終章-1 事の顛末と、そして……
終章です。思ったより長くなりました。
その後、人間界では大変な騒ぎになっていた。
タクス家の問われた罪は魔術具の密売に留まらず、詐欺まがいの強引な買収の過去や、酒場の襲撃事件への関与が明らかになり、商会としての存在を抹消された。
さらに財政人、政治家との取引も芋づる式に明らかになったことで、腐敗した国の姿があぶり出される結果となった。
劇団トロピカも、団長ヘイルが事件に関与していたことで解散された。もともと経済的に厳しい状況だったこともあり、解散はあっけないものだった。
しかし散り散りになった団員達は、あちこちで小さな劇団を立ち上げているらしい。その全てが形はどうあれ良くわからない果物のマークを使用しているので、トロピカ出身者かどうかはマークを見ればわかると言われている。
ちなみに新興劇団の中で一番有名なのはケント・トルパーの立ち上げた劇団だ。実力はもちろん、ファンのマナーが格別だと聞く。
一方で腐敗した国の中枢に民衆の怒りは高まり、国家の存続すら危ぶまれる事態となった。だがタチアナの父やアスコットの尽力もあり、国としての「落としどころ」を見つけたそうだ――その「落としどころ」は後で説明させてほしい。
回復した私はお世話になった酒場に挨拶に行くなり、ソーマに縋りつかれてわんわん泣かれてしまった。
ソーマいわく、「あの時、一番安全だったのは酒場の中だったのに、追い出して悪かった」ということらしい。
酒場が襲撃された後、買い出しからマスターが戻ってくる前にはソーマの手で全て片が付いていたらしい。すっかり伸びている大男と、大泣きしながら「ルトアシアを探す」と騒ぐソーマの相手で大変だったと、マスターがげっそりした顔で語っていた。
なぜソーマがそんなに強いのかという理由はついに本人の口から聞くことが出来なかった。しかし、彼女の行動原理が「マスターに誉められること」ということと、マスターが「元傭兵出身」だということを上手くつなぎ合わせると良い、と教えてもらったので、そういうことなのかと納得している。
グレーヴは事件の後、しばらく各所に頭を下げて回っていた。それはお世話になっていた支援者たちを始め、自分やトロピカのファン、そして魔術管理官の監視の下、抑留されているレナータやクレムト、ヘイルの元にも及んだ。
時には門前払いを喰らったり、水をかけられたりすることもあったらしい。レナータに関しては管理官から「刺激を与えるのでやめてほしい」と面会を断られてしまったとも聞く。
町ではグレーヴの行動について「誠意がある」とか「ただの偽善」とか「責任逃れだ」とか、様々な意見が賛否両論巻き起こっていた。
しかしそんな人々の声も聞こえなくなってきた頃、グレーヴは町から姿を消した。
そしてもう一人、町から姿を消した者がいた。
§
賑やかな子どもたちの声が遠くなり始める黄昏時、一軒の小さな家の扉を叩く音が静かに響いた。
家の中の気配が扉に近づいてくると、イグナスは無意識に姿勢を正していた。
「はいはい。お待たせ……おや?」
扉が開き、一人の男性が隙間から顔をのぞかせた。イグナスの知る姿からだいぶ年を重ねていたが、目的の人物で間違いなさそうだった。見覚えのある眼鏡の奥の瞳が丸くなる。
「ご無沙汰しております、義兄上」
「……まあ、これはこれは失礼しました。狭いですがどうぞ、お入りください」
イグナスの声に驚きで止まっていた男性の時間が再び動き出した。そして頭を下げるイグナスを止めながら、慌てて家の中に招き入れた。
イグナスが義兄と呼んだ男性は扉を閉める時に外をきょろきょろと見回し、イグナスに尋ねた。
「お連れはいないのですか?」
「今日も一人です」
「ははは。陛下がうちに来るときは大抵一人ですね。その時はリュカもいて賑やかでしたが……」
男性が口にした懐かしい名前は、愛する妻の名だった。イグナスがリュカを見初め、求婚に訪れていた時期の話だ。
狭い家の中は、兄妹が暮らしていた帽子店の様子と変わらず、小ざっぱりとしていた。懐かしさから部屋の中を見回していたイグナスに男性は声をかけた。
「お茶をお淹れしてもよろしいですか? お時間は……」
「もちろんいただきます。あちらのことも、だいぶ息子に任せられるようになったので」
イグナスは息子の顔を思い浮かべながら答えた。男性も同じように、今や頼れる王太子となった長男の姿を思い浮かべてたらしい。
「そうですか。もうそんな年になりましたか……」
懐かしそうにつぶやきながら男性は、イグナスに席を勧めた。イグナスは勧められるまま席に着くと、さっそく本題を口にし、頭を下げた。
「娘の件、ご連絡いただきありがとうございました」
「そんな! どうぞ頭をお上げください。私は何もしておりません。むしろ責められるべき人間です」
慌てて頭を上げさせようとする男性に、イグナスはこれまでずっと抱え続けていた後悔を口にした。
「……いいえ。私はあなたに謝らなければならないのです。リュカのことも……救えずに申し訳ありませんでした。私がもう少し気の配れる人間だったら、あの子たちにも、あなたにも、こんな思いはさせなかった……」
まるで懺悔のようなイグナスの謝罪を男性は穏やかな顔で聞いていた。
「妹のことは陛下が頭を下げることではありませんよ。全てそうなる運命だったのでしょう」
男性の静かな声が二人の間に落ちる。
「きっと妹が一番気がかりだったのは遺した子どもたちのことでしょうね。あなたは男手一つで立派に育て上げたと聞いていますよ」
「いいえ。私ではありません。ずいぶんと周りの者に助けてもらいました」
「十分です。助けを求められるのも、大切な力ですから」
男性はそう語ったあと、小さな眼鏡の奥を楽しそうに細めて続けた。
「そして、あの子――ルトアシア殿下。リュカによく似ておりますね」
「……そうですね」
苦笑いしながら答えたイグナスを男性はにこにこと眺め、うんうんと一人満足したように頷いた。
「大きく成長なさいましたね。でも今回ばかりは陛下も御兄姉方も、さぞ心配なさったことでしょう」
「子どもたちは『前例を持つ彼がいるから大丈夫だ』としか言いませんでしたよ……。むしろ『そうなればいい』とも言っていましてね、勝手なものだ。何度『こちらで結婚相手を探す』と提案したことか」
「父親は複雑ですねえ」
「それ以上に王女としての自覚はどこにいったのやら、です……」
眉間にしわを寄せたイグナスに、男性はからからと笑ってみせた。
ルトアシアの兄姉たちは大層グレーヴを買っていた。今回、ルトアシアをこの国に送り出したのも兄姉たちだった。
(ルトアシアの心を奪った彼に『責任を取ってもっと成長させてもらおう』だなんて。こちらの気持ちも考えずに、あの子たちは……)
「しかし、陛下ほどの力をもってしても変えられないというのは恐ろしい物ですね。魔力を持つ者というのは、これほど波長の合う相手に強く引かれるものなのでしょうか」
「……と、聞いております。私からは少々口にしづらいですが」
きまり悪そうに語るイグナスに、男性は眼鏡の奥で数回瞬きをし、すぐに声を上げて笑った。
「ははは! そうですね。初めてあなたに声をかけられた時のリュカの顔を思い出しましたよ。心配いりません。リュカが幸せになれて、兄としてはそれだけで十分です。それに殿下のお相手があの子で良かった。少々頼りないですが、根は真面目な子です」
本心だと疑いようのない言葉にイグナスは救われたような気持ちを覚え、そして再度深々と頭を下げた。
「大変世話になりました」
「……いい子に育ちましたね」
男性はぐるっと部屋を見回した。この数十年、この国で少しずつ整えた自分の城だった。
「この国は案外住みやすかった。魔力の少ない私には合っていたのかもしれませんね。
さて、そろそろ参りましょうか……」
「義兄上……」
「はは、ジェイで良いと申し上げていますのに」
小さな眼鏡を押しあげ、ジェイはイグナスよりも先に席を立った。
追うようにイグナスが立ちあがると、
「今回の件、友人が追い詰められていたことに気づけなかった私の罪でもあります」
と、ジェイは厳しい表情で言った。
「かつて彼に――ヘイルに魔術具の価値を教えたのは私です。まさかまた手を染めるとは思いませんでしたが……」
「まだ全容は解明されていませんが、他にも手引きをした人物がいるようです。義兄上の責任を問われることはないでしょう……」
庇うようなイグナスの言葉にもジェイは静かにに首を振った。
「私も魔力の有り無しに囚われず、自分を見つめられれば良かった。『魔力の少ない兄は王妃になるリュカの恥になる』と言いながら、私は自分から逃げたのです。私が自分を受け入れられていれば彼は知ることもなかった……。まあ、奴も私も、その道を自分で選んてしまったのですがね」
イグナスはジェイの告白を何も言わずに静かに聞いていた。ルトアシアに似た深紅の瞳は、窓から入る西日に照らされ、さらに深く紅く染まっている。
「あの子にはつらい思いをさせてしましましたね」
「……いいえ。これも運命です。あの子たちは受け入れていきます」
そう語るイグナスの紅い瞳に見つめられ、ジェイは安心したように微笑んだ。
「そうですね。いつか、またゆっくりとお会いできるでしょうか。ルトアシアお嬢さんと……」
「ええ、必ず……」
同じようにイグナスも微笑んだ。
どこからか吹き込んだ風は、甘く柔らかな花の香りに部屋の中を満たした。
その日を境に、郵便局員のジェイは町から忽然と姿を消した。
しばらくの間ジェイの失踪事件は人々の話題に上っていたが、やがて記憶の中から姿を消していった。
本日12時の更新で完結となります。




