レベル二、フェル様!」
「おう。」
フェルが短く返事をする。
こうして、六人の名が並んだ。
国王。
冒険者。
魔物の里を率いる者。
そして――
五大覇王。
人間と魔物。
本来なら同じ場所に座ることすらなかった者たちが、今こうして一つの机を囲んでいる。
その目的はただ一つ。
――邪竜ドルガロを討つこと。
モチ丸は紙を下ろし、改めて全員を見渡した。
「以上、六名になります!」
こうして――
ドルガロ討伐作戦会議が、始まった。
ケビンは立ち上がると、皆が囲む長机の中央へ、丁寧に折り畳まれた一枚の紙を置いた。
そして、それをゆっくりと広げる。
「まずは、現在判明している情報を共有しましょう。」
広げられたのは食堂の長机いっぱいに広がるほど巨大な地図だった。
そこには、山脈、森林、砂漠、海、そして数え切れないほどの国々が細かく描かれている。
「これは……。」
フェルの口から、思わず声が漏れる。
「この大陸の地図です。」
ケビンが静かに答える。
「大陸地図……。」
フェルは身を乗り出し、地図を食い入るように見つめる。
ビッツもまた、地図の南東側に描かれた巨大な森林地帯と山岳地帯へ目を向け、その広大さに、思わず息を呑む。
「初めて見ました……。温水の霊峰が、大陸の約四割を占めていたなんて……。」
「正確には、霊峰そのものというより、その周辺一帯を含めた地域ですがね。」
ケビンが補足する。
その間、フェルは地図へ視線を走らせる。
セレスティア。
エルリア。
そして――
砂漠の国 ウルレイク。
中央都市 キャメロット。
聖騎士国家 アルカディア。
そのほかにも、数多くの小国が世界各地に存在している。
(セレスティアにエルリア……ウルレイク、キャメロット、アルカディア……。)
フェルは頭の中で、その名前を一つずつ刻み込んでいく。
(こんなに国があるのか……。覚えておかないとな。)
そんなフェルの思考をよそに、ケビンは地図の北側へ指を伸ばした。
「今回、我々が目標としているドルガロが根城としているのは、ここです。」
指先が、温水の霊峰の北側にある広大な地域を示す。
「温水の霊峰、北の地。」
そこには、険しい山々と雪原が広がっていた。
「厳しい寒さによって、非常に過酷な環境となっている地域です。普通の人間が長期間活動するには、それなりの準備が必要になるでしょう。」
「なるほど……。」
フェルが地図を覗き込む。
ケビンはそこで、ガルへ視線を向けた。
「ガル。」
「あいよ。」
ガルは立ち上がると、懐からもう一枚の地図を取り出し、それを長机の上へ広げる。
先ほどの世界地図とは違い、こちらは一つの地域だけが大きく描かれていた。
「これは?」
フェルが尋ねる。
「我々の偵察隊が書き上げた、ドルガロを中心とする拡大地図です。」
ケビンが答える。
地図には山々の位置だけではなく、魔導の反応や建造物らしきものまで記されている。
ヒョウが地図を覗き込み、眉を寄せる。
「……どうやら、奴は我らが里から移動していないようですね。」
「その通りです。」
ケビンは頷いた。
「ドルガロは、発見されてから現在まで、その場から一向に動いていません。」
そして、地図上の一点を指差す。
「常に周囲から魔導を吸収し続け、力を蓄えているようです。」
「力を……。」
ビッツが呟く。
「えぇ。」
ケビンの表情が険しくなる。
「そして、ドルガロの周辺で二つの巨大な魔導結晶の塔を発見しました。」
「魔導結晶の塔?」
ヒョウがそう聞き返すと、フィーネが椅子から身を乗り出した。
「あたしが説明するわ。」
フィーネは地図上の二つの塔を指差す。
「こいつは、周囲にある魔導を吸収してドルガロへ送り込むための装置よ。」
「つまり……。」
ビッツが地図を見つめる。
「ドルガロは、あの二つの塔から魔導を吸収し続けている……?」
「そういうこと。」
フィーネは頷いた。
「それに…。」
フィーネの表情が険しくなる。
「その塔が存在する限り、ドルガロへの攻撃は魔導の障壁によって阻まれてしまう。」
「攻撃そのものが……?」
「ええ。物理攻撃も魔導を使う攻撃も、威力を大幅に削がれるはずよ。」
ビッツはしばらく地図を見つめる。
「……じゃあ、まずはその二つの塔を破壊しないといけないんですね。」
「その通りです。」
ケビンが頷く。
「ですが……。」
ケビンの声が僅かに低くなる。
「もちろん、ドルガロがその塔を無防備にしているはずもありません。」
地図上の二つの塔へ、それぞれ指を置く。
「塔には、それぞれ一頭ずつカイザードラゴンが配置されています。」
「カイザードラゴン……。」
フェルが呟く。
今回の事件の黒幕、五大覇王『エン=リド』が召喚したドラゴン。
その魔導回路はシンプルながら強力な雷撃。
できれば相手にしたくない厄介な魔物である。
「そして……。」
そこで、ケビンの言葉が止まった。
「…………?」
ビッツが首を傾げる。
「カイザードラゴンと……何がいるんですか?」
ケビンはしばらく地図を見つめ、ヒョウの目を見た後、苦しそうに口を開いた。
「……ドルガロの瘴気に当てられたことによって、誕生した『妖狐族』のアンデッドが守備しています。」
「…………。」
その瞬間、空気が止まった。
「……なんだと?」
ヒョウの声が低く響く。
ケビンは答えず、ただ静かに目を伏せた。
「…………。」
ヒョウの拳が、ゆっくりと握り締められていく。
そして――
ドンッ!!
拳が、勢いよく机へ叩きつけられた。
「同胞の骸をよくも……!」
食堂中に、ヒョウの怒声が響き渡る。
その赤い瞳には、怒りが燃え上がっていた。
ビッツも言葉を失い、拳を強く握る。
フェルはそんな二人を見つめ、地図に描かれた二つの塔へ静かに視線を落とした。
――邪竜ドルガロ。
ただ力を蓄えているだけではない。
殺した者たちすら、その力のために利用している。
フェルの表情からも、先ほどまでの穏やかさが消えていった。
「……絶対に、止めないとな。」
その呟きは小さかった。
だが、その場にいた全員ははっきりとその言葉に頷いた。
その後、フェルたちはドルガロが持つ魔導の詳細を確認し、それぞれの役割と持ち場を決めていった。
そして、決まった作戦はこうだ。
まず、フェルがドルガロを足止めする。
その間、ケビンと冒険者たちが一つの塔を破壊。
もう一つの塔は、ビッツとヒョウそして、志願兵たちで編成された部隊『兎鬼月』で破壊する。
二つの塔が破壊されれば、ドルガロを覆っている魔導障壁は消滅し、同時に塔からドルガロへ送られている魔導の供給も断たれる。
その瞬間を狙い、フィーネが現在持てる全ての力をドルガロへ叩き込む。
もしフィーネの攻撃でドルガロを仕留められなかった場合は、フェルがドルガロにとどめを刺す。
これが、今回のドルガロ討伐作戦の全容である。
「それでは、この作戦に決定しようと思います。早速ですが、明後日の日の出とともにこの里を発ち、およそ五日後、現地へ到着次第、作戦決行とします。」
ケビンがそう告げると、長机を囲んでいた全員が静かに頷いた。
ここまで来れば、あとは実行するだけだ。
フェルは改めて机の上に広げられた地図へ視線を落とす。
北の大地。
二つの魔導結晶の塔。
その中心に潜む邪竜ドルガロ。
そして、その周囲を守るカイザードラゴンと、アンデットとなった妖狐族。
「明後日……か。」
フェルは小さく呟いた。
「準備の最終確認をしないとな。」
「そうですね。」
ビッツが頷く。
「僕とヒョウさんで、作戦のことを『兎鬼月』のみんなに伝達しておきます。」
「頼みます。」
ケビンも頷いた。
「私も冒険者たちへ伝達しておきます。各々が自分の役割を理解していなければ、現地で混乱を招きますからね。」
そう言うと、ケビンは懐へ手を入れた。
そして――
コロン。
机の上へ、四つの小さな球体を置く。
透明感のある、ビー玉のような物体だった。
「フェル殿、フィーネ様、ビッツ殿、ヒョウ殿。」
ケビンはそれぞれへ視線を向ける。
「あなた方には、これをお渡ししておきます。」
「これは?」
フェルが一つ手に取る。
指先で転がしてみると、見た目とは裏腹に、内部には淡い光が揺らめいているのが分かった。
「これは『魔伝球』と言いましてね。」
ケビンが自分の魔伝球をつまみながら説明をする。
「魔導を流すことで、離れた場所にいる魔伝球の所持者と連絡を取ることができます。」
「……そんな物があったのか。」
フェルは目を丸くする。
「便利になったものねぇ。」
フィーネも魔伝球を手に取り、興味深そうに眺める。
「ちょっと前までは、こんなのなかったのに。」
「魔導技術も日々進歩していますからね。」
ケビンは苦笑する。
「もっとも、距離や魔導の状態によっては使用が難しくなる場合もあります。ですが、今回の作戦では十分役に立つでしょう。」
フェルは魔伝球を握り直した。
「具体的には、どう使うんだ?」
「魔導を少量流せば起動します。その後、連絡したい相手を意識して呼びかければ、相手の魔伝球へ声を届けることができます。」
「へぇ……。」
「特に今回の作戦では、二つの塔を必ず破壊する必要があります。その成功確率を上げるために、それで連絡を取り合うのが最善かと。」
ケビンは地図上の二つの塔を指差した。
「なるほどな。」
フェルは頷いた。
(戦闘において、情報の伝達は大きな影響を及ぼす。)
そして、改めて魔伝球を見る。
(これ一つで、少しでも作戦の成功率が上がるなら……持っておくに越したことはないな。)
「了解。」
フェルは魔伝球を懐へしまった。
「できる限り有効に使わせてもらうよ。」
「ええ。お願いします。」
ケビンも頷いた。
その後も、作戦の細かな部分について話し合いが続いた。
もし、塔の破壊に時間がかかった場合はどうするのか。
カイザードラゴンが予想以上の戦力だった場合はどうするのか。
一つ一つの可能性を確認し、対応策を決めていく。
作戦会議は順調だった。
あまりにも順調に話が進んでいた。
だからこそ――
「……うーん。」
フィーネが腕を組み、唸った。
「どうした? フィーネ。」
フェルが尋ねと、フィーネはしばらく地図を眺めたあと、ゆっくりと口を開いた。
「いや……ちょっと引っかかってるのよ。」
「何がです?」
ビッツも身を乗り出す。
そして、フィーネの指が地図の上に描かれたドルガロの位置へ向けられる。
「リドの目的よ。」
その名が出た瞬間、空気が少しだけ重くなった。
「……。」
フィーネは続ける。
「なんで、わざわざ邪竜を復活させたんだろうって思ってね。」
「……確かに。」
フェルも眉を寄せる。
「ドルガロを復活させること自体が目的だったのか、それとも……別の目的のためにドルガロを利用しているのか。」
「そこが分からないのよ。」
フィーネは腕を組み直す。
「それに、今リドがどこにいるのかも分からない。」
「偵察隊からは何も?」
フェルがケビンを見るてそう言うが、ケビンは静かに首を横へ振った。
「今のところ、エン=リドの姿は確認されていません。」
「ドルガロの周辺にも?」
「はい。」
「……」
フェルは考え込む。
ドルガロがいる。
魔導結晶の塔もある。
そして、それを守る強大な魔物たちもいる。
それだけでも十分すぎるほどの脅威だ。
しかし――
その裏で邪竜を復活させた張本人が何をしているのか。そこだけが、完全に見えていない。
「作戦中に突然リドが現れて、邪魔をしてくる可能性もあるわ。そうなったら厄介よ。」
フィーネの声が低くなる。
「……そうですね。」
ケビンも険しい表情で頷いた。
「偵察隊の報告では、エン=リドの姿は目撃されていませんが、それは『そこにいない』という証明にはなりませんからね。」
「姿を隠している可能性もありますね。」
ヒョウが口を開く。
「あるいは、我々の知らない場所で別の準備を進めている可能性も。」
「……。」
フェルは拳を握った。
ドルガロとの戦いだけでも、全員が命懸けになる。
そこへエン=リドまで介入してくれば、作戦そのものが崩壊する可能性だってある。
だが――
「各自、警戒しつつやるしかありませんね。」
ビッツが静かに言った。
「ドルガロだけを見ていては、足元をすくわれるかもしれません。」
「ああ。」
フェルも頷く。
「ドルガロの討伐が最優先。でも、エン=リドの存在も常に頭に入れておこう。」
「その通りですね。」
ケビンが答える。
「偵察隊には引き続き、ドルガロだけでなく周辺の警戒も行わせます。もし何か異常が確認されれば、すぐに魔伝球で連絡を取りましょう。」
「了解。」
「はい。」
「承知した。」
それぞれが返事をする。
その返事には確かな覚悟と意思があった。
「さて……。」
ケビンが地図を丁寧に畳み始める。
「本日の会議は、この辺りで終了としましょう。」
長かった作戦会議も、ようやく終わりを迎える。
「明日は各自、最終準備を。武器、食料、魔導具、そして防寒具。北の地は想像以上に厳しい環境です。決して準備を怠らないように。」
モチ丸も、ずっと握りしめていた紙を胸元へ抱え直した。
「それでは……これにて、ドルガロ討伐作戦会議を終了します!」
その声が食堂へ響く。
椅子が引かれ、それぞれが立ち上がっていく。
その中、フェルは窓の外を見ていた。
夕暮れの光が、温水の霊峰を赤く染めていた。
この景色を見るのもしばらくは最後になる。
「……絶対に帰ってこよう。」
誰に言うでもなく、フェルは呟いた。
その背後から――
「フェル殿。」
ケビンが声をかける。
「ん?」
振り返ると、ケビンが穏やかな表情で立地そして、フェルに向けて拳を差し出した。
「共に、生きて帰りましょう。」
フェルは一瞬だけ目を丸くした。
そして――
「……ああ!」
その拳に、自分の拳を軽く合わせる。
「絶対に、な。」
こうして。
人間と魔物が手を取り合った戦線は、静かに動き始めた。
ドルガロ討伐まで、残された時間はあとわずか。
それぞれがそれぞれの場所で、決戦に備える。
そして二日後――
日の出とともに。
人間と魔物。
二つの種族による共闘軍は、邪竜ドルガロの待つ北の大地へ向けて、進軍を開始することになるのだ。
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