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Day4.卵で、おったまげ

4日目の朝。

僕は、あの美声のニワトリに起こされるよりも早く、必死な形相のスロールによって起こされた。

「アマイ! 起きて、お願い! 早く洞窟に戻らなきゃ!」

「う、う〜……。スロール、ちょっと待って……」

温かいビョルン暖房とユミえもんのフカフカな身体に挟まれた至高の寝床から、僕は無慈悲にも引っ張り出される。フーディ一枚では、ミュルクヴィズの朝はやっぱり寒すぎる。外はまだ、夜の帳が明けきらない濃い藍色に包まれていた。

ガタガタ震えながら焚き火の跡へ向かうと、昨晩の残りの火種が微かに爆ぜている。……ん? その傍らに、何か異様に大きな影があった。

ダチョウよりもさらに巨大で、丸々としたニワトリのような、奇妙な鳥。そいつが焚き火の残り火で暖をとるように丸くなっていた。

「洞窟に、私の『家族』がいるの! お願いアマイ、一緒に来て!」

スロールは巨大な鳥など目に入らない様子で、僕の腕を掴んで叫ぶ。

その突然の大声に、居眠りしていた巨大鳥が飛び起きた。

「コッ、コケコッコー―――ッ!!!!」

鼓膜が震えるほどの爆音。巨大鳥は大量の羽毛を撒き散らしながら、その巨体に似合わぬ速度で羽ばたき、森の奥へと一目散に飛んで逃げていった。

(あんなに大きな身体をしてるのに、飛べるのか……。っていうか、美声の主、お前だったのかよ……)

呆然と見送る僕の足元に、何かがゴロンと転がってきた。

巨大鳥が驚いた拍子に産み落としていった、恐竜の卵かと思うほど大きな、立派な卵だった。

「アマイ! 早く!」

「スロール、ちょっと待ってて! すぐ行くから、この卵だけ置いてこさせて!」

食料の確保はサバイバルの鉄則だ。僕は大きな卵を抱え上げ、布地の山の中でまだスースーと寝息を立てているユミえもんのもとへ駆け込んだ。

「ユミえもん、起きて! これ、なんの卵かわかる?」

「あう。……グリンカムビの卵。たべれる」

ユミえもんは寝ぼけ眼で卵を一瞥すると、気の抜けた声を出す。

「たべれる……! すごい! これ一体、オムレツ何個作れるんだろう!」

パティシエの職人魂が、巨大な卵を前にして燃え上がる。僕は満面の笑みで卵を布地の奥深くに隠すと、ユミえもんを無理やり引っ張り出した。

「あう。ねむい」

「ごめん、ユミえもん。でもスロールの家族が、洞窟で困っているみたいなんだ。……一緒に来てくれるかい?」

僕が真剣な表情で頼むと、ユミえもんは少しだけ目を丸くして、それからふわりと微笑んだ。

「あう。いいよ」

僕は焚き火に新しい薪をくべて炎を安定させると、逸る気持ちを抑えきれないスロールの後を追って、暗い森へと駆け出した。


スロールに案内された洞窟は、僕が想像していたような真っ暗闇ではなかった。壁面のあちこちに、仄かな光を放つ不思議な鉱石が埋め込まれており、幻想的な光道を作っている。

これなら『ケナズ』で照らす必要もなさそうだ。

しばらく歩を進めると、突然、目の前が巨大な土砂によって塞がれた。完全な行き止まりだ。

「……地震で、洞窟の道が塞がってしまったの」

スロールが、今にも泣き出しそうな声で土砂を見上げる。

「この奥にみんながいるの! アマイ、お願い、一緒に掘るのを手伝って!」

そう言うなり、スロールは自分の小さな手で、ガリガリと硬い土を掘り始めた。爪が剥がれそうなほど、痛々しい動きで。

僕は最初、ユミえもんの道具に頼ろうとした。だが、思い直す。ユミえもんの道具は一日一個。この先に何があるかわからない以上、今ある手札で解決策を模索するべきだ。

「スロール、下がって。僕がやってみるよ」

僕はスロールの小さな肩に手を置き、優しく下がらせる。

ポケットから取り出したのは、『ナーリの裁縫針』だ。

(落ち葉を糸に、巨木を布に変える針。なら、この土砂だって――!)

僕は針を塞がれた土砂へと、深く、力強く突き刺した。

チリ……。

一瞬の静寂の後、目の前の硬い土砂が、まるで魔法のように柔らかな『布の土砂』へと変化した。繊維へと変わった土は、自重に耐えきれず、さらさらと音を立てて流れていく。

「アマイ、すごい! 道ができた!」

スロールが歓声を上げる。彼女は柔らかくなった布の土砂を勢いよくかき分け、開いた穴の向こうへと、弾かれるように飛び込んでいった。

僕とユミえもんもその後を追う。

土砂の向こう側に広がっていたのは――圧巻の光景だった。

「ここは……?」

洞窟の奥に、広大な、見渡す限りの地下都市が広がっていたのだ。ドーム型の石造りの家々が並び、天井の光鉱石がまるで星空のように街を照らしている。

「ここはニザヴェッリル。私たち『ドヴェルグル』の国だよ!」

スロールの声を聞きつけ、ドーム型の家々から、ぞろぞろと大勢の住民が出てきた。誰もがスロールと同じように背が低く、しかし実り豊かな体つきをしている。

「スロール? スロールなのか!」

「おじいちゃん!」

スロールが、人だかりの中から現れた老いたドヴェルグルに抱きつく。

「スロール、お前、どうやってあの塞がれた道を通ってきたのじゃ?」

「アマイが助けてくれたの! アマイは、あの凶暴なビョルンからも、私を救ってくれたんだよ!」

スロールが僕を指差すと、周囲を囲むドヴェルグルたちが一斉に驚きの声を上げた。

「あのビョルンを……!?」

「地上の悪魔を、退けたというのか!」

(僕にとってもビョルンは脅威なんだけどな……。身体の小さな彼らにとっては、天敵以外の何ものでもないのだろう)

僕は一歩前に出ると、ユミえもんと並んで頭を下げた。

「初めまして。僕は佐藤雨衣。こちらは、えーと……ユミえもんです」

「初めまして、アマイ殿。私はスロールの曾祖父の、モートソグニルです」

老ドヴェルグルが、感謝の念を込めて礼を言う。

曾祖父……。

「スロールを救ってくださり、本当にありがとうございます。あなたは……ウートガルルの使者ですか?」

僕は首を横に振った。聞いた事のない地名だった。

モートソグニルは僕を救世主として歓迎し、お礼にと、ニザヴェッリルの国宝の数々を僕の前に積み上げた。黄金、宝石、見たこともない魔導具……。

しかし、僕は宝の山よりも、周囲のドヴェルグルたちの表情が気になった。誰もが国宝を手放すことに異論はないようだが、その瞳には、どこか哀愁と、諦めに似た色が帯びていたのだ。

「気持ちだけで十分です。僕はスロールから、既に多くのものを頂きましたから」

「?」

スロールが頭の上に不可思議な疑問符を浮かべる。

「この宝は、ニザヴェッリルの復興に充ててください」

僕が宝を押し返すと、モートソグニルは深い、深いため息をついた。

「アマイ殿。ニザヴェッリルは……近々、崩落するのです」

「崩落……?」

「ニザヴェッリルは交易の国。しかし、突然の大地震の後に、ウートガルルやアースガルルの両国へと続く道は、すべて塞がれてしまいました。地上の国々からもなんの音沙汰もないことを考えるに、地上の状況も、深刻なのだと思います。……我々には、もう行く宛ても、頼る宛てもないのです」

モートソグニルの言葉に、周囲のドヴェルグルたちがうつむく。

大地震による道の分断、そして地盤の弱体化。この地下都市は、静かに滅びを待つだけの場所と化していたのだ。

僕は、ユミえもんを見つめた。

(秘密基地を作るのも大事だけど……。この小さな、彼らを、見捨てることなんてできない)

「ユミえもん。ニザヴェッリルを救いたいんだ。ドヴェルグルたちを救えそうな道具、出してくれるかい?」

僕はユミえもんの小さな肩を掴み、真剣な眼差しで頼む。

ユミえもんは、僕の気持ちを受け止めたように力強く頷いた。

「あう。……ぷぽぱぽぴ! 『山の根っこ』〜」

ユミえもんがお尻の裂け目から手を取り出したとき――その手には、何も持っていなかった。

ただ、泥のような、黒い汚れが付着しているだけだ。

「ユミえも〜ん! 道具がないなら、せめてドヴェルグルたちを救うアイデアだけでも、教えてくれるかい?」

僕はユミえもんの手を見て落胆し、必死になって脳細胞を回転させる。

しかし、モートソグニルは、ユミえもんの手の汚れを見て、驚愕に目を見開いた。

「こ、これは……『山の根』の胞子!? 滅びたはずの植物じゃ……!」

「?」

今度は僕の頭の上に疑問符が浮かぶ。

「アマイ殿! このユミえもん殿の手にある、山の根の胞子……! どうか、どうか我々に譲って頂けませんか?」

モートソグニルは、ヨタヨタとした足取りで僕の手を掴み、懇願する。

「え、あ、もちろんです。ユミえもんの手が汚れてるだけに見えますけど……」

モートソグニルは震える手で、ユミえもんの手から汚れのような胞子を拭い取ると、おもむろに地下都市の土へと揉み込んだ。

次の瞬間。地面がモコモコと動き出し、あっという間にニザヴェッリル中の地面、壁、天井へと、強靭な根が縦横無尽に根付いていったのだ。

周囲のドヴェルグルから、割れんばかりの歓声があがる。

モートソグニルは、乾いた肌に涙を零した。

「山の根はかつて、採掘の邪魔という理由で、我々ドヴェルグルが刈り尽くしてしまいました。厄介事が消えて大いに喜びましたが、実は、山の根こそがこの世界の地盤を保つために必要なものだったのです……。天井が崩れ始めたとき、我々は世界の恨みを買ってしまったのだと気付かされました。……しかし、これでもう、ニザヴェッリルが崩れることはありません!」

僕はユミえもんの手を見つめた。

ただの汚れだと思っていたものが、この国を救う、最高の道具だったなんて。

「ありがとう、ユミえもん」

「あう。いいよ」

ユミえもんの笑顔を見て、僕はふと気付いた。

(もしかしたらユミえもんは……ただ僕に秘密基地を作らせたかっただけじゃなくて。こうやって、困ってる人たちを、助けたかったのかな……)

モートソグニルは、改めて僕に国宝の山を持たせようとした。

「国王として、国と民を救って頂いた救世主を手ぶらで返すわけにはいかぬよ」

(国王……?)

僕は聞こえなかったフリをした。スロールが曾孫ってことは、彼女も女王様候補か。

僕は、積み上げられた国宝を見つめ、それからニザヴェッリルの職人たちを見渡し――閃いた。

「国宝の代わりに、お願いがあるのですが」

「何なりと。アマイ殿のお望みならば」

「僕、今、地上のミュルクヴィズで秘密基地を作っているんです。……もしよかったら、ニザヴェッリルの優秀なドヴェルグルの皆さんに、秘密基地作りを手伝って頂けませんか?」

僕が今の秘密基地(仮)の現状(布地の山と、無限の水瓶と、ビョルン暖房)を伝えると、ドヴェルグルの職人たちは二つ返事で承諾してくれた。

「明日の朝、洞窟の入口で会おう」

僕たちは約束を交わし、ニザヴェッリルを後にすることにした。

スロールは別れ惜しそうに、僕の腰にギュッと抱きついた。

「アマイ……。おじいちゃんを、みんなを救ってくれて、ありがとう」

「どういたしまして、スロール」

僕はスロールの頭を、優しく撫でた。


僕とユミえもんが洞窟を出ると、ミュルクヴィズはお昼を過ぎていた。

「帰ったら、あのグリンカムビの卵で、特大オムレツを食べようね〜!」

「あう。たのしみ」

僕とユミえもんは、多くの人を救った達成感と、食欲に浸りながら、秘密基地(仮)へと帰還した。

ビョルンは既に狩りを終え、自分の分のラクスを平らげて居眠りしていた。

自分たちの分がないか見渡したが、……うん、さすがになかった。

「とりあえず水を飲もう」

『ウルズの水瓶』を見ると、水瓶の中で新鮮なラクスが一匹、元気に泳いでいた。

(……ビョルン、僕たちの分はここに残しておいてくれてたのか!)

僕は居眠りするビョルンを恐る恐る抱きしめ、毛並みに顔を埋めて感謝を伝えた。

(神様、仏様、ビョルン様、ありがとうございます……!)

そして、いよいよメインディッシュだ。グリンカムビの卵をとりに、布地の山の中へ潜る。

大きな卵を持った、その瞬間だった。

――パキャッ……。

嫌な音がして、卵の殻に亀裂が入った。

(ひええええ! やってしまったー! 大切な特大食料と寝床を、僕の手で一瞬で無くしたー!)

絶望に打ちひしがれる僕の前で、卵の殻が崩れ落ちる。

しかし、そこから出てきたのは、白身と黄身ではなかった。

金色の、フカフカの体毛に包まれた――特大サイズのヒヨコだった。

「……ピィ?」

「……なんか生まれたー! ぶぱかわいー!」

巨大ヒヨコは僕を見つめると、僕を親だと認識したのか、トコトコと寄ってきて、その柔らかい体毛を僕に押し付けながら頬に擦り寄ってきた。

パティシエの繊細な心が、キュート・アグレッション(可愛すぎて壊したくなる衝動)を起こす。

(かわいすぎてしぬ〜! スーハー、スーハー、ヒナ吸い!ヒナ吸い!)

僕はネコ吸いならぬヒナ吸いをしながら、巨大ヒヨコを布地の山から出した。

黄金のヒヨコは好奇心旺盛に秘密基地を走り回り、ビョルンの鼻先を突っついたり、ユミえもんの頭に乗ったりしている。

「よーし。グリンカムビのヒヨコだから〜、お前の名前は『グリコ』だ!」

僕が「グリコ〜」と呼ぶと、グリコは「ピィ〜!」と鳴きながら、僕の胸へとダイブしてきた。

(かわい〜! ずっとヒナでいて〜!)

「今、ご飯を作るからね〜」

僕は『ウルズの水瓶』からラクスを取り出し、『エルドフリームニル』で捌いた。半身を素焼きに、半身をつみれ汁にする。

中骨をカリッと焼き上げると、グリコは喜んで啄んで食べた。骨まで愛する良いヒヨコだ。

硬い中骨が入っていない分、つみれは昨日よりもさらにフワフワに仕上がった。

「美味しいね〜グリコ〜、ユミえもん」

「ピィ〜!」

「あう。んまい」

最高の昼食だった。

午後は、ユミえもんを通じてビョルンにもう一狩り頼んで、数十匹のラクスを採ってもらった。

僕はラクスを大きな樹皮の布地で包み、再びニザヴェッリルへ向かった。

僕はニザヴェッリルで『エルドフリームニル』を使い、大量のつみれ汁で炊き出しをした。

ニザヴェッリルのドヴェルグルたちは、久しく食べていなかった川の幸の旨味に、涙を浮かべて喜んだ。

僕が秘密基地に戻ると、ミュルクヴィズは夕方だった。


僕は焚き火に薪をくべて、布地の山へと潜った。

ビョルン暖房でぬっくぬくになった狭い寝床。そこに、フカフカの黄金毛布のようなグリコが加わった。

正直、息苦しさは拭えない。だが、幸福感は三倍だ。

「ユミえもん、今日もありがとう。……明日から、本格的に秘密基地を作ろうね」

「あう。たのしみ」

グリコがピイ〜と鳴き、僕たちは寄り添いながら、眠りについた。


【佐藤雨衣のサバイバル記録:4日目】

衣:樹皮で作った即席フーディ

食:満腹(ラクスの素焼き、フワフワつみれ汁、中骨のカリカリ焼き(グリコのご飯))

住:巨木の布地シェルター(ビョルンの体温でぬっくぬく、グリコの体毛毛布)

【所持アイテム】

『ナーリの裁縫針』

『ウルズの水瓶』(ビョルンの涙入り)

『エルドフリームニル』(万能調理器具)

『山の根っこ』(ニザヴェッリルに寄付)

【スキル】

・ケナズ(火のセイズ)

【秘密基地の住人】

・ユミえもん

・佐藤雨衣

・ビョルン

・グリコ


グリコがピイ〜と鳴き、5日目の朝を迎えた。

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