第12話 フィーネの試練
「みんな、よく集まってくれた!」
フェルが広場の中央で声を張り上げると、そこに集まっていたヒューマノイドラビッツ、ラビットフット、そしてゴブリンたちのざわめきがピタリと鎮まり、一斉にフェルのほうへと視線を向けた。
「ビッツからすでに聞いていると思うが、俺たちは近いうちに、完全復活した邪竜ドルガロを打倒しに行くことになった! そのためには、やはりしっかりとした戦力が必要だ!」
その言葉を聞いた瞬間、あたりは再びガヤガヤと騒がしくなり始めた。
相手は世界を滅ぼしかねない伝説の邪竜だ。恐怖に気圧され、気後れしてしまうのも無理はないことだった。
「……だが、無理強いはしない。万が一の避難場所をセレスティアにガリウス国王直々に設けてもらっている。この霊峰と仲間を守るために戦いたいと思うものは、あとでビッツの元へ名乗り出てくれ。新しくこの里の仲間となったヒョウ、そしてビッツが指南役となってお前たちを鍛えてくれる。」
フェルがそう言って促すと、ヒョウがスッと一歩前に進み出て、集まった住民たちに向けて綺麗に深々と頭を下げた。
「今日からこの里でお世話になります。妖狐族の武士、ヒョウと申します。至らぬ身ですが、皆さんの力になれるよう全力を尽くします。」
凛としたヒョウの挨拶に、住民たちの間に走っていた不安の色が少しだけ和らいだ。
「それともう一つ、連絡事項だ。しばらくの間、俺は自身のレベルアップのためにフィーネと共に過酷な特訓を行うことになった。その間、あまり里の様子を見ることができないかもしれない。だが、その間も、みんなで互いに協力し合って里を守っていってほしい。……俺からの話は以上だ。解散!」
フェルは言い切ると、特訓の準備をするためにまだ眠そうな目をこすっているフィーネを起こすべく、自分の家へとトコトコと向かっていく。
「それじゃあ、志願するものは僕のところまで……って、えぇっ!?!??」
フェルの背中を見送りながら振り返ったビッツは、思わず間抜けな声を上げてひっくり返りそうになった。
なぜなら、彼の目の前には、戦いを恐れるどころか、意気込む住民たちの長蛇の列がずらりと出来上がっていたからだ。
この里には現在、子供や老人を合わせると約二百人の住人が暮らしている。
その中で、なんと半数近いおよそ八十人もの者たちが一歩前へ出て名乗りを上げてくれたのだ。
「え、みんな……そんなに……?」
予想外すぎるほどの志願者の多さに、ビッツは驚きのあまり目を丸くし、ポカンと口を開けたまま固まってしまった。
その間も、モチ丸は志願兵の名前を必死にメモしており、目を回していた。
そんなビッツやモチ丸の慌てふためく姿を横目に、ヒョウはふっと小さく優しく笑うのだった。
フェルは、ぷるぷる小さな身体を弾ませながら、先を歩くフィーネの後をトコトコとついていく。
いつものように神秘的な青い光を放つ魔導石があの洞窟内を幻想的に照らし出し、奥から聞こえる水のせせらぎが心地よい反響となって耳に届く。
「っで、今日の特訓って具体的に何をするんだ?」
フェルが興味津々で尋ねると、フィーネは前を歩いたまま、少しだけ不敵に微笑んで答えた。
「それは現地に着いてからのお楽しみ。……ただ、今のフェルにとっては間違いなく困難と感じるような相手なのは確かだよ。」
「……そうなのか。」
(……ってことは、相手はレベル2以上ってことか? 以前戦ったタイラントグリズリーよりも、さらに強いやつが出てくるってことか……。)
フェルは背筋に冷たいものが走るのを覚え、思わず触手をピンと張り詰めて気を引き締めた。
「それともう一つ。レベルアップだけじゃなくて、今のフェルには追加で絶対に教えておかなきゃいけないことがあったんだよね。」
「追加で教えたいこと……?」
フェルが首をかしげると、フィーネは洞窟の壁面に埋め込まれた青い魔導石を指先で軽く触れながら、真剣な表情へと切り替えた。
「――『詠唱』よ。知ってる? 妖狐族が代々独自に開発し、高めてきた魔導の高度な運用方法で、一部の強者や五大覇王たちが当たり前のように使っている技術。」
「詠唱……?」
「そう。通常よりも慎重に、丁寧に、自分の魔導を魔導回路に注ぎ込むことで、威力と性能を何倍にも引き上げる。それを私たちは『詠唱』と呼んでいるの。」
その言葉を聞いた瞬間、フェルの脳裏にあの日の光景が生々しく蘇る。
ヒョウが放った凍てつく斬撃『霜天・狐月』と、フィーネの放った青白い雷霆『万象を穿つ創世の雷霆』。あの二つの絶技が真っ向から向かい合った時、空間が捻じ曲がったように見えた。
(今思い出すと……あんな桁違いな魔導のぶつかり合いの最中に、よく割って入れたものだ。我ながら相当頭がおかしかったよな……。下手をしたら、俺の身体なんて跡形もなく蒸発して吹き飛んでいただろうに。)
冷や汗を拭うフェルを、フィーネは横目でチラチラと見る。
「それをこれからの特訓の中で習得しろってことか?」
「まぁ、そういうことね。ただ、これは、あらかじめ決まった詠唱の文章がどこかに載っているわけじゃないの。術者自身の魂の形や魔導の性質に合わせて、自分の言葉で意味を紡ぎ出すものだから……一朝一夕ですぐにマスターできるほど甘いものじゃない。」
「自分の言葉で紡ぎ出す、か……。」
果たして自分のような三十七歳、元サラリーマンのポイズンスライムにそんな大層な芸事ができるのかという不安を覚えつつも、フェルはぐっと唇を引き結んだ。
ドルガロを打倒し、この温水の霊峰と大切な仲間たちを守り抜くため。
逃げ場のない特訓の舞台へと、フェルは確かな足取りでさらに奥へ進んでいく。
洞窟の湿った空気のなかをしばらく歩き続けると、やがて視界が開け、天井がドーム状に大きく広がった広大な地底空間へと出た。
「ここって……。」
見覚えのある景色に、フェルは思わず足を止める。青く輝く魔導石が壁面を埋め尽くし、中心には静かな水面が広がっている。
「あたしと、フェルが初めて出会った場所。」
フィーネはクスリと悪戯っぽく笑いながら、周囲を見回す。
「どうしてこんな場所に……?」
「ここが一番広いし、何よりあいつの成長にはぴったりの濃い魔導が充満しているから、特訓には最高の環境なんだ。」
「あいつの成長……?」
フェルが首をかしげたその瞬間、フィーネは背中を軽くポンと押して、フェルを広場の中心へと促した。
「ほら、ぼさっとしてないで。さっそく始めるわよ!」
「っ、おい……!」
押し出されるようにして中心に進み出たフェルの足元で、突然、地面がグツグツと沸騰するように泡立ち始めた。
そして、洞窟の壁や足元から、ドロドロとした粘性の高い液体がまるで生き物のようにうねりながら湧き出し、フェルの目の前へと集まっていく。
そして、それらはみるみるうちにうねりを上げ、一つの大きな塊となって収束し、結合を始めたのだ。
「……こいつは、まさか……!?」
嫌な予感が全身の粘液を駆け巡る。
ドロドロとした物体は、やがてゼリー状の輪郭を整え、サイズも質量も、そしてふにゃふにゃとした質感に至るまで、完全にフェルそっくりの形へと姿を変えた。
――コピー、あるいは自らの影。
目の前に現れたのは、もう一人の「フェル」だった。
動揺するフェルに構うことなく、目の前のコピーは冷酷に戦闘態勢をとる。
そして次の瞬間――
シュンッ!!
空間を切り裂くような鋭い風切音と共に、目の前の模造品が放った触手が、本物のフェルの顔をかすめて通り過ぎた。
「っぶねぇ……!」
フェルは反射的に冷や汗を飛び散らせながら、慌てて後退をし距離をとる。
「ふふっ、あいつは、知人から譲ってもらった土人形。自分に一番近い距離にいるものの姿や魔導回路をコピーできるんだよ!相手が自分自身なら、手加減なしで思い切り暴れられるでしょ? さあ、どうやって攻略するのかしら、フェル!」
少し離れた安全な場所から腕を組んでニヤニヤと見守るフィーネの声を聞きながら、フェルは冷や汗を拭いつつ、目の前の『自分』を鋭く睨み据えるのだった。
(確かにこいつは…。)
「やばいな。」
冷や汗を流している暇などなかった。
フェルはすぐに気持ちを切り替えると、全身の魔導を一気に自分の魔導回路へと力強く流し込んでいく。そして、触手の先からポタリポタリと禍々しい紫色の猛毒の滴を垂らしながら、戦闘の構えをとった。
一方、目の前に立ちはだかる土人形は、フェルと同じように六本の触手すべてに毒を纏わせ、その毒を魔導で圧縮して鋭利な『刃』の形へと変化させていく。
『――毒刃』
どす黒い殺意を込めた魔導を発動すると同時に、土人形は間髪入れずに猛スピードでフェルへと肉薄し、幾重にも重なる鋭い毒の刃を縦横無尽に振り回してきた。
「っ……!」
フェルも負けじと瞬時に自らの『毒刃』を展開し、飛来する無数の斬撃をどうにか必死に受け流していく。
激しい金属音のような衝撃が洞窟内に響き渡る。
(……くそっ!当然、俺には毒なんて効かないし、常に発動している『魔導反転』のおかげですぐに再生もできる……! だけど、魔導の消費が半端ない! このまじゃ持久戦に持ち込まれて、長くは持たない……なら!)
フェルは土人形の、一瞬の隙を見逃さなかった。
「そこだッ!」
土人形が大きく腕を振り上げ、次の攻撃へと触手を引き絞るほんの一瞬のタイミング。フェルは全身の魔導を触手に集中させ、自らの『毒刃』を凄まじい勢いで振り抜いた。
シャキンッ!! と鮮やかな軌道を描き、土人形の触手が根元からスパリと切り落とされる。
しかし、土人形は怯むどころか、わずかに後ろへと距離をとったかと思うと、切り落とされた断面からドロドロとした粘液が瞬時にうねり、即座に全く同じ触手を完全に再生させてしまった。
「……どうやら、お前にも毒は効かないし、再生もできるようだな……。」
ふぅ、と一呼吸おいて、フェルは険しい顔で目の前のコピーを睨み据えた。
土人形は接近戦のままだと不利だと判断したのか、スッと『毒刃』の構えを解き、纏っていたどす黒い毒のエネルギーをそのまま真上へと勢いよく打ち上げた。
『――毒針』
ゴボボボと不気味な音を立てて天井付近に溜まった毒液は、次の瞬間、無数の鋭い針の形へと凝固する。
そして、音を切り裂くような鋭い風切音と共に、フェルめがけて容赦なく雨のように撃ち込まれ始めた。
「おいおいマジかよっ!」
フェルは慌てて『毒刃』を盾の代わりに振り回し、飛来する無数の毒針を必死に弾き飛ばしていく。
金属を叩くような高い弾き音と、無数の針が地面をえぐる激しい破壊音が洞窟内に轟いた。
周囲の硬い岩盤や洞窟の壁、足元の地面は、降り注いだ毒針を浴びたそばから激しく泡を吹き、ジュウジュウと音を立ててところどころがドロドロに溶け始めていく。
「おい! フィーネっ!」
フェルは飛び散る毒の雨を身を滑らせてどうにか回避しながら、安全圏にいるはずの彼女に向かって大声で叫んだ。
「んぇ〜? なにぃ〜?」
少し離れた場所で、フィーネは青く輝く魔導石の上にぷかぷかと座り込み、そこから迸る魔導を全身で吸収しながら、片手で呑気にシャクリとリンゴを齧っていた。
のんびりとしたその態度に、フェルは冷や汗をさらに噴き出させる。
「こいつ、どうやって倒せばいいんだよ! 俺と全く同じで毒も効かないし、すぐに回復する!俺は再生できるけど、心臓がやられたらお終いだ!」
ドガシュッ! と一際大きな毒針が足元すれすれをかすめ、岩石を木っ端みじんに砕き飛ばす。
「う〜ん、そうだなぁ〜。じゃあ、特別に一つだけヒントをあげる! その土人形にもね、心臓の代わりに『核』がある。……以上!」
「それだけかよっ!!」
丸投げにも等しいフィーネの呑気な返答に、フェルはツッコミを入れながらも、心の中で必死に思考を巡らせる。
(――かなり適当な情報だけど、『核』があるってことは、要するに俺の本体と同じように、魔導の中心がどこか一箇所に凝縮されているはず……)
降り注ぐ毒針の雨をすんでのところで躱しながら、フェルは瞬時に判断を下した。
「なら、無理やり引きずり出して、削り飛ばすまでだ……っ!」
フェルは全身から噴き出る魔導を鋭く収束させ、相手の死角を突くように一気に放出した。
『――毒糸!』
ヒュルルルッ! と凄まじい風切り音を立てて射出された無数の紫色の粘着糸が、目にも留まらぬスピードで土人形の四肢と胴体を文字通り一網打尽に絡め取る。
「よし、捕らえた……!」
フェルは力任せに触手をぐっと引き絞り、その硬質な身体を強引に自分の方へと引き寄せた。
(とりあえず!胸か頭のあたりを、この『毒刃』で……!)
フェルは接近した瞬間に鋭利な刃を構え、まさに相手の懐へと突撃しようと踏み込んだ――その直後だった。
バシュッ……!!
信じられないほどの超高速で、視界が真っ赤な軌道に切り裂かれた。
フェルが放ったはずの『毒糸』はまるで紙くずのように一瞬で引き千切られ、それどころか、フェル自身の触手が根元から鮮血(紫の体液)を飛び散らせながら綺麗に切断されてしまったのだ。
「え……?」
思考が追いつく間すらない。
続けざまに、空気の密度が一変するほどのすさまじい斬撃がフェルを捉え、――次の瞬間、フェルの身体は縦方向へと真っ二つに両断されていた。
べちゃ、と湿った重い音が洞窟の地面に響き渡る。
「あっ……。」
少し離れた場所でリンゴをかじっていたフィーネが、さすがにハッとしたように手を止め、小さく声を漏らした。
フェルを両断した土人形は、静かに数歩後ろへと下がり、様子を窺うように、地面に転がるバラバラになったフェルの残骸をじっと見据えた。
その赤い目は、目の前の獲物が完全に息絶えたかどうかを冷静に確認しているかのような、機械的な殺意を帯びていた。
しかし――。
ブクブクブク……モワァァッ……!
切り離された両断面から、ドロドロとした高密度の粘液と濃密な魔導が不気味な音を立てて湧き出し、お互いを引き合うように激しくうねり始めた。
失われた触手がみるみるうちに復元され、縦に裂けたはずの身体が猛烈な勢いで縫い合わされていく。
わずか数秒のうちに完全に元の形へと再生を果たしたフェルは、地面からバッと跳ね起きると、冷や汗(のような粘液)を滝のように流しながら叫んだ。
「 あぶねぇよおい!! マジで死ぬところだったじゃねぇか……っ!」
一歩間違えば本当に消滅していたであろう死線の手応えに、フェルの背筋が凍りつく。
フェルのレベル二への試練はまだ続くのである。
次回 第13話 消えた日々に想いを…
小ネタ フェルは魔導添加の技名を考えるのが途中でだるくなって、今のところ、『毒雨』以降の技全部『リベリオン』って名付けたそうです。




