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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十三話 その2 「みっつの手札」

 圧倒的に不利な鬼ごっこ。


 こんなことをしている場合でもないのに、依月は半泣きで全力疾走して逃げ惑っていた。

 鬼はもちろん、本来であれば味方だったらしい、半狂乱のあの人たちだ。


「闢則。纏鎖枷!」


 もう何度目かもわからないが、頼りない細い紐を何重にも束ねて、足元の瓦礫と瓦礫の間にぴんと張って、飛び越えて走る。

 一本のままだとすぐ千切れる役立たずでも、束ねれば多少は強度がましになる。

 後ろを追っていた先頭の朝伏がそれに躓き、盛大にすっ転んだ。


 うまくいったようにも見えるが、一人引っかかると強度限界を迎えて千切れ、紐は儚く消える。

 だから、一人転ばせても、あと五人はそのまま追いかけてくるわけで。


「もーやだー!!」


 いつまでも終わらない逃走劇に、依月は心からの叫びを漏らす。

 せめて赤が使えるなら——何度そう思ったことか。そしてその原因を作った、ちょっと前の自分に文句を言いたい。


 赤を使えない以上、身体機能は生身相当であるので、ずっと逃げ続けた依月の息がそろそろ上がってきた。


 幸いと言うべきか、六人とも理性とともに知性すら失われており、ろくに『迅』も発動できていない。

 たまに発動したかと思ったら、速度調整もできず見当違いの方向に勝手に吹っ飛んで何かにぶつかり、効果が切れてまたのろのろと戻ってくる。


 だから、依月は辛うじて逃げ続けられている。

 なんだか……操られているというよりは、最早廃人の様相だ。


「ほんとどーしよ……?」


 細い路地に入り、入り組んだ道を器用に走り抜けながら、依月は泣き言を言う。

 何回この施設中をぐるぐるすればいいのだろう。


 何か所か纏鎖枷を張って即席の罠を仕掛けつつ、障害物の多い路地を進む。


 逃げ場所が良かったのか、相手は大きく遅れている。


 依月はひとまず壁に背をつけて、肩で息をした。


「はぁ、はぁっ……うぅ……」


 喉が熱い。脚も重い。

 ずっと全力で走っていたわけではないのに、赤を使えない状態でここまで動き続けたのは、やはり消耗が大きかった。


 でも、それ以上にきついのは気持ちのほうだ。


 追いかけてくるのは敵じゃない。

 味方のはずだった人たちだ。

 しかも、明らかに普通じゃない。何を言っても届かないし、こちらを見ている目も、人を見るそれではない。


「やだなー……」


 ぽつりと、弱音が落ちる。


 けれど立ち止まってもいられない。少し離れたところで、また何かが倒れる音がした。障害物にぶつかったのか、それともさっき張った紐に引っかかったのか。ほど近い場所からだ、いずれにせよすぐにまた追ってくる。


「どーにかしないと」


 依月は額の汗を拭い、路地の先を見た。


 右手に細い通路。左手には半分崩れた小屋。正面は少し開けた空間になっていて、そこから先はまた広い通路に繋がっている。

 見回して、ふと足元に転がっているものに目が止まった。


 大きな砕けたコンクリート片だ。

 崩れた小屋の土台部分が欠けて落ちたのだろう。

 派手に砕けており、ほとんど石にしか見えない。


 石と言えば——。


「……岩かー」


 残るひとつの闢則、『堕星』。


 依月は今までそれをほとんど使おうとしなかった。理由は単純で、危なそうで怖いからだ。

 岩を落とす、という響きからして危険極まりないし、やり方を間違えれば人なんて簡単に潰れてしまう。


 けれど、よく考えたら。

 別に「大きい岩」を「高いところ」から「人に向けて」落とす必要はないのではないか?


「……あらかじめ落としとく? それか、小さいのを低いとこからなら大丈夫かな」


 人を傷つけるほどじゃない。

 でも、足止めにはなるかもしれない。


 その発想に至った瞬間、依月の目が少しだけ明るくなった。


「……やってみよ」


 依月は小さく呟いて、掌を上に向けた。

 青の知識を読み解きながら、ぼんやりと完成形をイメージする。


「闢則。堕星」


 仄かに光を発して。

 手のひらの少し上に、握りこぶし半個くらいの灰色の丸い石が現れた。


「おー」


 思ったよりあっさり出たので、依月は目を丸くする。

 石は少しだけ空中を漂ったのち、そのまま重力に従って手の上に落ちてきた。

 そこそこの重み。

 けれど角はなく少しツヤっとしていて、川辺に落ちてそうだ。


 依月にとって形やサイズは良いが。

 少しだけ滞空しているのが懸念になりそうだった。


「出すタイミング難しいなー」


 落としたいタイミングよりも、滞空時間を考慮して少し前に発動しなければならない。


 調整を面倒に感じた結果、さらに依月は天啓を得た。


「えっと、じゃあこれを……」


 今度は、その石を泡に入れてみる。


「闢則。泡風吹」


 薄青い泡が石を包み、そのままふわりと空中に浮いた。


「……!」


 依月は息を呑む。

 泡の中に取り込まれた石は、重さを失ったかのように静かにその場に留まっている。指で押すと、ふよ、と前に動いた。


「これ……もしかして」


 さらに、泡の中に大量に小さな墜星を生み出し、入れる。次に、それを細い纏鎖枷で引っ張ってみる。

 紐は相変わらずほつれて頼りないが、空中に浮いた泡なら、少し引くだけでも動く。


「わ、動く」


 依月は何度か左右に揺らしてみる。

 泡の中の石は、ふわふわと漂いながらも、簡単には割れることなく、簡単に持ち運べそうだった。


「天才かも」


 ぽつりと呟いたところで、後方から、あの気味の悪い絶叫がまた近づいてきた。


「ぎアアアアア……!」


「ひぃっ、来た!」


 依月は慌てて実験を中止し、その場で小さな石入りの泡を三つほど作ると、纏鎖枷で引っ張りながら逃げる。


 タイミングが大事だ。それに、これだけだと全然足りない。


「闢則。泡風吹、墜星、纏鎖枷!」


 今の依月が採れる手札をすべて、一気に切る。

 20の泡、中にぱんぱんに詰まった小さな岩。とりあえずこれくらいだろうか。


 さらに、泡を引っ張る役割だけでなく、足元に纏鎖枷のトラップも準備して、紐の向こうで追いかけてきた朝伏達のほうを向き、立ち止まる。


「ばっちこい!」


 依月の挑発が効いたわけでもないだろうが、一人が偶々『迅』を発動。真っすぐに高速で迫ってくる。

 彼は何重もの紐で作られた罠に引っかかり、派手に転倒した。


 紐が千切れるか千切れないかくらいの瀬戸際で、依月は気合を込めて叫ぶ。


「泡風吹、割れてっ!」


 持っていた20の泡を男へ投げつけ、倒れ込んだ瞬間に、すぐ頭上で泡風吹だけ解除した。


 途端に重力に従って、丸い岩が男に積み重なっていく。超低空で割ったのもあって威力は相当低そうだが、中に詰め込んだ量は半端ではない。


「おお!?」


 依月が思わず歓声を上げる。


 出来上がった小石の山の麓に、男があまりの重さでぴくりとも動けず唸っている。

 作戦成功だ。


 もちろん、これだけでは済まない。男が『剛』を発動したら、拘束できるか怪しそうだ。

 それに、後ろの二人目以降が踏み越えて迫ってきている。けれど、狭い路地だ。じゃりじゃり崩れる小山が障害物になり、もたもたしている。


「よ、よーしっ」


 依月はすぐさま次の「岩入りの泡」を作りながら、路地の奥へと走る。


「これ、ちょっといけるかも!」


 胸が少し高鳴る。

 逃げるだけしかできなかったのに、今はほんの少しだけ戦えている感じがあった。


 依月は走りながら考える。


 泡に石を入れて浮かべれば、簡単な障害物を確保できる。

 紐で引っ張れば配置も変えられる。

 そしてこの感じだと……人の上に落とさなければ、大きな岩を直接作っても良さそうだ。

 ならば——。


「誘いこもう……!」


 直接捕まえるのではなく、まずは相手の動きを制御する。

 行きたい方向へ行かせず、行かせたい方向へ追い込む。


 それなら、自分にもできる。


 依月は次の角を曲がりながら、路地の出口の左右に巨大な岩を配置した。

 進路を狭めるように、完全には塞がない。

 相手がぎりぎり通れると思いそうな程度に隙間を残す。


 数秒後、狂乱した朝伏たちが雪崩れ込んでくる。


 先頭の男がその隙間を抜けようとして、岩に肩をぶつける。

 苛立ったように無理やり押し通ろうとし、後続がそのままぶつかって渋滞した。


「泡風吹! からのー、割れて!」


 玉突き事故した隙をついて、全員を大きな泡で囲い込み、用意しておいた岩入りの泡をその中で割る。


 岩と人でぎゅうぎゅうに満たされる泡。


「よしっ……!」


 その光景を見届けて、依月はさらに先の広場へと飛び出す。

 この程度では、どうせすぐ突破される。


 そこは建物の残骸も少なく、比較的開けた場所だった。厳密には広場というほどではないが、少なくとも、この鬼ごっこを終わらせるにはちょうどいい。


「墜星っ!!」


 三メートルはありそうな巨大な岩を、いくつも広場に落とす。

 これは、後の布石だ。


 依月は足を止め、振り返る。


 狂乱した朝伏たちは、なおも唸りながら依月へ向かってくる。

 その黒い糸はまだ彼らの身体にまとわりつき、意思を塗りつぶしていた。


 最初に拘束した男も、『剛』でも発揮したのか山が崩れたのか、抜け出して六人に戻っていた。


 息は荒い。脚もがくがくしている。

 それでも、目の前に来る六人を見据えた。


 依月は掌を開き、ゆっくりと構える。


「ごめん。ちょっとらんぼーかもしれないけど……」


 深く息を吸う。


「今度こそ、ちゃんと捕まえるから」


 そう呟いて、依月は青の光を灯した。

「もっと上手いやり方あるだろ」と思った方、その通りかと。



このシーン内で説明できる人間がおらず、今後言及する展開を作りにくいためここで補足です。。


6人の朝伏は、功月たちと争っていた当初( 第十二話 その1 ) では明確に自我や知性を持っており、呪いによって”敵対心”と”悪感情”が操られていました。「黙れ裏切者が!」等のセリフを吐いていたのはそのせいです。そのため巫参色も十全に扱えていました。


ですが、その後國木田たちが合流して以降、無差別に飛んでくる呪いを無防備に受け続けた結果。甚大な精神汚染が進行し、ほぼ廃人のような状態へと化してしまっています。

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