第十四話 その3 「皐月 対 朝伏」
真っ黒な影のように、瓦礫の山に静かに佇む皐月。
首の傷はもう塞がっている。
衣服は少々汚れているが、姿勢に乱れはなく。
左手に纏わせた青い光は指の先から太い鎖と化し、朝伏をがっちりと捕らえている。
「ツッコミどころとか言いたいことは沢山あるけど……とりあえず、五体満足でなによりね」
「……! それは、こっちのせりふなんだけど……っ!」
妹の目からしても、姉が無理をしているようには見受けられない。それでも。
依月は駆け寄って、心配そうに皐月の周りをそわそわと回る。
「さつ姉、もう大丈夫なの? ね、ムチャしてない?」
「ええ、呪いは全部取ってもらった。完全回復」
「うーよかった……! ぐすっ」
「泣かない。まだ何も終わってないでしょ」
適当に頭を小突いてあやしながら、皐月は鎖の先を一瞥する。
六人の朝伏たちも、皐月を見てぴたりと動きを止めていた。
「はぁ、あんたらなにやってんの……」
皐月の呆れたような吐息に、朝伏は。
また何か別の言葉を聞いたかのように、不自然に敵意が膨らむ。
「……皐月さん」
「信じられない。宗家のアンタまで裏切るわけ?」
「げっ、よりによって」
「最悪なのが敵に回ったな……」
それぞれの口から、らしい反応が漏れる。
さっきまで依月をじわじわ料理する相談をしていた六人が、初めて露骨に警戒を見せた。
皐月は右手に大太刀を抜き、静かに構える。
「依月、下がってて」
「え、でも」
「いいから」
短い言葉。
それだけで依月の脚が勝手に数歩下がる。
「なんかもう色々腹立つから、相手したげる。おいで」
纏鎖枷を解除して、皐月は小馬鹿にしたように挑発する。
温度が冷えた六人が、一斉に構え直す。
「ッ! ……いいだろう」
「舐めやがって。調子に乗るな、若造がァ!」
依月と相対した時と同じ陣形で、一斉に皐月へ迫り来る。
明らかに依月の時よりもずっと動きが本気で、数段洗練されている。
まず、貴暁が『迅』『剛』を纏って突貫してくる。躱そうと迎撃しようと、必ずそこにはひとつの行動が生まれる。そこを突かんと、芭月と緋夕が一歩後ろを走る。
更に左右に広がるは、妨害役の準陽と、退路塞ぎの愛陽だ。唯一遠距離武器の明陽は元の位置のまま、油断なく皐月の動向を見守っていた。
貴暁と皐月が接触するかしないかの瀬戸際。
「闢則。斎璃藍掌」
たった一言。
その瞬間、広場そのものが皐月の術式に変わった。
依月が置いた巨岩。
ばら撒いた小石。
崩れた壁。
地面のひび割れ。
全部のちょっとした影が「起点」になる。
「嘘だろこの一瞬で!?」
青に明るい芭月が驚愕する。
先ず、準陽と明陽の近場の岩影から青い光の手が伸びてきて、不意打ちで武器——棒と弓を破壊する。
「!?」
「なっ——」
「あんたら武器の補助ないと闘えなかったわよね?」
続けて、地面から伸びた手が貴暁の両足を掴み、転倒させる。
「ぐお!?」
「闢則。帰灯断」
目の前で差し出された頭を、皐月の刀がすり抜ける。
目から光を失って、昏倒する貴暁。
続けて、青い手に四肢を掴まれた準陽と明陽が同様に斬られ、気絶する。
「くっ!」
一瞬で戦力が半分になった。
一歩引く芭月と、逆に前に出る緋夕。
『剛』を引き出した緋夕の薙刀と、皐月の太刀が打ち合った。
「っ! いい度胸ね、皐月! アタシと生身で打ち合う気!?」
赤を纏う緋夕と、青を纏う皐月。
体格や素の身体能力に差がないので、力比べでは緋夕に軍配が上がる。
だが皐月は円運動を駆使して力の向きを往なしつつ、薙刀が使いにくい間合いに詰めていくことで、互角以上の立ち回りを見せていた。
「力押しで勝てるわけないでしょ。何回言ったらわかるの?」
「こんのっ」
無理な姿勢の中で皐月を押し除けようとして、しかしその無茶を皐月が咎めないわけがなく。
突如青の手が薙刀の柄を掴み、がくんと引っ張られた緋夕。
無防備な胴体を皐月の帰灯断がすり抜ける。
「うぐっ」
だが、強力な『剛』を纏っていたゆえか、緋夕は耐えきり。歯を食いしばりながら地面を蹴って距離を取った。
「闢則。幽璃薄殻」
「闢則。籠鏡結」
「うわっと!」
孤立した隙に芭月が青い三角形を飛ばすが、それは皐月の鏡によって反射され、自身へと返ってくる。
避けて躱したのち、芭月は悔しそうに苦笑いする。
「籠鏡結……いい闢則を作ってるなぁ」
「でしょ。このまま青で勝負する? 芭月君」
「……そんな優秀なのに。なんで俺らを裏切ったんだ、皐月さん。目を覚ましてくれよ……」
「自認ズレてる分際で面倒臭いわね」
左右から、赤を纏った緋夕と愛陽が同時に襲いくる。
「凹ませる」
特に愛陽の巨大な棍棒。とても生身の皐月の刀で受けられるようなものではない。
なので。
「あっ!?」
緋夕が足を踏み出そうとした地面。
青の手が裏返り、唐突に小さな穴が空く。
そこに足がすっぼり埋まり、緋夕が動けなくなる。
一人だけになった愛陽。構わず棍棒を振り下ろすが、
「迅・剛」
赤に切り替えた皐月が、根本から棍棒を一瞬で切り落とす。
「え……」
柄から先がなくなった獲物が空を切り、呆然とする愛陽。
素早く青に戻した皐月が、帰灯断で愛陽を切り、意識を刈り取った。
「っ、切る!」
「無駄だわ」
穴から足を抜いた緋夕が叫び、突貫してくる。
しかし皐月は迎え打つ前に、新たな闢則を展開した。
「闢則。纏鎖枷」
依月と皐月が共通する、この闢則。
だがやはり何度見ても、姉の使うそれは精度も効果も桁違いだ。
頑強な太い鎖が緋夕に襲いかかる。緋夕は顔色を変えずに薙刀で打ち払い、鎖を砕く。
「!?」
妙に脆い——そう思ったのも束の間。
砕けた鎖の破片から小さな鎖が新たに分裂して伸びてきて、緋夕を取り囲む。
「あんた、どんだけ……っ!?」
新たに伸びた鎖を、大きく間合いを取りながら打ち払う。
だが……砕けば砕くほど、鎖は細く分裂し、その数を増やしていく。
小さくなったからと言ってどんどん脆くなる、ということもなく、徐々に緋夕の顔色は悪くなっていった。
「なんて精密な……」
芭月は舌を巻き、緋夕を助けんと前に出た。
功月に次いで青が得意だと自負している彼だが、知識にない纏鎖枷の応用を見てその認識を恥じた。
「闢則。綾坐縛!」
「む」
芭月は短刀を地面に突き刺した。青い亀裂が地面を走る。
緋夕のもとへ亀裂が届き、皐月の鎖と衝突する。
「ふん、私の闢則のコントロールを奪えると? 対策済みよ」
「カウンター!? ぬ、ぐっ……!」
本来、芭月の闢則によって皐月の纏鎖枷の主導権を奪い取り、反撃する想定だったのだが。
しかし、亀裂は逆に皐月の力で塗り替えられ。地面から噴き出た鎖で同様に絡めとられてしまう。
「たかが纏鎖枷にどれだけのオプションを……っ!? もはや別の闢則だろこれ……!」
「そうかもね。まぁこれで終わりね」
「あっ!?」
数秒も保たず、緋夕と芭月は雁字搦めにされてしまう。
「ぐっ……この、ほどけっ、バカ皐月!」
「誰がバカよ」
「状況分かってんの!? さっさと目を覚ましないよ! この裏切り者!」
「どの口が言うんだか」
全身を捩って「剛」の力で暴れるたびに鎖は軋み、しかし切れることはない。むしろ、きつく締まるわけでもないのに、どんどんと自由を奪っていく。関節の可動域だけを的確に潰されているのだと、見ている依月にさえ分かった。
あれは動きにくそうだ。赤に明るい緋夕でそうなのだから、芭月がどうにかできるわけもなく。
「総会、すまない……我々の負けだ」
「はぁ、こっちもこっちで主人公面うざいわ……。あんたら、文句は後で聞いたげるから寝ときなさい」
鎖ごと、皐月が帰灯断の連撃で二人の意識を刈り取る。
それで終わりだった。
広場に立っているのは、皐月ひとり。
周囲には朝伏たちが転がり、皆が気を失っている。
ほんの数十秒。
依月がさっきまで半泣きで逃げ回っていたのが、嘘みたいな光景だった。
「……すご」
今度こそ、心の底から漏れた声。
皐月は長刀を軽く振って青を散らし、ようやく依月を振り返る。
「ん」
「え」
皐月は顎で依月に何かを求めた。心当たりのない妹は首をかしげる。
「助けにきてくれてありがと、は?」
「えー」
「……」
「……助けに来てくれてありがと!!」
「よろしい」
ほんの少しだけ、満足げに頷く皐月。
依月は胸がきゅっとした。
安心したのもある。助かったのもある。情けないのも、悔しいのも、全部ある。
でも、その全部を押しのけて、もっと大きなものが胸に残った。
憧れだ。
——自分と同じ青を使っているのに、まるで別物だった。
闢則を、戦術を。ぜんぶ思い通りに繋いで、相手の強さごと呑み込んでしまうような圧倒的な戦い方。
あんなふうに、綺麗に。
あんなふうに、迷いなく。
あんなふうに、誰かを容易く守れるくらい。
「……わたしも、ああなりたいな」
自分は、まだまだ弱っちい。
ぽつりと零れた本音。
皐月は一瞬だけ目を瞬かせ、それから珍しく、ちゃんと笑った。
「ちゃんと糧にしなさい。今日の分、全部ね」
「……はーい」
依月はしっかり頷く。
広場いっぱいに残る青い鎖の残光を見上げながら。
依月は前を歩く黒い背中を、焼き付けるように見つめていた。
●闢則紹介
・照斜座
物質に光を浸透させる。浸透した物質は摩擦係数が著しく下がる。かなりマニアックな闢則だが、救助活動など裏方の活動が多い朝伏では割と高頻度で使われる。
・幽璃薄殻
光で出来た三角形の刃を飛ばす。最大7連射が可能。シンプルな遠距離攻撃用の闢則。
・斎璃藍掌
指定した範囲で任意に光の手を生やす。ただし、手首サイズ以上の影からしか生成できない。発動時、細かな地形情報を闢則内に書き込む(脳内で3DCGイメージのように再現する)必要があり、かなり時間がかかるか精度が荒いかに陥りやすい高難度の闢則。そのぶん、手の自由度やパワーはかなりのものであり、膂力は"剛"に匹敵する。
・綾坐縛
同位相の光をぶつけ、闢則の管理者権限を奪取する。
術者は抵抗可能だが、その間は規則を操作することは出来なくなる。抵抗に失敗すると闢則が奪われ、操作権及び出力元は他人のものとなる。




