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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十五話 その1 「後悔」

すみません。どこで区切っても微妙だったので今回長いです。

 朝伏の六人は、それぞれ地面に座らされ、壁や瓦礫に背を預けていた。


 彼らの体にはいくつか布が巻かれている。

 かつては白かったのだろうが、墨を吸ったように黒く染まっていた。


「……これで、ひとまずは大丈夫です」


 花壊照が息を吐き、布を外した。

 その隣で雪平も額の汗を拭う。


「色んな呪いを受けて抜かれてというのが繰り返されたようなので、しばらく頭痛や吐き気は残ると思いますが……再汚染されない限り、意識は保てるはずです」

「助かる」


 功月は短く礼を言った。

 あれから少しして、依月たちと功月たちは合流した。

 さきほどの広場にて、呪われていた朝伏一行の治療に専念しているところだ。


 花壊照はぽつりと雪平にこぼす。


「彼らに掛けられていた大量の張派の呪いの痕跡はともかく、切派による強制解呪の気配……。あの藁人形といい、相手はまさか運命主義の呪術使いの全派閥が?」

「……少なくとも、ここにいるのは國木田一派だけではなさそうだ」

「はぁ。これで勝利とは思わないほうがよさそうですね」

「ああ」


 國木田 耀以外の張派の術士は、上空に捕らわれた。

 それによりあちこち設置された呪いは殆どが消え、遂に静寂が訪れた廃変電所。


 だが、それは所詮一時のものであると、この二人は感じていた。


 解呪された朝伏たちは、まだ全員顔色が悪い。

 貴暁は自分の両手を見下ろし、何度か拳を握ったり開いたりしていた。


「……くそ、最悪な気分だ」

「見事にやらかしてたわね。めちゃくちゃ」

「緋夕、おまえも大概だったぞ」

「知ってるわよ。だから気分悪いんじゃない」


 緋夕は薙刀を杖のようにして立ち上がり、苦々しく顔を歪める。

 普段ならもっと強く言い返しそうな彼女も、今は精彩を欠いていた。


 彼らには、やらかした記憶がしっかり残っていた。


 最初、水墨三名と朝伏十名で乗り込んだこの地で、彼らは設置された呪いにより錯乱し、敵と味方の判別ができなくなった。

 それから、國木田一行により四方八方から飛んでくる呪いを身に受けて、それからしばらく意識が途絶えて……次に気が付いた時には岩に囲まれていた。


 だから、彼らは覚えているのだ。

 自らが身内を屠ったことと、依月や皐月を襲ったことを。


 芭月は黙って地面を見つめている。

 準陽は棒を抱えたまま、膝の中に顔を埋めていた。


「……芭月さん。僕ら、唯暁さんと兼陽さん、新汰さんを……殺しちゃったんですよね」

「したね」

「うう、なんでこんな……。何かの間違いじゃ……。僕も死んだほうが……」

「……まだ作戦中だよ、準陽」


 芭月のぼそぼそした返答に、準陽がさらに沈み込む。


 明陽は皐月によって二つに折られた弓を悲しそうに見つめながら、乾いた笑いをこぼした。


「しかも、よりにもよって宗家のご息女も狙うとは。私も焼きが回りましたね」

「笑いごとじゃない」


 愛陽が淡々と言う。

 その声はいつも通りに近いが、皐月によって切られた棍棒の柄を握る手には少し力が入っていた。目には涙も浮かんでいる。


 依月は、その六人の様子を少し離れた場所から見ていた。


 味方も元に戻って、どんよりした空気が明るくなるかと思ったが、むしろより重くなってしまった。


 怖かった相手が、今は普通に落ち込んだり、謝ったり、悪態をついたりしている。

 その落差が不思議で、少しだけ胸が痛かった。


「ねー、大丈夫? 元気だして」


 たまらず依月が声をかけると、六人の視線が一斉にこちらへ向いた。

 続けて、功月へ疑問の視線が移り、功月は頷いた。


「上凪の娘、依月ちゃんだ」

「やはり……!」


 六人が一斉に息を吞んで。まず芭月が頭を下げた。


「朝伏を代表して謝罪する。すまなかった」

「いや、操られてたんだし……」

「操られていたとしても、俺たちの身体で、俺たちの力で襲ったことに変わりはない」


 その言葉に、他の朝伏たちも表情を引き締めて、頭を垂れた。

 皆、渦巻いているのは激しい後悔と、悲しみだ。依月にはびしびしとその感情が伝わってくる。


「ぜんぜんいーよ。わたしもさつ姉もみんなも無事だし、なんにもなってないから!」


 ちょっと怖かったけどね! と舌を出して笑顔を見せる依月。

 年下に随分と気遣われた一行は、いろんな感情を押し込んでもう一度だけ礼。

 功月へ向き直った。


「当主。俺たちは——」

「謝罪はいらん。贖罪もいらん。敵の攻撃に俺たちが負けただけのことだ」

「でも、身内に手をかけたことは事実だ」

「お前は『呪術』というものがなんなのか、理解していないのか? 俺たちが相手にしているそういうものだぞ。そして、死の危険が伴う特別作戦なのは皆承知の上での招聘だったはずだ」

「……分かってる。でも、心が納得しない」

「そういう感傷はすべてが終わってからだ。今は横へ置いておけ」

「…………そう、だな」


 苦虫を噛み潰したような顔で引き下がる芭月。

 ほかのメンバーも納得はできないが、でも飲み込むしかない。そんな微妙な雰囲気だった。


 それを見てため息をついたのは、静観していた皐月だった。


「はぁ、アホども。聞きなさい」

「いてててて!?」

「え、なにしてんのさつ姉!?」


 ぐんぐん近づいて、俯いていた芭月の頬をつねり上げる皐月。

 無理やり顔を上げて、皐月と視線を合わさせる。


「あんたらがここに来るのは元々私は反対だった。何故なら力が弱いから」

「何よ皐月アンタ! 死体蹴りする気——いひゃい! ちょっと止めなひゃいよ!」


 突っかかってきた緋夕も逆の手で頬を引っ張り、二人まとめて捕獲された。


 皐月は無表情のまま、二人の頬をさらに少しだけ引っ張った。

 芭月は涙目で沈黙し、緋夕は怒りと痛みで目を白黒させる。


「弱いから反対だった。これは事実。実際、あんたたちは仕掛けられた呪いに負けて、逆に使われた」

「……」

「でも、だから来るなって話じゃない。そして来てしまったのなら、立場を勘違いするなって話よ」


 皐月はようやく二人の頬を離した。


 芭月は頬を押さえて俯き、緋夕は不満そうに口を尖らせる。だが、どちらも反論はせず、続きを促した。


「まず、こちらの目的は御婆様、上凪 弥美を救うこと。それ以上でもそれ以下でもない」

「当たり前でしょ。何が言いたいのよ」

「次に潜入先を決めたのも、敵を甘く見て作戦を立てたのも私たち。……故に、今回のことは私たち上凪家の問題であり責任ってこと。そもそも朝伏側の誰にも非なんてないわ」

「!?」

「見通しが雑だった。本当にごめん」


 そう言って、皐月が、朝伏に頭を下げた。二人は大きく目を見開く。


「だから、これ以上は死なせない。皆の命は私が守る。……代わりに、ちゃんと全力の駒になってほしいのよ」


 長い付き合いの彼らをして、こんな態度の皐月は初めてだった。


「あのさつ姉がちゃんと謝った……!?」


 依月ですら、これだ。

 ショックから回復した緋夕が、悪態を絞り出した。


「……駒って。殊勝なのか不遜なのかどっちかにしなさいよ。あと謝るんなら、なんでアタシら頬つねられた?」

「非が無いくせにうじうじと腹立ったからよ。——上凪の力は強く、朝伏の力は弱い。そんなこと……あんたたちが一番よく知ってるでしょ」

「……ああ」

「知ってるわよ」


「なら、弱いなら弱いなりの戦い方をさせるわ。力が弱い分、数が多い。それならそれなりの仕事がある」


 皐月の声は冷たかった。

 だが、その冷たさの中に、変な熱があった。


「死んだ二人のことを悔やむなとは言わない。もう一人の水墨さんのこともそう。でも、今ここで沈んで、また敵に使われるつもり? それこそ何しに来たの?」


 準陽が膝の中に沈めていた顔を、少しだけ上げた。

 愛陽も棍棒の柄を握り直す。

 明陽は折れた弓から目を離し、皐月を見た。


「弔うのは後。泣くのも後。死にたいとか言うのも、少なくともすべてが終わってから、私にぶつけなさい」


「……皐月さん、それ励ましてるんですか? それとも謝ってるんですか?」

「説教よ」

「ですよね……」


 準陽が情けなく呟く。

 それを聞いて、貴暁が低く笑った。


「ま、コイツらしいわな」

「貴暁さんも笑ってる場合じゃない。一番勝手に突っ込んで暴れてたでしょ」

「お、おう……すまん」

「次に同じことしたら、私が止めるので」

「それは怖ぇな」


 貴暁は両手を上げた。

 緋夕も頬を擦りながら、やや不服そうに鼻を鳴らす。


「……相変わらず、言い方がきついのよ」

「優しく言って聞く?」

「聞かないわ」

「でしょ」


 短いやり取りの後、緋夕は小さく息を吐いた。

 その目にはまだ悔しさが残っている。だが、さっきよりも少しだけ焦点が定まっていた。


「分かったわ。今は戦いに集中。落ち込むのは後、でしょ、芭月!」

「痛い! 背中を叩くな! なんでうちの女性陣はこうも攻撃的なのさ……わかってるよ」

「そうして」


 皐月はそれだけ言うと、視線を空へ向けた。


 依月もつられて見上げる。


 はるか上空には、依月が泡風吹で捕らえた呪術使いたちがまだ浮かんでいた。

 巨大な泡の層はふわふわと漂い、その中で覆面たちが暴れている。

 依月が青を維持している限り、彼らは出られない。


 だが逆に言えば、依月はその間、あの強力な赤を使えない。


「依月」

「ん?」

「上の泡、私が引き継ぐ」

「そんなんできるの?」

「余裕よ」


 当然のように答える皐月。

 依月はぱちくりと瞬きをした。


「誰が使おうと泡風吹は泡風吹。闢則の中身が分かれば干渉できる。依月のはだいぶ雑だけど」

「最後のセリフいる?」

「必須」


 皐月は左手を持ち上げ、空へ青を伸ばした。

 細い光が、上空の泡の層へと向かっていく。


「じゃ、貰うから抵抗しないで。闢則。綾坐縛」


 依月には、その光の動きがよく分からない。

 ただ、皐月の青が泡の表面に触れた瞬間、今まで少し不安定に揺れていた泡たちが、すっと整ったのが分かった。


 ぼんやりと、頭の中にいる青い何かが奪われるような感覚。若干の違和感があるが、受け入れる。

 依月は上空の泡の支配権を失ったことを悟った。


「出力が無茶苦茶ね……減らすか」


 人が入っていない泡を割り、最低限だけ残す。そして高度を落とし、広場へと接地させた。

 距離が縮まったことで泡の中から、籠って「出せ!」「ふざけるな!」などの怒号が聞こえてくる。

 地面が近くなり、割らんと全力で暴れまわっている人も多い。


「纏鎖枷、帰灯断。唱接」


 皐月はそれら一切を無視し、泡は維持したまま、全員を細く長い鎖で縛りあげる。

 鎖がぎゅっと締まり、一際青い光が強く発せられると、縛られた人たちは軒並み昏倒した。


 泡が割れ、意識のない人が雪崩のように地面に積みあがる。


「うわ、さつ姉すっご」

「さっきから同じ感想ばっかりね」

「だってすごいんだもん」


 単純に驚く依月や緋夕たち。

 それ以上に舌を巻いて驚愕するのは、功月、芭月、明陽の3名だった。


「……芭月、纏鎖枷と帰灯断って接げるものだったか?」

「いや、系統が違いすぎて無理だと思ってたけど……」

「接ぐためだけに中身が恐ろしく複雑になってそうですねぇ」


「中身教えてもいいけど、燃費悪いしあんたらの力じゃ多分無理よ」


 軽く息を吐いて青を散らした皐月に、昭陽がツッコミを入れる。


「てかよ皐月、これ最初の接敵でできなかったのかよ? あんな怪我せずに済んだだろ」

「右手に食らってた呪いへの抵抗で殆どが持ってかれてたのよ。しょうがないでしょ」

「どっちにしろ隠して無茶してたのが悪いんじゃねーか……」


 皐月は目を逸らした。

 咳払いをし、視線を愛陽、準陽、明陽の武器へと向ける。


「あとは、武器を無くしたお荷物の三人もどうにかしないとね」

「壊したのはさっちゃんでしょ」

「それで無能扱いは困りますねぇ。性格悪すぎません?」

「明陽さんに言われたくはないと思いますけど……」


 愛陽は恨めしそうに、冷たく睨む。ふたりも苦笑いだ。

 いずれも大事そうに残骸をしっかり握りしめていて、よほど愛着があったようだ。


「仮にも宗家の私が、無計画に巫武具を壊すわけないでしょ」


 と皐月が言い、再度青い光を纏った。


「闢則。神籬久遠結」


 時間が巻き戻るように彼らの武具が修繕され、完全に元の状態へ回帰する。

 復活した武器を手にした三人……特に明陽が驚いた。


 なにしろこの闢則は、事前に式札を貼っていないと使えない闢則なのだ。


「皐月さん、一体いつの間に?」

「攻撃の寸前に小さな札を貼って、そこを壊してる。札の痕跡もわからなかったでしょ?」

「全く見えなかったですねぇ……」

「手の内見せたら誰かに流用されるかもってことで一応ね」

「気持ち悪いほどの手の回しようですな」

「喧嘩売ってる?」

「いえいえとんでもございません」


 なんだかんだ言いつつ、三人は皐月に礼をする。

 功月は皐月の腰に刺さった短刀の鞘を見ながら問う。


「紺影小正は……あの状況では流石に無理か?」

「まぁ、今はそのままでいいわ」


 しかし皐月はあっけらかんとしていた。

 大事な相棒の片割れを失ったにしては軽い態度。功月が片眉を上げるが、特に追及はしなかった。



 一方で、依月は緋夕、芭月、貴暁と話をしていた。


「じゃあさ! やっぱりみんなもわたしの親戚なんでしょ?」

「まあ、あんたが皐月の妹ってんならそうなるわね」


 緋夕は薙刀を肩に担ぎ直しながら答えた。

 依月はぱっと目を輝かせる。


「おおー! じゃあ、緋夕ちゃんっていとこ?」

「違うわよ。そんな近くない」

「はとこ? おば?」

「違う」

「……親戚ってむずかしいね」

「そーね」


 緋夕は雑に頷いた。

 芭月はまだ頬を押さえながら、少し離れた位置でぼそぼそと言う。


「朝伏は上凪の分家筋。血は遠くで繋がっているけど、家としては従属に近いのさ。親戚という言い方は間違いではないけど、関係性としてはかなり特殊だよ」

「じゅーぞく」

「絶対わかってない顔してるわよ」

「わ、わかってるよ。あれでしょ、えっと……りんごが落ちるやつ」

「わーこの子こういう感じかぁ」


 緋夕は一瞬で依月の人間性を看破し、若干のじと目を送る。

 貴暁が豪快に笑った。


「まあ細かいことはいいだろ! 要するに仲間だ仲間! 困ったら頼れ!」

「おお、頼もしー!」

「ただしオレは弱っちい赤しか取り柄がねぇ!」

「堂々と言うことなの?」

「むしろ堂々としとくんだよ!」


 依月はちょっと笑った。

 さっきまで本気で怖かった人たちと、こうして普通に話しているのが少し不思議だった。

 だが、その不思議さは嫌なものではない。


 緋夕は依月をじっと見て、ふいに口を開いた。


「……事前に色々聞いてたんだけど。アンタ、思ってたより普通ね」

「今日それ、いろんな人に言われるんだけど」

「だってそうでしょ。あの『上凪 依月』っていうから、もっとこう……皐月をさらに面倒くさくしたみたいなの想像してたわ」

「そんな化け物みたいな想像やめて!?」

「誰が面倒くさいのよ」


 依月と、少し離れた皐月が全く同じ表情で同時に反応した。

 皐月も聞いていたらしい。


 緋夕は悪びれない。


「アンタよ」

「あとで締める」

「ほら」


 依月は二人のやり取りを見て、少しだけ目を丸くした。

 皐月が同年代相手に、こういう雑な会話をしているのをあまり見たことがない。


「さつ姉、友達いたんだ……」

「いるに決まってるでしょ。こいつは友達というか親戚だけど」

「こいつって言うな」

「いや、さつ姉って人と仲良くしない独り身って感じだからさあ」

「何その評価」

「町の人もそんな感じで見てるよ」

「情報ありがとう」


 皐月は心底どうでもよさそうに返すが、緋夕は楽しそうに笑った。


「まあ、アタシらから見てもだいたいそんな感じよ。無愛想で偉そうで、口を開けば悪態か説教。なのにやたら面倒見がいいから困るのよね」

「褒めてる?」

「半分くらいは」

「残り半分は?」

「悪口」

「よろしい」


 何がよろしいのかは分からないが、皐月はそれ以上追及しなかった。

 依月はその光景を見て、胸の中の緊張がほんの少し和らぐのを感じた。


 知らない親戚。

 知らない異能者たち。


 どこか遠い存在だった。


 けれど、こうして話してみると、ちょっとずつ輪郭が見えてくる。


 怖いだけではない。

 強いだけでもない。

 それぞれに性格があって、癖があって、後悔もあって、それでも前を向こうとしている。


 自分と同じだ。

 

 依月は、自分もその中にいるのだと、少しだけ実感できた。


「……そういえば、依月さん」


 明陽が弓の調子を確かめながら声をかけてきた。


「んー?」

「君は、青を今日取り戻したばかりだとか」

「うん。今朝だよ」

「それであれだけやったのですか。いやはや、宗家というのは恐ろしい」

「いや、わたしほぼ逃げ回ってただけだけど……」

「逃げ回りながら、敵を観察して、地形を利用し、即席で闢則を組み合わせた。十分でしょう」


 明陽は穏やかに笑う。

 だがその目の奥には、戦場を長く見てきた者の冷静さがあった。


「完成度は荒く、見ていて少し心配になるほどですがね」

「ぐさっ!?」

「ですが、発想が柔らかい。泡風吹や墜星だけでああも立ち回るなど、私ならまず考えない」

「確かにね」


 芭月が苦笑しながら同意した。


「わたし天才?」

「ええ。危なっかしい天才ですね」


 褒められているのか不安になる言い方だった。

 皐月が渋面を作る。


「妹を甘やかさないでよ、明陽さん」

「ほほ、失礼」


 愛陽が棍棒を肩に担ぎ、依月を見上げる。


()()()でも機敏で、なかなかいい動きだった」

「ありがとー」

「でも、攻撃は全然だった」

「それはほんとにそうだね……」

「気をつけて」

「うん」


 妙に真面目な注意に、依月も真面目に頷いた。

 依月的に年下か同い年に思うのだが、謎の迫力と雰囲気があって、接し方が一番難しい。


 準陽は少し離れた場所で棒を抱えたまま、依月の方をちらちら見ていた。

 話しかけたいが話しかけづらい、という雰囲気がありありと伝わってくる。


 依月が首を傾げる。


「えっと、準陽さんだっけ?」

「は、はい」

「どうかしたの?」

「いや、その……僕の青、大したことないのに嫌がらせみたいで、すみませんでした」

「あー、たしかにねー」

「うっ」

「でも、すごく嫌だったー。つまり強かったってことじゃないの?」

「……そういう捉え方、できますかね」

「できるできる! わたし、あれで何回も転ばされたもん」

「すみません……」

「褒めてるよ?」

「逆につらいです……」


 準陽はさらに落ち込んだ。

 依月は慌てて手を振る。


「いや、でもほんとにすごいと思う! あの輪っかとか、便利そうだし」

「便利……ですか」

「うん。今度教えてよ」

「僕がですか?」

「うん」


 準陽は目を丸くした。

 自分が宗家の娘に教えるなど、想像もしていなかったのだろう。


「……僕なんかでよければ」

「やった」


 依月は素直に笑った。

 そのやり取りを見ていた芭月が、少しだけ眩しそうに目を伏せた。


「依月ちゃん」

「ん?」

「青を学ぶなら、皐月だけに頼るより、朝伏からも吸収した方がいい。俺たちは力が弱いぶん、誤魔化し方に長けている」

「ごまかし方?」

「弱い力でどう立ち回るか。少ない術でどう場を作るか。宗家とは別の知恵だ」

「なるほど……」


 依月は真剣に頷いた。皐月も否定することはなかった。


 皐月の青は、精密で、強くて、憧れる。

 でも、自分がそこへ辿り着ける気がしない。


 なら、弱い力で工夫する朝伏のやり方は、むしろ今の自分に近いのかもしれない。


「じゃあ、また教えてね」

「……生きて帰ったらね」

「……うん」


 それは軽い約束ではない。

 この場所では、その言葉が妙に重く。


 沈みかけた空気を断ち切るように、功月が手を打った。


「雑談はそこまでだ。状況を整理する」


 全員の顔が引き締まる。


 功月は主要施設の方へ視線を向けた。


 廃変電所の奥にある、一際大きな建物。

 外壁は黒ずみ、窓からは赤黒い光がわずかに漏れている。

 いかにも不気味な雰囲気だ。


「敵の主要戦力は、まだ奥にいると見るべきだ。國木田一派は制圧したが、水墨の話では、他系譜の呪術使いが残っている可能性が非常に高い」

「運命主義に属する呪術使いの派閥は、祝部(ほうりべ)率いる結派(むすびは)國木田(くにきだ)率いる張派(はりは)地燕(ちえん)切派(きりは)鷲尾(わしお)巻派(まきは)、そして(つかさ)繋派(つなぎは)。……少なくとも切派は痕跡があるので確定ですね」

「國木田も当主が偽物だった。ゆえにまだこの施設のどこかにいるぞ」


 花壊照が補足し、雪平もぼそりと続ける。


「特に、奥の建物周辺には結派と巻派の気配が濃いです。張派の仕込みを土台にして、後から効果を重ねているように見えます」

「……つまり、やばい呪いがかかってる?」

「はい」


 功月は結論を言う。


「皐月も言っていたが、弥美さんは、おそらくあの中だ」

「……」


 依月は拳を握る。

 赤の光が、指先に少しだけ滲んだ。


 皐月が横目でそれを見る。


「依月」

「わかってるよ」

「よろしい」


 先に釘を刺され、依月は少しだけ口を尖らせた。


 功月は簡潔に指示を出す。


「前衛は貴暁、緋夕、依月ちゃん」

「オーケー」

「中衛は俺、皐月、芭月、準陽。敵の術式対処と拘束」

「了解」

「後衛は昭陽、明陽、愛陽、水墨の二人」

「任せろ」

「わかりました」

「皐月、依月ちゃんも、それでいいな?」

「ええ、異論はない。依月、赤を使うなら威力を絞ること。青を使うなら周りの動きを阻害しないこと」

「わ、わかった!」


 依月は上ずった声で肯定する。握った拳が白い。

 それを見ていた緋夕が、依月の頭に手を乗せる。


「依月ちゃん」

「うん?」

「前に出すぎたら、アタシが薙刀で引っかけたげるから」

「それ、助けるっていうか転ばせるやつじゃない?」

「転んででも止まった方がいい時もあるわ」

「いやだなー……」

「暴走しなけりゃいいのよ」


 緋夕は口元だけで笑う。

 貴暁は指をぽきぽき鳴らして豪快に言った。


「大丈夫だ! 勢いでなんとかなる!」

「貴暁さんは黙ってて」

「あぁ!? 励ましてんだろが!」

「その励ましはややこしくなるからさ」


 芭月に即座に突っ込まれ、貴暁は不満そうに唸った。


 そんなやり取りの中、依月は少しだけ笑った。


 怖い。

 緊張する。

 ——果たして祖母は無事なのか。



 でも、ひとりではない。


 それだけで、ちょっとは前へ進める気がした。

は、話が進まねえ……という謝罪も込めて。


●操られていた朝伏たち


・朝伏 芭月(はづき)

23歳。暗い性格だが、頭は良い。青が得意。緑と赤はほんの少しだけ使える。青特化の短刀『天絶(あまたち)』を使う。ぼそぼそと理論的に話す陰キャ。昭陽と合わせて皐月によくいじられる。"月"の名を冠すこともあり、この中では功月に次いで力の総量は多い。


・朝伏 緋夕(ひゆう)

20歳。サバサバした性格で勝気。剛が得意で、他はからっきし。赤の受け入れに強い薙刀『反想(はんそう)』を使う、パワータイプの巫。口調は女性的だが、ガサツで奔放な面が多く見える。皐月と仲が良い。目から火花を散らしながら、歯を剥いて笑い合うような関係性である。


・朝伏 貴暁(たかあき)

35歳。豪放磊落で声がでかい。赤が得意で、力は弱いが持久力はかなりのもの。巫参色の力量が貧弱なぶん、筋トレにより基礎力を底上げしようとしている。ゆえに武器を持たず、己の身体のみを信じている。あまり自制が効かず、頭は良くない。


・朝伏 準陽(じゅんよう)

18歳。真面目で卑屈。青が得意。闢則の組立補助と出力増強の機能に特化した棒『轍鎮(てっちん)』を使う。力はかなり弱く、使える闢則も少ないので、見習い的な立ち回りが染みついている。


・朝伏 明陽(みょうよう)

52歳。快活でやや老獪。赤と青が使えるがいずれも弱い。武器は出力増強特化の弓矢『淡灘(あわなだ)』を使用。性格が悪く慇懃無礼なのだが、その内面は情に厚い。


・朝伏 愛陽(あいひ)

16歳。物静かで淡々とした性格。赤と、緑の低位術が使える。武器は無垢な棍棒『塵砕(じんさい)』。低身長と巨大な武器のギャップが激しい。自己完結しており、他者にあまり興味を持たない。赤を纏った棍棒で何かを叩き潰すのが好き。


ついでに、

功月は青と緑を補助する双刀『夢霞重(ゆめかすみのかさなり)

昭陽は緑特化の杖『晴枝(はれえだ)

です。



●「唱接(となえつなぎ)」について


読んでればなんとなくお分かりかなと思いますが、闢則Aと闢則Bを混ぜ合わせるための言霊です。

3つ以上の混ぜ合わせは(実用的目線で)厳しく、また系統の似ている闢則どうしは繋げやすい一方、ジャンルが離れた闢則を混ぜるのは基本的にできないとされています。

重複部分や類似部部の処理を端折れるかどうか、どのように繋ぐかなど、組み合わせ次第で難易度が凄まじく上下します。

発想力と計算力、プログラミング能力がものを言う力です。

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