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神祇の彼方 -B.T.D.-  作者: VBDOG
■第一章:この身に三つの色を
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第十三話 その1 「彼らは何処」

 すり鉢状に抉れた広場の中心。


「うーん」


 少女は空を見上げて、唸っていた。


 目線は空に浮かぶ大丈夫様々な泡を、ひとつひとつじっくりと追いかけている。

 正確には、泡ではなくその中のもの……閉じ込められた人を観察しているのだ。


 数分続け、やがて眉根を寄せて呟く。


「いないなー」


 依月の頭の中では、朝伏当主、功月の台詞が反芻していた。


『——あとすまない。敵の隊の中に呪いで操られている仲間が六人いる。同じ朝伏の一族だ。正気に戻してほしいとまでは言わないが、見かけたら捕らえてほしい。できればでいい。無理なら見逃してくれ』


 その言に従って、先ほどまで依月は施設中を走り回りながら軽く敵を観察していた。

 だが、どこにもそれらしい人はいなかった。人ごみに埋もれて見逃したのか、それともどこかに隠れているのか。

 いずれにしろ、一緒くたに空に巻き上げて、じっくり見分ければいいやと雑に判断した。

 ……見つけたとて、その後どうするかは全く考えていなかったわけだが。


 結局。空に浮かんでいるのはどれも同じ、覆面と狩衣のような格好しかいなかった。

 捕らえられたのは呪術使いのみということだ。


「うーん」


 もう一度唸って、視線を水平に戻す。


 操られた朝伏たちはどこに行ったのだろう?


 なんとなく考えられる方向性はふたつ。

 何故か施設外に移動したか。

 依月たちがまだ足を踏み入れてないあの場所——弥美もいるとされる主要施設の中に一緒にいるか。


 功月が嘘を言っている可能性は……依月は考慮しない。


 施設外に意識を向け、『世界の声』を聴いてみる。


 変電所は深い森に覆われ、ずっと先まで針葉樹が隙間なく生えていた。光を我先に集めんと伸びた葉っぱで光は土に届かず、どこか陰鬱としている。

 土地柄なのか、船麓と違ってここの木々たちは大人しく、静かだ。

 生き物も少なく、有用な情報が集めにくいが……一帯を聴きとってみた結果としては、人らしき存在は感知できない。


 一応施設内を『世界の声』で聴きとってみるも、呪いのせいなのか、あらゆる生物、植物の気配がない。

 ろくな情報源が見つからず……一旦諦めて現実に回帰する。


 となると、一応の目標はあの大きな建物内部になるだろうか。

 弥美のことも考えると、確実に行かなくてはならない場所だ。


 ——進むべきか、戻るべきか。



 依月は悩んだ。

 戻るべきなのだろう。ひよっこの自分だけでどうにかできるとは思えない。


 でも。


 爆風に巻き込まれた祖父と、首から血を噴き出した姉の光景が脳裏をよぎり。

 心がざわりとして、身震いする。


「じーちゃん、さつ姉……」


 また似たようなことが起きはしないか? どちらも辛うじて一命を取り留めたが、次は?


 でも。


 自分だけですべてを判断、対処できるほど自惚れている訳ではない。

 ……なにしろ、異能に触れてからまだ一月も経っていないのだから。


 依月は脚をばたばたさせながら唸る。

 二の足が踏めない。どちらを選ぶのも不正解な気がして。

 赤を纏えない状態にいるのは失敗だった。あの全能感、向かうところ敵なしと言えるまで気持ちが大きくなる、あの感覚が今こそ欲しい。


 空を見上げる。


 泡の層は遥か高所で安定している。中で暴れる者は多いが、ひとつとして破られていない。刃や呪具でさえ、強靭な泡が柔軟に受けとめている。

 彼らを閉じ込める強固な檻であり、彼らを守る命綱だ。


 自分がつくった檻の責任は、自分が持たねばならない。


「今は青しかむりだもんなー」


 ——そう口に出したことで気がついた。


「……紐と泡 だけでどうやって戦えばいいんだろ」


 現在、採れる手札は三つの闢則しかない。うち「岩」は試したこともないし、危険そうでなかなか選びづらい。


 ……無能がひとりで潜入してうまくいく未来が見えるはずもなく。

 依月はやむなく戻ることを決意する。



 踵を返そうとした時、ふいに背中がぞわりとした。



 よく分からないが、この力を手に入れてから何度か経験した、嫌な予感だ。


 本能に従って咄嗟にしゃがむ。


 頭の上を、風切り音が通り抜けた。


「わっ!?」


 しゃがんだ依月の髪が、遅れてふわりと舞う。


 頭上を掠めたのは、何者かが振りかぶった短刀の刃だった。


 急襲を失敗した何某は踏鞴を踏みながら、勢い余って依月の前方へとふらふらと現れる。


 ——ずいぶんとぼろぼろの男だった。


 その人物は、ここまで戦ってきた覆面の呪術使いとは、様相が明らかに異なっていた。

 擦り切れたその格好は彼らよりも、上凪や朝伏のそれと同質で。

 獣のように歯を剥き出し、瞳はどろどろに濁っている。

 見るからに正常でない。


「も、もしかして……いや、っていうか、どこから!?」


 不思議なのは、直前まで全く気配もなかったし、そこは人っ子一人いない開けた土地だったこと。

 依月が嫌な予感がするまで、そこには誰もいなかった、はずだ。


 不気味な状況に依月は距離を取ろうとして、後ろに足を踏み出したその瞬間。


 足元の影が、ぐにゃりと歪んだ。


 黒いもやが地面から噴き出し、煙が視界を奪う。鼻腔を刺すような、焦げた呪符のにおい。

 設置型の呪いであれば、依月は何となく勘で察知できた。

 だが、これは突然だ。


「うわわっ!」


 息を止める暇もない。全力で後方へ跳ぶ。


 もやの中から、影が飛び出した。

 五つの人影だ。だが、その動きが尋常でない。

 地面を蹴る勢いが乱暴で、腕が千切れそうなほど武器を闇雲に振るっている。


 刀らしきものの剣線が、依月の眼前を通り過ぎる。


「ひいっ、あっぶな!!?」


 咄嗟に下がっていなければ、煙に乗じた大振りを食らって大けがしていただろう。


 最初の一人を含めて、合計六人。


 功月の言葉が頭の中で蘇る。


『敵の隊の中に呪いで操られている仲間が六人いる』


 見つけた。

 いや、それとも見つかったのか?


 男女混合。年齢もばらばら。けれど全員が見覚えのある装束を身に着け、そして全員が同じように目を濁らせ、荒い息を吐いていた。


 六人は、完全に依月へと意識を向けている。

 彼らは意味を為さない唸り声を上げながら、それぞれの得物を振るって迫ってきた。

 依月は全力で躱しながら、後方へと逃げざるを得ない。


 力の気配も、やはり功月たちに似ている。だが、目が——目がどろどろだ。黒い濁りが眼球の奥に貼りつき、口元は涎を垂らすほど開いている。その表情は狂気に囚われ、依月を憎々しく睨みつけてくる。


 そして、全員の身体の周りに、薄い黒の糸がまとわりついていた。蜘蛛の糸みたいに細いのに、存在感だけがやけに濃い。


「これ、操られてるっていう仲間の人たちなんじゃない……!?」


 功月のお願いをもう一度思い出す。

 呪術使い達のように、捕まえることはできるだろうか。


 一際大柄な男が、突如獣じみた唸りを漏らして駆け出した。

 同時に左右の二人が青の光を灯す。右からは細い蔓、左からは不格好な輪のようなものが飛んでくる。


 闢則らしきものだが、うまく形を成していない。


 依月は走りながら、反射で「迅」と言いかけて喉で止めた。

 ——駄目だ。今は色を変えられない。


「……っ! 闢則。泡風吹っ!」


 代わりに、後ろに向けて泡風吹を送り込む。

 依月と朝伏を隔てるように生まれた大きな泡の壁。そのうちの正面の男を泡の中に取り込むことに成功した。

 飛んできた蔓は泡に巻きつき、輪は泡の表面で滑って逸れる。


 喜ぶのも束の間。


「ぐぎ、が、ぬああ……剛ッ!!!」


 閉じ込められた男は半狂乱でありながら、赤の闘廻を発動し、拳で泡をあっけなく破壊した。


「げえ!?」


 泡は連鎖的に割れていき、せっかく作った壁は一瞬で消え去る。


 上空の人はこれで余裕だったのに。

 ……泡風吹で駄目なら、あとはひょろひょろの脆い紐しか対抗のすべがない。


「えーっと、ねえ……朝伏さん、なんでしょ……?」

「ごあ……ぎ……」

「ね、わたし、味方だよ……? おじさんたちも待ってるよ……?」

「うが、あああ……」


 じりじり、と依月は下がり、ゆらゆら、と朝伏たちは迫る。


 ぱき。


 些細なきっかけ。依月がたまたま踏んだ、廃材の木片。

 その音に反応したのか。

 奇怪な絶叫を上げながら、赤い光を纏って一斉に襲いかかってくる。


「ごアアアアア!!!」

「いやーーーー!! むーーりーーーー!!!」



 依月は、涙目で全力疾走するしかなかった。

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