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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十四話 その2 「依月 対 朝伏」

 乾いた風が、粉塵と土煙が巻き上げている。


 ——激戦が繰り広げられた、岩だらけの広場。


 依月が不慣れな闢則を駆使し、やっとこさ静寂を纏うことが出来たこの空間だったが……。

 しゃがみこんでほんの少しだけ休憩していたとき、不穏な兆しが現れた。


 妙に視界が暗くなった気がする。


 よく見ると、操られた朝伏たちを封じ込めた三箇所の岩檻から、黒い靄が噴き出していた。

 呪いも防げるはずの泡風吹も、なんともないように通り抜けてくる。


「うわっ!? なんかめっちゃケムリ出てる!」


 依月は反射的に立ち上がり、じりっと後ずさった。


 岩の隙間から辛うじて見える。

 黒い靄は岩の隙間を縫い、閉じ込められていた朝伏たちから流れ出ているようだ。

 肌に纏わりついていた暗い糸のようだった呪いが、身体からするすると出て行くような光景。

 受ける印象的には、あまり悪くないもののように思えるが……。



 そして。


 しばしの沈黙ののち、中央の岩檻の内側から、ぼそりと低い声が響いた。



「……なんだこの状況は」


 聞き慣れない、男の声だった。

 理性的な声だ。


「え……しゃべった?」

「何これ。重くて動けないんだけど」


 別の隅の岩檻から、今度は女の声だ。

 薙刀だろうか。なにかで小刻みに岩を小突きながら、苛立ったように吐き捨てている。


「なんだってこんなことになってんの? 狭っ。アタシ閉所好きじゃないんだけど」

「文句言ってる場合じゃねぇだろうが!」


 男の大声。同じ岩の中でがん、と大きな音がする。

 衝撃で泡の層が一つ破れ、詰めた小さな岩がばら撒かれる。

 あの岩と泡が特段ぎちぎちに詰まった檻には、赤が得意そうな二人——薙刀の女と、素手の大柄の男が居たはずだ。


「これは……泡風吹と、墜星か?」

「……マイナーな闢則」

「裏切り者にやられましたかね? 功月の仕業ですか?」


 真ん中の岩檻で、冷静な分析が行われている。

 あそこは青年、少女、壮年の男の三人を放り込んだ場所だ。大きな岩で囲んだだけなので比較的自由な空間にはなっており、隙間から動き回って観察している様子が垣間見えた。


 会話は知的で、話が通じそうなのに。

 何故だろう、依月は嫌な予感が拭えず言葉を発せない。


 彼らの目を見たからだろうか?


 変わらずどろどろとしている、その目を。


「あの、貴暁さんか緋夕さん。近くにいますよね? 僕、動けないんで助けてください」


 最後の岩檻——遠くからちくちくしていた青高いの男を封じたところから、卑屈そうな声が漏れてきた。


 隅の岩檻から、男の怒号が飛んでくる。


「オレたちも簡単には動けん! 自力でなんとかしろ!」

「えぇ……」


 情けない呻きを漏らす小さな岩檻。

 それを止めたのは真ん中の青年のぼそぼそ声だった。


「いや、皆で協力するよ。緋夕、貴暁。全力の剛で突破できる?」

「今やってるわ! 時間かかるけど、いけそう……っ!」

「ぐぬ……ッ! ……ダメだ、オレは力が足りん」


 隅の岩檻で、鋭い赤光が漏れてくる。

 徐々に大きくなる地響き。あれだけの数の岩が、動いているのだろうか。


「じゃあ緋夕がこじ開けて、貴暁は補助。突破できたら準陽を助けてやって」

「了解」


 岩の隙間から周囲を観察しつつ、冷静に指示を下す青年。一瞬依月のほうをちらと見たが、すぐに視線を逸らして内側に向き直る。

 目があったことで、依月の嫌な予感は膨れ上がる。


「ねぇおにーさん……!」


 しかし、勇気を持ってかけた声は全員に届かない。

 青年は何事もなかったかのように、中の三人と会話する。


「明陽さんでは無理として……愛陽、赤で岩ずらせる?」

「無理」

「俺と明陽さんの青となら?」

「いけるかも」

「じゃあそれで。明陽さん、照斜座を使います」

「なるほど? 分かりましたよ」


「「闢則。照斜座(てりしゃざ)」」

「剛」


 青と赤の光が迸り、円状に囲んでいた岩の一つがちょっとずつ、円の外側へ滑っていく。


「ちょっ……!?」


 依月が慌て始めた頃にはもう遅い。

 出来上がった隙間から三人が飛び出し、同時に隅の檻は赤で崩され二人が脱出し、もう一つの檻を破壊する。


 あっという間に、閉じ込めた六人とも脱出した。

 素早く、広場の一角に集結する。


「……でだ。オレたちは何故ここに? あの裏切り者どもをぶっ殺す途中までは覚えてるんだ。芭月は?」


 大柄の素手の男——貴暁(たかあき)は、埋められて凝り固まった身体をほぐしながら、苛立たしげに疑問を呈する。


「僕もだね。ということは、何か敵の策略に嵌まって今まで意識を失ってたということになるのかな」


 小太刀の青年、芭月(はづき)はぼそぼそと周囲を見渡しながら呟く。

 薙刀の女——緋夕(ひゆう)が続ける。


「青の力による拘束。てことは敵は裏切り者の功月じゃない」

「それにしては選ぶ闢則のチョイスが謎だし、力が強すぎない? この岩のサイズ、宗家でもなかなか見ない規模だよ」


「……なるほど、てことは、犯人はアンタ?」

「っ」


 空気が、凍てつく。


 緋夕が。いや、全員が、ようやく依月へと、意識を向けた。


「えーっと……おにーさん、おねーさんたち。朝伏さん……でいいんだよね? は、はじめましてー……」


 嫌な空気を入れ替えんと依月が言葉を探そうとするが。

 そもそも会話をする気が無さそうだ。


「誰この子」

「知らんが」

「その衣装……無彩潜(むさいのひそみ)ね。でも朝伏の者じゃないってことは、コイツもしかして宗家の関係者なの?」

「見たことないですねぇ」


 視線は依月を向いているが、薄膜の向こうの景色のように、直接見ようとしていない。


「しかし、初対面のはずなのに、何故だろうな?」


 芭月は首を傾げながら呟く。

 貴暁はそれに同意しつつ、指をぽきぽきと鳴らした。


「ああ、すげえ殺したい」


 貴暁の殺意に塗れた赤の波動。


「ほえ!? いきなり怖いこと言わないでよ!?」


 依月はびくっと震える。


「あら怯えてるわ。絵面的に貴暁さんが悪側ね」

「んだとコラ緋夕!」

「うるっさいわね。やんの?」

「やるわけねぇだろ今は!」


 喧嘩なのか連携なのかよくわからない怒鳴り合い。

 だが、彼らの視線だけは一度もぶれず、ずっと依月を捉えていた。


 その中で、弓を持った中年の男——明陽(みょうよう)が、からからと乾いた笑いを漏らす。


「うーむ、そこの見知らぬ子を何故かうっかり殺してしまいそうなこの気持ちは……何故なんでしょうねぇ?」

「ね。殺意を抑えきれない。殺っていい?」

「愛陽、ステイ」


 棍棒を抱えた小柄な少女、愛陽(あいひ)が平坦に返す。

 声色に起伏がないぶん、その物騒な内容だけが妙に浮いた。

 棒を持った卑屈そうな男——準陽(じゅんよう)が、愛陽に待ったをかける。


 六人はそれぞれ言葉を交わしながら、依月から目を逸らさない。

 誰も彼もが、普段通りの人格の上から何か黒い膜を被せられているみたいだった。

 声も、話し方も、性格も自然だ。

 なのに、こちらを見ている目の温度だけが決定的におかしい。


 依月は半ば確信し、思わず乾いた笑いを漏らした。


「えーと……もしかして、元には戻ってないのに、目だけ覚めた、みたいな……?」


 依月のセリフ。ほとんど独り言だし、聞かれても問題ないような内容のはずだったのだが——


 何故か、朝伏の温度が急降下する。


「……ほう」

「成程。こいつも裏切り者だ。殺ろう」


 まるで別の言葉を聞いたかのような。


 何がきっかけになったのか。

 表情が抜け落ちた芭月が即断する。


 激情に駆られた緋夕の薙刀から、依月に向けて赤光の衝撃波が飛んでくる。

 突風程度だが、依月はまともに食らって後ろによろめいた。


「ひぇっ!? なんで!?


 依月が叫ぶと、明陽が妙に楽しそうに目を細める。


「安心したまえ、どこの誰かは知らないが。君のことは、丁重に殺して差し上げよう」

「安心要素どこ!?」

「そういうとこだわ、おじさん」

「ほほ、冗談だよ。半分はね」


 そう言いながら、明陽は弓の弦を引いた。

 依月の背が粟立って、反射で右に転がると、直前までいた場所に青い光を纏った矢が刺さっていた。


 芭月が低く制した。


「待て、順番にやろう。まず俺と緋夕で両翼。貴暁さんはフロント。準陽は距離を取って足止め役だ」

「……私たちは?」

「明陽さんは牽制。愛陽は退路潰し」

「了解」


 その会話は、敵を追い詰めるための作戦会議そのものだった。

 なのにどこかいつもの雑談みたいな空気も残っていて、余計に気味が悪い。


 依月は慌てて両手をぶんぶん振った。


「ちょ、ちょっと待って!? わたし味方! たぶんおにーさんおねーさんたちの親戚!」

「見ればわかるわよ」

「え?」


 緋夕が、冷たい視線を送る。


「けど、今は敵だわ」

「もー最悪じゃん! 闢則。墜星!」


 無理だ。ちゃんと知性のある六人を相手にするのは。

 依月は、今度は自分を守るため、全方位を巨大な岩で自身を囲うことにした。


 強烈な地響き。

 依月は円周上に頑丈な盾を顕現させる。


 だが次の瞬間。


「貴暁さん、三つ数えたら」

「おう!」

「一、二」


 ぱき、という嫌な音。

 正面の岩の内側に、ひびが走る。


「三」


 どがん、と。


 まず緋夕の薙刀が岩を切り裂き、正面の岩が一気に崩れる。少し遅れて、脆くなったところを貴暁が肩から力任せにぶち抜いて現れた。


「うぇぇぇ!?」


 依月は驚愕しながらも、反射的に右後ろへ飛ぶ。


 そのまま突っ込んできた貴暁の突進を辛うじて躱すが、すれ違いざま袖口を掴まれ、猛烈に引っ張られる。


「ぶっ飛べオラァ!」

「っ!?」


 そのまま回転の力も加えて、依月を岩壁に向けて投げ飛ばした。


「わああ!?」


 あわやぶつかるタイミング。依月はぎりぎり墜星を解除し、そのまま広場を飛んでいく。

 地面にぶつかる前に、自らに泡風吹を何層か纏わせて、事なきを得る。


「てんで素人だけど、反応はめっちゃいいね——闢則。幽璃薄殻(ゆうりうすがら)


 芭月はひとりごちつつ、闢則を飛ばす。

 三角形が何重にも連なったような青光が依月の泡に直撃し、その全てを貫通した。泡はまとめて弾け飛び、依月は尻もちをついた。


「泡風吹は脆いか」

「でも墜星は使われ方次第ではうざそうですねぇ……」

「褒めてんのか貶してんのかどっちだ」


 わいわい言っているようで、その実、全員が依月を取り囲む位置へ自然に散っていく。

 恐ろしく息が合っていた。


 依月はへろへろと笑った。


「ねー、みなさん急にチームワークよすぎない?」

「元から良いんだよ、オレたちは!」

「いや貴暁さんがそれ言うと説得力が」

「うるせぇ!」


 怒鳴りながら、貴暁が『迅』で突っ込む。

 依月は泡を出してそれを弾き、転がるように回避した。だが、その着地点にはすでに準陽の輪が置かれている。


「うぎゃっ」


 足を取られて転ぶ。

 そこへ緋夕の薙刀が横薙ぎに来る。


「むりーーーっ!」


 泡を二つ。ひとつは刃に、ひとつは自分の下に。

 刃は少しだけ鈍り、依月の身体は下の泡に乗ってぼよんと跳ねる。


 変な軌道で浮いた依月を、今度は愛陽の巨大な棍棒が襲いくる。下からすくい上げるような一撃。


「闢則。墜星!」


 依月は空中で生み出した岩に着地し、棍棒を避けた。


 嫌な気配。


 依月はそのまましゃがみ込む。

 頭上を明陽の矢が掠める。


 岩が落下を始める前に着地。

 すぐ後ろに飛びながら、大きめの岩を複数生み出し、足元に紐を張る。

 だが芭月が、その紐の弱い位置を見抜いて短刀で切った。


「あーっ!」

「杜撰な纏鎖枷だね」


 即席の罠があっさり壊される。


 依月は走るしかなかった。


 広場を大きく回りながら、半泣きで叫ぶ。


「もー! さっきよりずっと強いし怖いしチームワークいいし最悪なんだけど!!」

「当然だわ」

「褒め言葉として受け取っとくぜ!」

「ほめてないいい!」


 逃げる。

 避ける。

 岩を置く。

 壊される。

 泡で囲む。

 破られる。

 紐を張る。

 読まれる。


 じわじわと、じわじわと、依月は追い詰められていった。


 やがて、ついに広場の中央で足を止めざるを得なくなる。

 前に緋夕、右に貴暁、左に愛陽、後ろに明陽。少し離れて芭月と準陽。綺麗な包囲だ。


「うう……!」


 隙がなく、逃げられない。


 ——いや、正確にはまだ手札はあるのだ。


 依月は恨めしげに上空を見上げる。


 このまま殺されるか、大量殺人者になるか。

 最悪な二択が依月の中でぐるぐるする。


「よく無傷で逃げ続けられたもんだなオイ」

「運動神経と反射神経が抜群だ。敵に回ったのが惜しいほどだよ」

「でも、それも終わりですかねぇ」

「いや、どうせまだ墜星を出すに違いないよ……」

「アタシなら先に斬れるわよ」

「殺るなら私」


 六人が、それぞれの得物を構える。


 依月は肩で息をした。

 もう、次をどうするか思いつかない。


 怖い。

 情けない。

 泣きたい。


 でも、泣いてもどうにもならない。


「……ばーちゃん」


 代わりに、来た目的がぽろりとこぼれた。


 そう、こんなところで、死ぬわけにはいかないのだ。


「抜けられないよう、一斉にかかる」


 芭月がどこまでも冷静に、陰湿に号令する。

 手を振り、合図を送る。


 全員が同時に獲物を構え、包囲網を縮めながら走ってくる。



 ——もう無理だ。ごめんなさい。



 依月は、ぎゅっと目を瞑って、手札を切る覚悟をした。







「闢則。纏鎖枷」







 広場の端から、澄んだ声が響く。


「!?」

「なんだ……!?」


 依月が目を開けると、六人とも、頑強そうな太い鎖の形をした青い光に囚われていた。鎖は全身に絡みついており、ぴくりとも動けない。


 自分には、とても出来ない芸当だ。


「依月、無事?」


 抜き身の刃のように鋭くて。

 雪解け水のように冷たく優しい声。


 そのたった一言だけで、依月の表情がぱっと変わる。


「さつ姉!!」


 振り向く。


 そこに立っていた皐月は、先ほどまでの満身創痍ぶりが嘘みたいに、まっすぐ立っていた。

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