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8-8 推しと私(2)

 ルトアシアは堪らず声を張り上げた。


「どうして……、どうして私の言うことを認めてくれないのよ! こんなに私のせいだってことがわかっているんだもの! 私を責めてよ!『全部ルトアシアが悪い』って言ってよ!」

「それはできない」


 ルトアシアの剣幕に思わず黒髪に添えていた手を離したものの、グレーヴの返答は冷静だった。その冷静さもルトアシアには大きな衝撃だった。ルトアシアはグレーヴに責め寄り、自分のせいだと言うよう求めた。


「お願い、言ってよ……っ!」

「できないよ」

「どうしてっ――」

「ルティちゃんが俺に言ってくれたんじゃないか。『自分でそこに行きつくように道を作っている』って。『人のせいにしたらいけない』って」


 ルトアシアは何かを思い出したようにハッとグレーヴの顔をみた。みるみる丸くなっていった紅い瞳からは再び涙がこぼれ始めた。


「だって……私、自分がわからないんですもの。私、うまく演じられないなら全部壊したいと思ってしまったの。嫌なことも、逃げたいことも、全部。

 そうすれば、全部私のせいになるじゃない。私がこの国に来てしまったから。私が魔界に生まれたから……」


 ――私のせい。

 彼女が語り続けるその一言には、麻薬のような魅力があるとグレーヴは思った。


(誰かのせいではない。あくまでも『自分のせい』だというんだな、ルティちゃんは……。でも、今ならそれも体の良い理由づけなんだってわかる)


「君がそうしたかった、って言っていいんだよ、ルティちゃん……。もちろんそれが受け入れられない人もいる。けど、君のことを受け入れたいと思う人だっているんだ」


 ルトアシアはグレーヴの言葉を黙って聞いていた。

 それはグレーヴが自分自身に向けた言葉でもあった。


(俺も『何かのため』っていう理由をつけてたくさんの人を傷つけてきた。もう取り返しがつかないことも多い。考えてしまうと怖い。怖いけど、俺は向き合っていかないといけない。俺を見ていてくれる、彼女のためにも……)



 だがルトアシアはグレーヴの想像よりもはるかに諦めが悪かったのだ。一旦納得したように見えたルトアシアだったが、また噛みつくようにグレーヴに反論を始めた。


「だって、私はこんなにひどい事しちゃったし、それに皆どうせあっという間に大人になって私を置いていくじゃない! 嘘よ、そんなのあり得ないわ」

「っく、くく、……っははは! ほんと、ルティちゃんって――」


 真面目な顔で訴えるルトアシアに、グレーヴは耐え切れず笑い声をあげた。


「……君も大概頑固な子だな。無駄に年だけ食ってしまったと思っていたけど、今はじめてそれでよかったと思ったよ」


 目尻に涙を浮かべるほど笑ったグレーヴを、ルトアシアはきょとんと見つめていた。グレーヴはルトアシアが膝の上で固く握りしめていた手をおもむろに取った。


「っひゃ! ――ま、待って、待ってください。グレーヴ様っ、てっ、手がっ!」

「まあいいか。これから時間はまだたっぷりある。君の事、俺の事、そして君の大切な人達ともゆっくり話せるよ」


 突然手を取られたことに驚きの声を上げたルトアシアは、手を振り払うどころか、一瞬で耳まで真っ赤になってしまっている。馴染みのあるルトアシアの姿にグレーヴは内心愉快な気持ちになりながら、ゆっくりと語り聞かせるように告げた。


「もっと君を知ってもらえばいい。これだけ暴れたんだ。きちんとルティちゃんも向き合わないといけない。自分と、周りの人たちとも……。

 でもそれは俺も同じ。これまでのことに向き合わないといけない。でも、情けないことにすごく怖いんだ。怖いけど、頑張ってみるよ」


 一言ひとこと、丁寧に声に乗せた言葉は、意外なほどグレーヴの心に重くのしかかった。それはこれまでなら見ないよう、感じないようにしていた重さだった。

 油断すると逃げだしたくなってしまう。だがその重さが消えないよう繋ぎ止めたのは、ルトアシアが握り返した手の温かさだった。


「……私も、出来るかどうかはわかりません。わからないけど――」


 口を開いたルトアシアはグレーヴに真っ直ぐ目を向けていた。その瞳は大空に飛び立つ寸前の小鳥のように力強く輝いていた。


「グレーヴ様を推している自分だけは本物だったのです」


 ルトアシアの手にはさらにぎゅっと力が込められた。


「この国に来て、グレーヴ様と出会って、ただ一人の人間としてグレーヴ様を見ていたいと思ったのです。だからこれからも推して参ります。それだけは私の、本物の気持ちです……」


 言い終えたルトアシアはふう、と息をついた。

 そして薔薇がゆっくりと花開くように微笑んだ。その瞳にはグレーヴだけが映っていた。


 一瞬呆けたようにルトアシアの笑顔に見とれてしまったグレーヴだったが、同じように笑みを浮かべた。


「俺も、君を見ていたいと思っているよ。魔界から来たとか、俺のファンとか、そういうのは抜きにして、一人の人間としてさ……」

「え、え? まままさかそんなにおこがましい事をお願いするわけにはいきません!」

「待って待って。そうじゃなくて……」


 焦りながら否定するルトアシアを押し留め、グレーヴは続けた。


「それは俺の気持ち。これからも俺を、俺自身を見ていてくれるかな。可愛い“黒猫”さん?」

「――うっ!!」


 見開かれたルトアシアの目の前で、グレーヴの瞳と同じ色の星が瞬いた。ボンっと音を立てそうな勢いで顔を赤くしたルトアシアは小さく呻き、苦しそうに胸を抑えた。


「グレーヴ様がとうと、い……」

「――ルティちゃん!」


 小さく呟いたルトアシアは、そのままグレーヴの胸元に倒れこんだ。慌てたグレーヴがルトアシアを覗き込むと、そこには安らかな寝息を立てる姿があった。


「大丈夫です。魔力が切れて、お休みなさっているだけです」

「――わっ!?」


 突然グレーヴの背後から声がかけられた。驚いたグレーヴが振り向くと、そこにいたのはマーサだった。気づけば白い制服を来た魔術管理官たちが遠巻きにグレーヴ達の様子を見守っていた。


「そ、そうですか……。あっ、それよりも他の二人が――」

「坊ちゃまもタチアナ様も大事ありませんのでご安心ください。タチアナ様に至ってはもうだいぶ前に目を覚ましておりますよ。ほら……」


 マーサはタチアナが倒れていた場所に目を向けた。グレーヴがマーサの視線を追った先には、既に起き上がり、キラキラした表情でこちらを見つめているタチアナがいた。

 アスコットも管理官に背負われどこかに運ばれていく途中だった。真っ白だった顔には徐々に赤みが戻ってきているようだ。

 グレーヴは二人の無事に胸を撫で下ろした。


「よかった」

「んんっ……」


 グレーヴの呟きに腕の中のルトアシアが小さく身じろぎした。柔らかな黒髪が触れる腕のこそばゆさのせいか、それとも腕の中の重みのせいかわからなかったが、グレーヴの頬は自然に緩んでいった。


「ゆっくりお休み、ルティちゃん」


 静かに落とした言葉の先を、甘く優しい花の香りがかすめて消えていった。

これで第八章は終了です。

明日、最終話を含む全二話を6時と12時に更新予定です。それで本編完結となります。よろしくお願いします。

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