↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

Day2.あまごい、雨来い

翌朝。布地の山から僕が這い出て顔を出すと、目の前が真っ白に染まった。

自分の口から吐き出された、あまりにも濃い吐息の白さに、僕は思わず身震いする。

後ろからモゾモゾと這い出てきた二頭身のゆるキャラ――ユミえもんが、僕の白い息を不思議そうにパチパチと眺めていた。

「うう、寒い……。おはよう、ユミえもん。ところでさ、気になってたんだけど……今って季節的に冬なのかい?」

「あう。春」

「えぇ!? この寒さで春なの!?じゃあ冬になったら一体どうなっちゃうのさ?」

「あう。雪」

「だろうねぇ〜!」

環境への文句は後回しだ。僕はカラカラに乾いた自分の唇を舌で湿らせ、切実な声を上げた。

「ユミえもん。今日は『水』を出してほしいんだ。さすがに喉が限界だよ」

「あう。水ね、わかった」

ユミえもんが頷く。

よし、ユミえもんがどこからアイテムを出しているのか見届けよう。僕は、すっとユミえもんの背後に回り込んだ。

「あう。ぷぽぱぽぴ!『ウルズの水瓶(みずがめ)』〜」

(……あ、お尻にギザギザの空間の裂け目がある。あそこから出してるんだな……)

見知らぬ世界の神秘を一瞬で理解(?)しつつ、僕は差し出された古風な陶器の水瓶を受け取った。だが、中を覗き込んで首を傾げる。

「ありがとう、ユミえもん。……だけどさ、この水瓶、中身が空っぽだよ? どうやって使うの?」

「あう。雨」

「嘘でしょ!?」

あまりにも無慈悲な使用条件に、僕は思わず大声を上げた。

雨が降るのを待てだって? 人間が水を飲まずに生きていられるのなんて、せいぜい3日が良いところだ。明日までに雨が降らなかったら、秘密基地を作る前にほぼゲームオーバーになってしまう。

「何か、こう……隠された機能とかないのかな?」

僕は昨日の裁縫針の奇跡を期待して、水瓶の底を擦ってみたり、傾けてみたり、そこらの落ち葉を入れてみたりしたが、水瓶はただの空っぽの陶器のまま、何の変化も起きなかった。


日が高くなり、気温が少しだけ暖かくなってきた昼頃。僕は気を取り直して、来たるべき夜に向けて「火」を起こすことにした。

サバイバル動画の知識によれば、火を起こす方法はいくつかある。僕が選んだのは、木材と紐で摩擦熱を生み出す『弓きり式』の火起こしだ。

幸い、道具と素材はある。落ちていた手頃な枝と、寝床にしていた巨木の布地を割いて編んだ即席のロープ。これらを組み合わせて『弓』を作った。

さらに、回転しやすそうな真っ直ぐな枝を選び、弓のロープに巻き付ける。土台となる木材には、寝床の布地を何重にも重ねて利用することにした。

「よし……。パティシエの腕の見せ所だ」

お菓子作りにおいて、生地を一定の速度で捏ねたり泡立てたりする作業はお手の物だ。僕は着ているフーディの袖でロープが巻かれた枝の頭を固定し、ゆっくりと弓を押し引きし始めた。

キュル、キュルル、と小気味いい音を立てて枝が高速回転する。

「いける……手応えはあるぞ!」

僕はここぞとばかりに速度を上げ、弓を大きく前後させた。摩擦熱が限界突破し、やがて土台の布地から、一筋の細い煙が立ち上る――!

「よし! 煙が出た! あとは火種を――」

しかし、そこまでだった。

どれだけ必死に弓を引いても、煙はそれ以上濃くならず、決定的な「火種」にまで育ってくれない。やがて体力の限界を迎え、回転が止まると、煙は儚く消えてしまった。

「はぁーっ、火起こしムズすぎだろぉおお〜っ!!」

僕は大の字になって地面に寝転んだ。

喉はカラカラ、お腹もペコペコ。何より、僕は現代日本でも天性の「晴れ男」だった。空を見上げても、雨の匂いなんてこれっぽっちもしやしない。

――その時だった。

地面に背中をつけて丸まっている僕の身体に、微かな、しかし重苦しい『地鳴り』のような振動が伝わってきた。

(……え? なんだ、この振動は……)

パティシエとしての勘か、あるいはサバイバル環境が研ぎ澄ませた生存本能か。直感で危機を察知した僕は、のんびり佇んでいたユミえもんの腕を掴むと、慌てて昨晩の布地の山の中へと身を潜めた。

布の隙間から外を覗き見る。

僕がさっきまで火起こしをしていた場所に、のっそりと現れたのは――

「――っ!?」

声が出そうになり、慌てて自分の口を両手で塞いだ。

そこにいたのは、信じられないほど両腕が長く、丸太のような筋肉が発達した、巨大な熊の魔獣だった。あんな巨大な爪で一太刀浴びたら、僕の身体なんて一瞬で消し飛んで即死する。

(通り過ぎてくれ……お願いだから通り過ぎてくれ……!)

心の中で祈った。しかし、祈りが通じるはずもなく、熊の魔獣はフゴフゴと鼻を鳴らしながら、僕たちが隠れている布地の山へと真っ直ぐ突進してきた。

「うわあああ! ユミえもん、逃げるよ!」

僕はユミえもんの手を引っ張り、必死に反対側へと布を掻き分けた。だが、遅い。魔獣の鋭い爪が凄まじい風切り音を立てて振り下ろされ、僕たちの拙いシェルター(布地の山)を一瞬で更地にしてしまった。

遮るもののなくなった空間で、僕は熊の魔獣と完全に正面から対峙する形になる。

「ひっ……!」

腰が抜けそうになるのを必死に堪え、僕はユミえもんを庇うように一歩前に出た。手元にある武器は、手の中の『ナーリの裁縫針』だけ。

(絶対死ぬ! 絶対死ぬ! 絶対死ぬ!)

脳内で死亡フラグが乱行下する中、僕は決死の覚悟で針を巨大な魔獣に向けた。

――その時だった。

僕の後ろから、トコトコと短い足取りで、ユミえもんがそっと前に進み出た。

「あう〜」

気の抜けた声が森に響く。

次の瞬間、信じられないことが起きた。

今まさに僕たちを噛み殺そうと激昂していたはずの熊の魔獣が、ピタリと突進を止めたのだ。それどころか、巨大な巨体をくねらせ、まるで甘える飼い猫のように、ユミえもんの小さな身体に大きな頭をすり寄せ始めたではないか。

「……え?」

ガタガタと震えていた僕の膝が、ついに限界を迎えて畳まれ、僕はその場にお尻を突いた。助かった、のだろうか……?

ユミえもんはビクともせず、魔獣の鼻先を優しく撫でながら僕を振り返った。

「あう。ビョルンいいこ」

「あの熊……ビョルンっていうんだ。ユミえもんの、お友達……?」

「ああう」

『うん』なのか『ううん』なのか絶妙に分からない生返事をしながら、ユミえもんはビョルンの耳元で何かを優しく囁いた。

すると、ビョルンはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、その大きな瞳からツーと一筋の『大粒の涙』を零した。

その涙は、地面に置いてあった、あの空っぽの『ウルズの水瓶』の中へと正確に落ちていく。

涙を流し終えると、ビョルンは再びユミえもんと嬉しそうに戯れ始めた。

僕は恐る恐る腰を浮かせ、水瓶の中を覗き込む。そこにはなんと、水瓶の縁までなみなみと、透明な液体が溜まっていた。

「これ……ビョルンの涙、か?」

顔を近づけ、パティシエの鋭い嗅覚で匂いを嗅ぐ。

(……無臭!)

続いて、指先につけてペロリと舌の上で転がし、テイスティングしてみる。

(……無味! 雑味一切なし!)

「やった……飲み水を手に入れたぞ!」

僕は歓喜のあまり、その場で両拳を突き上げてグッとガッツポーズをした。

だが、調子に乗りすぎた。興奮の反動で足が当たり、せっかくの水瓶を地面にゴトッと倒してしまったのだ。

「ああっ、しまっ――!」

慌てて水瓶を立て直したが、時すでに遅し。中の液体は半分以上が地面に吸い込まれて消えてしまっていた。

何て愚かなんだ、僕は! 貴重な水をこんな凡ミスで無駄にするなんて――と頭を抱えかけた、その瞬間。

コポコポコポ……。

奇妙な音がして水瓶を見つめると、なんと、溢れ出たはずの液体が下から湧き上がるようにして、再び『満タン』の状態へと戻っていた。

「え……? もしかしてこれ、減らない……一生飲めるやつ!?」

信じられない思いで、僕は水瓶を両手で抱え込んだ。

ビョルンと、そしてユミえもんに心からの感謝を捧げながら、恐る恐るその『ビョルンの涙』を口へと運ぶ。

ゴクッ――。

五臓六腑にしみわたる。市販のミネラルウォーターと何ら変わらない、否、それ以上に清らかな純水が、音を立てて乾ききった喉から胃へと流れ込んでいく。

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!

「ぷはあっ……う、美味すぎるぅううう!!」

生き返る、とはまさにこのことだ。僕がどれだけ飲んでも、水瓶の水位は不思議なほどピタリと満タンを維持している。僕は水の有り難みを文字通り肌で感じながら、愛おしそうにその水瓶をギューッと抱きしめたのだった。


そして夕方。

僕は『ナーリの裁縫針』を使い、今日ビョルンに壊されてしまった寝室の代わりに、さらに巨大な巨木を丸ごと一本文化させて、新たな「布地の山」を作り上げた。

「あう。こっちよ〜」

ユミえもんがビョルンを先導し、新築の布地の山の中へとトコトコと潜り込んでいく。

(……なんて、平和で可愛い光景なんだろう)

さっきまでの生命の危機が嘘のようだ。僕も二人の後を追うようにして、フカフカの布地の山へと潜り込む。すると――

「うわぁ……温かい、気持ちいい……!」

昨晩の寒さが嘘のようだった。布地の中は、ビョルンの規格外な巨体から発せられる湯たんぽのような体温によって、まるで超高級な床暖房、あるいは極上のサウナのようにぬっくぬくに温まっていたのだ。

「あう。あったかい」

ユミえもんもビョルンのモフモフの毛並みに埋もれながら、満足そうに鼻を鳴らしている。最高の天然暖房を手に入れ、僕たちの秘密基地?はまた一歩、快適さに近づいた。


「ユミえもん、水瓶のおかげで命拾いしたよ。……でもさ、明日はさすがに『食べられるもの』を頼むよ。水でお腹を膨らませてはいるけど、そろそろ限界だ」

お腹の虫を鳴らしながら、僕はユミえもんに懇願した。

「ああう」

(……ん? 今の『ああう』って、もしかして『いいえ』って言った……?)

一抹の不安が脳裏をよぎるが、ビョルンの極上の温もりに包まれているうちに、急激な睡魔が僕を襲ってきた。


【佐藤雨衣のサバイバル記録:2日目】

衣:樹皮で作った即席フーディ

食:絶望的な空腹(ただし水で少し紛れている)

住:巨木の布地シェルター(魔獣ビョルンの体温でぬっくぬく)

【所持アイテム】

『ナーリの裁縫針』

『ウルズの水瓶』(ビョルンの涙入り)

【秘密基地の住人】

・ユミえもん

・佐藤雨衣

・ビョルン


「コケコッコー――!!」

三日目の朝を告げる、やたらと美声なニワトリの鳴き声がミュルクヴィズに響き渡る。

僕たちの、波乱に満ちた秘密基地作りは、まだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。