Day5.ちぎっては焼き、ちぎっては焼き
5日目の朝。
僕は、グリンカムビのヒヨコ――グリコが至近距離で「ピィ〜!」と鳴く声で目を覚ました。
幸せな目覚まし時計だ。僕はフカフカのグリコをひとしきり撫で回してから、布地の山から這い出でる。焚き火に新しい薪をくべて炎を安定させ、『ウルズの水瓶』の水で顔を洗った。冷たい水が、まだ少し残っていた眠気を吹き飛ばしてくれる。
グリコは朝から元気いっぱいだ。まだ薄暗い秘密基地(仮)の敷地内を、スーパーボールのように跳ね回っている。僕は『エルドフリームニル』をココット鍋の大きさに変え、あたたかい白湯を作った。
「グリコ、おはよう。ほら、白湯だよ」
「ピィ〜!」
グリコは器用にココット鍋から白湯を啜る。グリコも、白湯の美味しさに目覚めてしまったようだ。
「グリコ。ユミえもんはまだビョルンの体毛の中で眠そうだから、先に僕たちでドヴェルグルの人たちを迎えに行こうか」
「ピィ〜!」
そう言うなり、グリコはトコトコと走ってきて、僕の胸に飛び込んできた。
そのフカフカな感触と仕草にキュート・アグレッションを起こす。
(かわいすぎてしぬ〜! スーハー、スーハー、ヒナ吸い、スーハ〜)
朝の心のエネルギー補給(ヒナ吸い)を終えた僕は、グリコを抱っこしたまま、秘密基地(仮)を出た。
待ち合わせ場所である洞窟の入口が目に入った時、ちょうど岩壁の向こうから、大勢のドヴェルグルの人たちが姿を見せたところだった。
「アマイ〜! おはよう〜!」
先頭を歩いていたスロールが、元気に手を振る。
「スロール、おはよう。モートソグニル様は元気?」
「うん、山の根っこのおかげで、街はもう大丈夫だって! アマイ、約束通り、ニザヴェッリル一番の職人たちを連れてきたよ!」
スロールが胸を張って紹介してくれたドヴェルグルの職人たちは、彼女と同じく、背が低く、しかし驚くほど実り豊かな体つきの女性ばかりだった。ドヴェルグルは女性の方が職人気質が強いのだろうか。
彼女たちは、僕の腕の中のグリコを見ると、一斉に瞳を輝かせた。
「まぁ! なんて可愛らしいヒナ鳥なの〜!」
「フワフワの毛並みがかわい〜!」
グリコは職人たちに順番に抱きしめられ、フカフカの天国を味わっているようだった。
「皆さん、今日はよろしくお願いします。……早速、僕たちの秘密基地に案内します」
パティシエと建築士、言葉は少なくても通じ合うものがある。僕は彼女たちを連れて、暗い森の奥へと歩き出した。
秘密基地に到着すると、ちょうどビョルンが、布地の山の寝床からのっそりと這い出てきたところだった。
そのビョルンのフカフカな体毛に絡みつくようにして、二頭身のゆるキャラ――ユミえもんも出てくる。
ビョルンが、見慣れないドヴェルグルたちに気付き、その琥珀色の瞳を向けた。
その瞬間、ドヴェルグルたちは一斉に悲鳴を上げ、スロールの後ろに隠れた。地上の悪魔は、やはり彼らにとっては恐怖の象徴だ。
「あう。おはよう」
ユミえもんはのんびりと挨拶するが、ビョルンはスロールたちの匂いをスンスンと嗅ぐと、彼女たちを食べるのを我慢するように、のそのそと森の奥へと狩りへと向かった。
僕はビョルンにしがみついていたユミえもんを引き剥がす。
「ユミえもん、おはよう。ほら、スロールとドヴェルグルの職人さんたちが来てくれたよ。秘密基地を、本格的に作るためにね」
「あう。おねがいします」
ユミえもんがぺこりと頭を下げる。
スロールが、ユミえもんに尋ねた。
「ユミえもん、どんな秘密基地がいいか、希望はある? 私たちニザヴェッリルの職人が、最高の場所を作ってあげる!」
「あう。……みんなで、住める」
ユミえもんの言葉に、スロールは頭の上に大きな疑問符を浮かべた。
僕も、ユミえもんに尋ねる。
「みんなっていうのは、誰のことを言っているの? ……もしかして、ニザヴェッリルのドヴェルグルの人たち、全員?」
「あう。……できる?」
ユミえもんが、期待を込めた瞳でスロールを見つめる。
スロールは一瞬驚いた表情を浮かべたが、後ろに控える腕利きの職人たちと何事か相談を始めた。ドヴェルグルたちは、真剣な表情で頷き合い、やがてスロールがニカっと笑った。
「わかった! ユミえもんの願い、叶えてあげる! ニザヴェッリルのドヴェルグルが、丸ごと引っ越してきても大丈夫なような、最強の秘密基地を作ってみせる!」
「あう。よかった」
「――そうと決まれば、アマイ! 秘密基地の建築に使える資材は、どこにある? ドヴェルグルの建築には、資材が欠かせないよ!」
「資材……? そうだな、僕が作れるのは、布地だけなんだけど。どんな資材が必要なの?」
「石! 硬くて、丈夫な石が必要!」
石か……。暗い森の中には、木はたくさんあるが、建築に使えるような大きな石材は見当たらない。
僕は、ユミえもんにお願いした。
「ユミえもん。みんなが住める街を作るには、たくさんの石が必要なんだ。石を、生み出せる道具……あるいは、何かアイデアをだしてくれるかい?」
「あう。……ぷぽぱぽぴ! 『スー』〜」
ユミえもんがお尻の裂け目を、例のごとくごそごそまさぐって取り出したのは――虹色のモヤだった。
「も〜、ユミえもん! 客人の前でおならは失礼だよ〜!」
「ピィ〜!」
グリコも呆れたように鳴く。
しかし、その虹色のモヤは、瞬く間に形を成していき――。
「ヒヒィーン――!」
嘶きとともに現れたのは、一頭の、翼のある、漆黒の馬だった。その毛並みは夜空のように深く、瞳は知性に溢れている。
「かっこいい馬だけど……。ユミえもん、スーと石と何の関係があるの?」
「あう。乗る」
ユミえもんに促され、僕は一度しかしたことのない乗馬体験の記憶を頼りに、スーへと股がった。
その瞬間、スーは翼を羽ばたかせ、嘶きとともに、ミュルクヴィズを全速力で駆け出した!
「うわああああ〜! スー! 速すぎるよ〜!」
僕は必死になってスーの首にしがみついた。ビョルンの突進よりもずっと速い!
スーは、ラクス狩りの川とは反対の方角、森が少し開けた場所へと突き進んでいく。
やがてスーが止まった先にあったのは――。
「……え?」
一軒家ほどの大きさがある、巨大な、切り立った岩山だった。
スーは僕を降ろすと、その巨大な岩山に、親しげに鼻先を寄せた。
「スー、君は……石を探せる馬だったんだね。ありがとう」
僕はスーから降りて、その大きな岩山に触れた。硬い。これなら石材になる。
(……でも、見つけたのはいいけど。この巨大な岩山を、秘密基地まで運ぶのは……絶対に無理だ……)
ため息をつこうとした、その時だ。
スーが、その発達した後脚で、岩山を力強く蹴り上げた。
――シュファ〜!
岩山は、スーがユミえもんの裂け目からでてきた時のように、霧のように霧散し――、そして、宙に浮いたのだ。大量の石の粒子が、虹色に輝きながら、スーの周囲を漂っている。
「スー、君……もしかして、石を自在に操れるの?」
スーは嘶きとともに、その岩山の霧を操り、宙に巨大な城の形を作り上げて見せた。
「すごい! すごいよ、スー! これで、資材の問題は解決だね。秘密基地へ戻ろう!」
僕とスーと石の霧は、全速力で秘密基地(仮)へと戻った。
秘密基地(仮)に戻ると、そこには、ニザヴェッリルのドヴェルグルが大勢集まっていた。曾祖父国王モートソグニルの姿もある。
「スロール! 石は見つけたけど、この大勢のドヴェルグルの人たちは、どうしたの?」
「アマイ! ユミえもんが『みんなで住める秘密基地』って言ったでしょ? なら、曾祖父様に頼んで、引っ越しを希望するみんなを連れてきてもらったの! それぞれに自分の家を建ててもらった方が、早いと思って!」
曾祖父国王モートソグニルが、ぺこりと頭を下げる。
「使者殿。街の崩落は免れましたが、地上のこの場所の方が、民にとっても良いと判断しました。ニザヴェッリルの国宝は、秘密基地の建設資材として、好きに使ってください」
「モートソグニル様まで……」
僕はスロールの案(全員参加型DIY)に賛成して、スーに、持ってきた石を見せてくれるようにお願いした。
スーは嘶きとともに、焚き火の横の空き地に、大量の岩山の粒子を積もらせた。
虹色に輝く石の霧が、そこに巨大な「石の砂山」を作り上げる。
「石の塊じゃないけど……大丈夫かな?」
僕は少し不安になった。
しかし、スロールとドヴェルグルの職人たちは、その石の砂山を見て、瞳を最大級に輝かせた。
「すごい! こんなに良質な石材、ニザヴェッリルでもなかなか見ないわよ! アマイ、これ、水と混ぜて成形して、焼いたら、立派な石材になる!」
「水は『ウルズの水瓶』の無限の水があるし、火なら……僕の『火のセイズ(ケナズ)』が役に立てると思う」
僕は自分の手のひらから出る火柱を、誇らしげに見せた。
「すごい!じゃあ、早速始めよー! 新ニザヴェッリル建築の、始まりだよ!」
スロール現場監督の元気な号令のもと、秘密基地(仮)の大改造が始まった。
作業は完璧な分業体制だ。
スロールが粒子を練り上げ、ドヴェルグルたちが成形し、僕が焼き固める。
「ケナズ!」
僕は、成形された石の家に手を翳し、火のセイズ『ケナズ』を発動させる。パティシエ時代に培った、オーブンの温度を完璧にコントロールする集中力を総動員し、手のひらから適切な火柱を上げる。
ちぎっては焼き、ちぎっては焼き。
ドヴェルグルたちが成形した石の家を、僕の『ケナズ』が一瞬で焼き固め、頑丈な石造りの家へと変えていく。このスピード感! 僕はパティシエ時代を思い出し、職人魂が燃え上がるのを感じた。
大量のラクスを運んできてくれたビョルンが登場したことで、現場は一時的にパニックになったが、グリコがビョルンの頭に乗って「ピィ〜」と鳴いたことで、彼女たちは落ち着きを取り戻した。
作業はぶっ通しで続いた。
あっという間に日が沈んだが、焚き火の炎と、僕の『ケナズ』の炎、そしてスーが放つオーロラのような光が、現場を照らし続ける。
夜になる頃には、布地の山と焚き火しかなかった秘密基地(仮)は、個性的な石材の家々が建ち並ぶ、立派な『ドヴェルグルの秘密基地』へと姿を変えていた。
「すごい……! たった半日で、秘密基地がキャンプ場みたいになっちゃった……! どう? ユミえもん?」
僕は汗を拭いながら、ユミえもんに尋ねる。
ユミえもんは、出来上がった石の秘密基地を見渡し、それから僕を見て、ふわりと微笑んだ。
「あう。……いい〜」
ユミえもんは、最高に満足そうだった。
作業が終わった、その時だ。
森の奥から、ズズズ……と、巨大な地鳴りが響き渡った。
「地震……?」
僕とユミえもん、そしてスロールは、ニザヴェッリルへと続く洞窟の入口へと駆けつけた。
……案の定だ。大地震の余震によって、洞窟の入口は、昨日よりもさらに巨大な土砂によって、完全に塞がれてしまっていた。
モートソグニルが、ため息をつく。
「……ニザヴェッリルへの道は、完全に閉ざされましたな。民全員を連れてきて、正解でした」
「モートソグニル様……。皆さん、大丈夫です。明日の朝、僕の『ナーリの裁縫針』で、また道を繋げますから」
僕は、塞がれた道を『ナーリの裁縫針』で繊維に変えることを約束し、今夜はこの秘密基地に泊まってもらうように伝えた。
家は、たった今、僕たちが最高火度で焼き固めた、頑丈な石の家が数百軒もある。
僕は『エルドフリームニル』で大量のラクスのつみれ汁を作り、大勢のドヴェルグルたちと、完成した秘密基地を祝って夕食を食べた。
空腹が最大のスパイスだが、大勢で食べる食事は、それ以上に美味しい。
夕食後、僕は泥だらけになったドヴェルグルたちのために、『エルドフリームニル』で大量の、いい湯加減のお湯を作り、街の中央で湯を掛け合った。
即席の湯浴みだ。彼女たちは「お風呂、最高!」と大喜びで、ユミえもんに湯を掛けた。
――そして、湯浴みの途中。僕は、ある絶望的なことに気付いてしまった。
「あーっ! 石を焼くのに夢中で、自分とユミえもんの家を作り忘れてたー!」
みんなの家はあるのに、拠点主である僕の家がない。これでは、今夜はまた、布地の山に戻らなければならない。
がっかりして肩を落とす僕を見て、スロールが、頬を少し赤くして言った。
「アマイ。……だったら、私と、寝ればいいよ」
「じゃ、じゃあ、お邪魔しようかな……」
僕は、スロールの寝床へと、お邪魔することになった。
ビョルンは布地の山の寝床が気に入った様子で、ユミえもんとグリコも、当然のようにそのモフモフの中へと入っていった。
スーは、オーロラのように秘密基地の空中を漂いながら、僕たちの新しい秘密基地を、見守ってくれている。
僕は、スロールの石造りの家に入った。
部屋の中は、暖炉があり、巨大な布地のベッドが設置されていた。
一日中、石を焼き固めて疲れていた僕たちは、ベッドに入るとすぐに、泥のように眠ってしまった。
【佐藤雨衣のサバイバル記録:5日目】
衣:樹皮で作った即席フーディ
食:空腹(つみれ汁を大勢のドヴェルグルと分け合った、中骨のカリカリ焼き(グリコのご飯))
住:スロールの石造りの家(布地のベッド、暖炉)
【所持アイテム】
『ナーリの裁縫針』
『ウルズの水瓶』(ビョルンの涙入り)
『エルドフリームニル』(万能調理器具)
【スキル】
・ケナズ(火のセイズ)
【秘密基地の住人】
・ユミえもん
・佐藤雨衣
・ビョルン
・グリコ
・スロールとドヴェルグルたち
・スー
――コケコッコー――!!
元気なグリコの鳴き声。
六日目の朝が、始まった。




